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あたしに救心









薄暗い空に、閃光が走る。

「・・・あっ・・・!」

思わず声を漏らした次の瞬間。


バリバリバリバリッ


「うひゃぁぁぁ・・・!」

思った以上の大音量に、あたしは咄嗟に耳を塞ぐ。






「アイリちゃん」

洞穴の奥を調べていたクロウくんがやって来て、土砂降りの外を眺めていたあたしの隣に立った。

「・・・雷、凄い音だったね」

「うん・・・」

外の様子を窺いながら呟いた彼に頷いて、あたしは続ける。

大粒の雨が岩肌に当たって、バチバチと音を立てていた。

「ここに入らないで進んでたら、あたし達に直撃してたかも・・・」

そう言っている間にも、空がピカッと光って、けたたましい轟音が鳴り響いて。

まだ耳を裂く音にも慣れないし、なんだかちょっと寒くなってきた。

足元から這い上がる寒さに、ふるりと体が震える。

それに気づいたらしいクロウくんが、あたしの肩を擦って言った。

「冷えちゃったでしょ、奥の方が暖かいよ」

行こう、と促されて、あたしは頷く。

「あ、でもミカン・・・」

視線を送れば、ミカンがあたしを見た。

その堂々とした居住まいに頼もしさを感じていると、クロウくんが言う。

「あいつは、入り口で見張りかな。

 ・・・たぶん、奥の方は暗いから行きたくないんだと思うよ」

「そっか・・・じゃ、そこで待っててね」

あたしにしてみれば、暗いのより雷の光と音の方がよっぽど怖いんだけどな。

鳥だから、そんなもんなのかな。

気遣わしげに声をかけたあたしに、ミカンは、ふん!と鼻を鳴らした。


クロウくんは雨が降り出してから急いでくれたけど、やっぱり服はびしょびしょ。

2人共すっかり濡れ鼠だ。

洞穴の奥に進むと、入り口よりは狭くなっているものの、それでも立ち上がったクロウくんが身を屈める必要もない。

休めるだけの空間が確保されてて、とってもありがたい。

「うへぇ・・・気持ちわる・・・っと・・・」

精霊ランプの明かりを頼りに辺りを見回していたあたしは、何やら声を上げた彼に視線を戻して・・・視界に飛び込んできた光景に、思わず大声を上げた。

「うわわわわわなにしてるのクロウくん?!」

「・・・へ?」

あたしの言葉に、クロウくんが動きを止めた。

「なにって・・・着替え?」

小首を傾げたまま、彼が訝しげな眼差しであたしを見てて。

・・・いやいやいやいや、その格好のままフリーズしないでよ・・・!


半分脱ぎかけて見えちゃってる腹筋が、凄まじくガチガチ。板チョコ。食べても全然甘くなさそうだけど。

“入り口の街”で買った服を着て気づいてたけど、肩も胸板も、二の腕も筋肉の付き方が反則的に凄まじくて。ほんとに医者なのこの人、ってくらい。

薄暗い洞穴の中で、水を含んだ服を脱ぎかけてる姿が壮絶な色気を放ってる。


「アイリちゃん・・・?」

「はい?!」

低い声で呟くように呼ばれて、心臓と一緒に体が跳ねた。

すると、ランプの明かりを背にしたクロウくんが着ていた服を放り投げて、固まって動けないあたしの方へやって来た。

ぎゃあ、半裸!

明かりを受けて伸びた影が、絶句するあたしを飲み込む。

わずかな光が逆光になって、近づいてくる彼の表情が全然読めない。

半裸のクロウくん、全然可愛くない・・・!

そんなことを心の中で叫んでいると、目の前に彼が立って、あたしの顔を覗き込んだ。

咄嗟に息を止めたら、稲妻模様が滲んで歪んで見えて。

「・・・真っ赤に見えるのは、光の加減なのかな・・・。

 寒気、する?」

心配そうなカオが、視界を埋め尽くす。

思わず息を止めたまま、力の限り首を振った。

「・・・う・・・っ」

そしたらクラクラして、膝に力が入らなくなって。

クロウくんが、あたしの腰を引き寄せる。

「ちょ・・・っとアイリちゃん・・・?!」

焦りの混じった声に、はっと我に返った。

そして、あたしは自分の目の前に、弾力に富んでいそうな胸板があることに気づく。

「へ、へーき・・・!」

咄嗟に彼を押し返して離れようとしたら、あっさり横抱きにされた。

こんな筋肉ついてたら、あたしくらい簡単に持ち上げられるんだな。

ストイックなのか。医者って皆、自分を苛めるのが好きなんですか。

「何が平気だよ・・・!

 いいからこっち来て着替えて、暖まる!」

呆れと怒りが半分ずつの台詞に、もう沈黙するしかなかった。

「ほらもう、体が熱い。体温が下がらないようにしてるってことなんだからね!」

・・・こういう時相手が医者だと、こっちの言い分は通らないんだな。





半裸のクロウくんが、あたしをランプの前に下ろす。

下には大判の布が敷いてある。

野宿の時にもそうしてくれたのを思い出して、あたしはそっと頬を緩めた。

でもこれで、こういう気遣いをしてくれるクロウくんと、半裸で色気塗れなクロウくんが同一人物だってことを認めざるを得ないだろう。


小さなランプの中には、赤くて小さな羽虫のようなものが、ふわふわと浮かんでいる。

それは炎の精霊と呼ばれる存在で、こっちの世界ではごくごく一般的だ。

調理器具や暖房器具、街灯などの照明器具なんかにも使われてる。

あたしが知ってるのは、そこまでなんだけど・・・実は前々から、精霊って名前がついてるだけの、虫なんじゃないかと思ってることは秘密だ。

「はいこれ、ちゃんと着替えてね」

ぼーっとランプを眺めていたあたしの肩に、クロウくんがタオルをかけてくれた。

「あ、うん・・・ありがと・・・」

あたしのことを優先してくれたのか、彼はまだ服を着てなくて。

その顔を直視出来なくて俯いたままお礼を言ったあたしに、彼の沈んだ声が返ってくる。

「・・・アイリちゃんの様子がおかしいのは、呪いのせい・・・?」


「え?」

タオルに手を伸ばしていたあたしは、そのひと言に手を止めた。

思いがけない言葉が、頭の中で何度もこだまする。

意味を掴むまでに時間がかかって、咄嗟に否定することすら忘れていた。

「進行しちゃって・・・やっぱり怖いし気持ち悪いよね・・・」

そこまで聞いてやっと、彼の言いたいことが分かった気がした。

あたしが引き攣った顔をしたのも、絶句したのも、全部自分の姿のせいなんだと思い込んでいるんだろう。

・・・違うんだよ、クロウくん。


そう思った瞬間、あたしは無意識に白状していた。

「違うの、あたし、クロウくんの裸にびっくりしちゃっただけで!

 ・・・ああ、ええっと、びっくりっていうのはその、怖いってことじゃなくてね!

 ドキドキしちゃった、ってことで・・・!」

あれ、なんか違うぞ。これじゃ変態みたいだ!

クロウくんの半裸にドキドキしちゃったとか、変態そのものだ!

自分の口をついて出た言葉に、自分で驚愕してしまう。ついでに、がっかりも。

「えっと、そうじゃなくて!顔が熱くなって動悸と息切れが・・・!」

必死のフォローが、ざくざくとあたしの好感度を下げていく気がした。

どうしてこう、上手いこと言えないんだろう。

・・・男の人の裸に、しかも筋肉質な逞しい裸体に慣れてなくて驚いたんだ、ってことを言いたいんだけどな。

ダメだ、それですら変態感が漂ってる。

じゃあもう変態でごめん、って謝った方がいっそのこと近道か。


「だからね・・・!」

混乱した頭をフル回転させて口を開いたあたしは、クロウくんの顔をまともに直視して、その表情に固まった。

「なぁんだ」

やっぱり半裸のままのクロウくんが、あたしに向かって一歩踏み出す。

悠然と微笑んで。

あれ、あれあれあれ?

一瞬前まで、すごく傷ついてます、ってカオしてましたよね・・・。

頭の隅で呟いて、あたしは一歩、後退する。

本能的に、一定の距離を保つべきだと悟って。

雨でぐっしょり濡れてる背中が、いっそう冷たくなった。

「カワイイ理由で、ちょっと安心した」

ただならぬ空気が漂っていることを、ひしひしと感じながらも、あたしはかろうじて笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

「あ、そ・・・それは良かっ、」

でもあたしは、それを途中で飲み込んだ。

いつの間にか距離を詰めてたクロウくんが、あたしの手首を掴んだから。

きゅっ、と強めに掴まれた手首に、痛みはない。

笹川先輩とは違う、乱暴さのない手。

強引なのは一緒なのに、一体何が違うんだろう。

刹那の間に、めまぐるしく考えていたあたしの手が、くいっ、と引っ張られた。

そして、あっという間に、手のひらがクロウくんの胸にくっ付く。

体温が奪われたからなのか、彼の体もあたしと同じように発熱してるのが分かる。

熱くて、どくどくと血の流れる音を感じる。

イケナイことをしてる気がするのに、本気で嫌がったら放してくれそうなのに、あたしは手のひらを離したいとは思わなかった。

「クロウくん・・・?」

あたしの手のひらを自分の胸に当てたまま、じっとこちらを見ている彼を呼ぶ。何を考えてるのかと、不安に似た気持ちになって。

すると彼は、あたしの目を強い視線で射抜いて、身を屈めた。

稲妻模様のある顔が、ゆっくりとあたしの鼻先まで近づいてくる。

「俺もアイリちゃんにドキドキしたい」

「う、うん・・・?!」

もう返事なのか相槌なのかも分からない言葉しか紡げなくて、あたしは瞬きを繰り返した。

目からも酸素が補給出来ればいいのに。

そうしたら、あたしだって別にドキドキしてない、って言える。

そんなことが頭の中を駆け巡っているうちに、クロウくんの顔がまた少し近づいて。

あたしの目は、彼の口元に笑みが浮かんでいるのを見つけた。

長いまつげが伏せられる。

出来た影が、ふるりと揺れた。

そして、次の瞬間。


「・・・叩くことないと思う~!」

「ごめ・・・片手空いてたから、つい・・・」









クエェ、とひと鳴きして迎えてくれたミカンの首を撫でる。

「ごはん、持って来たよ。

 見張り番、ありがとね」

言いながら、林檎みたいな硬さのある果物を差し出す。

するとミカンは、それを器用に咥えて、上を向いて口の中に入れる。

咀嚼する時のバリバリ、と木が折れるような音が、洞穴に響いた。



クロウくんとの間に流れてしまった微妙な空気が気まずくて、あたしは着替えを済ませると、すぐにこっちにやって来た。

顔を叩いてしまったことは、もちろん心から謝った。

2回目ともなれば、さすがに正座だ。

そそくさと逃げるように彼の傍から離れたことで、また傷つけてるかも知れないけど・・・でも、あたしだって落ち着く必要があるんだよ。

戻ったらアフターケアするから、多目に見て欲しい。



ミカンの食事を終えて、あたしは柔らかい羽毛にもたれかかった。

「・・・ちょっとだけ、一緒にいさせてね」

野宿の時みたいに地面に座ったミカンが、クルル、と甘え鳴きをする。

あたしはその首元に腕を回して、ばふん、と顔を埋めた。

毎日水浴びさせてるからか、ふわふわの羽毛は気持ちいい。暖かいし。

うっとりと目を閉じると、真っ暗な世界に意識だけが取り残される。


・・・どうしてだろう。


落ち着きを取り戻すためにも考えないようにしてるのに、炭酸の気泡が水面に上がっていくみたいに、疑問が浮いてくる。

抑えても、指と指の隙間をするりと抜けて、頭の中心に浮かんでくるのだ。


・・・思い出すな思い出すな思い出すなっ。


呪文のように唱えて、脳裏に翻るクロウくんの半裸姿をかき消す。

でもそれが有効なのは、ほんの一瞬だけ。

すぐに次の波がやって来て、あたしを飲み込もうとする。


きっと、これまで関わってきた男の人に、筋肉質な人がいなかったせいだ。

だからこんなに、クロウくんの肩とか胸板とかにドキドキしちゃうんだ。

板チョコな腹筋とか、生で見たの初めてだし。

初めて見たから、その生々しさに動悸息切れの症状が出たんだろうな。

だって今朝みたいに後ろから抱きつかれても、心臓が跳ねるのは一瞬で、あとは鼓動の音に安心して眠くなるくらいなんだから・・・。


納得のいく筋道に、あたしは息を吐き出した。

ミカンの体が、ぴくりと動く。


「こんなにドキドキしたの、久しぶりだなぁ・・・」

沈みゆく意識の中で、あたしは自分の呟きを聞いた。








グエェェェーッ



今までにない鳴き声が耳を裂いて、あたしは飛び起きた。涎を拭いて。

「・・・おい、女」

そして、一気に意識が覚醒する。

聞こえた声を視線で辿って、息を飲んだ。

いや、正確には悲鳴を飲み込んだ。




起き抜けに剣を突き付けられてるとか、ありえなさすぎる。









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