歪曲パイロマンサー
春先近い2月中旬の寒空の下、俺はおもむろに懐から煙草を取り出し、火をつけた。
そういえば、火をつけるってフレーズのつけるという動詞にはどの漢字をあてるべきなのだろう?
点火?着火?
まあ、いいさ。
俺はふぅ、と吸い込んだ煙を吐き出した。まだ、寒いせいか吐き出した煙が吸った量に見あわないほど出てきた。
ああ、よく小さい頃にこれで怪獣ごっことか、やったなあ。
「おっと」
半歩右に動くのと同時に、火の玉が通り過ぎ、わずかな爆発音と共に地面に着弾した。
今、目の前には長い黒髪を振り乱し、明らかな敵意をもって睨みつける女性の姿があった。
なんで、こんなことしちゃうかなー。
お姉さん、肌綺麗だし、真っ白なコート着てすごい仕事できそう!
ま、恥ずかしくてこんな台詞、口に出しては言えないんですが。
いや、しかし、クマやべえし、何よりもメンヘラ臭ハンパないな、このお姉さん。
突然、お姉さんが不適な笑みを浮かべて、俺を指差した。
「あなたの炉をちょうだい‥。それがないとダメなの。止められないの!」
そう言って、苦しそうに胸を押さえた。
呻く度に、コートの隙間から橙色の光が漏れ出た。
「やだね。勝手に彼氏ぶっ殺して、炉を奪った奴なんか知らねーし」
お姉さんの真顔が吐き出した煙で霞んで見えた。
▲▽▼
「ふぅ」
本日、二本目。
やっぱり、DARKのミントシュトローム味が一番だな。
月の光さえ届かない裏路地には、俺の他にいくつかの人影がある。
俺以外が皆、フルフェイスのガスマスクのような物を被り、手にはアサルトライフル。防弾チョッキは当然のこと、例えるなら、某国の特集部隊のような兵装であった。
周囲には、肉が焦げたような不快な臭いが漂っていた。目の前には、プスプスと音をたてている人型のモノが転がっている。
「俺、この炉いらないからさ、君たちでじゃんけんして誰か貰ってくれや」
後ろを振り向きながらそう言い放つ。
既に不気味で漆黒の特殊部隊達は、無言でじゃんけんをしていた。
その様子を見て、俺はそっと脇を通り過ぎて、家路である池袋駅を目指した。
帰ったら、ハンモンしようと一人ごちるのであった。
▲▽▼
「あー大学生って本当、暇だな」
丁度、一年と3ヶ月半前の2月14日。
俺は思い立ったが吉日と言った言葉を体現するかのように勉強を開始した。元々、大学には行きたかったので、高校のクラスで中の下くらいの成績だった俺は早目に勉強を開始した。それが、功を奏したのか、そこそこの大学に合格することができた。
そして、この俺こと曲原清成<マガリバラキヨナリ>は、めでたく4月の後半から池袋の大学に通っている。
「それは授業をサボったからだろ」
そう言って、ジト目で俺を見てくるのは同じサークル、漫画研究会に所属している本山である。同じようなメガネをかけているので、サークル内ではよく間違われる。
「文学系の全学部共通のやつ、取ってみたら予想以上につまらないし、テスト100%の評価だから、これは無理ゲー」
「それは文学部に進んだ俺に対する当てつけか‥?はあ‥こんなことなら、お前らと一緒の法学部に進むんだった」
既に5月の後半だというのに、学部洗濯をミスった、と嘆いているのは羽田。彼は、この大学付属の小学校からエレベーター式に大学に来たのだとか。
「あれー?羽田さん、どうして文学部なんか入っちゃったんですかあー?」
既に何回かやった煽りをしてみた。
「高校での成績が足りませんでした☆」
他愛もない。実に他愛もない会話。
しかし、俺は今まで送ってきた学生生活よりも入って間もない今の生活の方が楽しいと実感していた。
その後、漫研のほぼ毎日やっている昼食会に顔を出し、部室でゲームでもやっていこうかとも思ったが、父親から今日はできるだけ早く帰ってこいと言われていたので、のらりくらりと家路に歩を進める。
今日の授業は2限までだったので、未だ14時を回らない。さすがに、もう慣れたが西武池袋線の乗り場を目指す。考えてみれば、池袋西口から真逆の位置にあるんだよな。
「ッ‥?」
この魔力は、魔術師か?
俺の目には改札近くから、魔力を行使した痕、否、漏れ出ているのか?
流れを追ってみたが、ぷっつりとホームで切れていた。
▲▽▲
「ただいまー」
庭の門を開け一言。そして、玄関でただいま、ともう一度言うのが、我が家の規則になっていた。
和風の庭付き建築。
簡潔に言い表すなら、これが一番しっくり来ると思う。ここ近辺の住宅街では少々目立つ気はするが、仕方ないだろう。必要なのだ、これほどの土地が。
「ただいまー」
玄関のドアを開き再び帰宅の合図。
「おかえり、愚弟」
帰宅早々、俺を罵倒してくるのは曲原雅澄<マガリバラマサズミ>こと俺の姉である。ワインレッドのメガネに切れ長の目が知的な女性の雰囲気を醸し出している。そして、黒髪がよく映える白く綺麗な肌、出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいるので、性格さえ治せば人前に出しても恥ずかしくない我ながら自慢の姉である。
「マサ姉、また仕事押し付けられてんのかよ」
その手に目をやると、大量の書類が。マサ姉も大変だな。
「もう!あの親父ったら、『いずれ家督を継ぐのだから今の内から俺の仕事を覚えとけ』って‥。でも、全部押し付けることないじゃない!」
「ま、まあ、落ち着けよ、マサ姉。そんなんじゃ、嫁の貰い手もいなくなるぞ?」
途端に、マサ姉の額に青筋が浮かんだ。
ヤバい、地雷を踏んでしまった。
「ふー‥ん。彼女いない歴=年齢の童貞野郎が私に何か言える口かしら?」
「い、いないんじゃない!できないだけだ!ち、ちなみに、俺は女が怖い!そ、そうだ!女は敵!その敵と付き合ってどうする!?」
我ながら、苦しい弁明だな。
だがしかし、女性に対する畏怖は本物だ。
小学校、中学校、高校‥俺はこれらを経て女性は恋愛対象とかではなく、恐怖と怨嗟の対象だと認識するに至った。
そのせいか、親切にしてくれる女性に対しても『ああ‥この人も腹の中は黒いんだろうな‥』と思うようになってしまった。はい、スーパー童貞の妄言です。ごめんなさい。
マサ姉の顔を見ると、嘲笑と侮蔑の色が濃厚だった。来るぞ!劣悪非道なる罵詈雑言の嵐が!
「あんたさ、そんなことでこの先生きていけるとでも思ってんの?ハッ!何、悲劇のヒーローぶってんのよ。それはただ、自分にとって都合の良い虚飾に満ちた理由で逃げてるだけじゃない!だいたい、あんたは‥」
「うあああああああああああああ!」
たまらず、マサ姉の横を走り抜けて二階にある自分の部屋へと逃げた。
ドアの鍵を閉め、メガネを外してベッドにダイブする。ヤバい、バキッ!って嫌な音がした。
「はあ‥こんな卑屈でキモオタブサメン童貞野郎に彼女なんてできるわけないだろ」
うっ‥自分で言ってて死にたくなってきた。
枕に顔を埋める。‥元はと言えばアレか、俺が地雷踏んじまったせいか。自業自得だな。そうして俺が我が身の女っ気の無さに悲しんでいる時、突然、部屋のドアがノックされた。
「どーぞー」
訪問者はドアを開けようとした‥が、そうだった。鍵閉めたんだった。俺は少しばかりの億劫さを感じながらも、ベッドから立ち上がり、ドアの鍵を開けた。
「兄さん、鍵なんか閉めてどうしたんです?何か嫌なことでもありましたか?」
ドアを開けると、物腰柔らかな爽やか美少年が立っていた。艶やかな肌、整った顔立ちにやや痩せ型の体型。明らかにイケメン。どう見てもイケメン。今は中学三年なので、それ相応の学ランを着ているが、なんでもファッションセンスも抜群らしい。同じクラス、はたまた学年の女子から一緒に服を買いに行って欲しい、としょっちゅうせがまれるとのこと。
「なんだよ、タツ。なんか用か?」
こいつの紹介が遅れた。
こいつは竜臣<タツオミ>。高校受験真っ盛りの中学三年で、俺の弟にあたる。