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わんこの看護と先生の悪戯








べっとりと何かが絡みついて、それが物凄く不快で、あたしは目を覚ました。

額に、冷たいタオルが乗せられてる。

息をしていても、酸素の量が全然足りない。

持久走をしてるみたいに、自然と呼吸が浅くて速い。

「ん、ん゛・・・っ」

喉の中の違和感が、凄く嫌だ。

瞼も重いし、体も重い。

横たわってるだけなのに、上から横から、圧がかかってる気がしてならない。

とにかくなんだか、疲れてることは分かる。あと、熱もありそうだ。




自分がどこに寝てるのかを知ろうと、いうことを聞かない体を捻る。

額からタオルが剥がれて、ぽて、と落ちた。

それを拾うのもなんだか億劫で、あたしはとにかく視線を巡らせる。

薄暗い部屋を照らすのは、テーブルの上に置かれた小さなランプ。

炎がゆらゆらと揺れるのを見つめていたら、視界までゆらゆら揺れ始めた。

咄嗟に目を閉じて、揺れをやり過ごす。

「くろ・・・」

手を繋いでて欲しい。

ちゃんと繋ぎ留めて貰わないと、このままふわりと浮いてしまいそうだ。

目を閉じても治まる気配のない眩暈に、あたしは息を詰める。

「どこ・・・っ」

悲鳴とも祈りもつかない声を絞り出した時、どこかから物音が聞こえてきた。


「あ、起きたんだね」

その声に、あたしはパチッと目を開けた。

クラクラする視界に、その姿を映す。

すると、いくらか怖さが落ち着いてくる。

「くろーくん・・・」

「うん?」

「どこいってたの・・・?」

掠れた声で問えば、彼は持っていたものをテーブルに置いて、ベッドの脇に膝をついた。

「ごめんごめん、ちょっと買い出し。薬の材料と、滋養のつく食べ物をね。

 宿のおかみさんが、適当に作ってくれるって」

言いながら、落っこちたタオルをどこかに置く。

そして、そのまま大きな手はあたしの額に落ちてきた。

ひんやり。気持ちいい。

思わず、ふにゃりと笑う。

「アイリちゃん、風邪引くと余計に可愛いね」

くつくつ笑う声に、眉根を寄せる。

風邪引いて褒められても、ひとつも嬉しくないんだけど。

てゆうか、やっぱり風邪引いてるんだ、あたし。

「・・・ここ、王都?」

クロウくんの手のひらの冷たさを感じて、あたしの中に現実が戻ってきたらしい。

洞穴を出て、街道を王都に向かって進んでいたのを思い出したあたしは、そう尋ねた。

もう外は暗いみたいだし、ミカンに揺られて意識を手放してから、結構な時間が経ってるはずなんだけど・・・。

「ううん、その手前の街」

「“花の街”・・・?」

思い当たる街の名前を呟くと、クロウくんが微笑んだ。


早朝の定期便に乗って王都を出ると、昼前には到着する。王都のベッドタウンであり、お隣の国に繋がる街道との分岐点に位置するのが、この“花の街”だ。

この辺りなら、あたしも土地勘がある。

会社のパッケージにも、この街の観光名所が組み込まれてる。だからお客様係のあたしも、何度かうろつきに来てるんだ。

年中色とりどりの花が咲き乱れる土地で、人や物の行き来も多くて。

それで、“花の街”と呼ばれるようになったとか・・・でも、実はもう1つ。この街が、花、と呼ばれる理由があって。


熱でぼーっとする頭を回転させたあたしは、そっと息を吐く。

放り出した息が、熱い。

すると、おでこに手を当ててくれてた彼が立ち上がり、何かを持って戻ってきた。

ふんわり香る、すーっとした匂いに目を瞬かせる。

「せっかく“花の街”に来たからね。

 ブーケにハーブを混ぜて作ってもらってきたんだ。

 気分がスッキリするでしょ?」

そう言って差し出されたのは、緑と白の綺麗なブーケ。

確かに、なんだか気分が爽やかになる匂いだ。

目覚めた時の緊張感が解けたのか、だんだんと意識が濁っていくのが分かる。

意識と体が、ちぐはぐな感じ・・・。

「ありがと・・・。

 くろくん、やさしー・・・」

毛布の下から手を伸ばすと、大きな手が迎えにやってくる。

彼の手の冷たさと、あたしの体温が馴染む。

そういえば、クロウくんと触れ合ってても、あんまり恥ずかしくならないなぁ・・・。

「アイリちゃんにだけね」

「そん・・・っ、ごほっ」

なんか、思ってるように喋れない。

あたしは重たくなる舌を懸命に動かそうとして、咳込んだ。

すると彼が、慌てた様子であたしを抱き起こす。

急に持ち上げられた目線に眩暈を起こしたあたしは、息を詰めてそれをやり過ごした。

背中を擦る手に合わせて、深呼吸を繰り返す。

「首の下に軟膏を塗ろう。呼吸が楽になるからね。

 ついでに着替えもしようか。ああもう、こんなに汗かいて・・・」

なんだかクロウくんが甲斐甲斐しい。

わんこも医者も通り越して、お母さんみたい。

気だるくて何も言えないあたしは、彼の言葉に小さく頷いた。


「よいしょ、っと」

クロウくんが、ベッドに腰掛ける。

そして手にしたバスタオルで、枕を背中に挟んだあたしの額や首筋の汗を拭きとってくれた。

額や首に髪の毛が纏わりつかないだけでも、十分気持ちが軽くなる。

あたしは浅い呼吸を繰り返しながら、彼の手が離れるまでじっとしていた。

「時間がかかると体が冷えるから、俺が脱がしちゃうよ」

「ん・・・」

もう頷くのすら億劫で、あたしは小さく声を零す。

すると彼の手があたしの背に回されて、あっさりファスナーが下ろされた。

続けざまに大きな手が、肩を剥いて袖から腕を抜く。

剥き出しの肩が空気に触れて、少し肌寒い。

ふるりと震えた肩を、クロウくんの手のひらが撫でる。

「ごめんね、もう少し待ってて」

「は、ふ・・・っ」

彼の手が熱くて、びっくりして声が出た。

「その声は、また今度聞かせてね~」

なんかもう、話し方が介護。

寝たきりのおばあちゃんになった気分で、あたしは息を吐いた。

上半身を剥かれたあたしに、クロウくんがバスタオルを巻く。

そして、隠すほどのボリュームもない胸を隠していた下着の紐を、しゅる、と解いた。

一体いつの間に、背中側の紐を解いたんだろうか。肌とタオルの隙間を、派手な色の下着がすり抜けて行った。

「あ・・・」

それ、クロウくんが買ってくれたやつだよね。

・・・と言葉にするだけの気力はないから、心の中でだけ話しかける。

そんなあたしに気づいたのか、彼が苦笑混じりに言った。

「ごめん、下着が一番汗吸ってるからね。

 ・・・自分で拭ける?」

「・・・ん」

さすがのあたしも、タオル越しとはいえ、胸を触られるのは抵抗がある。

内科の触診で触ることだってないし、婦人科の検診にも行ったことはない。

もちろん、今まで付き合った・・・のかどうかも定かじゃないけど・・・男の人にだって、触られたことはないんだから。

あたしは、掠れる声で呟いて、重い腕を持ち上げた。

タオル越しにペタペタ触って汗を吸い取っていると、クロウくんが手にした軟膏を見せて言う。

「これ塗るからね。

 すーっとして、呼吸が楽になるよ」

言葉と一緒に、手のひらがタオルを肌蹴させる。

その手に気を取られていたら、曝け出された胸元に冷たいものが。

「・・・ひぁんっ」

思わず飛び出た声が、自分のものじゃないみたいで。

冷たいのにも、変な声にもびっくりだ。

クロウくんが眉根を寄せた。

「それは反則でしょー・・・あーもー、俺の睡眠が・・・」


それから彼はどういうわけか「羊が1ぴき、羊が2ひき・・・ああくそ、こびり付いて離れねー・・・」とぶつぶつ呟きながら、着替えを手伝ってくれた。

そしてあたしは、不覚にも彼の唱える羊の呪文で眠りに堕ちてしまったわけで・・・。








「・・・ん、ぁ・・・?」

・・・朝だ。


間抜けな声が鼻から抜けて、あたしはむくりと起き上がる。

・・・えっと・・・。

小首を傾げて、記憶を手繰り寄せる。

ゆっくりと瞬きをして、ぼさぼさの髪を撫でつけたところで、思い出した。

熱を出したあたしを、クロウくんが甲斐甲斐しく介抱してくれたんだった・・・。

「くろ・・・わ・・・!」

その姿を探して視線を巡らせたあたしは、思わず言葉を零す。

テーブルの上に散らかった医者道具と、薬草類。それから、椅子に括りつけられた紐に掛けられた、濡れた服。

きっと洗濯してあるんだろうな。クロウくん、マメだから。

・・・きっちり看病してくれたんだ・・・。

感心が、間を置かずに感謝に変わる。

・・・1人で王都まで移動してたら、大変なことになってたかも。

自分が街道のど真ん中で倒れてる光景を想像して、背筋が寒くなる。

あたしは小さく首を振って、ベッドから抜け出した。

「クロウくん・・・?」

声に出して呼んでみたものの、見える範囲に彼の姿はない。

あたしは思った以上に軽くなった自分の体に驚きつつ、部屋の中を歩き回ることにした。



今までの感じからして、きっとクロウくんはひと部屋しか取らなかったはずで・・・。

考えを巡らせながら、死角になっているソファや玄関の方をチェックする。

そして最後に残ったバスルームの前で、どうしたもんかと立ち止まった。


ノックして「入ってます」なんて返事があっても気まずいし・・・。

かといって、確かめないのも気持ちが落ち着かないし・・・。

買い物に出るといっても、街が活動を始めてる感じでもないし・・・。


ひとしきり心の中でぶつくさ言って、あたしはため息を吐き出した。

その時だ。



ゴン!

「ぶっ?!」


突然バスルームのドアが、あたしに突進してきた。

俯いて考えてたのが幸いしたのか、痛いのは鼻じゃなくておでこだ。

あたしは額を擦りつつ思い切り息を吸い込んで、一気に吐き出す。

「・・・ったぁぁぁ・・・」

涙目になっちゃうのは、どうしようもないんだよ。だって痛いんだもん。

「うっわ、ごめん」

探してた彼の声が、慌てて謝ってる。

そして、額を擦る手を掴まれて、顔を覗き込まれた。

「大丈夫・・・?」

「ん、だいじょ・・・」

心配そうなカオに向かって、あたしは頷こうとして、固まる。


・・・どうしよう、クロウくんが半裸!

自分でもびっくりするくらい、頬が引き攣った。

黒い髪からは水が滴ってて、彼がシャワーを浴びていたらしいことが想像出来る。

いやいやそれは結構。でも、出てくる前に服を着ようよ!

パンイチで出てくるとか、やめて欲しい!

てゆうかパンツですらねーよ、それはタオルだ!


内心乱暴な感じに慌てふためいたあたしは、口火を切った。

「服着て、服!」

言葉をぶつけて、ばっ、と離れて後ろを向く。

でも胸板とか腕とか肩とかの、ごっつい感じが頭から離れない。だってもう2回目だ。記憶が上塗りされて、余計に生々しい。

あたしは一度目をぎゅっと閉じて、深呼吸をした。

すると、息を吐き出していたあたしの肩に、何かが触れた。

駆けだしたいのに、そうさせない力加減で。

「・・・体調はどう?」

囁きが、耳元で聞こえる。

わざわざ身を屈めて言わなくても、ちゃんと聞こえるのに。

「動悸と息切れが・・・っ!

 でも大丈夫ちょっと休めば治るからとにかく服を着ましょうお願いします」

脳裏に翻る彼の半裸姿に、あたしは思わず手で顔を覆う。

閉じたはずの口から、「くぁぁ~・・・」なんて声が漏れた。

恥ずかしくて顔も見られないだなんて・・・あたしはそこまでの筋肉フェチだったのか。自分でも信じられない。これって変態に区分されたりするのか。どうなんだ。

「うん・・・でもその前に、アイリちゃん」

クロウくんの声に、笑みが混じる。

後ろを向いて顔を覆って、見ないようにしてるのに表情が浮かんでしまう。

戸惑っているとふいに、あたしの肩越しに、筋肉質な腕が巻きついてきた。

ひゅっ、と息を飲む。

「・・・とりあえず、元気になって良かった」

耳の後ろにぴったりついた唇が、穏やかな口調で囁いた。

こくこく頷いたあたしは、早口で言う。

「うん、あの、ありがと・・・看病してくれて・・・。

 おかげですっごく、体が軽いの。喉も痛くないし・・・」

「ん・・・」

相槌と一緒に安堵のため息をついた彼が、「そうだ」と言葉を漏らす。

気を取られたあたしが小首を傾げると、彼は鼻唄混じりに言った。





「やっ、やぁっ」

「いいから行くよー」

ジタバタ暴れるあたしを担いで、クロウくんが歩き出す。

「やだやだやだっ、こんな格好いやー!」

玄関の向こうで、がたんっ、と音がする。

すると米俵みたいにあたしを担いだ彼が、上機嫌で口笛を鳴らした。

・・・こんな感じのこと、前にもあった気がする。

「いいじゃん、今さらどうってことないでしょ。

 ・・・うーん、このむっちりした感じ、いいよね」

ぺち、と叩かれて、あたしは悲鳴を上げた。

なんかもう、数時間前まで熱出して魘されてたとか、ほんとは夢なんじゃないか。

じゃなきゃこの扱い、あり得ない。

「いやぁぁっ、叩いちゃだめぇっ。

 ・・・ちょ、やだっ、お尻はやめてってばー!」


がたんっ、がっちゃん!・・・うぎゃぁ!


玄関の向こうから聞こえた物音に、クロウくんが鼻を鳴らして、あたしのお尻を指でつついた。

ぷにぷに、ぷにに。

「んぁっ、やめ、ちょっと!

 あたしを玩具にしないで~!」


がちゃーん!ばたん!・・・おいっ、誰か止血しろ!


廊下ではけが人が出てるらしい。

今まさに、わんこな医者の出番じゃないんだろうか。



無駄な贅肉のない、逞しく艶めかしい背中をばしばし叩く。

「ちょっと外、けが人がいるから行ってきなよ!先生!」

米俵スタイルで担がれたまま囁いたあたしのお尻が、ぺちん、と叩かれる。

ほんとにもう、太鼓じゃないんだってば!


セクハラだ!と訴えたら、「よく分かんないけど触診だよ」と涼しいカオで言い捨てられた。

そんなわけあるか!









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