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【わんこの探しもの】 落としたもの









それは、あたしが支店開業のために内装を整えている時のことだった。

あたしは頼んでおいた商品を運び入れてくれてる家具屋のお兄さんに、あれこれ指示を出してたんだけど……。






「ねーねー、」

ものすごくつまんなそうに、クロウくんが眉を八の字に傾けた。

彼は今、ソファにごろ寝してる。支店の間取りも広さも配置する家具の類の一切をも差し置いて購入した、“クローネル王子殿下専用”のソファに。

いやもう王子殿下なんて言葉を出されちゃうと、さすがのあたしも「このアホわんこ!」なんて、どつくわけにもいかない。支店長の目もあるしさ。

でも、でもでもでも。こんなでっかいソファ、邪魔でしょうがないんだよ。

……とは言えずに、あっという間に数日間が過ぎたんだけど。



あたしは持てる力の全てをもって笑みを浮かべ、クロウくんに返事をした。

「何でしょうか、クローネル王子殿下」

「うっわ」

顔面がくしゃくしゃになるんじゃないか、ってくらいに顔をしかめた彼が、大げさに仰け反る。

そして、両手で顔を覆って演技を始めた。

「ひどい、傷つくの分かってて言ってるでしょ!

 俺、悲しい……!」

さめざめ泣く演技を、あたしはジト目で流す。

横で業者さんが待ってるから、あたしがクロウくんに構ってる時間はないのだ。

彼らは王子様に「仕事の邪魔です」なんて言えないんだもん。あたしが“構って王子”に構ってたら時間ばっかりかかって可哀相だ。


「これ、伝票です」

ものすごくガテン系の、スキンヘッドで筋肉隆々なお兄さんが紙切れを差し出した。

「あ、はい」

咄嗟にあたしが受け取ると、お兄さんが少し屈む。

「その四角い枠の中に、サインをお願いします」

「え、っと……はい」

耳打ちするみたいに言われて、なんとなく体が引いてしまう。

ああでもそんなことしたら、汗臭い、って言ってるみたいで傷つけちゃうかも知れない。相手は汗水垂らして家具を運ぶのが仕事なのに。

距離を保ちたい心境を抑えて、あたしは差し出されたペンを握る。

そして、急いでサインを書いた。

視界の隅っこで、寝転んだクロウくんが、ものすごく不機嫌そうに天井を睨みつけてるのが見えたからだ。

……さっき冷たくあしらったから、きっと拗ねてるんだろうなぁ……。

あたしは内心で溜息混じりに呟きながら、お兄さんに紙切れとペンを渡す。

「……どうも。こっちはお客様の控えです」

お兄さんは受け取ったペンを胸ポケットに指し込んで、控えをくれた。


事務部屋に控えを置きに行く途中、背後で会話をしているのが聴こえてきた。

声は2つ。当然、クロウくんと家具屋のお兄さんだ。

何て言ってるのかは聞き取れないけど、あたしが“王子殿下”なんて言ったから、お兄さんが仰々しい挨拶をしてるのかも知れない。


……なんか、悪いことしちゃったかも。

クロウくんが“王子様、やめてもいいかも”なんて零したのは、つい最近のことだ。あたしの異世界休暇中の出来事だった。


そんなことを思い出したあたしは、お兄さんから受け取った紙を領収書関係の引き出しにしまって、クロウくんの所に戻った。




お兄さんが恭しく頭を下げるから、あたしも慌てて頭を下げて。

そして、ドアが閉まってからも鳴り続けていたベルの音が止んで、店の外から漏れ聴こえてくる、かすかな雑音が時間を埋めるだけになった。


あたしは、ふて寝してるクロウくんの頭の横に腰を下ろして、彼の顔を覗き込んだ。

「なんですかー」

ぷいっ、と顔を背けた彼が、口を尖らせる。

……こりゃ相当いじけとるな。

内心で呟いたあたしは、苦笑混じりの息を吐き出した。

「……わんこくん」

囁きながら、横っ面を指でつつく。

するとクロウくんは、ぷぅ、と頬を膨らませた。

……か、かわええ。

「わんこじゃないもん」

そう言って、ちら、とあたしを見上げる。

……うん。わんこだよね。

思わず口に出しそうになる心の声を胸の奥にしまいこんで、あたしはクロウくんの頭を撫でた。

最近、ひと撫でするたびに愛おしくて堪らなくなるんだ。ぎゅむむ、と抱きしめたくて手がうずうずしてしまう。

「クロウくんがわんこだったら……抱っこして放さないんだけどなぁ」

……しまった。

ぽろっと零れた本音に自分でびっくりして、思わず息を止める。

そして、怒られるのを覚悟して顔を強張らせた。


わんこじゃない、って言ってるのに!……なんて、怒りだすかと思いきや、クロウくんはおもむろに体を起こした。

その姿はなんだか、ぬりかべみたいだ。ずもももも、と効果音が聴こえてきそうな。

「クロウ、くん……?」

窺うように覗き込んだ瞬間、彼の目つきが険しくなった。

何かに耐えるように眉間にしわを寄せたのを見て、あたしは思わず声を漏らす。

「あ、あの……」

刹那、彼の腕が動いた。


むにゅぅぅぅっ


両手で頬を挟まれて、思いっきり潰される。

「ふぇぇぇ……?!」

情けない声を上げるあたしに、クロウくんの険しいカオが近づいてきた。

でももう、彼の顔が目の前に近づいて来たって、あたしは驚いたりしない。避けたりもしない。全然平気なんだから。

そんなことを思いながら、間近で険しいカオをしてるクロウくんを真っ直ぐに見つめ返す。

「にゃい?」

そして、なに、と言ってるつもりで口を動かしたら、クロウくんがふいに手を離した。

潰されてた頬が元に戻って、あたしは大きく息を吸い込む。

その瞬間、彼の腕がガバっと広がって、あたしを飲み込んだ。

「わぁっ?!」

ぎゅむむ、と抱きしめられて、肺が萎んでいく。

なんかもう、食虫植物みたいだ……。

どうでもいい感想を抱いていると、だんだん苦しくなってきた。

「くる、し……っ」

あたしはもがいて、クロウくんの背中をばしばし叩く。

すると彼が詰めていた息を吐き出して、腕の力を抜いた。

そして、あたしの耳元に口を寄せる気配が。

「アイリちゃん」

いつになく真剣な声に、あたしも自然と背筋が伸びる。

「なあに……?」

囁きを返せば、クロウくんが小さく息をつく。

「ごめん」

「うん?」

唐突な謝罪に、あたしも何と返せばいいのか分からない。

曖昧に頷いてみたら、彼が少し体を離して言った。

「俺、アイリちゃんが他の奴見てるの、すっごい嫌だ」

強い視線が、あたしの目を貫く。

ぞわわ、と背中が寒くなって身を捩ろうとする。

でもクロウくんの両手がまた、あたしの頬を捕まえに来た。今度はやんわりと真綿で包むようなのに、振り解けない強さがあって。

あたしは戸惑って、ただ視線を泳がせるしかない。

彼のオレンジ色の髪が、さらさら流れながらあたしに近づいてくる。

「あ、ク……」

何が起きるのか気がついて、あたしは思わず声を上げた。

すると呼んだはずの名前を、本人の唇が吸い取っていく。

そうなると咄嗟に瞼を閉じるのは、もう条件反射だと思う。きっと今まで何回も繰り返されて、体に刷り込まれたんだ。

あたしの大したケアもしてない唇を、クロウくんが何度も啄む。

「ん、は……っ」

強く、弱く、時には角度を変えて。

だんだん深くなっていくキスには、覚えがあるんだけど。

さすがに支店のソファで、なんて。考えてないよね。クロウくん……。

そうして息が上がって雲行きが怪しくなってきた頃、ようやく唇が解放された。


「も、」

おでこでクロウくんの胸を叩いたあたしは、肩で息をする。

……言っときますけど、物足りないなんて全然思ってないですよ。

「クロウくん……」

呼びかけても、反応はない。

絞り出した声は彼の耳に届いてるんだろうか。

不安になって顔を上げれば、そこには眉を八の字にしたクロウくんが。

暴挙にでた割に、なんとも情けないカオをしたもんだ。

あたしは苦笑して、彼の頬に手を伸ばした。

その手に、彼の手が重なる。

「他の男なんか見ないでよ」

……なんてかわゆい、ヤキモチ。

ぽつりと零れた台詞が、がくがくとあたしの胸を揺さぶった。

あたしはとことん、クロウくんに弱いらしい。

ふと笑みを漏らして、あたしは囁いた。

「だいじょーぶ。

 ちゃんと、クロウくんだけだよ。

 ……さっきは、ちょっと冷たくしちゃってゴメンね」

「ん……」

あたしの言葉に頷いた彼は、鼻先に自分のそれをコツンと当てる。

そしてまた、今度はそっと触れるだけのキスをした。






「それで、」

わんこの頭を膝に乗せて、あたしは尋ねた。

「何か急用でもあったの?」


今日はあたしの連勤最終日で、仕事が終わったら一緒に夕食をとる約束だったんだ。だから、お昼休みデートはパスすることにしたはずなんだけど。

頼んでおいた家具の配達中にクロウくんが突然現れて、家具屋のお兄さんとあたしの顔を交互に見た途端にソファでごろ寝を始めて……。


膝枕でご機嫌を直してくれたクロウくんは、あたしの質問に我に返ったようだった。

「あ、そうだった」

言いながら、ポケットに手を突っ込む。

ごそごそ。

「あれ?」

クロウくんの顔が、一瞬にして強張る。

そして、ものすごい勢いをつけて立ち上がった。

彼は服についてるポケットというポケットに手を突っ込んで、ごそごそし始める。

そんなに慌てて、何を探してるんだろ……。

そんなことを考えながら彼を見ていたら、みるみるうちに顔色が悪くなってきたのに気がついた。

「え、どしたの」

心配になって、思わず声をかける。

するとクロウくんは、顔色が優れないまま頭を抱えた。

「やばい、どっかで落としてきちゃったかも」

「え?」

咄嗟に聞き返して、あたしは首を捻る。

「落としもの?」

まさか財布か。それとも身分証的な何かとか。

……もしそうなら、一大事だけど。

「ちょっと、何を落としたの?」

心配になって尋ねても、彼の耳はあたしの言葉を拾ってはくれなかったらしい。

何やらぶつぶつ呟いて、「やっぱり部屋か……?」なんて言ってる。

普段から演技混じりになるクロウくんが珍しく、相当焦っているみたいだ。


それからしばらく見守ってたあたしは、クロウくんのあまりの取り乱しように、すごいものを落としてきたんだと結論付けて協力を申し出ることにした。

「ねえ、一緒に探そうか?」

すると彼の顔が、いっそう強張る。

……ちょっと待ちなさい。何故後ずさる。

「や、いい」

「え、でも一緒の方が早いでしょ。

 手分け出来るし」

「いい、いいよ」

あたしの申し出に、さっきとは違う慌て方をするクロウくん。

なんか頑なだな。

一緒に探してもらうのに抵抗があるような人じゃないし……とにかく手分けした方が早く、広い範囲を探せると思うんだけどな。

そして何を落っことしてきたのか、白状して欲しい。

そう考えて、あたしはもう一度口を開いた。

「……でもクロウくん、」


「ごめんアイリちゃん、俺帰る!」

ほとんど同時だった。

結局、ドアノブを掴むや否や放り投げるように告げて、彼は出て行った。





……わんこは一体、何を落としてきたっていうんだろう。

ちゃんと見つかるといいけど。









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