第五章 行ってみると
「……なんで?」
早くも私は後悔した。殺人現場についたのはよかったんだけど、死体はとっくの昔に片付けられ、
たぶんこのぶんだと、じっきょうけんぶん? も早々に終わっていたのかもしれない。
しかも、殺人事件があったから、怪しい人どころか、人っ子一人いないのだ。
そのなかで、めぶかにヤッケをかぶる私……。
怪しい人だね。うん。不幸中の幸いなのは通報する人すらいないことだけど。
……さみしいな……
気持ちはもう下降気味で、私の中の克己心はもう静まってしまった。
「帰ろうかなぁ。」
もともとは、売り言葉に買い言葉(私の中では父に啖呵を切ったことにいつのまにかなっていた)で、ここまで出てきたわけだし、
何より、あの二人の犯人を見つけたとして、どうするかもまったく考えていなかったのだ。
もしかしたら見つかったら殺されてしまうかもしれない。そう思うととたんに……こわ……くなんてないからね!!
「しかたがない、帰ってやろう。」
うんうん、父の言うこともちょっとはきいてあげないとね何よりこんな簡単にみつかるわけがないし今は戦略的撤退をしてあげるわ、あっはっは。
「あっ」
「あっ」
そういって振り返ったら……いた。でっかいの
やばいやばいうそうそやっぱこわいもうごめんなさいうそつかないからかみさまたすけてとうさんのおかねかってにさいふからぬいてごめんなさいでもちょっとしかぬすんでないからせーふよね?
「いやーーー!!!」
私はちからいっぱい逃げた。もう恥も外聞も関係ない。走って走って走っりまくった。
ちょっと落ち着いたので、うしろをふりかえるのもこわいけど、そっと覗いて……みるまでもなく。
「がっしゃん」、「ごっしゃん」
とけたたましい音を立てながら近づいてくる。しかも小声でちょっと「……さい」とか言って。
もう怖い! なんとかして!
そうやって一目散に目の前にあるわき道に走りこんだら
がつんっ!?
なにがなんだか分からなかったけど、人にぶつかったことは分かった。
もうここは、あれしかないでしょ。
「助けて! 私追われているの!!」
「助けてくれ! 追われているんだ!」
はい?
ちょっとなにか、状況わからないんですけど。
そうするとぶつかった男性はちょっと閃いた顔(本当にそんな顔ってあるんだ)私の首に腕を回して
「っこれ以上近づくな! この女の首を引きちぎるぞ!」
と啖呵を切った。
ぜんぜん状況がよくなってない!!!
もう何がなんだかわからない。私はわからない頭のまま暴れるしかなかった。
「おま、こらっ」
すると、どごっという鈍い音とともに男の人の体は吹き飛ばされていた。
私は暴れていたので、なんとか体を持っていかれなくてすんだみたいだ。
あ、でっかいの
どうやらでっかいのが後ろから体当たりしたようだ。
いたいんだろうなぁ。
体当たりをしたでっかいのをみて頭が働いてない私はそんなことを思った。
次は私なのかな。そんなふうに思いながらでっかいのをみていると。
「こんの、やろう!」
体当たりされた男が何かをこっちに向けていた。
すると、でっかいのがこっちにいきなり走ってきて、
私は反応することもできないで。
目の前が暗くなって。
ドゴォン!!
「……やりすぎたな。それはお前には過ぎたおもちゃだ。」
……気がつくと、なんだすごくたたきつけられた衝撃。そして顔がやわらかいものではさまれて……
息ができない。
「おい、そいつ苦しがってないか。」
「むー、むぐー」
やたらめったらじたばたしたら、顔を抑えていたやわらかいものがどけられた。
「大丈夫でしたか!?」
鈴をならすような可愛らしい声が、私を心底心配するように頭の上から聞こえた。
その声の主は、説明では私に覆いかぶさって男の人がやったことから庇ってくれたらしい。
そして、その男の人がやったことは、あの殺人現場の無残な死体を押しつぶしたものらしい。
とその男の人を追っかけてた。もう一人の男の人がちゃっちゃと説明してくれたらしい。
その後、その犯人はもう一人の男の人に、自警騎士団のところまで連れて行かれたらしい。
なぜらしいが多いかっていうと、全部後から聞かされたからで。
私はあのでっかいの、を改めてみた。
ローブはあの犯人がふっとばしたみたいで散り散りになっていて、その体が見て取れた。
印象以上に、大きくかつ太い腕。その腕に負けないほどに太く大きく強靭そうな太股、おなかは割れていないが、翼のように広がっている脇の下。
そしてその肩にかかる銀髪、そして胸には、私の顔を塞いでいた巨大なふたつのおっぱい。
おっぱい。
つまり女性の胸。
女性?
女性!?
女性!!!
「あ、あの、本当に大丈夫ですか? もしかしてどこかお怪我を……」
「ええ、ああ、はい、大丈夫です。ありがとう(棒読み)。」
そういうと、ほ、と安堵のため息をついて、それから「よかった」といって微笑んだ。
その笑顔は私と年相応か、少し幼く見えた。
よく整っているが、どちらかというと可愛らしい童顔である。
わたしはつられて笑って、それからちょっとめまいが……
ばたん