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【わんこの探しもの】 探されもの









ガランガラン、と大げさなくらいに響いていたドアベルが鳴り止んで、静寂が訪れる。

しばらく呆然とドアを見つめてみたものの、飛び出していったクロウくんが引き返してくる、なんてことはやっぱりなかった。






支店長と同僚は、まだ戻って来ないんだろうか。

彼らはこの土地にまだ慣れてないから、日用品や雑貨の買出しを兼ねて、王都の通りを視察しに出かけているのだ。ガイドブックに載ってる店なんかも、実際に見ておきたいそうで。

……ま、やたらウキウキした感じで出かけて行ったから、きっと半分は観光気分だろうけど。

それでも、この王国と会社を行ったり来たりして働いてきたあたしの実感として、たくさん歩いておいた方が仕事の役に立つと思うから快く送り出した。

きっと仕事が始まったら街をゆっくり見て回るなんて、そんな時間取れるわけないんだから。

……ほんとは、1人で留守番兼、店の片付けなんて気乗りしないけど。




「とりあえず配送予定の家具はそろった、と……」

店の中を見回して、あたしは独りごちた。

1人でいると、何かと独り言が多くなる。それに時計もないし、なんだか時間が流れてるのかどうかも不安になる。

……クロウくんのこと煩がっちゃったけど……次来たら、もっと優しくしよう。うん、今夜はいろんな話をしよう。

血相変えて出て行った彼のことを思いながら、小さな溜息が漏れた。

真新しい木の匂いが充満するこの空間は、あたしが1人でいるには広すぎるし、静か過ぎる。

「……拭いとくか」

気を紛らわせる方法を思い立ったあたしは、雑巾を取りにバスルームに向かった。


流しにバケツを用意して、蛇口をひねる。じゃばじゃばという音を片方の耳で聞きながら、今度は棚から雑巾を取り出す。

その時ふと、ドアベルの音が聴こえた気がして、あたしは首を傾げた。

一旦水を止めて、耳を澄ます。

「ん……?」

見に行った方がいいかな、でも面倒だな。

そんなことを考えつつバケツの中で揺れる水を見つめていたら、今度はハッキリと人の声が響いた。


雑巾を放り出したあたしは、ぱたぱた音を立てて店に戻る。

「はーい!」

民家を改装してもらった支店は、間取りが一般家庭のそれだ。だからスペースは小さくなったけどキッチンもあるし、バスルームにはバスタブだってある。その気になれば、支店に泊り込むことだって出来ちゃう。

……泊り込んでお客様を捜索するようなこと、もう絶対やりたくないけど。


廊下を駆けて大急ぎで戻ったあたしを待っていたのは、1人の男性だった。

「すみません、お待たせしました!」

「いえいえ」

ひとまず頭を下げたあたしは、返ってきた声が穏やかなことに安心して顔を上げる。

「え、っと……」

視界に飛び込んできたのは、壮年の男性。身なりが良いし、佇まいにも品があるような感じだ。

初対面だし、あんまりじろじろ見るのは失礼だけど……それにしても、開業前の店に用があるようには見えない。

戸惑って口ごもったあたしを見て、その男性は笑みを浮かべた。

「突然の訪問、お許し下さい」

ものすごく丁寧な物言いに、ものすごい違和感。

でもこの言いようのないガチガチした雰囲気は、なんとなく心当たりがある。

「はぁ……」

あたしは気の抜けた相槌を打って、彼の言葉を待った。

「お忙しいところ大変恐縮なのですが、伺いたいことがございまして」

「……いえ、全然忙しくはないんですけど。何でしょうか」

まだ開業前だし、閑古鳥が鳴いてるとも言い難い状態なんだけど。一瞬、笑いながら嫌味でも言われたのかと思ったじゃないか。

……それにしても、一体何を聞きたいんだろう。道を尋ねたい、っていう雰囲気でもなさそうだし……。

思わず引き攣りそうになる頬に力を入れて答えれば、壮年の男性は頷いて口を開く。

「わたくし、ジョルジュと申します。

 実は、ある高貴なお方を探しているのでございます」

そのひと言に、あたしの頬が思いっきり引き攣った。

その高貴な方、激しく心当たりがありますけど。

困ったように微笑んだ壮年の男性は、さらに言葉を続けた。

……あたしが目の前で固まってるの、見えてないんだろうか。

「つきましては差し支えなければ、貴女様のお名前をお聞かせ願えますか」

そのひと言は、なんだか有無を言わせない何かを含んでいた。

柔らかな雰囲気を纏ってるのに、得体の知れない腹黒さが見え隠れしてる気もする。


あたしは、人を見る目に自信はない。

けど、この人が探してるっていう“高貴な方”がクロウくんなんだとしたら……きっとこの人のこと、クロウくんは好きじゃないはずだ。

そこまで考えを巡らせたあたしは、気持ちを切り替えることにした。

面倒くさいから適当に流そうと思ってたけど、もしこの人がクロウくんを悲しませる立場の人なら、しっかり対応しなくちゃ。

……まあ、まだ判断するには早いかも知れないけど。


「アイリです」

居住まいを正したあたしは、彼の目を見据えて答えた。

口の中で、舌が絡まる。

緊張に体が強張っていくのを感じて、あたしはそっと息を吐きだした。落ち着け、と心の中で唱えながら。

……こんな気持ちになるの、第一妃を目の前にした時以来だ。

すると、ジョルジュさんは静かに頷いた。浮かべた笑みを絶やすことなく。

「やはり貴女様でしたか。

 失礼かと存じましたが、確認させていただきました。

 ……こちらには女性の従業員が2名、と聞いておりましたので」

「そうですか。

 それで、探してる方っていうのは……?」

「もちろん、クローネル王子殿下でございます」

先を促したあたしに、彼は溜息混じりに言った。

「わたくし、医師団にて事務長補佐を務めているのですが……。

 打ち合わせのお約束があったのですが、お姿が見えませんでしたので

 こうしてお迎えに参りました」


呪いの解けたクロウくんが、王城に戻ってから王子様の務めや医師団の仕事に精を出してるのは知ってる。だから忙しい合間を縫って支店に来てる彼に、あたしは膝枕を提供する毎日で。

だけど、仕事の予定を狂わせてまで顔を出すことはなかったし、顔を出せるように働いてる、って言ってたはず……。

それに、そんなことがあるなんて、ここに来た時には欠片も言ってなかったけど。


あたしは彼の言い分を訝しみつつ、小首を傾げた。

「そうなんですか?」

すると、彼は苦笑いを浮かべる。

「久しぶりにお姿を隠されて、若干焦っております。

 王城の中はすでに探しましたので、あとはこちらかと」

……ほんとは、そのまま王城からいなくなれ、とか思ってないよね?

全然焦ってるようには見えない彼に心の中で尋ねる。

そしてあたしは、肩を竦めた。

半分はジョルジュさんに向けて、もう半分は、クロウくんに関することになると途端に疑り深くなる自分に向けて。

「確かに、今日も来てましたけど……。

 でも何か思い出したみたいで、血相変えて飛び出して行きました」

「そうですか……」

ふむ、と何かを考える仕草を見せた彼の視線が、店の奥に向けられるのが分かる。

この店は基本的に一軒家の作りのままになってるから、入り口からは簡単に奥が見えないようになってる。だからきっと、ジョルジュさんは奥にクロウくんが隠れてるんじゃないか、って疑ってるんだろうな。

彼の視線の先を追いかけたあたしは、苦笑混じりに口を開いた。

「奥も見て行かれますか?」

あたしのひと言に、彼は静かに首を振る。

「いえ、それは遠慮しておきましょう。

 これ以上ここにいては、クローネル殿下からお叱りを受けます。

 本日はやむなく参りましたが、本来は近寄らぬようにとの仰せです。」

……近寄らないように、って何、なんなの?!

「えっ……?!」

返ってきた言葉に耳を疑ったあたしは、思わず声を上げた。

すると彼は、取り乱したあたしが面白かったのか、目じりにしわを寄せる。

「実は、ここだけの話ですが……、

 クローネル様を怒らせると倍になって返ってくる、と専らの噂でして」

「は……?!」

言葉を失って心の中で叫んだあたしを尻目に、ジョルジュさんは言葉を続けた。

「少々お喋りが過ぎましたね。

 しがない中間管理職の呟きと思って、お聞き流し下さいませ。

 ……では、わたくしはこれで。お邪魔いたしました」

非常にリアクションに困る台詞を置いて、ジョルジュさんは王城に戻って行った。






クロウくん、あたしとのことはオープンにしてるって言ってたけど。

どんなふうに話したら“近寄らない”ことになるんだろう。

しかも怒らせたら倍になって返ってくるって……あたしの彼氏、とんでもないな。頼もしい、のレベルじゃない気がする。


「……てか、ウチのわんこは王城に戻ったんじゃないの……?」

客人が帰ったのを見届けて、バスルームに向かう。

結局ジョルジュさんが、クロウくんにとって“悪い人”なのかどうかは、よく分かんないままなんだけど。中間管理職、って言ってたから、板ばさみ状態でクロウくんを探しに来たのかな。

「なんか、悪いことしちゃったかなぁ」

独りごちて、雑巾を放り込んだバケツを持ち上げる。


その時だ。

ガランガラン、とドアベルの音が響いた。










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