大抜擢のあたし
けたたましい鐘の音が何かを警告して、隣の部屋に続いてるドアからなだれ込んで来た騎士達が、剣の柄に手をかけて。
ラジュアが、ぴったりとオルネ王女の傍に貼り付いて、その背中で彼女を守るように立つ。
異様な空気の中、あたしは強張った足を叱咤して、なんとか立っていた。いや、もう立っているよりほかなかった。
何が起きてるんですか、なんて訊ける雰囲気じゃないし。
下手に動いたら、騎士達が切りかかってくるんじゃないかと思うような緊迫感もある。
あたしは圧倒されて、ただ、空気になることに徹していた。
「おかしい・・・」
すぐ隣にいた王女の言葉に、あたしは視線を動かした。
その顔は険しく、虚空を睨みつけている。
どういう意味なのかと思うものの、やっぱり声を出すだけの勇気は持てない。
そのまま、耳を塞ぎたくなる衝動を抑えながら突っ立っていると、鐘の音がぴたっと止んだ。
「・・・あっ」
思わず声を上げると、周囲の騎士たちの視線が一斉に向けられる。
胸を撫で下ろした瞬間、再び緊張感を強いられて息を止めたあたしは、背中に変な汗が伝うのを感じて、頬を引き攣らせた。
すると、今度は王女が張り詰めさせていた何かを緩めたらしく、ほぅ、と息を吐く。
「危険は去ったようだな」
その言葉に囲の騎士達が剣の柄から手を離して、カーテンを開け放つ。そして外の様子を窺ってから、ラジュアに向かって何かの合図を送った。
それに頷いた彼は、騎士達に向かって口を開く。
「控えの間で待機。
・・・警戒は怠らないように」
柔らかなキラキラ美少年から上司の面持ちになったラジュアに、騎士達は皆同じ仕草で挨拶をしてから、元来た部屋へと帰っていった。
なんか、避難訓練みたいだったなぁ・・・。
・・・なんて心の中でぼやきつつ、へなへなと腰を下ろす。
全身で緊張したからなのか、もう力が全然入らない。沈み込んだソファに、そのまま飲まれてしまいそうだ。
ほんと、一体何が起きてたんだろ・・・。
緊張を解いたら、自分の鼓動がずいぶんと速くなっていたことに気づく。
「姫様、大丈夫ですか?」
穏やかなカオに戻ったラジュアが、オルネ王女に尋ねた。
すると彼女は、ふんぞり返って鼻を鳴らす。
「ふん、訊くまでもないわ」
そっけない態度にも、美少年は甘ったるく微笑んだ。
「それを聞いて安心しました。
アイリさん・・・は、あんまり大丈夫じゃなさそうですね」
「はは・・・」
ぐったりとソファに沈み込んだままのあたしは、彼の苦笑混じりの視線を受けて、乾いた笑みを浮かべる。
「ちょっと、心臓が・・・。
今の、何だったんですか・・・?」
まだバクバクいってる胸を押さえて尋ねれば、王女があたしに目を向けた。
「じきに分かる」
「・・・はぁ・・・」
お菓子を目の前にしていた時とは違って、声が少し硬い。
もしかして、またあの、けたたましい鐘が鳴るんだろうか・・・と考えて、頬が強張ったその時、唐突にドアがノックされた。
豪奢な部屋には似合わない乱暴なノック音に、ラジュアが動く。
彼は剣の柄に手をかけながら、ドアから少し離れた場所で足を止めた。
「・・・はい。何のご用でしょう」
「失礼します!」
言葉とほとんど同時に、乱暴なくらいの勢いでドアが開いた。
「西棟に、侵入者がありまして。
騎士団が追っている最中ですので、今しばらく部屋からはお出になりませんよう」
門番と同じ服を着たその人は口早に告げて、しかもラジュアが頷く間も与えずに、来た時と同じように乱暴な音を立ててドアを閉めた。
・・・侵入者?!
あたしは心の中で絶叫した。
知らせに来た男性も、なんだか焦ってたみたいだし・・・もしかして、結構な大事になってるんじゃないだろうか。
真っ先に思い浮かぶのは、テロだとか暗殺だとか、超絶に物騒なことばっかりだ。
嫌な予感に、また心臓が暴れ出す。
・・・いやいや、嘘でしょ。
でも、そうだとすれば、なだれ込んできた騎士達の緊迫感にも納得出来る・・・。
「・・・リ、アイリ?」
オルネ王女に呼ばれて、あたしは我に返った。
咄嗟に視線を走らせると、彼女が表情を曇らせてあたしを見ているのに気づく。
「あ、はは・・・ごめんなさい。ちょっと、びっくりしちゃって・・・」
「・・・顔色が悪いな」
曖昧な笑みを浮かべたあたしに、王女は渋いカオをした。
そして、ドアを少しだけ開けて廊下の様子を窺っていたラジュアの背に向かって、口を開く。
「ラジュア」
「はい。
・・・今、お茶を淹れ直しますね」
振り向きざまにキラキラした微笑みを浮かべた彼が、冷めてしまったお茶に手を伸ばしながら、言葉を続けた。
「お茶でも飲んで落ち着きましょう、アイリさん。
騎士が廊下に出ていますし、今すぐこの部屋に危険が及ぶ可能性は低いです」
「・・・はぁ・・・」
説得力のある言葉だけど、“今すぐ”ってところが気になる。てゆうか、聞き捨てならない台詞だと思うんだけど。
目まぐるしく起こった事態をなんとか消化しながら、あたしは内心で首を捻った。
すると、あたしの曖昧な相槌に、王女が言う。その表情は、なんだか険しい。
「今回は、わらわ目当てではなかったようだな。
・・・となると・・・皇太子の恋人か・・・養生されている陛下か・・・」
「えぇ・・・っ?!」
今度は王女の口から、聞き流せない台詞が。
あたしは思わず身を乗り出した。
・・・どっちに危険が及んでも困る。国王様には手紙を預かってるし、お客様は連れて帰らないとご家族だって心配してるだろうし・・・。
なんでこんな、面倒なことばっかり・・・。
頭を抱えて唸っていたあたしに、王女が訝しげに尋ねた。
「・・・そういえば、そなたは王城にどんな用事があったのだ?
それとは、門の前で会ったのだろう?」
それ、と顎でキラキラ美少年を指した彼女に、あたしは頷く。
「ええ、そこで声をかけられたんですけど・・・」
正直に、事情を話した方が上手くいくんだろうか。
答えながら視線を彷徨わせて、どうしたもんかと考えを巡らせる。
すると王女の目つきが、鋭さを増した。
「まさか、侵入者の手引をしたのは、そなたではあるまいな。
それならば、この場でバッサリ成敗して・・・」
バッサリ・・・ってそれ、刃物の効果音か。一刀両断的な。冗談じゃない。
あたしは慌てて、両手を振った。
「いやいやいやいや、それはないです!」
否定したあたしを、王女が目を細めて眺めている。
変に取り繕おうとすれば、余計に怪しまれるかも知れない。
それならいっそ、素性を明かしてしまった方がいいんだろうか。
相手は山岳都市国家の人間だ。協定を結んでない国の人達が、あたしの存在を理解してくれるかどうかは分からないけど・・・。
「あの、あたし・・・」
意を決して口に出そうとした瞬間、2度目のそれはやって来た。
ダンダンダンダン!
ドアが破れるんじゃないかと思うような、聞いてるこっちがヒヤヒヤする音。
わずかに顔をしかめた王女様と視線を交わしたラジュアは、そんなけたたましい音を気にする風もなく、静かにドアを開けた。
「お静かに。ただ今王女殿下は、気分転換のお茶を楽しんでおられますので。
・・・それで、ご用件は何でしょうか」
ここからは背中しか見えないけど、その声は険を含んでる気がする。
そして、言われた通りに静かに話をすることにしたんだろう、それ以降、あたしのところまで彼らの声が届くことはなかった。
彼らの話が聞こえないんだから、こっちの話も聞こえないだろう。
そう考えたあたしは、中断された会話の続きをすることにした。
「・・・それで、あの・・・ですね。
手紙を預かってきたんです。国王陛下宛ての」
「手紙?」
訝しげにしながらも、彼女はあたしの言葉に耳を傾けてくれている。
あたしは頷いて、続きを口にした。
「はい。あたしの働いてる会社が、国王様に宛てた手紙です。
手紙の中身は、あたしにも分からないんですけど・・・直接渡すように、って」
言いながら、ポシェットから封筒を取り出す。
「だから、謁見するために門番のチェックを受けてたんですけど・・・。
あとはまあ、知っての通りというか」
「ふむ・・・なるほどな」
相槌を打った王女に、あたしはため息混じりに話を続けた。
「でも体調を崩されてるなら、出直すしかないですね。
・・・ほんとは、手紙を渡すついでにお願いがあったんですけど」
こっそり、お客様と会うための橋渡しをしてもらおうと思ってたんだけど。そっちは自力で何とかするしかないな。
半ば愚痴みたいな台詞に、王女が小首を傾げた。
「お願い・・・陛下に、か?」
「うーん・・・」
聞き返されたあたしは、言葉に詰まる。
どこから説明したもんか、と考えを巡らせていると、話を終えたらしいラジュアがやって来た。
彼は、キラキラな笑顔をあたしに向ける。
笑顔が眩し過ぎる。嫌な予感しかしない。
ものすごく楽しそうなのは、きっと気のせいだ。気のせい。
瞬きをして嫌な予感を振り払おうとしていると、彼が困ったように眉を八の字にした。
「・・・アイリさんに、残念なお知らせです。
“現在城内に滞在している者は、警戒が解かれるまで王城の外へ出ることを禁ずる。”
・・・だそうです」
「へ・・・?!」
突拍子もない台詞に、思わず間抜けな声が出てしまう。
そして、一瞬遅れて言葉の意味を理解したあたしは、天を仰いだ。
嫌な予感、的中。
するとそこへ、追い打ちがかかる。
「一般の見学者達は、一か所に集められているそうです。
これから順番に、事情聴取が始まるみたいですね」
「事情聴取・・・その中に、侵入者がいると睨んでおるのか」
言葉を返したのは王女で、ラジュアはにっこり微笑んだ。
「おそらく、まずは外から紛れこんだ者たちを選別するのでは。
何度か訪れていたり、外国から来ていたり・・・いろいろでしょうから」
その台詞がグサグサと突き刺さったあたしは、頬が引き攣るのを抑えられない。
「・・・というわけなので、アイリさんが出て行くと一番最初に嫌疑がかかるかと」
苦笑を浮かべたラジュアが、あたしに視線を投げた。
「アイリさん、見学者名簿に記名してませんから」
「お前が手順を無視して連れて来たのだろうが・・・」
王女がため息をつく。
どうしよう、王城から出られなくなっちゃった・・・。いざとなったら、本社に連絡して転送してもらえばいいんだけど・・・。
転送は、一番最後の選択肢だ。タイミングよく先輩が応じてくれるとも限らないし。
硬直したまま考えていると、横でふいに声が上がった。
「そうだ、アイリ!」
王女が何かを思いついたらしく、勢いよくあたしを呼ぶ。
意識が別の方へ向いていたあたしは、咄嗟に居住まいを正した。
「・・・あ、はい」
「そなた、わらわの付き人になれ」
「えぇぇぇぇ・・・?!」
悲鳴とも不満ともつかない声が突いて出た。
「名案です姫様」
・・・なんて言った、キラッキラしてる美少年を小突いてやりたい。




