4番目の王子は
ヘジーさんは“食堂の営業は期間限定”で、本職は騎士団のちょっと偉い人っぽくて。
その妹のミルベリーさんは食堂のウェイトレスなのに、1人で街道に出て、クロウくんの鞄を届けられるくらい強いみたいだし、何より国王の寝室に侍女姿で登場したし。
・・・ほんと、あの兄妹って一体何者なんだ・・・?
クロウくんに聞いたら教えてくれそうだけど、こっちから会いに行けないんだよな。
そういうの、ちょっともどかしい・・・。
「アイリは、彼女を知っているのか?」
それまであまり口を開かなかったオルネ王女が、ソファに沈んで考えに耽っていたあたしに向かって尋ねた。
「・・・あ、はい。
あの、ツレだっていう医者の彼、覚えてますか?
彼の知り合い、らしいんですけど・・・」
頷いて、ちらりと国王に目を向ける。
どう考えたって、あたしよりも彼の方がミルベリーさんのことを知ってるに決まってるもん。
すると彼は困ったように笑って、お茶を注いでいた手を止めた。
「ミルベリーと言ってね、世話係・・・というか、雑務をこなして貰っているよ。
強く賢いから、つい無理を頼んでしまうことが多くてね。困らせてばかりだ」
・・・本職は国王の雑務係だったのか・・・。
国王のお墨付きなら、街道を1人で移動するくらいワケないのかも知れないけど・・・。
あれ、それならどうしてヘジーさんと一緒に食堂なんか営んでたんだろ?
まさかそれも、国王の雑務だったり?
なんか、考えれば考えただけ謎が深まっちゃうんだけど・・・。
「そうですか・・・陛下の雑務を・・・。
ではもしや彼女、東の騎士殿の妹ですか?」
あたしとは違って、王女は何か思うところがあったらしく、新しい質問を投げかけている。
国王は彼女の言葉にあっさり頷いて、あたしに向かって言った。
「ああ、その通りだよ。
アイリは、彼女の兄に会ったことはあるかな?」
「えっと・・・ヘジーさんのことですよね?」
「そう・・・でもその顔は、あまりよく知らなさそうだね・・・」
眉を八の字にしてる国王が、小さく息を吐き出す。
何も言えないあたしを見た彼は、そのまま続きを話し始めた。
「この国の騎士団は、団長と東西南北の4人の騎士が運営している。
ヘイジュはその中の、東の騎士という仕事をしているんだよ」
なるほど、ヘジーさんてば結構偉い人だったみたいだ。
そういうことならクロウくんの侵入に関しても、ひと肌脱げた、っていうのも納得・・・てゆうか、それって職権乱用ですよねぇ・・・。
無意識にボロ出しちゃいそうだし、この話題、あんまり続かないといいんだけど。
「へー・・・」
呆然と相槌を打ったあたしに、オルネ王女が呆れたように言う。
「そなた、他人事のように・・・」
どっちかというと、このまま他人事にしておきたいです。てゆうか、今のところまったくの他人事のはずなんですけど。
・・・とは言わないまでも、あたしは力なく笑ってみる。
「あ、あはは・・・なんかもう、スケールが大き過ぎて。
あたしには縁のない世界に浸ってるので、感覚がマヒしてきてるのかも・・・」
「縁のない、ねぇ・・・」
王女が沈痛な面持ちでため息をつく。
「今は縁がなくとも、王族の名くらいは知っておいた方が良い」
向かい側では、国王が苦笑していた。
「・・・今の君の仕事には、直接関係ないかも知れないが。
もう少し、我々王族に興味を持ってもらえると嬉しいな」
王族本人達から言われてしまっては、もう平謝りするしかない。
「す、すみません・・・!」
しばらく続いていたお小言の嵐が止んで、あたしは思い出した。
「・・・あ」
声が零れた拍子に、2人の視線がこっちに飛んでくる。
どうした、と問われた気がして、あたしは口を開いた。
「いやあの、お客様の後見というか、後ろ盾というか。
必要なんじゃないか、って王女が仰ってたのを思い出したので・・・」
皇太子とお客様と3人で作戦会議したけど、第一妃の説得の件ばっかりが気になって、後見のことは話さなかったんだ。
あたしの言葉に、オルネ王女が頷いた。
「そうだったな。
見合いのために招かれた客として、わらわが盾のひとつになるのは難しい。
本音を言えば、見合いをご破算にしてくれるのは助かるのだが・・・。
おばさまがクライツ縁の人間である以上、わらわは手出し出来ない」
言いながら、王女の目が国王を捉える。
「おそらく、陛下ご自身が動かれるのも難しいかと・・・。
だから今も、仮病をつかっているのでしょう?」
国王は、彼女の言葉には何も答えずに微笑んだ。
とっても曖昧な笑みだ。
「見合いは慶事・・・けれど、国王陛下が病に伏せった状況では進められない。
仮に命が危ういとするならば、皇太子は結婚よりも戴冠を先にするべきです。
だから、言葉で“モモを皇太子の妃とする”と言えない代わりに・・・」
「さすが、お見通しだねオルネ王女」
笑みを浮かべたまま、国王がカップを傾ける。
それを受けた彼女は「いいえ」と首を振って、彼と同じようにカップの取っ手に指をかけた。
「・・・でもね、」
かちゃ、とカップとソーサーが触れる音に続いて、楽しそうな声が響く。
笑みを深くした国王が、口を開いた。
「実は皇太子とモモのためだけでは、ないのだよ。
・・・あの子が、帰って来るんじゃないかと思ってね」
「あの子・・・?」
思わず呟いたあたしを見て、彼が頷く。
にこにこしてるカオは、小難しいことを話してた時のそれとは違う。
なんなんだろ・・・と、小首を傾げていると、王女が言葉を漏らした。
何かに思い至ったのか、額を押さえて。
「ああ・・・彼ですか」
「あの子は、口は悪いけれど優しい子だからね。
私が軽い風邪を引いただけでも、薬を飲むまで見張るようなところもある。
・・・病に伏せっていると聞けば、気になって戻ってくると思って」
事情はよく分かんないけど、国王が意外とお茶目なのは分かった。
・・・もしかして、ミルベリーさんの不機嫌そうなカオがデフォルトなのって、このオジサマのお茶目さが原因だったりとかしないよな。
あたしはウインクらしき仕草をした彼に、思い切って尋ねてみる。
・・・国王が会いたい“あの子”っていったら、もうこの人以外に考えられない。
「あの・・・それって、4番目の王子殿下のことだったりします・・・?
確か、絶賛出奔中のはず・・・」
「肝心の基礎知識はないのに、そういう情報は頭の中に入ってるんだな・・・」
呆れ半分な王女の言葉に、あたしは口を尖らせた。
「新聞はチェックしてたんですよ。
・・・皇太子殿下とお客様の様子も、ほぼ毎日載ってましたから」
まあ、半分ゴシップめいた記事ばっかりだったけどね。
心の中で付け足していると、国王が頷いていた。
そのカオが、物凄く嬉しそうな理由が気になる。
「うんうん。
いやいや実は・・・その4番目の王子が最近戻ってきてね」
「えーっ?!」
それは新聞に載ってもいいくらいの大スクープじゃないですか!
「・・・そうですか」
びっくりして声を上げたあたしとは対照的に、オルネ王女が落ち着きはらった態度で相槌を打つ。
あたしですら、その態度に違和感を感じたくらいだ。
国王はゆっくりと目を細めて、王女を見据えた。
「驚かないんだね?」
ぴりり、と走った緊張感に、あたしは息を飲む。
そして自らを空気だと思い込むことにして、固唾を飲んで2人のやり取りを見守った。
「彼のことですから、どこぞの窓から、ふらりと戻ると思っておりましたので。
けれど、その噂の欠片も聞こえてこないということは・・・。
今はまだ、あまり人目に触れたくはないのでしょうね」
「・・・オルネ王女、そなた・・・」
不穏な、というよりは、なんだかお互いに探り合ってるような雰囲気。
なんでこう、やんごとない人達の会話って掴みどころがないんだよ・・・。
あたしは居心地の悪さに視線を落しつつも、聞こえてくる会話をなるべく聞き流そうと努めていた。
「仇を成そうとは、考えておりません」
「・・・私も、そう思いたいところだね」
もしかして、オルネ王女と4番目の王子って仲が悪いのかな。
王子達のことを話してくれた時も、“婦女子の敵だ”くらいの言い草だったしなぁ・・・。
聞き流すつもりが、しっかり聞き取って内心首を捻る。
すると今度は、国王がため息混じりに言った。
「何かがあったのは察しているつもりだが・・・」
「この滞在の間に、話をしたいと思っておりました」
「話か・・・なるほど・・・」
言葉が切れて、沈黙が落ちる。
あたしは視線をテーブルの上に走らせて、その気まずさをやり過ごそうとしていた。
・・・てゆうか、完全に場違いだ。あたしの耳に入っていい話じゃなさそうだし。
それならいっそ、あたしは退出して部屋の外でぼーっと立ってようかな・・・。
なんて、そんなことを考えて口を開こうとした、その時だ。
国王がひとつ、息を吐き出した。
「・・・この話は、ここまでにしようか」
・・・やっと終わったのか。
顔を上げれば、そこには若干疲れたカオの国王陛下が。
・・・大変なんですね、やんごとない人達って。
「ああ、話が脱線したままだったね」
思い出したように、国王が言った。
疲れたカオに微笑みが浮かぶ。
「クローネルとジュジュが、モモの後ろ盾になってくれるそうだ」
「・・・お2人が、ですか。
ジュジュ姫はともかく、クローネル殿下も・・・とは・・・」
・・・初めて聞く名前だけど、誰だろ。殿下、ってことは4番目の王子の名前かな?
今日は首を捻ってばっかりだ。
内心でため息を吐いて、あたしは静かに耳を傾ける。
すると国王は、苦笑混じりに頷いた。
「ジュジュは温室で育てている植物から、香水や化粧品を作っていてね。
それで得た利益を孤児院や老人院に寄付しているから、国民から人気がある。
クローネルはいいかげんな素行の陰で、定期的に貧民街で医療活動をしている。
・・・世論も、2人が後ろ盾になることを歓迎するだろうね」
「なるほど・・・」
相槌を打った王女が、険しい目を国王に向ける。
「口出しは無礼かとは思いますが・・・。
諸外国に向けては、どうなさるおつもりですか?」
「そうだね・・・なかなか悩ましい問題ではあるが。
・・・頼もしくなった4男が、そのあたりも考えていると思うよ」
「皇太子殿下ではなく、ですか?」
意外そうに目を見開いた王女を見て、国王の口からは笑い声が零れ落ちた。
「ライネルがするべきは、まずは母親の説得。
そして、彼女を安心させてやることだ・・・とね。あの子が」
「・・・それ、家出しちゃう人の台詞じゃない気がしますけど」
ぼそっと呟いた言葉に、その場が静まり返る。
そして次の瞬間2人が、何かが弾けたように笑いだした。
いやいや、変なこと言ったつもりはないんですけどね。




