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ふたり部屋と領収書








城門の騎士は、あたし達に労いの言葉をかけて街の中に通してくれた。

クエは夜目が利かないから、城門の傍にある鳥小屋に預けた。

ひと晩お世話してくれる人には、クロウくんが支払いを済ませてくれて。


そんなこんなで、あたし達は無事に“要の街”の中を並んで歩いてる。

日が沈んだあとの街は、ぽつぽつと灯る街灯がぼんやりと足元を照らす。

今まで王都とその周辺しか出歩いたことのないあたしには、珍しいものばっかりだ。


この国の人達は、この世界で一般的なシステムを導入して生活している。

自然の中に漂う精霊を、小さなカプセルの中に閉じ込めてエネルギーとして飼っているのだ。

上下水道には、水関係の精霊を。

キッチンには、火と風の精霊を。

電化製品は全くない。

でも、それぞれの精霊の特性を活かした道具があるから、便利だと思う。

ちなみに精霊っていうのは、羽が生えててキラキラ光ってて・・・なんてメルヘンで夢のある生き物じゃない。

あたしが見たのは水の精霊だったけど、敢えてあっちの世界の生き物に変換するなら、夏の夜に自動販売機に群がる小さな羽虫、みたいなものだった。

ふわふわほわほわ、カプセルの中を無数の精霊が漂っていた。

精霊、っていうのは名前だけで、ほんとは虫なんじゃないかな。バイオ燃料的な。

たまにカプセルの中に、葉っぱとか木の実とか入れてるって話だし・・・ほんとはきっと虫なんだよ。餌として与えてるものが生々しいもん。精霊図鑑とか、本屋にあるし。


「アイリちゃん」

「・・・あ、ごめんごめん」

あたしは慌てて、少し先で振り返ったクロウくんに駆け寄った。

街灯や街並みを見てたら衝撃を受けた時のことを思い出しちゃって、ついぼんやりしてしまったらしい。

「もー・・・しょうがないなぁ」

追いついたあたしに、クロウくんが手を差し出す。

あたしはその手をじっと見つめて、小首を傾げた。

何が欲しいんだろうか。

すると彼は、困ったみたいに笑う。

「ほら、迷子になったら困るでしょ」

クロウくんの手が、あたしの手を握った。

「いやいやいや、大丈夫だってば」

咄嗟に手を引こうとするも、無駄だった。

わんこな医者のクセに、力が強い。

そういえばこの人、でっかいポリバケツであたしに頭から水被せたんだった。見た目よりも力、あるんだった。

思い出したあたしは、彼の手から自分の手を奪い返すのを諦める。

どうせ離してくれないんだから、抵抗は無駄だ。

だからせめて、口でやり返してやろう。

「しょうがないから、お姉ちゃんがおてて繋いであげるか!

 さみしんぼさんだなクロちゃんは!」

「・・・こんな姉さん絶対嫌だ・・・」

温かい手とは裏腹に、ものすごく嫌そうなカオをされた。

失礼な。


でも、久しぶりに誰かと手を繋いだあたしは、ちょっとだけ、ほっとした。

小さい頃、夕暮れ時に公園に迎えに来てくれたお祖母ちゃんの手の温かさ、みたいだった。

・・・なんて、お姉さんとしての威厳に響くから言わないけどさ。





揉み手をする人なんて、生まれて初めて見た。


1階が食堂で2階が宿、ていうこの国では典型的な安い宿を見つけて入ったあたし達。

ちなみに、ウチのパッケージに組み込んでる王都の宿泊施設も同じ造りになってるけど、食堂は高級レストランだし、宿はそれなりの高級ホテル。

激安ツアーとか組んでる他の会社だと、稀にこういう宿に案内されるらしい。

・・・あたしはこういう宿も、かしこまってなくて好きだけどなぁ。


食堂の賑わいを横目に、もしかしたら宿は埋まっちゃってるかも、なんて心配をする。

するとカウンターのおじさんがあたし達を見て、揉み手をしたわけだ。

「こんばんは!

 お食事ですか、それともご宿泊で?」

なんかニタニタしてるのは、営業スマイルなのか。ちょっと気持ち悪い。

頬に汗が伝ってるけど、今日ってそんなに暑かったっけ?

「宿泊で。

 まだ空いてる?」

愛想のない返答に、おじさんの頬がひくついた。

それを隠そうとして笑ってるから、余計に気持ち悪い。

「ええええ、も、もちろん。

 お部屋は・・・ご一緒で?」

若干声を落としたのが分かって、あたしは慌てて口を挟む。

「部屋も会計も別でお願いします!」

「か・・・かしこまりました」

勢いに圧されたのか、おじさんは首をカクカクさせて頷いた。

手が震えてるのは何故だろう。





「一緒の部屋が良かったなぁ・・・」

テーブルの上で湯気を立てるスープを前に、ぽつりとクロウくんが零した。

危なかった。

スプーンを手にしようとして上げかけた腕で、咄嗟に頬杖をつく。

お腹は空いてるけど、あんまりにもクロウくんの肩がしょんぼりしてるから、ちゃんと話を聞いてあげることにする。

「・・・お金も節約出来るし」

ああ、お金が心配だったのか。

急に王都に行くって言い出したんだもんね。お金、心配だよね。

・・・あれ、じゃあ何でくっついて来たんだろ。

「うーん・・・でも、あたし達が一緒の部屋になるのはちょっと・・・」

スープのいい匂いが、鼻から勝手に入ってくる。

肺だけじゃなくて、匂いでお腹も満たしてくれたら、もうちょっと会話に身が入るんだけど。

クロウくんは、上目遣いにあたしを見た。

「防犯にもなるのになぁ・・・」

「んー・・・でも・・・。

 2人部屋の領収書だと、提出した時に突き返される気がするんだよねぇ・・・」

あたしのひと言に、クロウくんが頭を抱えて唸る。

「うわぁぁぁぁ・・・!

 領収書なんてこの世から消えてなくなればいいのに・・・!」

物騒なことを呟いた彼は、やがて諦めたように息を吐き出して、さらに肩をしょんぼりさせてスープを啜り始めた。

仕草は優雅なのに、あんまり美味しくなさそうだった。


注文していたものが次々に運ばれてきて、取り皿に分けていく。

この国では、ほとんどの場合、2人以上で注文すると料理が大皿で出てくる。

チーズソースのかかったサラダをつついていると、ふいに後ろのテーブルの話声が耳に入ってきた。

「あーっ、見て、皇太子さまの絵姿が載ってる!」

どうやら夕刊か何かを見ながら話しているらしい。

「ほんとだ。

 へぇ、恋人のモモ・イユリ様とご一緒に慰問に行ったのか・・・仲良いんだな」

あたしは手を止めて、向かいで鶏肉のソテーを咀嚼しているクロウくんを見遣る。

目が合って、一瞬、緊張が走った。

・・・慰問て、老人ホームとかにボランティアに行くってことか。

皇太子の公務にくっついて行ってるなんて、ほとんど公人じゃんか・・・。

これであたしが迎えに行ったら、どう見てもあたしが悪者だ。

良くて水を差した異世界人で、最悪誘拐犯。

どっちにしても、歓迎なんてされるわけがない。

困り果てて、ため息がついて出る。

そんなあたしを見ていたのか、クロウくんが何かを言おうとして口を開いた。

その瞬間。

「あ、ねぇ、ここ。

 オルネ王女が滞在してるって・・・あれぇ?」

また、別の会話が聞こえてくる。

「何か載ってた?」

「うん、王女様と王子様達がお見合いするらしいよ」

「へー・・・」

男が興味なさそうに相槌を打ったのを最後に、後ろのテーブルから皇太子とモモ・イユリに関する会話が聞こえることはなくなった。


オルネ王女が、王子様達とお見合い。

それって、もしかして皇太子も含まれるんだろうか。

もしそうなら、優里さんの存在を恋人として周知させるために、公の場に連れ出して仲睦まじい光景を見せつける理由も説明がつくような・・・。


咀嚼しながら考えていると、ふとクロウくんが手を止めて、空っぽになったお皿を見つめているのに気づいた。

あたしはそっと、目の前で手を振ってみる。

「どしたの?

 ・・・お腹痛い?」

医者に向かってその台詞はないだろう、とも思うけど。

体に異変があったのかと思うような、ぼんやりの仕方だったのだ。

にこにこお喋りしてた時の雰囲気は、今の彼からは微塵も感じられない。

なんとなく不安になって、あたしはもう一度声をかけた。

細いくせに、ものすごい食べてたから嫌な予感がしてたんだよね。

「クロウくん?

 だいじょぶ?」

「・・・あ・・・」

覗き込むようにして目を合わせたあたしに、彼は我に返ったのか声を漏らす。

そして、取り繕ったように薄っすらと笑みを浮かべた。

「うん、ちょっと眠くなっちゃっただけ」

その言葉に、そういえば、と思い至る。

「そっか、あたしの手当てと・・・洗濯もさせちゃったんだもんね。

 ごめん、全然気が回らなくって。今日はゆっくり休んでね!」

「・・・うーん・・・」

ちゃんと謝ったのに、クロウくんに微妙なカオで頷かれた。





ぎし、ぎし、と階段が軋んで音を立てる。

あたしの体重で底が抜けやしないか、悔しいけどヒヤヒヤしてしまう。

階段を上がる前に通りかかったカウンターには、まだおじさんがいた。まだ、ニタニタした笑みを浮かべてた。

一応会釈しようとしたら、クロウくんの手が、ぐぃぃ、とあたしの背中を押して。


「うぅ・・・」

「アイリちゃん、大丈夫・・・?」

クエの背に乗ってバランスを取ってたあたしの背中は、やっぱり痛くなっていた。

食事中から違和感を感じてはいたけど、階段を上り始めて、それが確信になったのだ。

何本も筋が通っていて、それが、ぴきーん、と張り詰める感じ。

そして、それがもうすぐ切れるような予感がある。

「だいじょぶだいじょぶ」

クロウくんが、眉毛を困ったように八の字にしてる様子が目に浮かぶ。

あたしは何度か頷いて、足を動かす。

シャワーは明日の朝でいいや。とにかく、とにかく横になりたい。

半ば必死になって一段ずつを踏みしめ、やがて2階の踊り場に辿りつく。

「あー、やっと、・・・ぃ・・・っ?!」

よいしょ、と片方の足に体重を異動して・・・あたしは固まった。

背中に張り詰めていた筋が、全部一緒に凍りついた感じだ。

首の後ろまで固まって、身動きが全く取れない。

「やっぱりイッたか・・・」

ため息混じりな声が頭上から降ってきて、同時に伸びてきた腕で腰を支えられる。

「は、えっ?」

そのまま、あたしは気づいたらクロウくんに横抱きにされていた。

「しっ、騒いじゃダメだよ。寝てる人もいるんだから」

驚いて声を上げたものの、ごもっともな注意を受けて口を閉じる。

何だか上手いこと言いくるめられてる感があるけど・・・。

「だからクエに乗ってる時に言ったでしょ。

 ・・・筋をおかしくして動けなくなるって、なんとなく分かってたんだ。

 マッサージして薬塗ってあげるね」

「うん・・・お願いします」

ぴきー、と引き攣った感じの背中を逸らせつつ、あたしは頷いた。

これを治してくれるって言うんだから、医者が同行してくれてて助かったな。



あたしをベッドにうつ伏せに寝かせたクロウくんは、小さな卓上ランプを点ける。

カーテンを閉めると、街灯の明かりも遮断されて、視界はほとんど暗闇だ。

それでも目が慣れてくると、小さなランプの明かりでも十分だと思えるくらいに、部屋の中が見渡せるようになった。

「・・・痛いでしょ。

 薬を塗るのとマッサージと、一緒にやっちゃうね」

安い宿の割に清潔感のあるしつらえに安心して、あたしは畳んだバスタオルに顔を埋める。

すると、布のずれる音がした。

何の音だろう、なんて考えて、ああそうかと納得する。

ワンピースのボタンを外す音だ。

わずかに首を巡らせようとしたあたしに気づいたらしく、クロウくんが囁く。

「ごめんね、勝手にボタン外してるよ」

「ん・・・へーき・・・」

タオル越しにくぐもった声で返事をして、あたしは目を閉じる。

すると、ほんの少し彼の手が急ぎ始めた。

ぱっ、と背中から布がなくなって、空気に触れる。

解放感に息を漏らすと、背中で結ばれた下着の紐が引っ張られた。

「え、そこも外すの?」

紐なんだから、よければ薬くらい塗れるのに。

そんな気持ちで尋ねれば、彼は小さく笑った。

「別に外さなくてもいいんだけどさ。

 マッサージしやすいかな、と思って・・・ダメだった?」

言いながらも、彼の手がぬるりと滑る。

指圧でもなく、エステみたいに肉を押すような感じでもなく。

その気持ち良さに、もういいや、と言葉を紡ぐ。

「うーん・・・ま、いっか・・・よろしく、お医者さん・・・」

「任せといて。

 ・・・痛いの、すぐに消してあげるからね」

「ん・・・ありがと・・・」

体に響かないようにしてくれてるのか、ものすごく甘い声だった。

肌から溶け込んでくるような、不思議な心地よさのある声だ。

任せておけば、すぐに良くなるんだろうな、と思える。

ぬるりとした感触に助けられて、クロウくんの手のひらが背中を滑る。

張り詰めて固まった背中を、ゆっくりじっくり、解してくれてるのが分かった。

「腰も硬くなっちゃってるね。

 ・・・踏ん張り過ぎだな」

小さく笑う声に、むにゃむにゃ返事をする。

もう言葉にならないくらい気持ち良くて、すでに夢の入り口が見える。

背骨を辿った手が、腰の辺りを何度も往復して。

薬のせいなのか、じんわり温かくて気持ち良い。

「アイリちゃん・・・?」

「んー・・・?」

涎が垂れそうな唇を、きゅっと引き結んだ。

危うく旅立つところだったらしい。

なんか、声が耳元で聞こえたけど・・・。

「寝ちゃ、ダメだからね」

やっぱり。

ちゃんとマッサージしてよ、と言いたいのに、耳元で低く囁いた声に引きずり込まれるみたいにして、あたしの意識が沈み始める。

「こら、アイリちゃん」

ぷつりと意識が途絶える直前、ぬるん、と何かが肌を滑る感覚があった。

「ん、ぅ・・・」

そして、最後の吐息が漏れる。







翌朝。

あたしは金縛りにあったみたいに、起き上がれなくて困り果てていた。








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