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寝起きの呪い








「あー、いいにおーい。やわらかーい。ああもうなんなのこれ。

 ・・・寝起きのうやむやな感じで合意に至ったりしないかなぁ・・・」


これが、あたしが目覚めた瞬間に聞いた台詞。

いや実際には、“あとごふんー・・・”ていう状態の時に聞いて、一発で意識が覚醒したんだけど・・・。

不思議なことに何て言ってたのか、全っ然聞き取れなかったのに、言葉に出来ない危機感・・・みたいなものに本能が反応した、っていうか・・・。

ともかく、あたしは叫んだわけだ。


「おおおい何してんだあっち行けぇぇぇっ」

後ろから抱きついてるクロウくんを、肘でぐいぐい押し返す。

彼の腕も足も、あたしに絡まってて。

思うように動けなくてジタバタしてみるけど、クロウくんに笑って流された。

「・・・そんなに暴れたら、血圧上がっちゃうよ~」

くつくつ笑う声と一緒に囁かれ、どーどー、と暴れる馬を宥めるみたいに、大きな手でわき腹を撫でられる。

「やんっ、ちょ、やめ・・・っ」

くすぐったさに呼吸が乱れる。

身を捩って彼の手から逃げようとするけど、いろいろ絡まってるせいか、一向に抜け出すことが出来ない。

「ちょ、変な声出すなって。

 ・・・あー、やわらけー・・・」

あたしの髪に鼻を埋めたクロウくんが、何やら呟いていた。

今までにない口調に違和感が。

なんか、急に男の人っぽくなった気がする。何その、色っぽく掠れた声とか若干荒っぽくなってる呼吸とか!

ブラックわんこだ。寝起きだからか。呪いのせいか。

ああでも、そんなことよりも耳の後ろにかかる吐息の方が気になって気になって・・・!

やだもう、ぞくぞくする!ギブ!

「ひゃぁぁっ?!

 くすぐったくてゾクゾクしちゃって体から力が抜けちゃいそうなの!

 あっち行ってよー!」

「・・・えー」 

「は、離れてってば!」

「やだー」

引き剥がすことが難しいなら、自主的に離れてもらうしかない。

ジタバタしても無駄だと悟って、はっきり言ったら、あっさり拒否された。

さっきのは気のせいだったのか、いつもの、あっけらかんとした口調だ。

・・・てゆうか、やだー、って何だよ。子どもか!

呆れて言葉を返すのを忘れたあたしに、彼は囁いた。

「目の前でアイリちゃんが寝てるのに、1人で寝るとかむりー」

その声に、甘い何かが混じってる。

肩に額を擦りつけて甘えてくる彼が瞼の裏に見えた気がして、あたしは息を吐く。

諦めて身を捩るのを止めたら、体の締め付けが緩くなった。

なんなんだ急に擦り寄ってきて・・・わんこっていうより、子どもみたいだなぁ。

そんなことを思ってしまったら、なんとなく無碍に出来なくなって。

気づいたら、あたしはおとなしく、窓の外に広がる早朝の気配に耳を澄ませていた。


「いつこっちに入ってきたの?」

「んー・・・?」

あたしの問いかけに、眠たそうな声が返ってくる。

もしかして、夜中に何回も目が覚めたりとか、したんだろうか。

「よなか・・・」

「・・・夜中からこの体勢?

 良く眠れたねぇ・・・」

勝手に他人のベッドに潜り込んで怒りたい気持ちもあるにはあるけど、それより他人に絡まってよく眠れたもんだと感心してしまう。

すると、あたしの呟きを拾った彼が、ため息を吐いた。

熱い息が、首筋にかかる。

「眠れるわけないじゃん。

 ・・・ぐっすり寝てるアイリちゃん起こさないようにするの、大変だったぁ」

クロウくんが腕に、ぎゅぅぅぅ、と力を込める。

「・・・じゃあそっちで寝れば良かったんじゃ・・・。

 寝不足で倒れても知らないよ、医者なんだから体調管理くらいしようよ」

呆れて言えば、同じように呆れたふうに息を吐いた彼が呟いた。

「眠れなくても、アイリちゃんにくっついてる方が大事だもん」

「なんじゃそりゃ」

「・・・うー、分かんないならいい」

呟いたクロウくんが、もぞもぞとベッドから這い出していく。

解放されたあたしは、少しだけ肌寒さを感じながらも、そっと体を捻って彼を見上げた。

「ほらやっぱり、まだクマが・・・」

ちょっぴり臍を曲げたらしい彼の顔をまじまじと見つめたあたしは、息を飲む。

すると、あたしの様子がおかしいことに、顔を背けかけた彼が首を捻った。

何?・・・とその表情が問いかけていることに気づいたあたしは、嫌な音を立てる心臓を宥めるつもりで深呼吸をする。

そして、やっとの思いで言葉を捻り出した。



クロウくんが、血相を変えてバスルームに駆け込む。

あたしも、もつれそうになる足で彼を追いかけた。

そこで見たのは、鏡に映った自分の姿に絶句する彼。

夜中にあたしが見つめて、いろいろ思い出してドキドキした唇が、今はわなわなと震えてて。目が、恐怖に見開かれてて。

鏡越しにあたしを見つけた彼が、何かを言いたそうに、でも、声も出せずに首を押さえる。

「・・・だいじょぶ、大丈夫だからねクロウくん」

宙に浮くほどの軽さで、言葉が漂う。

あたしは、咄嗟にクロウくんの背に抱きついた。

何て言ったらいいか分からなくて。

でも、何かは伝えないといけない気がして。

「あたしも探すから・・・会社にお願いして有休貰って、一緒に探すから」

ぎゅ、と腕に力を込める。

何度かクロウくんにされたみたいには、出来ないけど。でも出来ることなんて、こんなことくらいしかない。

あたしの手に、彼の手のひらが重なる。

冷たくて、少し震えてた。


押さえた手を離したクロウくんが、あたしに向き直る。

彼は瞳に恐怖を宿したまま、あたしを抱き込んだ。

ベッドから出た彼の体は、冷たくて。

冷たさにびっくりして、あたしは自分の体がふるりと震えるのを抑えることが出来なかった。

ぴく、と彼の腕がびくつく。

「・・・一緒に行こうね、王都」

間髪入れず、腕に力を込めて言ったあたしの体を、クロウくんがもっと強い力で、折れてしまいそうなくらいの力で抱き返して。

潰されるみたいにして息を吐き出したあたしの首元に、彼の唇がくっ付いて。

「うん・・・ありがとアイリちゃん」

泣きそうな声にびりびりと肌が震えて、あたしは目を閉じる。

そして、だんだんとクロウくんの体が温かくなってきたのを感じて、ほっと息をついた。








衝撃の朝から、どれくらい経っただろう。

あたし達は今、ミカンの背に揺られて街道を進んでいる。




「暑くない?」

肩越しに尋ねたあたしのお腹を、クロウくんが引き寄せた。

バランスを崩しかけたところで、がっしり抱き留められる。

「・・・平気だよ」

落ち着きを取り戻した彼がしっかり支えてくれたから、あたしは安心して、その顔を仰ぎ見ることが出来た。

小首を傾げる彼の瞳からは、恐怖の色は消えてる。

首をすっぽり覆うハイネックのカットソーは、生地が薄い割にぴったりしてて、クロウくんの肩の筋肉の様子とかが見てとれる。

・・・試着した時、ボクサーとかプロレスラーみたい、なんて思ったんだっけ。

秋とはいえ、それなりに気候の温暖な国だから、この時期から首元まで覆うような服を着てる人はあんまり見かけない。

野宿中ですら軽装だったクロウくんが服を変えたのには、今朝の出来事が関係してる。

「痛くない?」

「・・・心配しすぎ」

窺うように尋ねたあたしを、クロウくんが小さく笑う。


ハイネックの入り口の所に伸びる、黒い線。

それは、彼の顔に稲妻模様を描いていた呪いの線だ。

今朝あたしは、その稲妻が肩の辺りまで延びていることに気が付いた。

取り乱したけど、バスルームで落ち着くまでハグをして。ようやく気持ちに折り合いをつけたらしい彼は、服を変えると言い出したのだ。

・・・運良く品揃えの良い店があって良かった。

・・・まあ、そこの店主の腰が引けてたのは、ちょっといただけなかったけど。

そんなわけで着替えて出発したあたし達は、次の街に向かっているところで・・・。


クロウくんの微笑みにほっとしつつ、あたしは前を向いた。

「線が延びたってことは、呪いが進行したってことだよね・・・」

呟きに、彼が頷く気配がする。

「まあ、たぶん、そういうことだろうねぇ」

「・・・なんで、そんなに落ち着いてるの?」

バスルームで半ベソかいてた君は、一体どこに行っちゃったんだ。

・・・あたしにしがみついて、心細そうにしてたクロウくん、可愛かったなぁ。ハグしてみたけど、ナデナデすれば良かった。

思考回路が不真面目になりそうだったあたしに、彼が言う。

「あのねー・・・アイリちゃんに格好悪いとこばっかり見せられないでしょ」

「・・・そんなこと気にしてたの?」

呆れ半分で振り返れば、そこには口を尖らせたクロウくんがいた。

「気にしちゃダメですか。

 俺だって必死なの。一応男なんだよ、分かってる?」

どうせ分からないでしょ、とでも言いたそうなカオ。

あたしは小首を傾げた。

「クロウくんは格好悪くないじゃん。てゆうか、あんまり格好良くてもねぇ。

 ちょっとダメなとこあるくらいで、ちょうどいいと思うけどなぁ・・・。

 ふぅ、首疲れた」

前を向けば、真っ白な雲が流れているのが目に入る。

森を抜けた街道の脇には、草原が広がっていて。今日ものどかで、たまに遠くの方に鹿みたいな動物が現れて、こちらを窺っていたりして。

「・・・あー・・・」

背後から、のどかさに似合わないクロウくんのため息が聞こえてきた。

同時に、こつん、と肩にぶつかってくるものが。

「もー・・・」

どうやら彼が、あたしの肩におでこを乗っけたらしい。

「ん?」

振り返らずに先を促したら、彼が降参するように呟いた。

「どこまで惚れさす気なのアイリちゃん・・・」

「え~?!」

その台詞に、思わず笑みが零れてしまう。

なんだかすごい褒め言葉を貰った気がして。

「ほんとにもう・・・」

苦笑混じりにでもクロウくんが笑ってくれたことに、あたしはちょっとだけ、ほっとしていた。

真っ白な雲が、あたし達の向かう先にいくつも流れていた。








ごめんなさい。前言撤回します。

いくつも流れてた白い雲は、いつの間にか真っ黒な雲になっていました。




気づいたら街道の両側が、瑞々しさの溢れる草原から、地面がむき出しの荒野になっていて。

吹きすさぶ風は、どこかひんやりしてる。

なんとなく嫌な予感がするな・・・と思ってたら、あたしの手の甲目がけて、およそ雨のひと粒だとは思えない大きさの水滴が、空から降ってきた。


「わ、降ってきちゃったよクロウくん!」

今か今かとヒヤヒヤしてたけど、ついに降ってきた。

あたしは慌てて、クロウくんを振り返る。

「分かってる。しっかり捕まってて」

とばすよ、と付け加えた彼が、ミカンの首を軽く叩いた。

その瞬間、ミカンがぐんと加速して、あたしの体に圧がかかる。

「ぶっ・・・ぅ、わ・・・っ」

肺が潰されて、空気が漏れる。

正面からぶつかってくる風に流されないようにと、彼の腕と胸があたしを支えてくれて。

こんなに逞しくて頼れる腕、してたんだなぁ・・・とか。

胸板の質量がすごい・・・とか。

不謹慎にも、考えていたのはそんなことで。

あたしはクロウくんに支えられながら、迂闊にもぼんやりしてしまった。





急に動きのなくなったあたしを心配したのか、彼が時折、耳元で「もうすぐだからね、頑張って」なんて囁いて。

そうして辿りついたのは、街道から少し逸れた場所にある、崖のふもとだった。

何箇所か、人の入れそうな穴が空いていて、クロウくんがその中の1つを選ぶ。



雨を凌げる場所を確保したあたし達は、しばらく足止めを食らうことになった。








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