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わんこのおでこ








低く鈍い鐘の音に、温いところに浸かっていた意識が急浮上した。

思いっきり息を吸い込んで、がばっ、と体を起こす。

「寝ちゃった・・・」



ぽかん、と口を開けたまま、窓の外に目を遣る。

天井を見上げてたところで記憶が途切れて、気がついたら朝だ。

カーテン、開けっ放しだし。

「・・・あー・・・」

薄明るくなった空に向かって、重い息を吐き出した。

ぐっすり眠ったのか、頭はすごくスッキリしてる。

それだけに、自分にガッカリだ。

「来なかったのかなぁ・・・」

ぽつりと零せば、また重い息が口を突いて出た。





「・・・どうしよう」

3の鐘が鳴ってから、しばらく経つ。

人通りが増えたのか、外も賑やかになってきたみたいだ。

・・・お客様と帰国するのは4の鐘の頃だから、そろそろ王城に戻らないと。

「でも、あと少しだけ・・・」

分かってる。別に待つ必要はないんだ。すぐ戻って来るんだもん。

クロウくんに今までのお礼をするって、ずいぶん前から約束してるし。今回は勤務時日数が長いから、休日と有休まとめて取れるだろうって、桑原先輩も言ってたし。

それに、別に今ここで会えなくたって、戻って来た時に会えるように、ミルベリーさんあたりに手紙を預けておけばいいんだ。

だから今は会えなくても、また会える。

「分かってるけど・・・」

・・・もしかして、ミルベリーさんが手紙を渡してない、とか・・・。

理由は分かんないけど、彼女はあたしのことを良くは思ってないみたいだし。そういうことも、あるかも知れない。

・・・どうしよう、そんなことになってたら絶対会えないよ・・・。

気持ちが、あっちにもこっちにも向かってて収まらない。

・・・お客様のことがひと段落した途端に、自分がこんなになっちゃうなんて。これっぽっちも思わなかった。

呆れ半分にため息をついて、あたしは空を見上げる。

すると、太陽の位置が高くなっていることに気がついた。

「・・・やば」

はっと我に返ったあたしは、慌てて鍵を開けて、ドアノブに手をかける。

そして、そのまま少しだけドアを押して開けておいて、ばたばたと荷物を取りに戻った。

「よいしょ・・・っと・・・」

クロウくんの鞄とオルネ王女に頼まれたお菓子の袋を持つと、両腕にずっしりとした重みが。

彼のはともかく、王女のはお菓子だから落としたりしたら大変だ。

あたしは気を引き締めて、荷物を抱えたまま背中でドアを押した。


その時だ。

そっと押したはずのドアが、一気に開いた。


急に背中が押してたものがなくなって、勢いよく体が後ろに傾く。

両手は使えない。声も出ない。

ゆっくりゆっくり、視界が上を向く。

いろんなものがスローに見えてるのに何も出来ないあたしは、ひっくり返るんじゃないかと、目をぎゅっと瞑って。


ぼふん。

傾いた体が、何かにぶつかった。

「・・・っと」

頭上から聴こえてきた声に、目を見開く。

声を上げようとして、思いっきり息を吸い込んだ刹那、かさりと音がする。

「わぁ、美味しそうだねー」

背中越しに伸びてきた手が紙袋から零れ落ちそうになっていたお菓子を摘まみ上げた。

ひょい、っと。

お菓子を持ち上げた手を目で追ったあたしの視界に、顔が飛び込んできた。斜めに、稲妻模様の走る顔が。

その顔は、あたしと目が合うなり、へにゃりとした笑みを浮かべた。




久しぶり、っていうほどの時間が経ったわけじゃないのに、久しぶりに会ったような気分になって気恥かしい。

自分でも、ちょっと浮かれてると思う。


「ああああの、」

「ごめんねアイリちゃん、遅くなっちゃった」

あわあわしてるあたしを遮って、クロウくんが微笑む。

小首を傾げて、ほんと、わんこみたい。

ああもうかわいい。撫で回したい。

・・・いや違う。そうじゃなかった。

もう会えないと思って油断してたからなのか、思考回路が若干おかしくなってる。

そんな自分にツッコミを入れて、あたしはコホンと咳払いをした。

「・・・ん、へーき。そんなに待ってないし・・・って、」

照れ隠し半分に言葉を紡いで、思い出した。

クロウくんに預けてた背中を離して、向き直る。

「ごめん。

 来てもらっておいてなんだけど、もう行かなきゃ・・・」

行きたくないけど、仕方ない。

後ろ髪を引かれる思いで、あたしは言った。

最後の最後、あたしの都合で転送が上手くいかなかったら大変だ。

「えー・・・もう行っちゃうの?」

「う、うん・・・4の鐘までに王城に戻らないと」

口を尖らせた彼に、あたしは頷くしかない。

すると彼は、頬を膨らませたかと思えば次の瞬間、あたしを抱き寄せた。

ドアからはみ出て廊下で何してんだ!・・・と思うのに、口から言葉が出てこない。

思いっきり腕に力を入れられて、お菓子の紙袋を死守するのに精いっぱいだ。

「やだやだやだ。

 やっとアイリちゃんに会えたのにー。

 ここに来るまで超大変だったのにー!」

あたしに会いたいと思ってくれてたんだ、ってことは素直に嬉しいんだけどな。

むぎゅぅぅ、と体についたお肉が絞られそうだから、とりあえず離れて欲しい。

そう思うのに、口からは肺を押し出された空気が漏れるだけで、言葉らしい言葉が出てこない。

とうとう駄々っ子にお菓子達が潰されそうになって、あたしもついつい、売り言葉に買い言葉。

「会いたかったのは、あたしも同じ!

 このまま帰りたいわけないでしょ!」

つるつるつるっ、と。口が滑った。

そして羞恥心は、遅れてやってくる。

「・・・あ」

感情のままに自分が口走ったことを理解して、あたしは目を見開く。

するとクロウくんも、びっくりしたのか、あたしから離れて目を丸くした。

「そ、そうなんだ・・・?」

・・・なんだか、顔が歪ですけど・・・だいじょぶですか・・・。

どうやら思いっきり動揺してるらしい。

大きな手で口を覆って、視線を泳がせてる。

変なの。自分から尻尾振って飛び付いてくる時は、すっごい元気なクセに。あたしがちょっと直球投げたら、たじたじしちゃうのか。

彼のそんな様子を見てたら、あたしの中で大爆発を起こしてたものが、だんだんと落ち着いてきた。


ほんの少し冷静さを取り戻したあたしは、今のうち、とばかりに口を開く。

「ええっと、そう、その話もしたかったんだよね」

切り出しながら、言葉を選ぶ。

思った通りに喋るって、案外難しいな。

心臓がバクバク煩い。「迷うな、早く言え」って、言われてるみたいだ。

あたしは平静を装って、耳を赤くして動揺してるクロウくんを見据えた。

「・・・あの、社割が使えるって言っても、それなりに費用がかかるのね。

 だからきっと、会いに来れるのは年に何回かになっちゃうと思う。

 ・・・メールも電話も、郵便だってないから連絡も取れないし。

 お付き合いをするには絶望的な距離だと思うし・・・」

一気に捲し立てて、はた、と気づく。耳を赤くして立ち尽くしてたクロウくんが、眉を八の字に下げて、瞳をうるうるさせてることに。

わんこ耳と尻尾が、へたり、と萎れる幻覚が見えた。

・・・いじめっ子か、あたしは。

胸がちくちく痛むけど、だからって途中で止めるわけにもいかない。

だって、ほんとに言いたいことは別にある。

あたしは、そっと息を吸い込んだ。

「でもその、超絶な遠距離恋愛になるけど、それでもいい、かなぁ・・・?」

思いきって言った割に、言葉の最後で力が抜ける。

クロウくんの口から「じゃあやめとく」なんて台詞が飛び出したら・・・なんて考えが脳裏をよぎってしまって。

そんなあたしの胸の内を知るはずもない彼は、うろうろと視線を彷徨わせてから、慎重な様子で口を開いた。

「・・・えっと、その・・・それってつまり・・・?」

「それは・・・」

問いかけに言葉を選んでいたあたしは、ふいに、彼の眉間を裂くように走る稲妻模様に目を奪われる。

・・・ああ、もうひとつ、あたしは大事なことを話すのを忘れてた。



「・・・ねぇクロウくん。

 やっぱり呪い、まだ解けてないんだよね」

「え?

 ・・・あ、ああ、うん・・・」

モジモジしていた彼が、言いづらそうに頷いた。

あたしは医者鞄を床に置いて、空いた手を伸ばす。

そのまま口を覆う彼の手を剥がすと、稲妻模様が露になった。

「手掛かり、王城にあった?」

クロウくんは、静かに首を振るだけだ。

彼の顔を見つめたあたしは、ひとつ頷いて言った。

あたしは呪いなんか気にしないけど、クロウくんは稲妻模様のせいでお日さまの下を堂々と歩きたくない気持ちになるんだもん。これを放っておくわけにはいかない。

「そっか・・・うん、じゃあやっぱり一緒に探そう。

 超遠距離恋愛の件については、その時にゆっくり話すってことで」

そう言って惚れた腫れたの話を打ち切ろうとしたら、クロウくんが慌てた様子であたしの肩を掴んだ。思いっきり。がし、っと。

「いやいやいや」

「ん?」

ずいっ、と顔を近づけてきた彼に、あたしは小首を傾げる。

・・・近いし、ちょっと痛いし。

若干腰の引けたあたしは一歩後ろに退こうとしたけど、無駄だった。

細っこい体してるクセに、意外と力があるんだ。このわんこ。

「超遠距離恋愛の件についてはそれでいいとして」

低く落とした声が、あたしの耳元で囁いた。

思わず、ごくりと生唾を飲み込む。

抱きかかえたお菓子の紙袋が、力んだせいで音を立てる。

「・・・そこに至るまでの、アイリちゃんの気持ちはどうなの」

ひと思いに放たれた核心をつく台詞に、鼓動が跳ねた。

そのままの勢いで、心臓が煩く騒ぎだす。

「あ、え・・・と・・・」

「もう逃がせないよ」

喉の奥が締め付けられたみたいに、上手く言葉が出てこない。

あたしの肩を掴んだままのクロウくんの瞳に、何かが灯ってる。

見つめられたまま見つめ返すあたしは、熱に浮かされた時のように沸騰した頭で、何かを言おうと考えを巡らせた。

心臓が早鐘を打てば打つだけ、頭の中に霞が広がる。

ぼーっとして、クロウくんの瞳に吸い込まれるんじゃないかって、そんな気持ちになる。奥の方にしまっておいたものが吸い出されちゃうような、そんな気持ちにも。

そして、そうなっても構わないと思った刹那、あたしの口は勝手に言葉を紡いでいた。

「す・・・、すき」


目の前でクロウくんが息を飲んで、その瞳が大きく広がって。

その瞬間、あたしは自分が口走った台詞が何だったかを理解した。

なんでそんな言葉が、半ば朦朧とした状態でぽろっと零れたのか。

簡単だ。心のどこかで用意してたから、に決まってる。

それを自覚した瞬間、衝撃を受けた。もちろん自分に。


でも呟いたのは、クロウくんだった。

「・・・いざ聞いたら、嬉しい通り越して恥ずかしい・・・!」

あたしの肩を掴んだまま顔を俯けた彼の耳は、真っ赤で。顔から湯気が立ちそうなくらい、熱そうな色をしてる。

そんな彼を見てたら、あたしの恥ずかしさが爆発した。

顔が熱い。鼓動が速い。

・・・言っちゃった言っちゃった言っちゃった・・・!

「あああああの・・・っ」

声が踊る。腰が砕けそうだ。

足の裏に力を入れたあたしは、芯の無い、ふにゃふにゃした声を振り絞った。

頭の中にあるのは、次の約束のことだ。

てゆうか、これ以上この恥ずかしい空気に晒されたくない。

「3日後の夜に、このホテルの前で会えるかな・・・?!」

こくこく、と彼の頭がわずかに上下する。

それを見届けたあたしは、ひとつ頷いて、彼のおでこに顔を近づけた。

だって、照れちゃって顔も上げられないクロウくんが、可愛くて可愛くて。

花の蜜に吸い寄せられる、ミツバチになった気分だ。




熱かったのは、あたしの唇だったのか。

それとも、クロウくんのおでこだったのか・・・。









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