付き人と騎士団と
「いやあの、付き人って・・・?!」
そんな無茶な。
そう思ったのが、顔に出てたんだろうか。
王女が、ふっと頬を緩めて言った。
「ああ、付き人だ。
・・・一時的に、わらわに仕えるからな」
キラキラ美少年が、王女の言葉に大きく頷いている。
「付き人なら、今日面接を行っていたということで押し切れるでしょう」
「押し切る・・・?!」
なんだか不穏な響きだ。
押し切るって・・・押さなきゃいけない事態だってことなのか。
あたしの呟きを聞いた王女は、ふふん、と鼻を鳴らす。
「ついさっきも、この国から宛がわれた世話係の者を突き返したところでな。
気に入る者を探していた、ということにでもしよう」
「アイリさんのおかげで、良い言い訳が出来ましたね」
「うん。
・・・アイリ」
「はぃ・・・」
大きな流れに飲みこまれつつあることを自覚して、あたしは半ば諦めの境地で返事をした。
すると王女はひとつ頷いて、言った。
「侵入者が掴まったとしても、警備体制の見直しなど騎士団が行うことは多い。
そなたが城の外へ出られるようになるのは、数日後になると思う。
・・・そこでだ。
付き人となり、わらわと共に陛下を見舞うというのはどうだろうか。
わらわとしては、借りを返しているつもりだが・・・」
「借り・・・?」
なんのことだろう。
小首を傾げたあたしに、王女は苦笑混じりに言った。
「渋る医者を宥めて、服を貸してくれただろう?」
その言葉に、洞穴でのことを思い出したあたしは、ラジュアに視線を遣る。
すると彼は、あたしの視線を受け流すように微笑んだ。
この人、どんな風に話をしたんだろうか・・・。
「・・・あたしは全然、何もしてないんですよ。
実際、診断して薬を出しのも、あの服のお金もツレが・・・」
「いいえ、」
身に覚えのない“貸し”に戸惑っていると、彼が困ったように微笑んで言った。
「あの時、もしも貴女が我々を拒絶していたらと思うと、ぞっとします。
あの洞穴で嵐をやり過ごすことすら、出来なかったでしょうから・・・。
貴女の取り成しがあったから、“彼”が姫様を診てくれたんだと思いますよ」
「・・・そんなもんでしょうかねぇ・・・」
なんとなく納得のいかない話に、思わず眉根を寄せる。
王女様の御前、という状況も忘れて、あたしはクロウくんのことを思い出していた。
そういえば“王城に行って来る”という書き置きすら、して来なかったな。
どこに行ったのかも分からない上に帰って来ないんだから、きっと心配するよね。
・・・もしかしたら、一睡もしないで待ってるかも。
最近見たばっかりの、ベッドで膝を抱えた背中を思い出す。
可愛さ余って、胸がきゅんきゅん締め付けられる感覚と一緒に、心臓が煩く騒いだ。
・・・そそそそそういえば、宿題が出てたんだった・・・!
思い出して、熱くなった頬を押さえた時だ。
「騎士団だ、ドアを開けろ」
激しくドアを叩く音と同時に、低くて硬い声が聞こえてきた。
まさか、また侵入者か何か・・・?!
想像に顔を強張らせて、王女とラジュアを交互に見る。
2人は、あたしと同じように緊張の面持ちで一瞬、視線を交わした。
そして、ラジュアがドアの向こうに声をかける。
「騎士団ですか。
・・・騒ぎがあったばかりですので、あまり人を入れたくはないのですが」
「俺だ。この部屋の安全を確認しに来た」
新手の詐欺か何かみたいな台詞だな。
それにしても、ラジュアが全然キラキラしてない・・・どころか、なんかちょっと声色から、チクチクしたものを感じるんですけど・・・。
思わず頬を引き攣らせていたあたしに向かって、王女が口早に告げた。
「よいな、そなたは何を言われても胸を張れ、前を見よ。
王女たるわらわの付き人として、堂々としておれ」
真剣な目を向けられて、あたしは咄嗟に頷いてしまう。
・・・てゆうか、付き人になるのは確定事項なのか・・・しかも“何を言われても”って、何か嫌なことを言われるってことなんだね王女様。
まあでも、他に手紙を渡す方法も思いつかないし、仕方ないか・・・。
そんなふうに、あたしが踏ん切りをつけた時、部屋の中に数人の男の人が入ってきた。
皆同じように腰に剣をぶら下げていて、目つきもなんだか怖い。
彼らは、部屋の隅々に目を走らせている。
「・・・まったく、不躾な方ですね」
やっぱりキラキラしてないラジュアが、1人だけ色の違う服を着ている騎士に向かって、ため息混じりに言った。
ふん、と鼻を鳴らしたその人は、ラジュアのチクチクした言葉を意に介した様子もない。
むしろ、とっても不遜な態度で言った。
「突然でなければ、意味がないのでな」
さっき、“部屋から出るな”と言いに来た人なんかは、へこへこしてた気がするんだけど・・・もしかして、上位の騎士だったりするのかな。
何かが引っかかる感じに、あたしは小首を傾げる。
すると、その人の目があたしに向けられた。
心臓が、きゅぅぅ、と締め付けられる。
あたしは王女に言われたことも忘れて、視線を落とした。
「・・・その女は?」
低い声が、誰にともなく尋ねる。
答えたのは、王女だった。
「わらわの付き人だ。
つい先ほど面接を終えて、待遇面の話を始めていたところなのだが」
言葉の最後に何かを含んだ言い方をして、彼女はあたしを見る。
「・・・ああ、ちなみに見学者名簿には載っていないはずだ。
ラジュアと一緒に城の中に入ってきたのでな、すっかり手順を忘れていた」
「なっ・・・!」
しれっと言い放った王女に、その人は驚愕の表情を浮かべる。
でもそれは一瞬のことで、次の瞬間には頬を引き攣らせて口を開いた。
「オルネ王女・・・そなた、少々勝手が過ぎるのではないか」
「ふん。
こちらの世話係は好かんのだ。口も頭も軽そうな者ばかりではないか。
・・・その点アイリには一度、城の外で世話になっているから信用出来る」
「そなたが信用出来ても騎士団は、」
「此度の侵入者の件、」
言葉を遮った王女が、綺麗に微笑む。
ラジュアのキラキラが霞むような、絵本の中のお姫様だ。
でもその人は、その笑みに魅了されることなく、ぴくり、と口の端をひくつかせた。
「クライツには、悪しく伝えることはやめておこうと思っておるのだが」
「ぐ・・・」
・・・やんごとない人達のやり取りって・・・。
“国に帰ってもそっちの不手際はフォローしといてやるから、お前も黙っとけよ”・・・ってことなんですね、姫様・・・。
言葉を失って、苦虫を噛み潰したような顔をしたその人に同情したあたしは、内心でそっとため息を吐き出した。
「え、っと・・・」
物凄く険悪な雰囲気になりかけてるのを察して、あたしは口を開く。
その場の和を重視してしまう性分は、国民性ってだけじゃなくて、染みついてしまってどうしようもないんだと思う。
「もし今からでも可能でしたら、名簿に・・・」
「必要ない」
おそるおそる言ってみれば、ぴしゃり、と跳ね付けられた。
「す、すみませ・・・!」
咄嗟に謝って頭を下げたあたしに、彼は目もくれない。
それどころか、最初よりもさらに険のある目つきになって、王女を睨んでいた。
「後で書類を持って来させる。
そこの女を個人的に雇うなら、それに記入して提出しろ」
「それは助かる。手続きに関して知らぬことばかりでな。
・・・なあ、ラジュア」
台本でもあるのか、と言いたくなるような棒読みの台詞に、内心ひやりとする。
でもそんなあたしの胸の内なんか知る由もなく、呼ばれたラジュアがキラキラした笑みを浮かべて大きく頷いた。
「・・・良い機会だから伝えておくが、」
色の違う服の人が腕を組んで、王女に視線を投げた。
「間違っても指名してくれるなよ」
物凄く嫌そうなカオをしたその人を、ラジュアが思い切り睨みつけている。
「まさか、ご自分が選ばれるとでもお思いですか?」
チクチク美少年の言葉に、その人は肩を竦めた。嫌そうなカオのまま。
「思いたくないから、釘をさしてる」
そのひと言を、鼻で笑ったのは王女だ。
「ヴァイアス、言われなくともお前はこちらから願い下げだ」
「それは重畳」
同じように鼻で笑ったその人に、王女はニヤリと口角を上げる。
「困ったな、そんなことを言われたら気が変わりそうだ」
「・・・頼むからやめてくれ」
がっしり組んでいた腕を解いて、ヴァイアスと呼ばれたその人は額を押さえた。
・・・彼の様子を見てるラジュアの目の、冷やかなことったらない。
それにしても、さっきから“指名”がどうのって・・・一体何の話なんだか。
そんなことを考えてたあたしは、彼の次の言葉に思わず首を捻った。
「まあ、母上もそのうち諦めるだろうが・・・」
「ははうえ・・・?」
3人が一斉に、あたしを見る。
その瞬間、心の声が口から飛び出していたんだと気づいて、狼狽してしまった。
「え、や、あの、すみませ・・・っ」
「ああ、そうか」
慌てて両手を振ったあたしを、王女が笑う。
そして、あたしを目で指してから、ヴァイアスという騎士に向かって言った。
「紹介しておいた方がよいな。
・・・こちらはアイリという。よろしく頼む」
突然の紹介に、わけが分からないなりに頭を下げる。
「よ、よろしくお願いします」
「ああ。俺は、ヴァイアスという。
若輩者ながら、騎士団長を務めているが・・・」
大きく頷いた彼は、低音を響かせながら言葉を紡ぐ。最初に見た険しいカオを思い出したら、いくらかマシな雰囲気を纏って。
・・・うん?騎士団長・・・?
脳裏をちらりと掠めたことに気を取られていると、横からラジュアが口を挟んだ。
「2番目の王子殿下でいらっしゃいますよ」
「へー、そう・・・って・・・オルネ王女のお見合い相手じゃないですか!」
あっさり打ち明けられた事実に、あたしは目を見開く。
まさかとは思ったけど、ほんとに王子殿下だったなんて・・・!
・・・やだもう、心臓がいくつあっても足りない。
ああでもオルネ王女の付き人になったら、こういうこともあるのか・・・。
思わず頭を抱えたあたしを見ていた王子殿下は、小さく噴き出して言った。
「オルネ王女、そなた面白いものを拾ったな」
「ふん、アイリはわらわのものだぞ」
鼻で笑った王女が、あたしに目を遣る。
どこかで聞いたことのある台詞だった。
思い出すのは、丸まった背中と八の字に下がった眉毛。
・・・クロウくん、今頃どこで何してるんだろ・・・。




