橙色のそよ風(ナジア・ハンター番外編)
“同士を待つ”様の「如月の宝玉」(http://waitingforyouguys3.blog91.fc2.com/)と拙作「ナジア・ハンター」のコラボレーションです。
“同士を待つ”様の作品「如月の宝玉」の世界に、拙作「ナジア・ハンター」のメインキャラが少しだけお邪魔するという形で書きました。
“同士を待つ”様からのリクエストにお応えして書いたのですが、もう少し両作品のキャラ(の一部)同士で積極的な絡みがあった方がよかったかな、などという大それた考えが一瞬でも頭を過ぎった自分に赤面しています。
時系列的には拙作「ナジア・ハンター 2」の後です。
意図的に携帯電話を登場させていない「如月の宝玉」の世界観を少し壊してしまったかな……。
ウチの子らは平成の高校生たちですので(^^;
重い唸りが耳朶を叩く。風圧が物理的な衝撃を放ち、俺の頬をゆがめ、髪を揺らす。
紙一重と表現するほどではない。余裕の間合いだった。それなのに。
――全く、尋常なパンチじゃないぜ。
俺はバックステップにより間合いをとる。
「相変わらずおっそろしいパンチだぜ、ケイティ」
沈黙を返事に替え、相手――女性型アンドロイドは無造作に踏み込んでくる。
顔半分を仮面で覆い、ケープを纏ったお馴染みの格好。ポニーテールの黒髪を揺らし、前傾姿勢で俺の眼前に迫る。
直感に従い、左腕で頭部をガードした。
「っ…………!」
思わず閉じた瞼の内側で星が瞬く。
ガードの上からでさえ気の遠くなるような一撃。おそらくハイキックだ。
「もらった――」
俺の右側はがら空きだ。目を閉じていてもわかる。顎をめがけ、ケイティは左ストレートを繰り出す。
俺はあえて踏み込み、目を開く――読み通りだ。
俺の右ストレートはケイティが繰り出す左ストレートの内側を最小限の軌道で突き進み――
「がふっ」
右拳に確かな手応え。
カウンターがきれいに決まり、ケイティは真後ろへと吹っ飛んだ。
ケイティは音を立てて倒れ込み、沈黙する。
「…………」
警戒しつつ歩み寄ると、ケイティは仰向けに倒れた姿勢のまま目を見開いていた。
――信じられない。
ケイティの唇がそのように動いた。
一時的な機能障害か。音声出力が不具合を起こしているのかも知れない。
ケイティの目が不穏な光をたたえる。彼女の右手が振り上げられたが、こちらに向けられたものではない。俺は明らかに油断していた。
視界の端に白い光。
スローイングダガー。気づいた途端、俺の背を氷柱が這い登る。
「しまっ――、リカ!」
ケイティの標的は黒髪の少女。
リカは目を見開き、まともに反応できずに立ちつくしている。
俺と一緒にナジールに入り込んだのが徒となった。
「なんちゃって」
緑色の閃光が煌めく。
高い音が弾ける。白い光の尾を曳いてスローイングダガーが回転し、床に落ちた。
「きさま……」
お。声が出た。
「データに誤りがあったというのか。リューフィンが能力を発揮するのは、きさまに巻き付いた時だけじゃないのか」
俺は口の端を笑みの形にゆがめてケイティを見下ろすと、右手を掲げて見せた。俺の右手首には、緑色をした植物の茎状の細いものが巻き付いている。
「リューフィンの尻尾だ」
次の瞬間、ケイティの口から黒い液体が漏れる。
機能停止。予想通りの事態だが、アンドロイドから敵さんの情報を収集することはできない。
* * * * * * * * * *
イギリスでの任務と滞在を終えた俺は、日本の道を歩いている。見知らぬ道だ。今日の目的地、大東高校を後にしてバス停へと向かっているのだ。
日本はまだまだ暖かく、十月とは思えない気候だ。ただ、真夏の日射しから解放されたのはありがたい。俺の緑の目にとって、あの強烈な陽光は眩しすぎた。来年の夏は教師に許可をとり、色つきの眼鏡着用を許可してもらおう。
穏やかな風が栗色の前髪を揺らす。今はうしろでひとつに縛っているが、短くするのもいいかな、と思い始めている。
喉の正面から襟の隙間に指を入れ、軽く左右に振ってみた。プラスチック製のカラーが指に触れる。詰め襟が窮屈だが、今のところ不快さより物珍しい感覚の方が勝っている。
「来年度からブレザーに変更になるのよ、ユーリ」
隣を歩くリカは長袖のセーラー服だ。彼女の艶やかな黒髪が揺れ、その声音に嬉しそうな色が混じる。そういえば巨大魔法陣のことを調べていた時、他校の制服変更について書かれていたウェブサイトを羨ましげに見ていたっけ。
「聞いたよ、それ」
わざとそっけない返事を返してみたが、リカは目をほとんど閉じるくらいに細め、微笑で応じた。
二週間の留守。その間に名細亜学園の学祭が終わり、懸案となっていた制服変更の件が正式に決定したらしい。俺はといえば、日本に戻った早々中間試験を受けるはめになった。まあ、学生の本分は勉学にあるわけで、任務の延長とは言え日本の大学を受験することになった以上、俺も少しは勉強しなければならない。ううむ憂鬱だ。
「せっかく日本にいるんだから、日本の高校の学祭くらい見たいでしょ」
「もちろん、興味あるぜ。だが大東の文化祭は、どれもこれも教師に仕切られた勉強系の発表ばっかりで息が詰まるぜ」
「そうだけど、滅多にないわよ、他校の学祭を見る機会。父兄にしか公開しない学校もあるみたいだし」
リカはそう言うが、実際のところ大東の文化祭はつまらなかった。
大東はショウキが潜入していた高校である。俺は《監視機構》の指令を受け、見学にかこつけてワームホールがきちんと塞がっているかどうか視察に来ただけなのだ。目的はすぐに果たすことができたため、午後の部まで見る気にならず、早々に退散してきたのだ。
「ま、何の目的か知らんが、大東に潜んでたアンドロイドと一戦交えることになったから退屈はしてないけどな」
リカは自分の唇の前に人差し指を立てて見せ、俺に発言自粛を促してきた。こんな会話、第三者には意味不明だ。誰に聞かれたところで何の問題もないだろう。だが俺は一応首を縦に振り、黙ってリカに従っておいた。
「今年のミスター参宮、どんな人だろうねっ」
俺たちを小走りに追い抜いていく女子生徒たちの話し声だ。大東の制服を着ている。おいおい、文化祭、午後の部もあるはずだろ……。サボリか?
遠ざかっていく女子生徒たちを見送りながら、リカに聞いてみた。
「参宮って?」
リカは「参宮学園のことよ」と即答し、参宮について説明をしてくれた。
「参宮学園は生徒数が少なめだけど、色々変わってるのよ。男女で“連”というのを組んで、一年間を通してナンバーワンを決める、とか。そのナンバーワンの“連”が企画して、次年度の文化祭や体育祭を仕切る、とかね」
よく知ってるな。感心していると、リカは胸の前で小さく手を叩き、提案してきた。
「ね、あたしたちも見に行こう。ミスター参宮だけじゃなくて、ミス参宮を決めるイベントもあるのよ。そういうの、名細亜にはないもん。わくわくしない?」
* * * * * * * * * *
俺は度肝を抜かれた。
「これが――こんなのが“約束組手”だと。真剣勝負じゃねえか」
ステージ上ではふたりの男子生徒が向かい合い、空手と思しき格闘技による組手を披露していた。
「うわ」
俺だけじゃない。観客の中から動揺の呻きが漏れる。悲鳴を上げる女子生徒もいる。
「ちょっとユーリ、これ――」
俺のそばで嫌と言うほど“実戦”を目の当たりにしてきたリカでさえ、青ざめた顔をしている。
こいつら、どっちもあのショウキと互角か、それ以上の実力があるんじゃねえのか。上には上がいるというが……。
「藤原ぁスゲエよ、お前最高だよ。もっと盛り上げようぜ」
対戦中のふたりのうち、大柄な方が相手に抱きつき、観客にアピールする。会場の悲鳴が歓声に変わった。
ふたりは再び間合いを取り、組手が後半戦に入ったようだ。小柄な方が鉢巻を取り出し、あたかもそれが武器であるかのように振り回す。
ああ、やっぱり約束組手なのか。それにしても実戦そのものとしか思えない、迫真の演技だぜ。
やがて、決着の時を迎える。
「これで三つだ」
俺は背筋がぞくりとした。こいつ、すげえ。こいつら、すごすぎる。もう演義だろうが真剣勝負だろうが、どっちが勝ちとか関係ねえ。
職員室で貰った、首から提げている訪問者証が左右に揺れる。気づくと、俺は周囲の観客と一緒になって力一杯の拍手を贈っていた。
ステージに背を向けた俺に、リカが慌てて声をかけてきた。
「あれ、帰っちゃうの、ユーリ。ミス参宮は?」
それならもう見た。燃えるような赤毛とターコイズブルーの瞳を持つ少女。ずっとステージ上をクールに見つめていた。しかし身じろぎもしないその様子は、内に秘める情熱を容易に連想させる。
おっと。そいつはもちろん、リカには内緒だ。
「いや、俺もう充分すぎるほどいいもん見せてもらったし。でもリカが見たいなら」
「ずるい、ユーリばっかり満足しちゃって。あたし、ミス参宮見たいっ」
俺がミスター参宮を決めるイベントの途中で満足し、リカがミス参宮を見たがるというのは普通に考えたら逆のような気がしなくもないが、まあいいや。
しかしそれにしても。
日本の高校生、侮れねえ。俺ももっと修行しないと。
決意を新たにする俺の気分を知ってか知らずか、穏やかな秋の風が俺の頬を撫でた。
甘い香りが風に混じる。目で探ると校門の外に並ぶ木々が見える。
たしか、金木犀と言ったな。オレンジ色の花をつけている。来る道でリカに教えてもらったばかりだ。なかなか良い香りだと思う。風の色がオレンジ色に染まったような気がした。