↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
39/45

第三十九章 友と戦う

第三十九章 友と戦う


 1987年の冬。


 ジャパン・カップ争奪タッグリーグ戦は、佳境に入っていた。


 花嵐一美と橋本真也は、前年に続いてタッグを組んでいた。


 前年は「二人で刈る」が生まれた。


 今年は、さらに一つ。


 「二人で決める」。


 蹴りと、かち上げ。


 それぞれの得意技を、二人同時に叩き込む。


 そして花嵐には、もう一つ。


 ここぞという時だけ使う――「上から飛ぶ」。


 150キロの巨体がコーナー最上段から舞い降りる、ダイビングボディプレス。


 この一年で、二人のタッグは確実に変わった。


 だが。


 勝ち続けているわけではない。


 強豪と当たれば苦戦する。


 勝てると思った試合を落とすこともある。


 だからリーグ戦終盤。


 二人の勝ち点は、決勝進出を争うには少し足りなかった。


「まだ可能性はあるんだろ?」


 橋本が聞いた。


「計算上はな」


 花嵐が答える。


「でも、俺たちが残り全部勝って、他のチームがいくつか落としてくれないと厳しい」


「つまり?」


「他人任せ」


「嫌だな、それ」


「俺も嫌だよ」


 二人は笑った。


 それでも。


 残っている相手を見れば、笑ってばかりもいられなかった。


 ――長州力。


 ――マサ斎藤。


 二人が組んだ、強力なベテランチーム。


 花嵐はカードを見た時、しばらく黙っていた。


「……来たな」


 橋本が言った。


「ああ」


「どうする?」


「どうするも何も」


 花嵐は拳を握った。


「試合するだけだろ」


 だが。


 その言葉とは裏腹に。


 花嵐の胸には、重いものが残っていた。


     *


 試合前。


 花嵐は控室を出た。


 廊下の向こうから、長州が歩いてくる。


「花嵐」


「はい」


「今日はやるぞ」


「お願いします」


 長州は、それだけだった。


 いつもの長州だった。


 花嵐も、それ以上は言わなかった。


 少し歩く。


 今度はマサ斎藤とすれ違う。


「花嵐」


「マサさん」


「今日も橋本と組んでるな」


「はい」


「面白い試合になりそうだ」


「そうですね」


 マサは笑った。


「遠慮するなよ」


「もちろん」


 そこで別れた。


 花嵐は一人になった。


 ――こういう人たちなんだ。


 そう思った。


 リングの上では敵になる。


 でも。


 リングの外では、普通に話せる。


 自分にとっては、それが当たり前だった。


 しかし。


 今の新日本では、それが当たり前ではなくなりつつあった。


     *


 試合開始。


 橋本とマサがぶつかった。


 蹴り。


 ラリアット。


 ショルダータックル。


 力と力のぶつかり合い。


 花嵐も長州と向き合う。


 胸を合わせる。


 長州が押す。


 花嵐が耐える。


 そして。


 花嵐が突いた。


 胸へ。


 低い軌道から斜め上へ。


 長州の身体が後ろへ動く。


「おおっ!」


 観客が沸いた。


 長州が笑う。


「効くな!」


「まだですよ!」


 花嵐が前へ出る。


 長州も出る。


 そして二人の巨体が正面からぶつかった。


 試合は激しかった。


 橋本が長州を蹴る。


 花嵐がマサを突く。


 マサが花嵐を投げる。


 花嵐が立ち上がる。


 長州が橋本をロープへ振る。


 橋本が戻ってくる。


 ラリアット。


 橋本が倒れる。


 花嵐が飛び込む。


 突き。


 長州がよろめく。


 マサが花嵐を捕まえる。


 そこへ橋本の蹴り。


 マサが離れる。


「花嵐!」


「おう!」


 二人が同時に走る。


 橋本の蹴り。


 花嵐のかち上げ。


 左右から。


 同時に。


 **二人で決める。**


 長州が吹き飛ぶ。


 マサもよろめく。


 観客が沸いた。


 しかし、マサがすぐに起き上がる。


「まだだ!」


 橋本とマサが再びぶつかる。


 花嵐は長州を狙う。


 突く。


 かち上げる。


 ぶちかます。


 だが長州は倒れない。


 そして――。


 ラリアット。


 花嵐がかわした。


 長州の腕が空を切る。


 花嵐が腰を落とす。


 喉輪。


 胸へ手を当てる。


 そして持ち上げる。


 だが。


 長州が身体を捻った。


 花嵐の身体が崩れる。


 長州が逃げる。


「……やっぱり簡単じゃないな」


 花嵐が笑った。


 長州も笑った。


「当たり前だ」


     *


 終盤。


 橋本がマサを蹴り飛ばす。


 花嵐が長州を突く。


 長州がロープへ。


 戻ってくる。


 花嵐が構える。


 低い。


 さらに低く。


 そこから――。


 かち上げ。


 胸を突き上げる。


 長州の身体が浮いた。


 倒れる。


 花嵐が上に覆い被さる。


 だが、レフェリーが止める。


 カウントが入る。


 長州は立ち上がれない。


 橋本がマサを蹴り飛ばす。


 花嵐は長州を見る。


 そして。


 決める。


「橋本!」


「おう!」


 橋本がマサを場外へ追い出す。


 花嵐が長州を引き起こす。


 かち上げ。


 もう一度。


 長州が崩れる。


 花嵐はロープを見る。


 コーナーを見る。


 橋本が気づいた。


「……行くのか?」


 花嵐は頷いた。


 コーナーへ。


 観客がざわめく。


 150キロの巨体が、一段ずつ登っていく。


 最上段。


 長州がリング中央に倒れている。


 花嵐は下を見た。


 長州。


 自分よりずっと長く新日本のリングで戦ってきた男。


 何度も話した。


 笑ったこともある。


 そして今。


 自分は、その男を倒すためにここから飛ぶ。


「……行くぞ」


 花嵐が跳んだ。


 巨体が宙に浮く。


 両手。


 両足。


 マットへ先に触れる。


 身体を制御する。


 そして。


 **上から飛ぶ。**


 ドンッ!


 長州の身体を花嵐の巨体が覆った。


 橋本がすぐにマサを止める。


 レフェリーがカウント。


 一。


 二。


 三。


 ゴング。


 勝った。


 花嵐はゆっくり立ち上がった。


 長州も起き上がる。


 二人は向かい合う。


 長州が右手を差し出した。


 花嵐が握る。


「……やったな」


「はい」


「いい技だ」


「ありがとうございます」


 長州は笑った。


「またやろう」


「お願いします」


 花嵐は、その言葉に少しだけ胸が軽くなった。


 少なくとも。


 リングの中では。


 まだ、これまで通りだった。


     *


 しかし。


 勝利の知らせを聞いて、橋本が控室へ戻ってきた。


「勝ったぞ」


「うん」


「でも……」


 花嵐は分かっていた。


「点数が足りない」


「そう」


 勝利した。


 だが、他の試合の結果まで都合よく動くわけではない。


 計算上。


 橋本・花嵐組は決勝進出には届かなかった。


「……悔しいな」


 橋本が呟いた。


「ああ」


 花嵐も答えた。


「去年より強くなったと思ってたんだけどな」


「実際、強くなってるだろ」


「でも決勝には行けない」


「それはそうだ」


 二人は黙った。


 そして橋本が笑った。


「じゃあ来年だな」


「そうだな」


「今度こそ獲るぞ」


「ああ」


 拳を合わせた。


     *


 リーグ戦が終わる。


 しかし、新日本の年末はまだ終わらない。


 前田日明は、11月19日の長州との事件によって欠場中だった。


 リングに戻ってこない。


 そのことは、花嵐にとっても大きかった。


 前田がいない。


 第一次UWFから続く仲間が、一人、リングから消えている。


 そして。


 自分は、その前田と対立する側にいる長州を倒したばかりだった。


 だからといって、長州を嫌いになるわけではない。


 前田を裏切ったわけでもない。


 ただ、試合をした。


 勝った。


 それだけだ。


 なのに。


 花嵐の胸には、何とも言えない重さが残っていた。


     *


 そして。


 1987年12月7日。


 シリーズ最終戦。


 会場には、年末特有の空気があった。


 リーグ戦の決着。


 そして優勝決定戦。


 前田日明は、まだ欠場している。


 そのため、花嵐はリングを見ながら思っていた。


 ――前田さんがいない。


 そこへ。


「花嵐」


 声がした。


 橋本だった。


「何だ?」


「今日、俺たちシングルだぞ」


 花嵐が振り返る。


「……そうだったな」


 久しぶりだった。


 橋本と花嵐。


 いつもはタッグパートナー。


 二人で同じコーナーに立つ。


 二人で相手を刈る。


 二人で決める。


 だが今日は違う。


 それぞれ別のコーナーに立つ。


 久しぶりのシングルマッチ。


「最後にやったの、いつだ?」


 橋本が聞いた。


「覚えてないな」


「俺も」


「それだけタッグ組んできたってことだろ」


「そうだな」


 二人は笑った。


 だが。


 橋本は続けた。


「今日は、遠慮なしでやろうぜ」


 花嵐は頷いた。


「ああ」


「タッグの時みたいに、俺を蹴ったあとに突いてくるなよ」


「それはお前次第だ」


「何だよそれ」


「お前が俺の胸の前に来たら、突く」


「じゃあ俺は蹴る」


「分かってる」


 二人とも笑った。


 そして。


 それぞれのコーナーへ向かう。


 花嵐はロープを握った。


 目の前に橋本がいる。


 今年一年。


 一緒に戦ってきた男。


 自分の蹴りを理解してくれた男。


 自分の突きを理解してくれた男。


 「二人で刈る」を一緒に作った男。


 「二人で決める」を一緒に作った男。


 その男と。


 今日は一対一で戦う。


 花嵐は胸を叩いた。


「……面白くなりそうだな」


 橋本も、向こう側で拳を握った。


 ゴングを待つ。


 1987年最後の夜。


 前田がいないリングで。


 長州との抗争を乗り越えた花嵐と。


 その隣で一年を戦い抜いた橋本が。


 今度は、敵として向かい合っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。