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新聞とわんこ








何も注文してないし、水にも手を付けてない。

だからあの、あたし、このまま店を出てもいいかな。


ささやかな願望は、イケメンの眼差しが打ち砕いてくれた。




「お嬢さん、」

無精ひげすら計算済みなんじゃないかと思うような、ワイルドなイケメンが、あたしに目を向ける。


金髪で、碧眼で。

骨格はゴツゴツした感じで、ハリウッドスターなんじゃないかと思わせる風貌をしてる。

ちょっと悪そうなクセに、なんで目元だけ甘いんだよ。

会話から推測するに、面倒くさそうな童顔巨乳の兄であるらしい。

兄はワイルドで、妹は萌えなのか。

兄妹でどんだけの広範囲をカバーしてるんだろう。


彼らの攻撃範囲から逃げ出したい気持ちを押し殺して、あたしは彼を仰ぎ見る。

すると、彼はクロウさんに纏わりつくように立っている妹を引き剥がし、言った。

「ご注文は?」

低い声に、鳥肌が立つ。

この人には何の落ち度もないけど、ほんとに苦手なんだ。

一般的な女性なら、耳元で囁かれたら腰が砕けるんだろうけど・・・あたしにとっては胃をキリキリと締め付ける警報音でしかない。

あたしは熱に浮かされるように唇を動かして、どうにかサンドイッチを頼んだ。

テーブルの下で祈るように組んだ手が震えてるの、気づかれてませんように。

「おーけー。

 ・・・クロウは・・・」

彼がやっとあたしから視線を外して、クロウさんに話しかける。

その瞬間に詰めていた息を吐き出したあたしは、おかしな汗が胸元を伝うのを感じて、水を流し込んだ。

冷たい水は、ちょっとだけ冷静さを取り戻させてくれた。

そしてあたしは、自分が食堂から逃亡出来ない現実に気づく。




運ばれてきたサンドイッチは、憎らしいくらい美味しかった。

からしマヨネーズみたいな、ぴりっとした酸味のあるソースが塗られてて、しゃきしゃきのレタスと温かい厚切りのベーコンが挟まってて。

だから、油断してた。


「・・・ほれ」

美味しい朝食にかぶりついていたあたしは、渋い声が頭上から降ってきたことに肩を震わせる。

それでも、一旦口に入れたものを咀嚼するのを止められるわけがなく。

あたしはクロウさんの目の前に、ワイルドな彼がお皿を置くのを見つめる。

こんがり焼けて、塗られたバターがキラキラ輝くトーストと厚切りのベーコン、サラダ。スープからは湯気が立ち昇って。

・・・そっちも美味しそうだね。

思わず咀嚼している口を止めてしまったあたしを、彼は見ていたらしい。

「味はいかがですか、お嬢さん」

渋い声が向けられて、口の中から味が飛んでいってしまったのが分かる。

詰めていたものを全部飲みこんで、あたしは頷いた。

「お、おいしい、です」

「アイリちゃん?」

かちこちに固まって、たどたどしい台詞を紡いだあたしを見つめて、クロウさんが訝しげな表情を浮かべた。

「大丈夫?

 もしかして、わき腹痛む?」

何回も首を振って否定する。

すると、彼が首を傾げた。

「痛むって・・・怪我してるのか、お嬢さん」

「怪我してたのをウチで手当てしたの。

 ・・・これから定期便で、王都に行くとこ」

あたしが口を開くよりも早く、クロウさんが答えてくれる。

それなりに親密らしい彼らは、ぽんぽんと会話のキャッチボールを始めた。


イケメンの視線が自分に向けられていないことに胸を撫で下ろしたあたしは、そっと息をつく。

そこで、チクチクと刺さる何かを感じて、振り返った。

ウェイトレスの彼女が、こちらに向かって鋭利な刃物みたいな視線を投げている。

・・・ものすごく怒ってるらしい。


あたしがイケメンとイケジョに震えあがる理由・・・それは、高校時代にまで遡る。


ウチのひいばあちゃん、お祖母ちゃん、お母さんは、それぞれ若かりし頃にゲリラトリップに遭遇してしまった。

3人には、時代もトリップ先も違うっていうのに、共通点がある。

それは、トリップした先で出会ったイイ男に散々な目に遭わされた、ってこと。

物を盗られるくらいで済んだのはお母さんだけで、お祖母ちゃん達はいろいろあったらしい。

・・・言葉が通じないけど親切だと思ってたら、奴隷市場に連れてかれてた、とかね。

笑えないような場面を切り抜けてきた先輩達は、あたしが物心ついた頃になると、口を揃えて何度も何度も繰り返した。

「見た目のいい男には、簡単に心を許しちゃいけない」って。


子どもの頃は良く分かんなくて頷いてたけど、高校生になった頃には、彼女達の主張はものすごい偏見だと思うようになった。それに関しては、今でもその通りだと思ってる。

この世のイケメンやイケジョの皆さん全員を疑うのは、偏見でしかない。

だから、その当時のあたしは流れを変えてみせる、とか思っちゃったわけだ。

高校2年の時、バスケ部のイケメンに告白されて有頂天になったあたしは、即座にお付き合いを受け入れちゃって。

結局、あたしは6番目の彼女だったと知って、平手打ち。お別れ。

青かったし、甘かった。


その次に付き合った人は先輩だったな。

あたしは高校3年生で、先輩は大学生で。これがまたイケメンだった。

でも彼はパチンコで負けまくって消費者金融に手を出して、最終的にあたしに手っ取り早い方法で稼がせようとしたから別れた。


3回目の受難は、その翌年にやってきた。

短大に合格して、新しい生活がスタート。

サークルの勧誘で声をかけてきたイケメンを、過去の経験から警戒しつつ相手をしてたあたしは、突然背中にケチャップをぶちまけられた。

振り返ったら、イケジョがホットドッグ持って、イケメンに声をかけてて。

この時に、自分には見た目の麗しい女性までもが鬼門なんだと知った。


・・・とまあ、とにかくイケメンとイケジョに関わると、良くないことが起きるわけだ。

正直なところイケメンは好きだよ。自分の彼氏が格好良いなんて、素敵だな、と思うよ。

だけどさ、そういうのはテレビの中だけでいいわけよ。

もれなく疫病神がくっついてくるなら、要らないわけだよ。


だけど社会人になって1年目、受難は強制イベントとしてやってきた。

相手は職場の先輩で、あたしの教育係。

避けようにも避けられない。仕事って、そういうもんだ。

・・・まあ、ことの顛末は詳しくは語らずにおこうと思うけど。







回想に耽ってぼーっとしていたら、唐突に肩を叩かれた。

「お嬢さん、お嬢さん?」


「・・・ひっ?!」

眼前に心配そうな表情を浮かべたイケメンが。

仰け反って、思わず出掛けた悲鳴を飲みこんだあたしを見て、クロウさんが立ち上がった。

「ちょっと、ほんとに大丈夫?」

言いながら、あたしの額に手を当てる。

手のひらで検温だろうか。だとすれば、医者らしくない。

彼の手は次の瞬間、あたしの手首で脈をとり始める。

「・・・うーん・・・ちょっと乱れてるけど、なんてことないしなぁ・・・」

ぶつぶつ呟いたクロウさんに、あたしは息を吐き出して囁いた。

ごく正直に。

顔に走る稲妻模様が、くしゃっとなる。

そして、イケメンに向かって不機嫌そうに言い放った。

「格好良い人が苦手なんだって。トラウマがあるらしいよ。

 良かったねヘジー!

 あんた、超絶に格好良いからあんまり顔近づけないで、ってさ!

 あーむかつく!

 俺は?!俺はどうなのアイリちゃん?!

 もしかして、このおっさんに負けてんの俺?!」

ひと息に告げられて、イケメンもといヘジーさんが困惑の表情を浮かべる。

けど、それはすぐに歓喜に変わった。

「そうかそうか、俺はイイ男だから苦手なわけか。

 なるほどなぁ・・・」

「す、すみませ・・・っ」

ずぃっ、と顔が近づけられて仰け反ったあたしは、顔を逸らしながら言葉を振り絞る。

童顔巨乳のウェイトレスが、手近にあるフォークやナイフを投げたりしないかだけが心配だ。

ハラハラしながら、あたしはクロウさんに向き直る。

「ごめん。

 クロウさんは、こうやって向かい合ってても全然平気みたい」

鼻唄混じりに「やるねぇ、お嬢さん」とか何とか言いながら、ヘジーさんは足取り軽くカウンターの向こうへと消えていった。

その間、クロウさんは戸惑っているんだか衝撃を受けているんだか、とにかく固まってて。

「その模様があって良かったよ・・・。

 なかったら、あたし、昨日の夜のうちに這ってでも逃げてたと思う」

ぽつりと零した瞬間に、彼は顔を真っ赤にして明後日の方を向いた。


ハプニングにまみれた朝食を美味しくいただいて、あたしは食後のお茶を啜る。

「はいこれ、確か時刻表が載ってたと思う」

真っ赤になった顔が元に戻ったクロウさんが、新聞を持ってきてくれた。

お礼を言ってそれを広げたあたしは、時刻表を探してページを捲りながら、散らばる記事の見出しを拾う。

「王都で横行・スリに立ち向かう騎士団・・・。

 山岳都市国家より来訪中、オルネ王女の素顔・・・。

 20代女性に人気のスイーツ特集・・・。

 なんか、しょうもない記事ばっか、り・・・?!」

そして、驚愕に言葉を失った。

ぴくりと指が跳ねたきり動かなくなったあたしに、彼は小首を傾げる。

「どしたの」

顔に似合わず優雅な仕草でお茶を啜っていた彼のひと言なんか、もう耳に入らなかった。

右から左へ、すり抜ける。


目にしたのは、ある記事だった。

この海洋王国ファルアの第1王子・・・皇太子に関する、スキャンダラスな記事。


「・・・ああもう面倒くさ・・・」

こめかみを揉み揉みしつつ呟くと、あたしの視線を辿ったのかクロウさんが声に出して読み上げる。

「・・・こーたいしの恋人ぉ?

 モモ・イユリ・・・白い肌が眩しく、長い黒髪が艶やかで美しい女性。

 ごく少数の護衛を連れ、2人が寄り添って浜辺を散歩している様子を・・・。

 あ、絵姿が載ってる」

「読み方が違う」

棘のある声が出ちゃった。

だってもう、抑えがきかない。

「桃井優里・・・その人、あたしが探してるウチのお客様だと思う」


「うっそだぁ」

「・・・あー、だからあたし、王城の近くに降ろされたんだ・・・!」

小馬鹿にしたようなクロウさんを無視して、あたしは思い当たる節を独りごちる。

お客様の近くに降ろしてあげるって、先輩は言ってた。

皇太子の恋人になっちゃってたんなら、いろいろ納得出来る。

帰りの集合場所に現れなかった理由も、あたしがあの場所に降ろされた理由も。

騎士たちが、問答無用であたしを生ゴミの山に放り込んだ理由も説明できる。

お迎え制度は、お客様にも説明済みだ。

帰りたくない彼女のために、皇太子がひと言、“バングルを嵌めた人間が来たら、追い返せ”って命じればいい。


「・・・うっそ、ほんとにほんと?」

あたしの様子に何かを感じたのか、クロウさんが半笑いで問う。

「たぶんほんと。

 ・・・確かめなくちゃ。会社に連絡もしなくちゃ。

 ねぇクロウさん、これ書いた記者って王都にいるかな?」

「んー、新聞社は王都にあるはずだから、そこで訊いてみるとか」

「わかった、ありがと!」

お礼を言って、お茶を飲み干す。

そして猛ダッシュで時刻表を探し出して、立ち上がる。

そうだ、ここのお勘定あたしが払うんだった。いくらだろう。分かんないから、ちょっと多目に置いとけばいいか。

「あたし行きますね!

 今から歩かないと、定期便に間に合わなさそう」

「えー、もう行くの?

 待ってよ~」

財布からお札を取り出してテーブルに置いたあたしに、クロウさんが待ったをかける。

いやいや、あたし勤務中だもん。

のんびりカップを傾ける彼に、ほんの少し苛立って目を向ける。

何て言えばいいものかと考えてるうちに、彼が器用に片目を瞑ってみせた。

「だいじょぶだよ、俺が連れてってあげる」

「は?」

何言ってんだ、と眉をひそめたあたしを見て、彼は小首を傾げる。

「あ、間違えちゃった。

 えっと・・・俺のこと、連れてって?」


その瞬間、クロウさんが段ボール箱に捨てられた子犬に見えた。

“可愛がってやって下さい”っていうお決まりのアレが思い浮かんで、天を仰ぐ。

情に訴える作戦だって分かってる。分かってるんだけど。

「ねー、アイリちゃん!

 お願いお願いお願い~!

 抱っこでもおんぶでも、間に合うように運ぶから~!」

きゃんきゃん煩い子犬が、あたしを潤んだ瞳で見上げてる。



・・・ちくしょう、荷物が増えた。


“格好良い”は、おととい来やがれだけど。

“可愛い”には弱いんだよ。あたし。









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