慌ただしい再会
甘くて綺麗な笑みに見惚れて、ちょっとばかり頭の中が白く染まる。
そして肌に纏わりつくような、大人な雰囲気を打ち消したあたしの問いに、クロウくんはため息を零した。
「呪いの件は、まだこれからなんだ。
とにかくアイリちゃんを見つけようと思ってて・・・」
言って視線を落とした彼に、あたしもため息をつく。
なんか、申し訳ない気持ちになってきちゃった。あたしがホテルの部屋を出なければ、こんなことには、なってなかったのかも知れない。
あたしの肩が下がったのを見て何かを感じ取ったのか、彼が言った。
「でもこれから医師団の知り合いが、資料を見せてくれることになってるから。
それで解呪の方法が分かるかどうかは、まだなんとも言えないけど・・・」
「そっか・・・」
相槌を打ったあたしに、彼は頷く。
「まあ、そういうことだから。
・・・でね、アイリちゃん、」
囁きに、視線を上げる。
無言で言葉の続きを待てば、彼が言った。
「一緒に来ない?」
「え?」
言われたことが理解出来なくて、思わず小首を傾げる。
すると彼はあたしの頭を、ぽふん、と軽く叩く。
その顔に浮かぶのは、苦笑のような、困ったような表情で。
「・・・俺と一緒に動きませんか、ってこと。
小耳に挟んだけど、王様は面会謝絶なんでしょ?
手紙も渡せないだろうし、だったら一旦城の外に出て・・・」
あたしは彼の言葉の途中で、首を振った。
「ううん、それはいいや。
手紙、ちゃんと渡せたから」
「へ?」
拍子抜けしたのか、彼がぽかんと口を開ける。
その顔がなんだか可笑しくて、自然と頬が緩んでしまった。
「嵐の日に洞窟で薬をあげた女の人・・・覚えてる?
いろいろあって再会したんだけど、彼女なんと、お隣の国の王女様だったの。
お礼をしたいってことで、さっき国王陛下に会わせてくれたんだ~」
「え」
ひたすら驚いてるらしいクロウくんに、あたしは苦笑を向ける。
「しかもお客様の件は、陛下が間に入ってくれるみたいなんだよね。
自分でも上手いこといってて、ちょっとびっくりしてるんだけど・・・。
なんとかなりそうだし、クロウくんにも会えたし・・・ひと安心だよ」
「・・・遅かったか・・・」
「うん?なあに?」
「ん、ううん・・・。
そっか、上手くいってるなら良かった」
ぼそりと呟いた声にあたしが首を捻ると、彼は口角を上げた。
その、ちょっと不自然な態度が気になりつつも、あたしは言葉を続ける。
「うん、だからさ。このままお客様と話を進めようと思ってるんだ。
そうこうしてるうちに、城の出入りも解禁になるだろうし・・・」
「そうだね・・・」
「クロウくん?」
軽やかなあたしの声とは対照的に、クロウくんの声が沈んでる。
どうしたの、と聞くつもりで声をかけたあたしに、彼が目を向けた。
「でもアイリちゃん、仕事が片付いたら帰っちゃうんだよね・・・」
「う・・・っ」
破壊力抜群なわんこの瞳に、思わず呻き声が漏れる。
その時点であたしは負けてるんだ。分かってる。
・・・でも、しょうがないんだもん。
心の中で自分に言い聞かせて、静かに呼吸を整えた。
「そりゃまあ、あたしは仕事で来てるんだもん。帰るしかないでしょ・・・」
尻すぼみになっちゃうのは、ほんとはいろいろ片付けて身軽になって、クロウくんと一緒に過ごしてみたいと思ってるから。
またミカンに乗って、街道を走ってみたいと思ってるからだ。
後ろから支えてくれる腕と背中の感触を思い出すと、胸の奥がきゅぅっと縮む。
あたしは努めて、明るい声を振り絞った。
「でもさ、有休取って戻って来てもいいかな。
その時にクロウくんの呪いが解けてれば、助けて貰ったお礼に何かプレゼントするし。
解けてなかったら、一緒に解呪の方法探してもいいし。どうだろ?」
言い終わりに、その二の腕を軽く叩く。
すると彼は、眉を八の字にして言った。
「ほんとに・・・?」
どうしよう、撫で回したい。
「・・・うん。ほんとに」
湧き上がる衝動を抑え込み、あたしは頷いた。
ひと晩ぶりの再会に、ほっとしていたあたしは、ふと自分が何をしている最中だったのかを思い出した。
「・・・あ、そろそろ行かないと王女様が心配するかも」
彼女の部屋を出て、しばらく経つはずだ。
細かい分数まで示す時計がないにしても、“遅いなぁ”くらい思うかも知れない。
呟いたあたしに、クロウくんが口を尖らせてぼやく。
「もう行っちゃうの?
せっかく会えたのに・・・」
渋る彼に、あたしは苦笑いを浮かべた。
こういう態度を取られて甘えられるのも、なんだか悪くない。それこそ、仕事中でなければ、の話になるけど。
「ごめん、またね。
あ・・・クロウくんに会いたい時は、どうしたらいいんだろう?」
「そうだね・・・まあ、俺がまたアイリちゃんのとこに行くよ」
「分かった。
・・・次はなるべく、穏便にお願いします」
「あはは、ごめんごめん」
真顔で返せば、彼が笑みを漏らす。
いやいや、笑いごとじゃないんだよ。連れ込まれる経験なんて、あんまりしたくなかった。
最初に感じた恐怖を思い出したあたしは、思わず彼の肩を叩いていた。
「じゃあ、これで俺は行くけど・・・。
・・・その前に、ちょっと仕込んどくかな」
「仕込んどく?」
ひとしきりクスクス笑ったクロウくんが、笑みを浮かべたまま意味ありげに呟いた。
突拍子もない表現だ。一体何のつもりなんだろう。
不思議に思って首を捻っていると、突然彼の腕が伸びてきた。
それはあたしの胴に巻き付いて、ぐいっ、と力をかける。
驚いて声もなく、反射的に目を閉じてしまったから引き寄せられたんだか、振り回されたんだか分からなくて。
気づいたら、目の前にクロウくんの顔。その向こうには、シャンデリアが。
・・・ああ、あたし、押し倒されたんだ・・・なんて、頭の中の変に冷静な部分が、正確に状況を把握した。
肩を押さえつける手が、熱い。
「ク、ぃっ」
呼ぼうとして口を開いた瞬間に、首を噛まれた。
がぶり、と勢いよく。
歯を立てられた瞬間、体が強張った。
でもその割に、痛みはない。すぐに甘噛みだと気づいて、ゆるゆると息を吐き出す。
なんだ・・・と、ほっとした刹那、苛立ちがやってきた。
「何して・・・?!」
騒いじゃいけない、と無意識に小声になる。
クロウくんは、そんなあたしを一瞥してニヤリと笑った。
そのカオに嫌な予感がしたあたしは、咄嗟に彼の拘束から逃げようと体を捻る。
すると彼は、喉の奥で笑い声を噛み殺しながら言った。
「悪いけど、観念してね」
言葉と一緒に手が伸びて、ワンピースのボタンを外し始める。
その台詞に混乱したあたしは、自分の身に起きたことを理解するのに一瞬の間があった。
そしてその一瞬は、命取りになったらしい。
慣れた手つきでボタンを次々に外した彼が、がばっ、とあたしの胸元を肌蹴させた。
「は?!
ちょっ、やめ・・・っ」
なんなの全然可愛くない!こいつ駄犬だったのか!
意味不明な台詞なんか、もうどうでもいい。とにかく止めて欲しい。
そう思って必死になって腕を突っ張っても、それすらクロウくんの笑みを深めるだけ。
それどころか、彼はあたしが抵抗してるのを知ってるはずなのに、楽しそうですらある。
「やだって・・・あっ・・・!」
クロウくんが捕まるんだと思うと、大きな声が出せない。
そんな遠慮が良くなかったんだろう。
あたしの両手が、頭の上に持って行かれてしまった。
彼の無駄に大きな手はひとつあれば、あたしの両手なんて簡単に拘束出来るらしい。
残った足をばたつかせても、何にも当たらなかった。
それどころか、ソファの端にぶつかって痛い。まさに踏んだり蹴ったりだ。
そして、じんじんする足の小指に意識を持って行かれた瞬間、肌蹴た胸元にクロウくんが顔を寄せた。
熱い吐息がかかって無意識に浮いた腰ごと身を捩ると、掴まれた両手首に、ぎりり、と強い力が加えられる。
「いっ、ぁ・・・っ」
そして与えられた、言葉に出来ない、甘くて痛い感覚に思わず呻く。
なんでいきなり、こんな暴漢みたいなことを・・・?!
わけが分からず身を捩っていると、ふいにクロウくんの唇が離れていった。
あたしは解放されることを期待して、その顔を覗き込む。
すると何を考えてるのかサッパリな彼も、あたしの顔を覗き込んでいた。
違うのは、彼のカオが、今まで見たことのない何かを含んでいるところだ。
「アイリちゃん、良い声してる」
「は・・・?!」
カオの通り、何かを含んだ発言に、思わず声を上げる。
でもやっぱりそんなあたしの反応は綺麗に無視して、クロウくんは笑みを零した。
そして、何をする、と言おうとしたあたしの言葉が悲鳴に変えられる。
「・・・な、ひゃぁぁっ」
べろん、と首筋を舐められたからだ。
舌先と一緒に吐息が首筋を撫でていって、背中がぞくぞくする。
なんかもう、どうしたんだ。てゆうか、どうしたらいいんだ。
正体不明の何かに追い詰められたあたしは、閉じるつもりだった口から漏れる声にすら戸惑いながら、自問自答していた。
それからしばらく拷問めいたものに晒されながらも、動かせる足をばたつかせていると、クロウくんがあたしの手首を解放した。
突然自由になった手に戸惑っていると、ワンピースの裾のあたりに異物感が。
熱いくらいのそれがクロウくんの手のひらだと理解した瞬間、とうとうあたしは叫んでいた。
ばたばたばた、といくつかの足音が聞こえて、勢いよくドアが開けられた。いや、壊された。
クロウくんのかけた鍵ごとドアを壊して入ってきた騎士達が、窓辺に駆け寄る。
1人が窓から身を乗り出して、外の様子を確認していた。
あたしは騒然とした彼らの様子を呆然と眺めながらも、もうひとつ、背後からやってきた足音を拾って振り返る。
すると、近づいてきた足音の主を仰ぎ見るのと同時に、肩に布が掛けられた。
「・・・なんだこれ・・・凄い独占欲だなおい・・・」
「あ・・・!」
ぼそりと呟かれた台詞の意味はともかく、あたしは見覚えのある顔に唖然としてしまった。




