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サヨナラは明後日に









「まさか、幾日の猶予もないのか」

「あるわけないじゃないですか。

 これだけ引き延ばして、まだ猶予があると思ってんですか」

口の端をひくつかせたあたしは、声を低くして皇太子に言ってやった。

・・・あたしのことゴミ山に放り込んどいて、よく言うよ!・・・とは言えなかったけど。








仕事のゴールに向かって突き進む気満々、あたしは頬が緩まないように意識するのも忘れて言った。

「それじゃあ、さくっと帰国の日にちを決めちゃいましょう。

 なんなら明日・・・はさすがに急ですから、明後日あたりでいかがです?」

ぱちん、と手を叩いたら、皇太子が思いっきりしかめ面をした。

それで、猶予の話になったわけだけど・・・。




語気を強めたあたしに、皇太子は言葉に詰まった。

「・・・そ・・・そう、だったな・・・」

文字通りの汚い方法で、あたしを妨害したことを思い出したらしい彼は、苦虫を噛み潰したようなカオをして視線を逸らす。

・・・よし。とりあえず異論はなし、ということで・・・。

あたしは改めて、お客様に向き直った。

「えっと・・・ということなので、帰国は明後日でいいですね?」

「はい・・・」

すっかり意気消沈した彼女の頭が、かくん、と上下する。

ちょっぴり気の毒な気がしないでもないけど、同情したって状況が好転するわけじゃなし。あたしに出来るのは、さくさく予定を決めて、その通りに進めることだ。

頷いたあたしは、なるべく事務的に伝えようと言葉を選ぶ。

「それじゃあ今日の夜、会社と連絡を取って時間を決めるので・・・。

 ・・・明日の昼までにはお伝えしますね」

彼女にぴったり寄り添う皇太子が、その肩を抱く。

そして、そっと吐き出したため息と一緒に、変わり映えのしない台詞が零れた。

「どうしても離れなくてはならないのか・・・」

「ライネル・・・」

見つめ合う2人。

流れる空気が甘ったるくて、口の中がじゃりじゃりする。

・・・この人達、悲恋の主人公になりきってるんじゃなかろうか・・・。

それになんだか、あたしが2人を引き裂いてるみたいな錯覚を起こして、とっても居心地が悪いんですけど・・・。

2人はもはや、あたしの存在なんか忘れてるらしい。甘ったるい台詞を吐き合って、見つめ合って、ちょっとずつ顔が近づいて・・・っておいおいおい!

あたしは慌てて息を吸い込んだ。


「ストーップ!」

甘ったるい空気を掻き消すように、思いっきり手を叩く。

2人っきりの世界に割って入ったあたしを、彼らは驚いたカオで振り返った。

「そういうのは、人の目に触れないところでどうぞ!」

・・・すみませんね、お邪魔虫で!

でも異世界トリップのヒロインみたいに、筋書き通りに事が運ぶわけがない、と思うのはあたしだけですか。

もっとちゃんと、この先のこと考えた方がいいと思うんだけど。


「あのね、今日と明日でしなくちゃいけないこと、いろいろありますよね?!」

「い、いろいろ・・・?」

若干気圧されたのか、皇太子が小さな声で尋ねてくる。

あたしはため息混じりに答えた。

「だから・・・。

 新聞を読んだ限りでは、お2人はご婚約もまだですよね?

 ・・・いやまあ、そのあたりは、あたしは部外者だからアレですけども」

“婚約”の2文字に、彼の頬が強張る。

・・・やっぱり第一妃からは超絶に反対されて、真面目が服着てるような皇太子に遅めの反抗期がやって来た、ってとこなのかな・・・。

そんなことを考えていると、彼が苦いカオで口を開いた。

「母上が反対されるのは、もっともではあるのだ。

 私は国を背負って立つ身・・・国益に繋がらない結婚は・・・」

「・・・こう言っちゃ失礼ですけど、そういう自覚はあったんですねぇ・・・」

「だがもう、彼女がいない人生など考えられない」

吐き捨てるような最後のひと言に、目が勝手に見開いた。

その瞬間には、何にびっくりしたのか自分でも分からなかったけど。

でもちょっと間を置いてから、皇太子が吐き出した感情に良く似たものを、自分が最近受け取ったばかりだったからなんだと気がついた。

「・・・ライネル・・・」

お客様が、潤んだ目を皇太子に向ける。

彼の言葉にいたく感動したらしい彼女は、感極まったのか、あたしを見つめて声を震わせた。

「私が旅行に来たのは、気分転換をしたかったからなの。

 仕事にも婚活にも合コンにも疲れて、本気で心療内科に行こうと思った。

 だから、とにかく何も考えなくていい場所に行こうって、それだけで・・・。

 興味があって王城見学してるところで、ライネルに声をかけられたの。

 そしてハッキリ分かった。この人が運命のひとなんだって。

 格好良くて背が高くて王子様で、長男なのはちょっとアレだけど格好良いし!

 強いし私のこと大好きだし誠実だし、とにかく王子様なんだもの!玉の輿!

 もう彼以外に考えられないのよ!」

「なんかもう最後の方、心の声が駄々漏れですけど」

とりあえず、格好良くて王子様なのは、お客様にとってドストライクだったんですね。2回も言ってたし。

・・・あ、頭痛くなってきた。


沈痛な面持ちで額を押さえたあたしは、会話の舵取りをするべく口を開く。

「いやもう、お2人が熱く想い合ってるのは分かったので・・・。

 とにかくいいですか、話を戻しますよ!」

コレはほんとは、あたしが口出しするようなことじゃないんだけど。なんか2人が縋りつくような視線を向けてくるのも、すっごく不本意なんだけど。

でも、あたしだって同じ立場になったらきっと・・・と思うから。

「とにかく第一妃様の説得です。

 書類にサインしてもらえないことには、結婚なんか夢のまた夢ですから」


その後、へとへとになるまで話し合いは続いた。

ちなみに、いつの間にか自分の地が出てたことに気づいたのは、話が終わる頃だ。





国王の寝室に戻ったあたしは、ソファに招かれた。

テーブルには、お茶とお茶菓子が置かれている。

どうやら国王とオルネ王女は、お茶をしながら歓談していたらしい。

ラジュアの姿がないな、と思って視線を走らせたら、彼は彼で仕事中らしく、部屋の入り口あたりに佇んでいた。


「・・・終わったか」

「お待たせしました~・・・」

声をかけてきた国王に、力ない声で言葉を返したあたしは、よろよろと招かれるままソファに腰掛ける。

すると彼は、あたしの後ろからやって来た皇太子とお客様に目を向けた。

視線を受けた2人は、背筋を伸ばす。

やるべきことがハッキリしたからなのか、2人の目はやる気に満ちていた。

・・・その分、説明しまくったあたしの体力は底を尽きそうになってるんだけど。

「モモを、一度帰すことにしました。

 ・・・必要な手続きを行って、妃として迎えるために」

国王はその言葉に、大きく頷いて言う。

「そうか。

 ・・・アイリ、手間をかけたね」

「いえいえ、ほんとに大変なのはお2人ですから・・・」

先輩からの情報とオルネ王女と話してて感じたことを伝えただけだから、あたしの疲れは一時のものでしかない。

これから頑張るのは、皇太子とお客様だもんね。








帰国の予定の細かいことが決まり次第、国王経由で連絡をすることを確認したら、「第一妃に話をしに行く」と皇太子とお客様が出て行った。

いくらか静かになったところで、あたしは自分の仕事がひと段落したのに安心して、ほぅ、と息をついていた。

その時だ。

ふいに、国王が口を開いた。

「そういえば、手紙の返事をしなくてはな」

「・・・あ」

すっかり忘れてた。

思わず零れた声に、あたしは口元を手で覆う。

「あ、でも、急がなくても大丈夫だとは思います。

 その・・・いただけるなら、ありがたくお預かりしますけど・・・」

中身は知らないけど、至急だとも言われてなかったはずだ。

お客様を連れて帰って数日で、あたしはもう一度こっちに来る予定だし。その時に受け取りに来たとしても、遅くないような気はする。

考えながら言葉を紡いだあたしに、国王が微笑んだ。

「あれは取引の話でな・・・こちらからの質問も出来たので、持ち帰って貰いたい。

 明後日、モモを迎えに来た時にでも預けることにしよう」

「分かりました。

 ・・・取引、って仰いましたけど・・・無茶苦茶な内容じゃないですよね?」

ちょっと心配になって尋ねれば、彼は苦笑混じりに首を振った。

「大丈夫だよ。

 実は、オクムラ以外にも観光協定を結びたいと尋ねてきた者はいたのだよ。

 最初に選択権があったのは、我が国の方だった。

 条件に関係なく、長く付き合える相手を選んだつもりだ。心配ない」

「それなら、いいんですけど・・・」

仕事大好き人間の社長を思い浮かべたあたしの心配は、とりあえず必要ないみたいだ。

すると、肩の力を抜いたあたしから視線を外した国王は、壁の向こうに声をかける。

「すまないが、わたし達に新しいお茶を用意してくれるかな。

 それから、もう1人の客人の分のお茶と、茶菓子も頼むよ」

ほんの少し声を張った彼に、どこからか返事が返ってきた。


「かしこまりました」


・・・ん?

なんか・・・。

聞き覚えのあるような、ないような女性の声に思わず首を捻る。

記憶の中から情報を引っ張り出そうとして眉根を寄せていると、ふいに人の気配が側にあることに気がついた。

意識が逸れていたあたしは、横から伸びてきた手がカップを置いていくのを見つけて、はたと我に返る。

そして、慌ててお礼を言おうと、女性の顔を見上げて・・・。

「え・・・?!」

絶句した。

だって、だってだってだって。

「わたくしの顔に、何か」

ツンツンした童顔に、メロンみたいな巨乳。羨ましいなんて全然思ってないのに、つい目がいっちゃうなんて悔しい限りだ。

てゆうか、一体どういうことなのかクロウくん、説明してよ。

驚きに目を見開いたあたしは、やっとの思いでその人の名前を口にした。

「み、ミルベリーさん・・・!」

そう、あたしにお茶を出してくれたのは、兄のヘジーさんと一緒に“朝日の街”の食堂で働いてた童顔巨乳のウェイトレス、ミルベリーさんだったのだ。



初対面の時と同じようにチクチクと棘のある視線をくれた彼女は、テーブルの上にお茶のお代わりとお茶菓子を置いていく。

「陛下とオルネ王女殿下の分のお茶は、ポットに用意してあります」

「ありがとう、いただくよ」

「ありがとう」

陛下とオルネ王女が交互にお礼を言って、それに彼女は「いえ」と短く返す。

そして、あたしに向き直った。

別に悪いことはしてないと思うんだけど、あたしの体、顔立ちの整った人に睨まれると心臓が縮むように出来てるみたいで。

いっそのこと気づかない振りをして、スルーしちゃえば良かったのに。

・・・すでにあとの祭り、ってやつだけど。

「アイリさん、でしたよね。

 兄にお会いになられたとか・・・」

・・・なんか、食堂で会った時とは口調も雰囲気も違うような気がする。

違和感に気を取られて咄嗟に言葉が出ないあたしを見て、彼女が軽く息を吐く。

「・・・明日の昼、お部屋に伺いますので。

 その際に、モモ様のご帰国の予定をお伝え願います。・・・では」

「え、あっ・・・」

ほんとに見た目を裏切らないっていうか、短気だな。

慌てて立ち上がったら、すでに彼女は背中を向けていて。

その刹那、あたしは彼女ならクロウくんに連絡を取れるんじゃないか、なんてことを思いついた。

お客様と一緒に、あたしも一旦元の世界に帰ることになるんだ。

彼にそのことをちゃんと伝えないといけないんだけど、あたしから連絡を取る方法は今のところないから。

だから気づけば、引き留めようと口を開いてた。

「あのっ、ク、」

あたしがそう口走った瞬間、彼女が物凄い勢いで振り返った。お客さんにお茶を出す人の顔とは思えないくらい、迫力満点の表情で。

その気迫に思わず息を飲んだ刹那、短い言葉が飛んできた。

「失礼いたします」

・・・お、怒られた・・・!



「すまないね、悪い子ではないんだが・・・」

呆然と立ち尽くして、去っていくミルベリーさんの背中を見ていたあたしは、聞こえてきた声に、はっと我に返った。

そして、慌てて手をぱたぱた振って言う。

「こちらこそ、すみません!

 騒がしくしてしまって・・・!」

「あまり振ると、悪くなるぞ」

ぺこぺこ頭を下げたら、横にいたオルネ王女に呆れられた。




それにしてもミルベリーさんにクロウくんのこと、聞きたかったんだけどなぁ・・・。









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