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王城に蜘蛛、または蛇








・・・目が覚めたら、ベッドの脇にある窓の隙間に、紙切れが挟まってて。

その四つ折にされた紙を広げて、目が点になった。


「ここに来たの・・・?!」

纏わりついてた眠気が、一気に吹き飛ぶ。

ベッドに入る前には、紙切れなんて挟まってなかった。手短にだけど、先輩と連絡を取りながら外を眺めてたから、覚えてる。

てことは、あたしが眠りに入った後・・・ってことになるけど。

「ほんと、油断も隙もないな・・・」

驚きと呆れが半分ずつの気持ちで紙切れを畳んだあたしは、ひとつ伸びをしてベッドから下りた。

思い切り息を吸い込んで、よし、と気合いを入れる。

と、ほぼ同時に、ドアがノックされた。








「おお、アイリ」

与えられた部屋の斜め向かいにある、オルネ王女の客室。

ドアを開けてくれたラジュアに挨拶をして中に入ると、優雅にお茶を楽しんでいる部屋の主が、あたしの顔を見て目を細めた。

「よく眠れたようだな」

「・・・おかげさまで。おはようございます。

 部屋も朝食も、ありがとうございました」

満足そうに頷いた彼女に手招きされて、あたしはソファに腰掛ける。

「どうぞ」

ラジュアがお茶を出してくれた。朝イチで見るには眩し過ぎる笑顔だ。

「あ、ありがとうございます」

あたしのお礼に微笑みを返して、彼は踵を返す。

そしてそのまま、騎士たちが控えている部屋に入って行った。


「気にするな。

 貰った恩に、少しばかり色をつけて返しているだけだ」

カップに口を付けようとしたところで、王女が言った。

一瞬何のことだろう、と瞬きしながら考えたあたしは、ああ、と思い至って視線を上げる。

「えっと・・・服一枚で、ここまでしていただかなくても・・・」

・・・どうせ持って帰れないし。

なんて、言えないけど。身に余るお礼に恐縮して、体が縮んでしまいそうですよ。

そんな気持ちがカオに出てたのか、王女はあたしを一瞥して微笑む。

「そう言うな。

 アイリを付き人にしたから、王城の侍女どもに煩わされずに済んでいるのだ。

 ・・・わらわの見合いの件も、何とかなりそうだしな」

「役に立ってるなら、まあ、いいんですけど・・・」

まあ、本人がいいって言うなら甘えておくか。

ため息混じりに相槌を打ったあたしに、王女は小さく笑った。





かちゃ、とカップを置く音すら、優雅。

王女の仕草を眺めて感心していたら、彼女がふいに口を開いた。

「そういえば、昨日尋ねようと思っていて機会を逃していたのだが・・・」

その声のトーンに、なんとなくカップを置く。

何か進展でもあったんだろうかと、あたしは彼女の顔を見た。

国王陛下にお願いしたお客様への取次は、昨日の今日で実現するはずないんだけど・・・。

「そなたのツレだという医者は、今どこにいるのだろうか。

 是非、そちらにも礼をしたいと思っているのだが・・・」

「ええーっと・・・ですね」

咄嗟に王女から目を逸らす。

そのカオが、間違いなく別の意味の“礼”をしてくれそうで怖い。

もしかして、もともと男の人に対して良いイメージを持ってないとか。

いやいや仮にそうだとしても、恩人にそんなカオすることないんじゃ・・・。

・・・とは口が曲がっても言えないあたしは、なんと答えたものかと、言葉を濁して考えを巡らせる。

百歩譲ってクロウくんのことを話すにしても、昨日王城を揺るがせた侵入者だなんて、とてもじゃないけど王女には聞かせられないしな・・・。

・・・うん、分からないってことで通しとこう。王城から出て、あたしが会えたらお礼を伝えるってことで・・・。

そう結論付けて、あたしは口を開いた。

「王都に着いた日に別れたきりで、今どこにいるんだか・・・。

 でも、もし会えたら伝えておきますね。

 ・・・王女様だったなんて聞いたら、きっとビックリすると思いますよ」

あたしも驚きました、と付け加えれば、彼女が口の端を上げる。

「では、そのように。

 くれぐれも、よろしく伝えておくれ」

優しさの滲む笑みを浮かべた王女の顔を見て、内心で胸を撫で下ろす。

一体何だったんだろう、と不思議に思いつつも頷きを返したあたしは、そっとカップを持ち上げた。


「それで・・・その医者は、一体どんな者なのだ?」

「どんな者・・・性格とか、ですか?」

質問の意味が掴み切れずに、聞き返す。

カップの中身は、もう温くなっている。

小首を傾げたあたしに、王女は頷いた。

「ラジュアに訊いても、あまり詳しく教えてくれなくてな。

 ・・・アイリの知っている、その医者のことを聞かせてくれないか」

「あぁ・・・なるほど・・・」

あたしは彼女の言葉に、呆れ半分で納得した。

あのキラキラ美少年騎士は、主人に触れたクロウくんのことを良く思ってはいないんだろう。いくら医者だ患者だと言ってみても、結局王女様のこととなると盲目みたいだし。

思い当たったことに苦笑して、あたしは口を開く。

「ええと、騎士団付属の医師団に所属してるみたいですよ。

 あたしも、彼の仕事についてはそれ以上知らないんですけど・・・」

「知らない?」

「えっと、特に興味もなかったし、知らなくても困らなかった、ので・・・」

訝しげにあたしの顔を覗き込んだ王女に、苦笑いを浮かべて明後日の方向に視線を投げる。

すると、彼女ががっくりと肩を落とした。

「そなた、付き合い甲斐のない女だな・・・。

 普通はもう少し、一緒にいる相手のことを知りたいと思うのではないのか?」

据わりかけた目を向けられて、あたしは慌てて手をぱたぱたさせる。

「いやあの、王都までいろいろあったので!」


そう、いろいろあった。

いろいろの大部分は、クロウくんにかけられた呪いなんだけど。

顔を斜めに走る稲妻が、呪いのせいだって聞かされて、とにかく驚いて。

それから程なくして、呪いの線が首まで延びてきて・・・王都に向かう直前には、手の甲まで延びてたっけ。

実際、クロウくんと一緒に移動したのなんて、ほんの数日だった。

それでも、その間はずっと一緒にいたから、呪いのことは頭から離れなかった気がする。

もちろん、夜の間にあたしのベッドに入り込んでたりもしたし、あたしが熱を出したりもして、ハプニングの効果もあったかも知れない。

・・・お客様のことや国王宛ての手紙の件もあったし。

理由はいろいろ付けられるけど、とにかく、彼の持つ背景まで気にしてられなくて。


そんなだったから、意識しちゃった今になって素性が気になってきたんだけど・・・。

とりあえず、クロウくんに会えたら直接尋ねてみることにしようって決めた。

・・・ヘジーさんにも言われたし。

あの紙切れの伝言の通りなら、今夜来てくれるはずだ。


そういうわけで、今はまだ、オルネ王女の目がクロウくんに向けられるのは嫌だったりする。

・・・いやこれは別にその、ヤキモチだとかそんなんじゃなくてだ。


ともかく、手をぱたぱたさせて誤魔化したあたしに、王女は胡散臭そうなものを見るような視線を寄越してきたけど、それ以上は追及されなかった。

ほっとしたのは言うまでもない。








「・・・王女様?」

「ええ。王女様です」

きょとん、と半ばオウム返しのように言ったあたしに、ラジュアが微笑んだ。


あたし達が朝の挨拶代わりにクロウくんの話をしている間、ラジュアは続きになっている部屋で、控えの騎士達に話をしていたらしい。

昨日の夜ちょっとだけ突っ込んで話を聞いてみたら、キラキラ美少年はどうやら親衛隊長、という役職についているのだそうで。

親衛隊、っていうのが何なのか・・・実はよく分かってないけど、話を聞いた限りでは、とりあえず王女の専属ボディガード隊ということで、間違いはないみたいだ。


そんな親衛隊長は、キラキラした笑みを主人であるオルネ王女にも向ける。

「こちらのオルネ様も、王女ではありますが・・・」

すると彼女は、そんな微笑みには慣れてしまっているのか顔色ひとつ変えることなく、あたしに向かって口を開いた。

「ラジュアが言っているのは、この国の王女だ。

 昨日顔を合わせた騎士団長、ヴァイアスの妹君にあたる」

「・・・そうでしたか。

 でも、どうしてこの国の王女様が・・・?」

「さあ・・・。

 彼女は、皇太子と2番目とは母親が違う。懐いているのは4番目だ。

 そこから考えても、此度の見合い話には関わりがなさそうだが・・・」

小首を傾げたあたしに、オルネ王女が肩を竦める。

「まあ、もともと喧嘩腰になる必要のない相手だ。

 誘われたからには、顔を出すのが礼儀だろう」

立ち上がった王女に合わせて、ラジュアが羽織を持ってきた。

それを何種類かの衣を重ねた上に羽織った彼女には、羽を広げたクジャクみたいな華やかさがある。


クライツの民族衣装は、色彩が豊かだ。高地のごつごつした山の風景には、これくらいの派手さがあった方が活気が出るんだろうか。

・・・これで高山病の心配がなければなぁ・・・。


そんなことを心の中で独りごちていたら、名前を呼ばれた。

どうやら、この国の王女様の部屋に行くらしい。







廊下は相変わらず物々しくて、少し歩いては騎士、また少し歩いては騎士・・・犬も歩けば、てな具合に警戒にあたる騎士達に出くわす。

そのたびにじろじろ見られて、なんだか居た堪れない。

だから、視線を落として王女の服の裾を追いかけて歩いていたあたしは、突然降って来た声に驚いて、一瞬呼吸を止めた。


「ごきげんよう、オルネ」


鼻にかかる、高い声。明らかに女性の声だ。

なんとなく顔を上げづらくて、あたしは俯き加減のままダンボにした耳を澄ます。

「・・・おばさま」


・・・ん?おばさま?

あたしは視線を這わせながら、考えを巡らせる。

オルネ王女は、クライツの・・・なのに、この国の王城で“おばさま”・・・?


あたしが内心首を捻っている間にも、2人のやんごとない雰囲気の挨拶が続いているのが聞こえてくる。

特に“おばさま”と呼ばれた人は、オルネ王女から社交辞令でも言われたのか高笑いを上げて、なんだかご満悦そうだ。

これなら、ちょっとくらい顔を上げても平気かも・・・と思ったあたしは、ゆっくりと視線を上げていく。

そして、王女の肩越しに視界に入った顔を見て、固まった。


煌びやかに飾り立てた、真っ白な顔。真っ赤な唇が、毒々しい。

それだけでも十分インパクトがあるというのに、あろうことか、彼女の瞳があたしを捉えていることに気づいてしまったのだ。

・・・蜘蛛だ。もしくは蛇。恐ろしく肉食の気配がする。

これが“おばさま”・・・化粧を落とした素顔、この数倍は恐ろしいんだろうな・・・なんて感想を抱きつつ、なんとなく視線を逸らす。

敵意はない、って態度に表わさないと。自分よりも上だと分かり切ってる相手に、真正面から視線をぶつける勇気もないし。

大丈夫。

あたしはこうやって、幾度となくイケメンを巡るトラブルをスレスレで回避してきたんだから、間違いはないはず・・・。

だから、きっと大丈夫。大丈夫大丈夫、大、

「そこの、」

・・・丈夫じゃ、なかった・・・!


王女の背中が、わずかに一度、揺れた気がした。

今まで不遜な態度にヒヤリとさせられるくらいだったから、そんな彼女の姿を見てしまったあたしは、思い切り動揺してしまった。




大きく跳ねた心臓が口から飛び出すのを我慢したあたしを、クロウくん、褒めて。









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