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真面目に危険な皇太子









びしっと詰襟を着こなした長身のイケメンが、おっかない顔をして立っていた。

・・・この人が皇太子・・・。

クロウくんは“真面目が服着てる”感じだって言っていたけど・・・。

彼はお客様の後ろについてやって来たあたし達に、鋭い視線を向ける。

そして、その視線を剥がすことなく言った。

「モモ、こちらへ」

頷いたお客様は小走りになって駆け寄って、彼はそれを抱き留める。







寄り添って佇んでいる皇太子とお客様のことは、ひとまず放っておくことにしたのか、オルネ王女はソファから立ち上がった国王の方へと顔を向けた。

「・・・陛下、この度はありがとうございます」

飛び出したお礼の言葉に、慌ててあたしも口を開く。

「ありがとうございます!」

今日のコレは、あたしの仕事のため・・・まあ、国王にとってはほとんど長男のためなんだろうけど・・・だからだ。

お客様にペコペコするのとは込める意味が違うお辞儀をして、顔を上げる。

「お手を煩わせてしまいました」

王女の言葉に、国王がゆるゆると首を振った。

「いいや・・・。

 このままオルネ王女を留めておくのも、申し訳ないと思っていたところでね」

そこまで言って言葉を区切った国王は、王女からあたしへと視線を移した。

柔らかい眼差しなのに、なんだか緊張する・・・。

思わず生唾を飲み込んだあたしは、彼が言葉を発するのを待った。

「・・・アイリ、だったか」

「はっ、はいっ」

「彼らに、話をしてやって貰えるかな。

 一緒にいるために、これから何をすればいいのかを」

「もちろんです。

 でもええと・・・まずはお客様と・・・」

出来たら1対1の状態で話をしたいんだけど・・・。

微笑んだ国王に頷いたあたしは、口ごもって視線を彷徨わせる。

すると、しばらくの間こちらの様子を窺っていた皇太子が、険しい目つきで口を開いた。

「私も同席させて貰おう。

 ・・・目を離した隙に、勝手に連れ帰られては困る」

・・・あのねぇ・・・そもそもお客様が勝手に居残ったんでしょーよ。

目の敵にされてる感にげんなりしつつ、心の中で反論する。

寄りそったお客様は、不安そうに彼の顔を見上げてるし。

あたしの鼻先に人差し指を突き付けた時とは、全然顔つきが違うんですけど・・・。







「それで、私達が一緒にいられる方法って?」

体が沈みそうなソファに上手に腰を下ろしたお客様が身を乗り出し、焦りを滲ませながらあたしの顔を覗き込む。


入って来たのとは別のドアから案内された部屋は、応接用のソファとテーブル、それから分厚い本棚がそびえ立つ空間だった。

・・・もしかしたら、この本の中にもクロウくんの呪いを解く方法とか、載ってたりするんじゃないのかな・・・。

どう見ても娯楽小説の類じゃなさそうな背表紙の本を眺めて、そんなことを思っていた時だった。


あたしは彼女と皇太子の顔を交互に見て、口を開いた。

「わたし達の世界でいうところの、異世界結婚をするんです。

 ・・・こ、こちらでは、普通に結婚することになると思うんですけど・・・」

真剣な目つきなのか、ただ単に凄んでるだけなのか分からない皇太子が怖くて、ちょっと舌を噛みそうになる。

頬を押さえて、お客様がはにかむ。

「それはその・・・ね、ライネル?」

小首を傾げて見つめられ、頬に赤みが差した皇太子は、大きく頷いた。

「私は彼女を妻にするつもりで、傍に置いている」

「そ、そうですか」

恥ずかしげもなく言い切った彼に、何となくあたしの方がむず痒い気持ちで相槌を打つ。

そして、自分を叱咤するつもりで咳払いをしてから、言葉を続ける。

「ともかくですね。その異世界結婚のためにも、一旦帰らないといけないんです。

 ああああああの、質問なら説明を聞いてからお願いしますね」

帰らないと、のあたりで腰を浮かしかけた皇太子に、決死の思いで釘を打つ。

あたしは口を閉じた彼に頷いてから、話の続きに意識を向けた。

桑原先輩から教えてもらったことを思い出しながら、言葉を紡ぐ。


「まず最初に、ここにこのまま居続けたらどうなるか、という話を・・・。

 許された滞在期間よりも長く、意図的に滞在してしまうと、罰金が発生します。

 それ自体は、これまでの例だと年単位の超過滞在みたいなので、お客様の場合は

 まだセーフですね。

 でも、超過滞在と結婚を同時に進行させてしまうと、壮絶な罰金が・・・。

 ・・・まだ前例はないそうですが、ご家族にも迷惑のかかる額になりそうです。

 あ、すみません、旅行会社も報告の義務を怠ると罰則が・・・。

 

 というわけなので、ここからは一度帰ることが大前提での、解決策になります。

 

 桃井優里さん、あなたは今、日本国籍を持ってますよね。

 まずは、ご自分で書類を取り寄せて、国籍放棄の手続きをして下さい。

 わたしも実物を見たことはないんですけど、ご家族の同意が必要だと思うので、

 そのあたりは話し合いをしなくちゃいけないかも、です。

 

 それから国籍放棄のためには、異世界婚姻の申請も必要です。

 これもご家族の同意が必要ですし、皇太子様の家族だから・・・ええっと。

 国王陛下と第一妃様の同意を得て下さい。サインする箇所があるはずです。

 そうすると申請を受けて、係の人間が同意した方との面談にやって来ます。

 ・・・で、問題がなければ申請が下りるわけですが・・・。

 

 婚姻の申請が下りて、国籍を放棄して。

 そこまでしたら、晴れて移住が可能になります。

 ・・・と、いう感じなんですが・・・ご質問がありましたらどうぞ」




他にも、ケースによって移住に必要な書類は変わるみたいだけど、とりあえずこんなとこだろう。

てゆうか、これ以上の知識はないから、あとは自分で何とかして欲しいところだ。


一気に喋って乱れた呼吸を整える。

その間、目の前に並んで座る2人を見ていたけど・・・お客様はなんだかちょっと、青ざめてるような気が・・・。

心配になって声をかけようかと口を開いたら、ほとんど同時に彼女の方があたしを見た。

「・・・分かっ、」

「いくらあれば良いのだ?」

その言葉を掻き消すように割り込んできたのは、皇太子の台詞で。

彼は、苦虫を噛み潰したようなカオをして、身を乗り出した。

「壮絶な罰金、と言ったな。いくらだ?」

・・・まさかこの人、罰金払って何とかしちゃえ、とか思ってんのか。何が何でも、お客様と離れたくないってことなんだろうけど・・・。

おいおいおい・・・と内心でため息を吐いたあたしは、ゆるゆると首を振った。

これはちょっと皇太子でイケメンだからって、ビビってる場合じゃないな。

絶対お客様を連れ帰って、クロウくんとの約束を実現するんだから。気合いいれろアイリ。ここが踏ん張りどころだ。

「こちらの通貨は、わたし達の世界では無価値です。

 金や宝石、お金に代わりそうなものも、全て持って帰ることは出来ませんし・・・」

“罰金払って何とかしちゃえ作戦”は通用しない、というあたしの返答に、彼は片方の眉毛を器用に跳ね上げた。

隣に座るお客様が、不安そうに彼の腕に触れる。

「それなら、そなたを拘束して交換条件を・・・」

「それは犯罪です。

 ・・・わたしが帰らなければ、武装した人達が大勢来るかもですよ。

 会社の関係で、そういうのが得意な人達と仲良しなんです。

 反則的に強いので、きっと数刻で王城はおろか、国中が制圧されちゃいます」

強気で物騒な台詞が返ってくるとは思いもしなかったのか、皇太子が一瞬言葉に詰まった。

銃火器の類を持ってやって来ることはないだろうけど、社長はキレたら怖いんだ。

あんまり脅かしたくないけど、この人発想が危険ぽいからなぁ・・・なんか、第一妃の遺伝子を感じるよ。ちょっとくらい嘘を散りばめてもいいか。

「ちなみに、わたしの言葉が嘘じゃないことはお客様なら分かりますよね?」

皇太子が戸惑ってる間に、トドメのひと言。

お客様は、かくかくと首を縦に振った。

・・・きっと、ヤクザ的な人達が攻めてくるもんだと思い込んでるんだろうな。あたしも、そういう雰囲気で言ったしな。

そんなことを思いつつ、こっそりため息を漏らしていると、皇太子が頷いた。

「・・・分かった・・・私も国は大事だ」

あとで、うちの会社が、普段は決して危険な集団じゃないってことだけは、ちゃんと説明しとかなくちゃいけないかも知れない。







「というわけなので、一旦帰りましょうねお客様」

「・・・はい・・・」

よっしゃ、お客様の同意ゲット!お仕事達成確定!良かったゴネなくて!

蚊の鳴くような声で呟いて頷いた彼女を前に、あたしは何度も頷く。

これでこそ、生ゴミの山と一緒に捨てられた甲斐があった、ってもんだ。

・・・え、まさかあれ、皇太子の危険な発想だったりしない、よねぇ・・・?




まあいいや、とにかく上手くいったし。クロウくんに報告しなくちゃ。

・・・でも昨晩来たから、今夜は来ないかなぁ・・・。









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