03:今後の拠点
ヒナに再会しなんだかんだと騒いでいるうちに、図書館の閉館時間になってしまっていた。
がっくりと肩を落とし、この街での拠点としている宿へとひどく重く感じられる足を引きずって帰路に着く。
「……」
「歩くのが辛いならおんぶする? あ、でもハルは俺の未来のお嫁さんなんだからお嫁さん抱っこのほうがいいかな」
「………」
「おいで、ハル」
ヒナは私の前に回りこむと、満面の笑みで両腕を広げる。
世間一般ではお姫様抱っこと呼ばれているはずの抱き上げ方の事だろうが、ヒナの中ではお嫁さん抱っこということになっているらしい。
なんとも言いがたい脱力感に襲われながら、私はヒナを見上げた。
あんなに可愛かったヒナは見た目だけは抜群に良い立派な変態に成長していた。
しかもギルドランクがSSSという事はとんでもない実力者ということ。昔のヒナからは想像も付かないことだがそれはすべて現実で、親友が無事だったと分かって嬉しい反面、実は変態だったとも分かって複雑な心境だった。
「楽しみだなぁ、ハルの泊まっている宿」
パーティーを組んだのだから同じ宿を使うのは自然な事で、拒否するには明確な理由が必要だ。
あの宿の現在の空き部屋は私の部屋の隣だけだったはず。つまりヒナが隣の部屋に来るというなんとも遠慮したい状況になる。ヒナを警戒して心休まる時間が失われてしまうんじゃないだろうか。
私は必死にヒナと宿を別にする言い訳を考えた。
「えーっと、ヒナのランクならもっといい宿に泊まれるでしょう? 私のいる宿じゃセキリュティも微妙だろうしベッドも硬いからゆっくり休めないんじゃない?」
「セキュリティなんてどうでもいいよ。俺は襲われたってどうってことないし。野宿のほうが多いからベッドがあるだけで十分だよ。それよりそんな場所にハルが一人で泊まっているほうが問題だな」
どうやらこの言い訳は逆効果だったようだ。
ハルは腕を組んでブツブツと何か呟いていたかと思うと、突然顔を上げ真面目な顔で私に詰め寄った。
「ハル、セキュリティがしっかりとした宿に変えるか、今ハルのいる宿で俺と一緒の部屋で過ごすのとどっちがいい?」
「どっちも却下」
「俺がいればセキュリティはばっりちだよ?」
「そのセキュリティに安全性を感じられないから無理」
「酷いなぁ。俺はハルが本気で嫌がるような事はしないから大丈夫だよ? もちろん同意があれば話は別だけど」
いい宿に泊まれば無駄な出費が増えてしまう。お金が無いわけではないが、一人で仕事をこなしていたのであまり報酬の大きな仕事は(面倒なので)受けておらず、贅沢が出来るほどの余裕はない。だからといってヒナに頼ってしまえばヒナに借りを作るどころか既成事実にされかねない気がする。
それはまずい。ひじょーにまずい。
「ほらほらっ、あの宿がそうだよ」
「へぇ、あれがハルの泊まっている宿か」
それまでの話は無かった事にして、やっと見えてきた宿を指し示す。ヒナは宿を一瞥すると、すぐにこちらに視線を向けて少しだけ口角を持ち上げた。
「じゃあ中に入ろう」
「うん……」
……悔しい。きっと私の苦しい言い訳なんてお見通しなのだろう。
ギルドにいたときも仲間らしい人が見当たらなかったのでもしかしたらと思ったのだが、やはりヒナも一人でギルドの仕事をこなしていたらしい。
それで規格外のランクのSSSに到達したのだから、ただ腕か立つだけではないのだろう。腕がいくら良くても頭の回転が悪ければ本当に優秀な冒険者にはなれないのだ。
「ほら、ハル早く」
渋る私はヒナに背中を押され宿の中へと入る。
「おかえりなさい」とエプロンで手を拭きながら宿のおばちゃんが出迎えてくれたが、私とヒナを交互に見てにんまりと笑みを浮かべた。……絶対勘違いされている。
「俺も一部屋借りたいんだけれど空いてる?」
「ええ、ちょうどそのお嬢さんの隣の部屋だけが空いていますよ」
「それはいいね。じゃあその部屋を」
「はいはい、ちょっとお待ちを」
おばちゃんは部屋の鍵を取りにパタパタと奥へと戻っていった。
気さくなおばちゃんの人柄を気に入ってこの宿に長居していたのだが、世の中の多くのおばちゃんと同じようにこの手の話は大好物のようだ。
憂鬱な気分でヒナがおばちゃんから鍵を受け取るのを見つめる。
「部屋は……」
「大丈夫です。ハルの隣ならハルに聞きますから」
「そうかい? それにしてもお兄さんいい男だねぇ」
「そんな事ないですよ。おかみさんも若々しくて貫禄があってすばらしいです。それに俺はおかみさんのような働く人の手が大好きなんです」
「あらやだよ、お兄さんったら口がうまいねぇ」
なにやら楽しげな会話が聞こえる。
それにしてもヒナの『若々しい』は『落ち着きが無い』で『貫禄がある』は『ぽっちゃりしている』と聞こえ気がしたのだが私の気のせいだろうか。
けれど働く手が好きだといったその言葉に嘘も裏も感じられず、本当に気に入っているのかもしれない。
「さぁハル、案内して? それじゃあおかみさん、これからしばらくお世話になります」
「はいはい、ごゆっくりどうぞ」
「はぁー……」
最後までヒナはおばちゃんに愛想を振り撒き、やはり私はヒナに背中を押されながら客室へと向かった。
ヒナの使う部屋の前で立ち止まると、ヒナは扉に触れて私を振り返る。
「ここ?」
「そこ。それでこっちが私の部屋だから。絶対勝手に入ってこないでよ」
「それはフリ?」
「ち・が・う!」
全力でヒナの言葉を否定する私に、ヒナは肩をすくめて「残念」とあまり残念そうでない表情で言った。ヒナはどこまでが本気なのかいまいちよくわからない。
「それじゃ荷物を置いてくるから、その後ご飯でも食べに行こう」
「りょーかい…じゃあ私はこのままここで待ってる。すぐでしょ?」
部屋に入ってもすぐに出ることになるだろうと思ってそのまま部屋の前で待つことにしたのだが、ヒナはぽいっと荷物を部屋放り投げるとバタリと扉を閉めてにっこりと笑う。
「じゃあ行こうか」
「荷物投げて大丈夫なの?」
「大丈夫、ベッドの上に投げておいたから。あ、そっかベッド硬いんだっけ?でもそれぐらいで壊れるようなものじゃないから平気。それよりハルを待たせたくないし」
冒険者にとって荷物は命さえ左右するとても大切なものだというのに、ヒナのこの態度は本当に不可解だ。
私を優先しようとしてくれているのは嬉しいが、今後の事が心配でならない。
後日ヒナの旅道具一式は私の使うものとは比べ物にならない程丈夫で高性能な、一部は失われし遺品と呼ばれる超が付くほど高級品だった事を知った。
規格外のSSSランクは日常的に使っている道具までもが規格外らしい。




