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【わんこの探しもの】 肖像画









只今あたし、異世界休暇3日目。

オオカミさん相手に、奮闘中。







「だーかーらーっ」

ぐぎぎぎ、とクロウくんの顎を押し返す。

あともうちょっとで、これ見よがしに尖らせた唇が、ぶちゅっ、ときそう。

それは勘弁してほしい。

百歩譲って、クロウくんがあたしの王子様だとしても。

あの動物特有の、れるぅ、っていう感触を想像した途端に、背中がぞくぞくして、むず痒さに暴れたくなる。


あたしは顔を逸らした。

「はなれろー!」

遠慮も手加減もなく、ぐいぐい押し返す。

でもクロウくんは折れる気がないのか、同じくらいの強さで迫ってくる。

そりゃもう、ぐいぐい。

「やだやだやだっ。

 なんで嫌がるのさー、俺はアイリちゃんのこと大好きなのに!」

言葉とは裏腹に、舌打ちが聞こえた気がするんだけどなクロウくん!

あたしはまた、ぐぎぎぎ、と押し返して・・・。

・・・な、なんなのこの攻防・・・!

若干押され気味になったあたしが、ふざけた彼の鼻を摘まめば、ふぎゃっ、と変な声が返ってきた。

「あうぅ・・・」

大げさに鼻を押さえて、クロウくんが小さくなる。

覆い被さろうとしてた彼をよけて、あたしはやっとこさソファから起き上がった。

・・・てゆうか、どうして君は半裸なんだい。

「ふー・・・あぶな・・・」

あたしは息をついて、しょんぼりしてるクロウくんを見遣る。




初日に豪華なお持ち帰りをされてから、3日目。

翌日から、ことあるごとに襲いかかってくるもんだから、さすがに温厚なあたしも、だんだんと遠慮のないあしらい方をするようになってる。

でもそれが、じゃれあってるみたいで、ちょっとだけ楽しかったりすることは秘密だ。



「アイリちゃん、ひどーい」

半裸のまま恨みがましそうな目をしてるクロウくんを無視して立ち上がる。

・・・しょんぼり演技には、もう引っかからないんだから。

あたしは、ソファの上で膝を抱えてる彼を見下ろした。

「探すんでしょ?

 ・・・お母さんの肖像画」

「うん・・・そうだけど・・・」

腰に手を当てて確認すれば、どういうわけか視線を彷徨わせた彼が、ぽつりと呟いた。

「・・・だけど・・・?」

あんまり乗り気じゃないのかな。

あたしはもう一度ソファに腰を下ろして、クロウくんの顔を覗き込んだ。

そこにいるのは、オオカミじゃない。子犬だ。

きゅるん、とした瞳をあたしに向けた彼が、躊躇いがちに口を開く。

「俺・・・」

「ん?」

先を促せば、彼は小さく息を吐いた。


昨日の夜、クロウくんが言ったんだ。

「母さんの肖像画、一緒に探して」って。


「自信ない・・・」

言いだしっぺが呟いて、うなだれる。

「見つからないかも、ってこと?」

「ううん」

ふるふると首を振ったクロウくんは、あたしを見つめて言った。

「アイリちゃんに、格好悪いとこ見せちゃうかも・・・ってこと」

あたしは、口を尖らせるわんこの背を軽く叩く。半裸だから、ぺちぺち。

「呪いにかかってメソメソしてるの、もう見ちゃったよ?」

そんなあたしの反応に、彼はますます背を丸めた。


・・・いいから服をちゃんと着なさい。風邪引くから。




結局、うじうじ王子は肖像画を探すと言って。

部屋から出る時に、あたしはハンカチを1枚多くポシェットに忍ばせた。








げほっ、と咳込んだあたしは、慌ててハンカチを取り出す。

口と鼻を押さえて、くぐもった声でクロウくんに言った。

「すっごい埃!

 クロウくん、だいじょぶ・・・?!」

あたしの言葉に、彼は小さく頷いて中に入る。


どこを通ってきたのか分からないような、王城の片隅。少し離れた、廊下の分岐点に警備の騎士がいるだけの、寂しい場所。

そこに、お母さんの肖像画をしまい込んだ倉庫はあった。

でもそれは“倉庫”なんて名前負けの空き部屋で、実際は全然管理されてないらしくて、埃まみれだった。


「・・・ここ、」

ふいに、クロウくんが口を開く。

あたしは咽そうになるのを堪えて、なんとか耳を澄ませた。

「俺の部屋だったとこ」

「え・・・?」

思わず聞き返したあたしを、彼は小さく笑う。

「子どもの頃は、ここに住んでたんだ。

 ・・・倉庫だなんて、言っちゃったけど」

あたしに教えてくれてるはずなのに、彼の目はこっちに向かないまま。

どこか遠くを見つめて、目を細めてる。

その視線を追うようにして、あたしも部屋の中をぐるっと見回す。


外はまだ明るいはずなのに、部屋の中は薄暗くて。

なんでだろ・・・と思って見てみたら、小さな窓に視線が吸い寄せられた。

あの大きさじゃ、お日さまの光が全然入らないだろうな。

クロウくんの私物を置いてる部屋だ、っていう割に、物は少ない。

・・・なんか、寂しい場所だ。

ここに住んでた、ってクロウくんは言ったけど・・・。

詰まってるのは、思い出じゃないのかも知れない。


「・・・アイリちゃん」

どれだけ、ぼーっとしてたんだろう。

クロウくんの声に我に返ったあたしは、慌てて視線を彷徨わせた。

そして、少し先に彼の背中を見つけて駆け寄る。

埃が、ふわっ、と舞い上がった。




長いこと人の手が入らなかった部屋って、こんなに白っぽくなるのか。

あたしは半ば感心しながらも、いろんな物を摘まみ上げては、その下を確認していた。

探してるのは、クロウくんのお母さんの肖像画だ。

大事なものなのにクロウくん本人が、どこにしまったか思い出せない、って言うから。結局手あたり次第に探してるわけだけど・・・。

残念ながら、今のところ額縁の片鱗すら見当たらない。

分厚い本だったら、ジェンガでも出来そうな感じで積み上げられてるんだけどな・・・。

「どこだったかなぁ・・・」

持ち主も、唸りながらあちこち見て回ってるけど。

「・・・最後に見たのは、いつなの?」

「んー・・・8年くらい前・・・」

なんとなく尋ねてみたら、呟きが返ってきた。

「そんなに・・・」

じゃあしまった場所も忘れちゃうか、なんて思いつつ、手近にあった机に手を伸ばす。

そして、あたしは引き出しを開けて、入っている物を取り出そうとして・・・。


かさかさかさっ


「く・・・っ」

見つけてしまった。

あたしの指先の数ミリ横を走り抜ける、黒くて、小さな・・・。

「くもぉぉぉっ!」


「え、何っ?!」

キモチワルイ!

パニックに陥って、机から飛び退く。

クロウくんがびっくりしてるみたいだけど、あたしはその数百倍びっくりしてるよ!

クモが、クモが!

「うわあぁ気持ち悪いぃぃっ」

触ってないけど気持ち悪くて、思いっきり手を振り回す。

手に、ガツッ、と衝撃が走った。

でもそんなの、手から入って腕を飲み込んで、背中まで走り抜けた気持ち悪さに比べたら、どうってことない。

どたどたっ、ばさばさっ。

重い音が響いた。

「危ない!」

「やだやだやだぁぁっ」

飛び跳ねて手を振り回して絶叫してたら、クロウくんが駆け寄ってくる。

その瞬間、あたしの足が何かを踏ん付けた。


つるんっ


氷の上で滑ったみたいに、ぐらっ、と体が傾ぐ。

「ぁ・・・?!」

零れた声ごと倒れていくのが分かって、あたしは息を飲む。

その瞬間。

「アイリ・・・!」

声が聴こえたかと思えば、すごい力で一気に体を引き寄せられた。

「・・・う」

苦しい。

でも耳をクロウくんの胸にくっつけて、打ちつける鼓動の音を聞いてたら、だんだんと頭の芯が冷めていくのが分かる。

落ち着きを取り戻したあたしの耳元で、クロウくんが息を吐く。

「びっくりさせないでよ・・・」

「ごめん」

「ひっくり返って、頭でも打ったらどうすんのさ」

素直に謝れば、むぎゅうう、と抱きしめる腕に力が込められた。

・・・あったかいなぁ。

お説教じみた言葉を聞きながらも、あたしはそんなことを考えて、そっと彼の背中に腕を回した。

すると彼の方がびっくりしたのか、腕を緩める。

「・・・クモ、苦手?」

「苦手・・・っていうか、急に出てきてびっくりしただけ。

 指のすぐそばを、サーって・・・」

「ああ、それで・・・」

思い出して苦いカオをしてたら、クロウくんが小さく笑った。

「取り乱してたもんねぇ」

「だから、びっくりしたんだってば」

あたしは、むっ、として体を離す。

そしたら彼は少しだけ慌てたように、あたしの腰を引き寄せた。

「ごめんごめん。

 怒らないで、ね?」

間近で囁かれると、意思に反して首が上下してしまう。

これはもう、どうしようもないんだ。

わんこ、ずるい。

あたしは、小首を傾げたクロウくんの、オレンジ色の髪が揺れるのを見つめて頷いた。




体を離したクロウくんが、引き出しを元に戻そうと手を伸ばす。

その時、あたしは気がついた。

彼の腕に手をかける。

「あ、ちょっと待ってクロウくん」

「え?」

彼の手が止まった。

振り返ったカオが、訝しそうにしてる。

「その裏、何か貼ってあるみたい」

引き出しの底の、裏の部分に、外側から何かが貼りつけてあるように見えたんだ。

・・・クモが嫌だから、あたしは触れないけど・・・。

するとクロウくんが、頷いて手を伸ばす。

そのまま探るようにしていた彼は、すぐに手を止めた。

「ほんとだ」

短い言葉のあとに、べり、という音がする。

あたしは固唾を飲んで、彼の手が掴んでるものを凝視した。

それは、一見すると大きな紙に見えるけど。

「封筒・・・?」

クロウくんの手は、ちょうど引き出しと同じくらいの大きさの封筒を掴んでる。

皺ひとつない、綺麗な封筒だ。

・・・封筒、ってことは、当然何かが入ってると思うんだけど・・・。

「うん・・・」

彼はあたしの呟きに頷いたきり、封筒を開ける気配がない。

小さな窓から差し込むわずかな光が、宙を舞う埃を映し出す。

あたしはその様子をなんとなく眺めてから、口を開いた。


「クロウくん・・・?」

封筒を見つめたままの彼に、声をかける。

伏せた目からは、感情を読み取ることが出来なくて、ちょっと心配だ。

あたしは一歩彼に近づいて、その腕に触れた。

すると、あたしの存在を思い出したのか、クロウくんの目がこっちを向く。

でもそれは一瞬で、すぐに彼の視線は右へ左へと頼りなく揺れる。

そして彼は少し間を置いて、ようやく口を開いた。

「思い、出したんだ」

零れた言葉で、あたしはなんとなく分かった気がした。

「・・・もしかして、それが・・・?」

「うん」

封筒を持ってる彼の手に、力が入る。

きゅっ、と指先が紙に皺を作った。

あたしはそっと、クロウくんの手に触れる。

・・・少しだけ、震えてる。

すると彼は、ため息ともつかない、重たいものを吐き出した。

「母さんの肖像画・・・。

 何かあったら怖いから、ここに隠してたんだ。

 ・・・俺、知恵の回る子どもだったんだねぇ・・・」

自嘲めいた笑みが、なんだか痛々しい。

かける言葉が見つからなくて、視線を彷徨わせていたら、彼がおもむろに封筒を開けた。


「・・・傷んでないといいんだけど」

カサ、という乾いた音と一緒に、1枚の紙が引っ張り出される。

上等な、分厚い紙は余白の部分だけしか見えないけど、劣化してるようには見えない。

あたしは息を飲んで、肖像画が封筒から出てくるのを待った。

速くなる鼓動は、クモを見た時の比じゃない。

そして、ようやく取り出されたものを持つ彼の手が、小さく震える。


「わ・・・!」

オレンジ色の髪をした女性が目に飛び込んできて、あたしは思わず声を上げた。

「この人が、クロウくんのお母さん・・・!」

柔和な雰囲気を纏った女性が、穏やかに微笑んでる。

確かにクロウくんの言った通り“普通の人”って感じだけど・・・でも、人の良さが滲みでてる、っていうか・・・。

あたしは心の中で感想を呟きながら視線を上げて、言葉を失った。

だって、クロウくん。泣きそうなカオをしてる。

「アイリちゃん・・・」

なけなしの声であたしを呼んだ気がして、堪らなくなった。

・・・ぎゅーってして、撫で回したい。

守ってあげたい。

咄嗟にその頬を両手で包んで、あたしは彼の目じりを親指でなぞる。

目には見えてないけど、きっとそこには涙がある気がしたんだ。

「・・・いいよ、泣いちゃっても」

鼻の奥が、つん、と痛い。

あたしが泣きそうになってどうすんだ、なんて冷静に考えてる反対側で、一緒に泣いちゃいたい、なんて思う。

弱ったわんこを見て膨れ上がった感情が、溢れ出す少し手前。

あたしは深呼吸をして、情けないカオをしてるクロウくんに言った。

「あたしには甘えてよ」

「アイリちゃぁん・・・!」


・・・そのひと言は、どうやらわんこの堤防を決壊させたらしかった。

ハンカチ、余分に持って来といて良かったよ。








ぽろぽろ涙を零したわんこは、その後、顔を赤くして、小さな声でぼそぼそ。

「いっ、今まで人前で泣いたことなんか、ないんだからね!

 今回だけだよ?!

 アイリちゃんだから、母さんの肖像画だからだよ?!」

「はいはいはい。分かってるってば。

 泣いてるクロウくんも、可愛くて好きですよ~」

「ああああっ、馬鹿にしてるっ。

 俺だって、あと3年もすればオトナの男になってアイリちゃんを・・・っ」

「そーかそーか、楽しみに待ってるね。

 ・・・ねえ、もう一回見せてよ。クロウくんのお母さん」




そんな、強がるわんこも可愛くて可愛くて。

あたしは当分の間、クロウくんをからかって遊びましたとさ。









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