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01:求婚は突然に

「おめでとうございます、ランクアップです」


 カウンターの向こうの女性がにっこりと微笑んで一枚のカードを差し出す。差し出されたのはギルド登録証というギルドで仕事をするために必要となるカード。

 ギルドではこなした仕事の内容によってSSからFまでにランクわけされている。それはカードの持ち主の冒険者がどの程度の仕事をこなしたのかという目安であり、どの程度の仕事を任せるのかというギルド側の判断基準となる。

 私はお礼を言ってカードを受け取ると、壁際に寄って更新されたばかりのカードをまじまじと眺めた。


 ハル=レインフォード

 年齢:17

 性別:女

 登録職:魔術師

 ランク:A


 今日私はAランクの冒険者となったのだ。

 Cランクで一人前の冒険者とみなされ、それ以上は本当に実力のあるものしかランクアップすることができない。つまりAランクの上級者に分類された私はそれなりの実力者ということなのだ。


「くふふ……」


 ゆるむ頬を引き締めることもなく壁際で含み笑いする私は傍から見れば相当怪しいとは思うが、それでも嬉しさがこみ上げ笑いを抑える事ができなかった。

 別にお金を稼ぐだけならギルドに所属する必要はなかったのだが、Aランク以上の冒険者のみが閲覧を許される特別な本を見るためにギルドに登録してランクを上げてきた。

 そして一年をかけて目標であったAランクにやっと到達したのだからこの喜びもひとしおだ。


 今の時刻は午後三時。急げばまだその本が保管されている王立図書館の閉館時間までに間に合うはず。念願だったその本をせめて一目だけでもいいから見ておきたい。

 これでまた野望……もとい目的に一歩近づいたとご機嫌でギルドカードを懐にしまい込むと、いそいそとギルドを後にしようと出口へと向かった。


 ざわり


 人々のざわめきで私は足を止めた。いつの間にかギルドの入り口には人だかりが出来ている。

 普段それなりに人はいるとはいえ人だかりが出来るほど人が集まっていることは珍しい。有名人でも来ているのかと人々の隙間からぴょんぴょんと飛び跳ねて人垣の向こうにいるであろう人物を確認しようと飛び跳ねてみたのだが、身長が低い私には残念ながらその姿を視界に捉える事ができなかった。

 これほど注目される存在に興味はあったが、だからといってここで長々と時間を費やす気もなかった私は人ごみを掻き分けるようにして出口を目指す。


「はいはい、ちょっと通してねー」


 人々の隙間に体を滑り込ませたりしながら進み、やっと外に出られると思ったその時。


 どんっ


 突然誰かに突き飛ばされて私はギルドの外に放り出されるようにべちっと地面に尻餅をついてしまった。

 一言文句を言ってやろうかとも思ったけれど、今はその時間すら惜しい。

 私は立ち上がるとぱんぱんと服をはたいて軽く身なりを整え、そして大切なカードをしまってあった場所に手を添えて息をつき――


「なっ……ないっ!?」


 慌てて確認してみても大切にしまってあったはずの登録証は見つからなかった。

 考えられる事はただ一つ。今の人ごみを抜ける時に落としてしまった、ということだ。


「ちょっと、すいませんっどいてくださいっ!」


 声を張り上げても誰もこちらを振り返ることも声を気にする様子もない。

 仕方なく突入を試みたのだが、あっさりと突き飛ばされて再び尻餅をついた。


 このままでは間に合わなくなるのは確実。それどころか登録証紛失となって、再発行のために登録ランクが一つ下がるというペナルティーを受ける事になる。


「ふっ……ふふふ……」


 ぷつり、と何かが吹っ切れた。


 体から溢れる魔力が風となり私の周りを螺旋状に吹き上げる。

 異変に気づいた人々が「うわっ」やら「ひいっ」などと叫んでいるようだがそんな事知った事じゃない。私の意識は見失った登録証にだけ向けられていたのだから。


「まずい、ハルだ!」

「あの有名な羊の皮をかぶった悪魔!」

「よくわからないが怒ってるぞ!」

「死にたくないやつは早く逃げろ!」


 人々は口々に失礼な事を叫びながら、蜘蛛の子を散らすように一斉に私を避けその場から逃げ出していった。それにしても悪魔と有名だなんて酷い扱いだ。せめて美少女として有名にして欲しかった。

 魔力を収めて溜息をつく。とにかくこれで登録証は探しやすくなったからヨシとしよう。


 すっかり人がいなくなったその場所には一人の青年だけがぽつんと取り残されるように立ち尽くしていた。

 年齢は私と同じぐらいだろうか、緑がかった灰色の髪の下から私を見つめている印象的な浅葱色の瞳が揺れる。


 美形で無駄なく筋肉の付いた引き締まった体のようだが、小さな鞄を肩に掛け腰に剣を下げただけの軽装の駆け出し冒険者といった風貌。

 ただの逃げ遅れただけのその他大勢の一人かとも思ったのだが、その青年が首から提げているプレートがそうでない事を物語っていた。

 それはSランク以上の登録者だけがもつ事ができる登録証。つまりこの人畜無害そうな青年がSランクの冒険者ということを示している。


「ハル……?」


 青年がやわらかく微笑んで私の名を呼んだ。

 さっき逃げていったうちの誰かが叫んだ言葉を聞いていたのだろう。

 眉をひそめた私に青年は両手を広げ、


「本当にハルだ。会いたかった」


 そう言うと、事もあろうにぎゅっと私を抱きしめた。

 間違いない、人畜無害そうな見かけによらずこいつは変質者というやつだ。

 私は黙って立っていれば大人しそうな印象を与えるらしく、過去に数回似たような人種に会った経験もある。


「こんの変質者っ!!」


 叫ぶと同時に一気に魔力を解き放つ。

 解き放たれた魔力は風となり刃となって敵を切り裂く……はずだった。

 しかし青年はゆらり、とその体を揺らしただけで何事もなかったかのように再びその腕に私を抱きとめた。


 その動きを目で追う事ができなかった。いくら私が魔術師で登録してあるとはいえ、それなりに武術の心得もあって下手な冒険者よりずっと腕は立つ。それなのにその動きがはっきりとは見えなかった。


 あまりの驚きに呆然となっていた私だったが、ぎゅうぎゅうと抱きしめられながらも頬に当たる金属で正気に戻り視線を向ければ、プレートの一番したに書き込まれたランクだけがかろうじて読めた。


 ランク:SSS


 ギルドのランクは最高でSSまでのはず。これは一体どういう詐欺だ。

 ジト目で青年の顔を見上げれば、青年はへにゃりと笑って抱きしめていた腕を私の肩へと移し、かがみ込むようにして私と目線を合わせ、そして――


「ハル、結婚しよう」

「――は?」


 何故だか私は突然変質者で詐欺師の男に求婚されたのだった。

6/17 ヒナの風貌について少し加筆しました。


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