僕と銀髪の姫
僕のお爺ちゃんは退役騎士だ。お国の一大事に率先して戦った偉い将軍様の軍にいたんだって。いつも胸を張ってどんな事があったのかお話してくれる。僕も将来はお爺ちゃんやお父さんの様に立派な騎士になるんだ。
だから、毎日お爺ちゃんに剣の稽古をつけて貰ってるし、お母さんには色んなお勉強を教えて貰っている。お父さんはその偉い将軍様の息子で、新鋭の将軍様になった人の側近をやってて忙しいからあんまり会えない……少し寂しい。だけど、僕は男だし平気なんだい。
ある日お母さんと一緒にお買い物に行った時、野菜屋のマイケルと肉屋のケビンから銀髪の悪魔がこの街に居るって情報を聞く。
これは一大事だ。勿論女性には優しくするのは騎士の努めだから、ちゃんと家まで荷物運びはするけれども、運び終わったらその銀髪の悪魔が居る家に行かなきゃ!
騎士は皆を守ってこそだもんね。お爺ちゃんがいつも言ってるもん。悪魔って言うからには悪さをしてるに違いない。そんな事は見過ごすわけにはいけないぞ。
悪魔が相手ならちゃんと装備を整えなきゃいけない。いつも稽古で使っている相棒の木刀を腰にさし、同じく稽古で使っている丈夫で汚れても大丈夫な服を身にまとう。靴も稽古で使う履きなれているやつだ。
そんな僕を見て母さんが不思議そうに聞いてくる。
「ねぇ、アレン。今日は剣のお稽古の日じゃなくてお勉強の日でしょ? そんな格好してどうしたの?」
しまった、僕とした事が報告する事を忘れていた。えーっとなんだっけ? そうそう。報告連絡相談は特に大事だとお父さんからも言われてたんだった。
じゃぁちゃんと伝えとかないと。
「うん。マイケルとケビンから大事な用を頼まれちゃったから、僕頑張ってくる!」
そう言うと、納得したように頷くお母さん。
「そう、それじゃぁマイケル君とケビン君に宜しくね。あまり遅くならないうちに帰ってきなさい」
「うん、分かった。行ってきます!」
流石お母さん、情報提供してくれたお礼まだ言ってなかったや。後でちゃんと言わなきゃね。
情報を元にある家にたどり着いた。ここにその銀髪の悪魔は住んでいるらしい。普通髪は茶色か僕のような赤茶ばかりだから、さぞ目立つ事だろう。
そう思ってキョロキョロ辺りを見ていたら。その家の庭でぴょこぴょこ動く銀色の何かを見つける。よし、見つけたぞ!
気合を入れ直して庭に入る事に。不法侵入はダメな事だけど、非常事態では仕方ないってお爺ちゃんも言ってたし。それこそ非常事態なんだから許されるだろう。
「見つけたぞ。銀髪の悪魔!」
木刀をかざしてそう叫ぶと、相手は振り返り――あれ?
「……何? その木の棒でぶつの?」
おかしい、僕はどうしたんだろう? なんか、物凄い体が熱い。
自身の不調を振り払うように首を横に振ってみる。よし、話しかけるぞ。
「ごめんなさい。友達からこの辺で銀髪の悪魔を見たって聞いたんですけど、知らないですか姫?」
僕の言葉を聞いて目を見開く姫。お父さんから勿論お城にお姫様が居るけど、街中にも居るぞって言われてたけど、本当だったんだなぁ。
「……え? ひ、姫? えっと。え?」
む、混乱させちゃったのか? それじゃぁ落ち着くまで待たないとね。
しばらく待っていると、そわそわしていた姫が決心した様に一つ頷いて口を開く。
「あ、あの。私姫じゃないよ」
「え、そうなの? そんなに可愛いのに?」
ぼそぼそと伏し目がちに言ってきた姫の、まさかの姫じゃない発言に驚いてそう正直に答えてしまう。
と、パッと一瞬僕を見て頬に手を当てもじもじしだす姫。なんだろう?
「ぎ、銀色の髪だよ」
「その髪滅茶苦茶綺麗だよ。それにドレスも似合ってるし」
白のフリフリのドレスを身に付けてて、褐色色の肌にピッタリな気がしてそう付け加える。
ん? 今度は両手で頭を押さえてる。ほんとどうしたんだろう?
あ、そうじゃなかった。銀髪の姫じゃなくて僕が用があるのは銀髪の悪魔だった。
で、でももっとお喋りしたい。ど、どうしよう。
「あ、ありがとう。嬉しい」
――はっ。微笑んでくれて思わず見とれちゃってた。何これ、心臓ドキドキしてるし、もっと体熱くなってきたんだけど。うぅ、は、恥ずかしい。
そ、そうだ、銀髪の悪魔の事聞かなきゃ。
「う、ううん、騎士は嘘つかないから。えっと、ひ、姫は銀髪の悪魔の事知らないの?」
何これ? 声がひっくり返っておかしな事になっちゃった。僕笑われてないかな?
内心で泣きそうになっていると、姫が折角浮かべた笑みを消して悲しそうな顔になった。なんで?
「多分、それ私」
「え? 姫は姫で悪魔は悪魔だよ!」
そんな事言われても全く納得出来ない。なんで姫が姫じゃないんだ? あれ? 姫じゃなくて良いのか? もういいや。僕の姫って事で。
「あぅ、ひ、姫は決定なの?」
なんか再び頬に手を当てて視線を下げてる。出来ればちゃんと表情見たいのになぁ。
だけど、聞かれれば答えるのが騎士の努めだ。お爺ちゃんからも嘘は良くないって口酸っぱく言われてるもんな。
「うん。僕の姫だよ」
言い切って気づく。そう言えば父さんが嘘も使い分け次第で必要だよって言ってたっけ? もっと大きくなったら色々教えてくれるって約束してくれたし。うん、じゃぁ今は正直に言うのさえ守ってれば良いんだよね。
「あうぅ。……じゃ、じゃぁ君の事なんて言ったら良いの?」
ふと聞かれて考えてみる。姫の騎士……うん、これがいい。いや、これじゃなきゃ嫌だ。
「姫の騎士だよ!」
「わ、私の騎士?」
おおおおおおおおおお。どどどどど、どうしよう。体中がドクドク言ってるんだけど。でも、滅茶苦茶嬉しい。恥ずかしい。
「う、うん」
気付いたら姫と2人でもじもじ。あうぅー、なんだこれ?
「……じゃ、じゃぁ守ってくれるの?」
ふと僕を見上げて聞いてくる姫。それに力強く頷く。
「勿論! だって僕は姫の騎士だから」
再び微笑んでくれる姫。うん、僕絶対将来姫が胸を張れる立派な騎士になってやるぞ!
「おーい、アレーン。悪魔退治は終わったかー?」
ふと入口の方からマイケルの声が聞こえてくる。振り返るとケビンを従えたマイケルの姿を確認する。
うーむ、しかし羨ましいなぁ。ケビンはひょろっとしてるからそんな事はないのだけど、マイケルは同じ年の筈なのに物凄く体が大きいのだ。騎士は体が資本って言うし、僕も早く大きくなりたいな。
っと、そんな事考えてる場合じゃないな。お礼も含めて答えなければ。
「ううん、まだ悪魔は見つけれてないよ。そうだ。情報あり――」
「あー? 悪魔ならそこに居るじゃん」
え? マイケルの言葉に思わずキョトンとしてしまう。で、指さされた方を見れば何故か引きつった表情の姫の姿が。
全然状況が理解出来ないのだけど? おかしいなぁ。マイケルには姫以外に何か見えてるのか? それならなおのこと大事だ。ちゃんと聞かないと。
「こっちには姫しかいないけど、他に何かいるのか?」
「は?」
んんん? なんで不思議そうに返して来たのだろう? もしかして見えない方がおかしいのか? 姫もどこか怯えているし。
くっ、これは大変だ。僕が対処出来なきゃ皆を守れないじゃないか。騎士失格だ。そんなのダメだ。
「姫ってなんだよ、そいつが悪魔じゃんか。銀色の髪とか気持ちわりぃ」
一瞬何を言われたのかわからなった。だけど、泣きそうな顔の姫を見た瞬間姫を背中に庇っていた。
「……おいアレン。なんだよその目つき。俺に勝てると思ってんのか?」
「そ、そうだそうだ。マイケルに敵う奴なんて同年代には誰も居ないんだぞ! 騎士の子供だからっていっつもお高くとまりやがって。僕お前の事昔から嫌いだ」
怒りの形相になるマイケルと、その後ろに隠れて完全に怯えたようにしながらも声高々に叫ぶケビン。
僕は友達だと思ってたけど、マイケルはともかくケビンはそうじゃないようだな。まぁ、どちらにしても姫を侮辱した罪は償わせるけど。
「勝てる勝てないではなく、騎士とは民の為に戦う者。つまりは弱者の為に戦うべき者のこと。そして、自分の姫の為ならば何を捨てても守りぬくべしってお父さんが言ってた。
だから、マイケルがちゃんと謝ってくれるまで僕は君を許せない」
「あー、ごちゃごちゃうるせえな。黙れよ!」
折角僕がお父さんから教えて貰った事を伝えたのに、マイケルは怒りしか感じなかったようで突然殴り掛かってきた。
って、そんな無駄だらけの動きじゃ僕から当たろうとしなきゃ当たらないよ? 馬鹿にしてるのかな?
悪魔相手にだからこそ木刀を準備していたのだけど、使う必要性を感じれないのでそのまま足を払って転ばす。
僕も稽古の時お爺ちゃんによくこうされて転ばされているのだけど、上手く真似出来たみたい。これでマイケルも本気を出してくれるはずだ。
「い、いてぇ。いてぇよぉー」
……え? な、泣き出しちゃった。お、男なのに? 男ならどんな状況でも泣いちゃダメなんだよ? あ、でも僕も稽古の時よく泣かされてるや。それに、人の気持ちを考えなさいってお母さんにいつも教えて貰ってるもんね。
じゃぁ、こう言う時はちゃんと言葉で言わないとね。
「痛いのは分かるけど、そのくらいで泣いちゃダメだよ。さぁ、次こそ本気でやろう!」
ビッと木刀を向けると、ヒィっと情けなく後ずさるマイケル……あれ? なんか。全然予想していたのと違うのだけど。
「ご、ごめんなさーい」
あっ、そのままどこか出て行っちゃった。あれ? いつの間にかケビンがいないや。
と、背中に衝撃を受け、吃驚して振り返ると姫が抱きついていた。
ひ、姫。嬉しいけど恥ずかしいよ。こ、心の準備を下さい。
「嬉しい。嬉しい。騎士。私の騎士!」
興奮したようにそう言ってきてくれて、物凄く嬉しい気持ちで満たされる。
あぁ、姫が喜んでくれるだけで、この満面の笑みを見れるだけで物凄く幸せになれる。
この笑顔をずっと守って行きたいな。
そう心に決めて、興奮している姫のされるがままになったのだった。
あれから数日経ち。マイケルとケビンと僕は何故か仲良く大人達に怒られた。理由は色々あって、納得出来たり出来なかったりしたのだけど、出来なかった時言い返そうとしたらマイケルとケビンのお父さんお母さんに子供は黙ってなさいと怒られてしまう。僕のお父さんは忙しくて来れなかったみたいで、お母さんはずっと困った顔をしてたけど。
ともかく、反省しなさいと3人仲良くお尻叩きをされ、3人で集まって大人って理不尽だよねって愚痴りまくった。で、気付いたら仲直り出来ていた。
お爺ちゃんに話したら、子供は喧嘩して仲良くなるんじゃって言ってたし、うん、やっぱりマイケルもケビンも僕の友達だ。
次の日、姫に報告すると心配してくれて、嬉しいけど情けない微妙な気分に。でも、毎日会いに行くって言ってたのに行けなかった事を許して貰えたので一安心。
良かった。もう来ないでって言われたら僕どれだけ落ち込んだか分かんないや。
さて、それじゃぁ今日も朝のお勉強が終わったし、姫の元に行かなきゃ。今日はお昼くらいに会いに行けるって約束したし、騎士は必ず約束守らなきゃだからね。
走って向かっていると、わざわざ玄関まで出て色とりどりの食材を挟んだパンを食べようとしている姫の姿が見えてくる。僕と同じく姫も会う事楽しみにしてくれるのだなぁと嬉しくなった。
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