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あたしの指先








『わんこ君、愛梨の体調はどう?』

「うん。移動は問題ないよ」

『昨日魘されてたってのに、よくもまあ、ひと晩で回復したもんだわ・・・』

「そりゃあ、医者が寝ずに看病しましたから」



2人の会話に、全く入れない。

口を挟もうとした瞬間、クロウくんに手で塞がれた。

ふがふが言ってると、先輩のくすくす笑う声が聞こえてくる。


『もしかして、愛梨に話してないの?』

「んー・・・さっき起きたとこだったから」

バングルから聞こえてくる先輩の訝しげな声に、とぼけた声が答えた。

先輩がクスクス笑う声が聞こえてくる。

・・・2人であたしに秘密だなんて、なんかやだ。

『昨日の夜、かな?

 そろそろ繋がるかと思って連絡したの。

 ・・・で、わんこ君が通信に出たってわけ』

クロウくんの手が離れて、あたしは口を開く。

「ぷ、はっ・・・。

 そんなことがあったんですか・・・?!」

全然知らなかったぞ、と見上げても、彼は微笑むばかりだ。

『最初に訊いたじゃない。

 子犬みたいな声の男が、って。

 いいなぁ愛梨、年下男子を侍らすなんて・・・!』

「あー・・・先輩そんなこと言ってましたっけ・・・?」

いろいろあって、先輩の話がほとんど頭に残ってない、なんて言えない。

あたしは乾いた笑みを浮かべて、頬を掻いた。

『まあいいや。

 とにかく、やっと連絡がついたと思いきや、別人でびっくりしてさ。

 話を聞いたら、あんたが寝込んでて、わんこ君が看病してて・・・』

「わんこじゃなくてクロウだよ、せんぱい」

『クロちゃんね。

 私はせんぱい、じゃなくて桑原』

「クワバラ、さん?」

『そうそう。クワバラさん』

迷子になった幼子と、声をかけた通りすがりのおばちゃん、みたいな。

なんだろこれ、なんでこんな会話。なんでこんな打ち解けた雰囲気。


あたしは、ひとつ息を吐き出して口を開いた。

2人に喋らせとくと、時間がどんどん過ぎちゃう。

先輩ってば、社内でも年下の男子社員に構いまくってるもんなぁ。

・・・うん、まずは仕事の話だ。


「・・・えっと・・・先輩?」

『うん、聞いてる』

「笹川先輩から、お客様のことについて何か聞いてますか?」

『・・・ええとね、ちょっと待って』

ガサゴソ、と何かを扱う音が、バングルから聞こえてくる。

『ああ、うん。

 ・・・どうやらそっちの皇太子の恋人になっちゃったらしい、って話ね。

 笹川くんが、そっちの新聞読んだって。

 なんか、面倒なことになっちゃったねぇ・・・』

おそらく報告書が手元にあるんだろう。

あたしはため息混じりに頷いた。

「もう、それに関してぶちぶち言っても仕方ないですから・・・。

 とりあえず王城に行ってみます。また逃げてるかも知れないけど。

 社長が王様に宛てた手紙も預かってますから、そっちも片付けないとだし」

『ああ、あれか。お願いね。

 ・・・それじゃ、ひとまず王都に着いたら連絡ちょうだい。

 それまでに、こっちもお客様の居場所探しとくわ』

「了解です」

返事をしたあたしに、先輩は『それじゃあね』と言って通信を切る。


ぷつ、と空間が途切れる音がして、部屋に沈黙が落ちる。





小さく息を吐き出したあたしに、クロウくんが言った。

「クワバラさん、よく喋る人だねぇ」

「そだね。

 あたしが異動してきたばっかりの時から、ずっと良くしてくれてるんだ」

「ふぅん、そっか・・・」

あたしの言葉に、彼がなんとなく頷く。

「・・・今みたいなの、これからもあるの?」

先輩の声が聞こえない部屋で、あたしの耳が拾うのはクロウくんの声と、鼓動の音だ。

とく、とく・・・という規則正しいリズムを聞きながら、頷く。

「うん。たぶん・・・あ、そうだ」

思い出して、思わず声が零れた。

「ん?」

小首を傾げたクロウくんの指が、あたしの髪を掬う。

雨に濡れてから一度も洗ってないから、べったべた。自分で触るのも躊躇われるっていうのに、よく触れたもんだ。

そんなことを思いつつ、あたしは続きを口に乗せた。

「あっちの勤務時間を考えると、たぶん早朝か深夜になると思うから、」

「・・・なんか、」

言おうとしてたことを途中で遮られて、言葉が喉に詰まる。

その間に、クロウくんは口を尖らせて言った。

「やな予感がするんだけど。

 ・・・泊る部屋は別々にしようね、とか言うんでしょ」

「え?」

なんで分かるんだ・・・と、顔に出てたんだろう。

彼はため息をひとつ放り投げてから、あたしの顔を覗き込んだ。


「一緒にいさせてよ」

不意打ちだ。

ガツンと不意を突かれて、あたしは息を飲んだ。

今までの、わんこが擦り寄ってくるみたいな甘え方とは違うと分かってしまった。

クロウくんの手が、言葉に困ってるあたしを引き寄せる。

耳は髪で隠れてるはずなのに、どういうわけか彼の口はそこを探し当てた。

「どうせ、仕事が片付いたら帰っちゃうんでしょ。

 ・・・それまでで、いいから」

言葉が、耳に痛い。

そうなるのは決定事項だから、否定出来ない。

言うべき言葉が見つからずに黙り込んでいると、ふいにクロウくんの口が離れていった。

「・・・でも、アイリちゃんが嫌なら我慢する。

 嫌われたくないもん・・・」

「や、あの・・・嫌なわけじゃなくてね、」

沈んだ呟きを、なんとなく放っておけなくて言葉を紡いだ。

「迷惑かけちゃうと思っただけ。

 通信のせいで起こしちゃうだろうから」

「・・・じゃあ、いいよね」

降ってきた言葉に顔を上げれば、クロウくんが口元に笑みを浮かべる。

気づいた時には、あたしの首が縦に揺れていた。

なんかもう無意識のレベルで、あたしはクロウくんに甘いみたいだ。


「・・・よ、っと」

話がひと段落したところで、勢いをつけて彼の膝から降りる。

「どこ行くの?」

眉を八の字に下げたクロウくんに訊かれて、あたしは苦笑混じりに手を伸ばした。

わんこモードの時は、ほんとに寂しんぼさんだ。

演技半分だって分かってるのに、可愛いと思わずにはいられない。

「食堂。お腹空いちゃって。

 ・・・一緒にいこ?」

言いながら、さっきまであたしを抱えてた手を掴んで引っ張る。

そして、目に入ったものに絶句した。


「・・・ああ、うん」

間延びした声に、食いつくようにして尋ねる。

「いつから?

 昨日はなかったよね」

「シャワー浴びた後、かな」

クロウくんの手の甲を撫でながら訊いたあたしに、静かな声が返ってきた。

全然動揺してないように見えることが、かえって心配で。

大丈夫なのかな、と覗き込んだ瞳は、あたしを映した瞬間に小さく揺れる。

「でも、その時は肘のあたりまでだったんだ。

 ・・・ちょっと延びちゃったみたい」

自嘲気味な声色に、思わず掴んだ手に力が入ってしまう。

「ちゃんと見せて」

そう言って、あたしは彼が着ているバスローブの胸元を肌蹴させた。

「え、ちょっ・・・?!」

明らかに動揺してる声がする。

でも、そんなのに構ってられない。この上半身に何度も心臓を破られそうになったけど、今はそういうことを考えてる場合じゃないんだ。

手早く白いタオル地のそれを肩から剥がして、ぐいいっ、と腰の辺りまで引き下げる。

「わ、え、ちょ、アイリちゃ・・・!」

「ちょっと黙って」

ぴしゃりと言い放つと、クロウくんが息を飲んだ気配がした。

そして、静かになる。

あたしは息を吐き出して、手を伸ばした。


筋肉が綺麗についた上半身を、稲妻模様が駆けている。

顔だけだと思っていたものが、ある朝首を伝って肩のあたりまで延びていたんだけど・・・さらに延びて手の甲まで到達していた。

「ここ、が最初だよね」

クロウくんの強張った顔の、目の斜め上あたりに指を乗せる。

そこから線を辿ると、顎を通って、首筋を伝う。

「アイ、リちゃ・・・っ」

くすぐったいのか、クロウくんが上ずった声を上げる。

「どうなってるのか、ちゃんと見とかなくちゃ。

 異世界人のあたしなら、見つけられるものがあるかも」

だから大人しくしてて、と付け足せば、彼が声を殺して何かを呟いた。

あたしは、彼の肌に乗せた指をさらに滑らせながら、呪いの線を辿っていく。

線は、肩の上を稲妻模様を描きながら、二の腕へと延びているらしい。

「継ぎ目みたいなのは、ないみたい・・・」

昨日まで肩で止まっていた線と、新しく延びた部分の境目が見つからない。

あたしが口の中で呟いたのに対して、クロウくんが吐息を漏らす。

「も、いいから」

「だいじょぶ?

 触ると痛い?」

呼吸が乱れている彼が心配で声をかける。

でも、あたしの問いかけに彼は首を振った。

「ちが・・・っ、とにかく、も、いいから」

「うーん、でも・・・」

肩の上を走る稲妻模様を、指で突いたり引っ掻いたりしてみる。

肌が引き攣れてる感じもないし、タトゥーみたいだ。

そんなことを考えてたらクロウくんの体が、ぴくん、と跳ねた。

「もしかして、痛いの我慢してるの?」

まさか、という思いで尋ねると、彼が眉根を寄せて首を振る。

「違います!

 とにかく、もう、大丈夫だから!」

・・・あやしいな。

わんこの痩せ我慢、なんて言葉が頭の隅をちらついた時だ。

クロウくんが、がばっ、とバスローブを着直して立ち上がった。

近くにいたあたしは、その勢いに驚いて体をのけ反らせる。

「わっ」

その隙に、彼は喚きながらバスルームに駆け込んだ。

「アイリちゃんのばかぁぁぁっ」


クロウくんはそれっきり、しばらくバスルームから出てこなかった。

シャワー浴びてから、髪も乾かさないでいるからだよ。お腹が冷えたんだな。

・・・次からは、あたしが気をつけてあげなくっちゃ。







ベッドの上に、新聞を広げる。

クロウくんはまだバスルームに籠ってるし、新鮮な情報を仕入れつつ時間を潰そう。

「ふーん・・・この街だと、王都とクライツの情報が入るんだ・・・」

今あたし達がいるのは“花の街”だ。

年中花が咲き乱れて、観光地として人気がある街だ。それにファルアの中でも唯一、お隣の国クライツに続く街道に出られる街でもあるわけで。

貿易のために、クライツの商家が家を持っていたりするんだろうか。新聞は他の街で見たのよりも少し厚めになっている。

「これからは、ちゃんと新聞読もう」

あたしはページを捲りながら呟いて、これまでを振り返った。

今までは、転送された場所にお客様がいたから、新聞なんて必要なかった。

こんな連れ戻しの旅、初めてだ。


クライツの欄は飛ばして、ファルアのページを探す。

すると、大きな見出しが視界に飛び込んできた。


“皇太子様、ご婚約か”


「うえぇぇ・・・」

まだ“か”が付いてるから、決定ではないのか。

それとも、国が発表してないだけで、ほぼ事実なのか・・・。

いずれにしても、早いとこお客様を捕まえなくちゃならない。

それから、先輩に異世界結婚についての情報も、調べて貰わないといけないかもな。

「異世界結婚かぁ・・・」

ぽつりと呟いたあたしは、視線を走らせる。


そして皇太子の記事の隣に、この国を訪問中のクライツのオルネ王女の記事と、お相手の王子達に関する記事を見つけて覗き込んだ。

・・・どうやら、オルネ王女は皇太子は眼中にないらしい。

恋人から皇太子を奪ってしまうことで、ファルア国民から非難が噴出するんじゃないか、ってことを懸念してるんだろう、だそうだ。

確かに新聞記事を読んでる限り、皇太子とお客様のロマンスは歓迎されてるっぽいし。

「うーん・・・横槍は望めそうにないかぁ・・・」

愚痴っぽく呟いて、隣の記事に目を通す。


こちらは、王子達の話題だ。

皇太子以外に3人の王子がいるけど、4番目の王子が行方をくらませたらしい。

今、側近がそれを追っていると書いてある。

「お見合いも波乱含みか・・・。

 王様、会ってくれるかなぁ・・・」




ぽつりと零して、ため息をつく。

すると、元気出せよ、とでも言うみたいにお腹が鳴った。









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