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不機嫌なモモ









「はい・・・え?・・・いやいや、帰りますよもちろん。

 ・・・もー・・・そういうのはご自分でどうぞ~。

 あ、この件が片付いたら、有休取りたいんですけど・・・」






・・・ふぅ。


通信を切った瞬間に、無意識のため息が漏れる。

クロウくんとの約束通り、有休を取って社割でこっちに戻って来ることも、問題なく実現出来そうだ。

とりあえず、仕事の終わりが縁の切れ目になることもなさそうで、ほっとした。

思わず口元が緩んじゃいそうだけど、シャキッとしないとな。

「仕事が先仕事が先仕事がさきーっ!」

早口言葉みたいに言って、頬を叩く。

今はクロウくんのことばっかり考えて、楽しい気分になってちゃいかん。

一緒に寝っ転がって、気持ちまで転がっちゃいそうだったけど・・・でも、仕事で来たんだから仕事を片づけてから!

・・・って・・・言い聞かせた分だけ、気持ちが逆走しそうだけど・・・!


その後も、あたしはクロウくんの声とか台詞とか、更には、くっ付いた時の息苦しさまで思い出して、その度にベッドをばふんばふん叩いたのだった。









翌朝、寝不足な頭を揺さぶり起こしてくれたのは、オルネ王女のひと言だった。


「えっ、こんなに早くですか?!」

優雅にカップを傾けた王女が、落ち着きはらった顔を上げる。

「うん。陛下が取りなして下さったようだ。

 早目の昼食を済ませたら、陛下の寝室に向かおう」

「はぁ・・・」

「なんだその反応は。

 まあ、確かに皇太子達のために事を進めようとされているのだろうが・・・」

思わず気の抜けた声を漏らしてしまったのを見て、王女は眉根を寄せた。

あたしは慌てて両手を振る。

「いえ、お客様に会えるのは、物凄くありがたいんですけど。

 あんまり調子良く進んだから、拍子抜けしちゃいまして・・・」

「・・・それは確かに。

 皇太子と離れたくない割に、素直にそなたの訪問に応じたのは不思議だな」

「そうなんですよねぇ・・・」

相槌を打ったあたしに、ラジュアがお茶を差し出してくれる。

「きちんとした手順を踏むことを、選ばれたのでは?」

・・・今日も爽やかだな、キラキラ美少年。昨日の夜の色気爆発なわんこの後だから、キミの姿が物凄く眩しく感じるよ・・・。

そんなことを思いつつ、あたしは彼の言葉に頷いた。

「・・・かも知れません。

 ところで面会の場は、皇太子様の私室ではないんですか?」

皇太子とお客様に会うのに、どうして国王の寝室なんだろう。

その答えを教えてくれたのは、王女だった。

「おばさまの目があるから、だろうな」


オルネ王女の、血の繋がらない“おばさま”・・・彼女は、この国の第一妃であり皇太子と2番目の王子の母親。

彼女の目や耳、つまり彼女の息がかかった騎士や侍女が王城の中にはたくさんいる、っていう話は、昨日ジュジュ王女から教わった。

第一妃は国政にも関わることが多くて、王城の中では国王の妃の1人というより、執政のパートナー的な立ち位置にいるっていう見方が強い、って話も聞いた。

そのへんのことは、あたしには良く分かんないけど・・・話を聞く限り、純粋な友好の礎として、お隣の国から嫁いできた、ってわけじゃないのかも。なんて。

実際、皇太子に関しては、国内の有力貴族だか周辺国の王族だかと結婚させて、って考えてたみたいだし。

・・・ちなみにその、周辺国の王族、っていうのがオルネ王女だったりするんだけど。


頭の中で昨日聞いた話を思い出していると、王女が声を落とす。

「昨日の今日で、わらわが皇太子に会いに行くというのは、いささか不自然だ。

 何かしら状況に変化があった、と捉えるだろう」

「変化・・・」

言われたことを、そのまま呟く。

すると、王女はカップを置いてあたしを見据えた。

「ああ。

 それまでと、一体何が変わったのか・・・。

 おそらく、ここ数日で現れたそなたの存在に疑問を持つだろうな」

「あ、あたしですか?」

すかさずラジュアが、王女の置いたカップにお茶を注ぐ。


・・・どうでもいいけどキラキラ美少年、本業は親衛隊長じゃなかったか。

見た限りでは、剣を振るって主を守る職より、身の回りのお世話をする執事の方が似合うような気がするよ。

それともまさか親衛隊になるための必修科目に執事学、なんてのもあったりとか?


ちらりと彼に向けた視線を戻せば、王女が口を開くところだった。

「そなたを連れて陛下に面会して、その翌日には皇太子に・・・。

 静観していたわらわが動いた理由が、そなたにあると思われるだろう。

 もちろん、いくつかの想像のうちの1つとして、だろうが・・・」

「なるほど・・・それで、陛下に面会するふうを装うのですね」

大げさに感嘆するラジュアを横目に、あたしは頬を引き攣らせた。

あの蛇みたいな第一妃に注目されちゃうなんて、背筋が凍りそうだ。もはやホラー。









国王の寝室の前には、いつかと同じように騎士と侍女が立ち塞がっていた。


「ただ今、先客がいらっしゃいます。

 部屋を用意致しますので、そちらでお待ち下さいませ」

挑戦的な笑顔を貼り付かせた侍女に、とっても丁寧な言い方で遠回しで、とりあえず帰れ、って言われてる。

相手が隣国の王女だってことくらい、彼女も分かってるはずなのに。この態度、物凄く失礼なんじゃないの。

強気な侍女の言いように王女が困ったカオをして、でも何も言わないから、代わりにあたしが・・・と息を吸い込む。

そして口を開けたのとほぼ同時に、侍女が仰け反った。

彼らの背後にあったドアが鈍い音と共に開いて、侍女の背中を押したらしい。

「いっ・・・?!」

見た目より痛かったんだろう、ドアノブも立派だもんな。王城の中って。

彼女は、顔を歪めて振り返った。

すると女性の声が。

「・・・ごめんなさい。ぶつかってしまったかしら」

誰だろ、聞いたことないけど・・・。

思わず隣に佇んでるキラキラ親衛隊長を一瞥してみるけど、彼は彼で、オルネ王女に失礼な態度をとった侍女を睨みつけてる。

・・・良くも悪くも王女中心の世界に生きてるラジュアは、置いとこう。

そんなことを考えいたら、騎士が口を開いた。

「それよりも、モモ様。

 貴女は奥へ」

「心配して下さって、ありがとうございます。

 せっかくだからオルネ様にも、中へ入っていただこうかと思うんです。

 ・・・この機会に、話をさせていただこうかと」

騎士の言葉をやんわりと断った彼女に、オルネ王女が口の端を上げた。

・・・もしかして王女、こうなるの知ってたの?



ドアから顔を覗かせた、モモ様と呼ばれた女性と目が合ったあたしは、咄嗟に声をかけていた。

「おきゃ、」

お客様、と言おうとしたら、物凄い勢いで彼女と王女が、あたしに視線を寄越す。

しかも、とっても怖いカオで。

「・・・いえ、何でもないですゴメンナサイ」

バリバリと強張った口元を動かしたあたしは、顔を伏せた。

すると、彼女達の会話が耳に入ってくる。

「本当に入っても?」

「もちろんです。

 お義父さまもお加減がよろしいので、是非入っていただきなさい、と・・・。

 せっかくですから、皆さんでお茶でもいかがですか?」

柔らかい口調に侍女や騎士が、思わず、といったふうに吐息を漏らした。




背後でドアの閉まる音が。

その瞬間、物凄い勢いでお客様が詰め寄ってきた。

「あんたねぇぇっ・・・」

ちちちち、近い!

「ひ・・・っ?!」

思わず息を飲んだあたしを、彼女は小さな声で怒鳴り付ける。

「あのタイミングで“お客様”だなんて言わないでよ!」

小声なのに、攻撃力抜群だ。

お美しい女性に、鼻先に人差し指なんて突き付けられたら、そりゃあ戦意も喪失します。

ご機嫌ナナメみたいだから、とりあえず平謝りしとこう。そうしよう。

これで「絶対帰らない!」とかゴネられても面倒極まりないもんな。

クロウくんとの約束が遠ざかるくらいなら、頭の一つや二つ、ぶんぶん振りますよ。

「す、すみませんすみません・・・!」

ぺこぺこ頭を下げるあたしを見て、ラジュアがオルネ王女に耳打ちしてる。



「喋ってるの初めて見ましたけど、モモ様ってご気性が荒いんですねぇ」

「・・・控えろ、聞こえたらどうする」






・・・クロウくん。

あたし、お客様を説得出来る気がしません・・・。











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