第二十五章 二人で刈る
第二十五章 二人で刈る
ジャパン・カップ争奪タッグ・リーグ戦が進むにつれ、橋本真也と花嵐一美は、少しずつ自分たちの形を作り始めていた。
だが、まだ一つ足りなかった。
「……決め手がないな」
試合後、花嵐が言った。
「そうですね」
橋本も汗を拭きながら頷く。
二人ともシングルなら、それぞれに勝負を決める技を持っている。
花嵐には喉輪ボムがある。
橋本には蹴りがある。
しかしタッグになると、それぞれが別々に攻めるだけになってしまう。
「俺が蹴って、お前が突く」
「はい」
「そこまでは悪くない」
「でも、その後がない」
橋本が腕を組む。
「二人で一気に終わらせる技が欲しいですね」
「ああ」
花嵐は少し考えた。
「……投げるか?」
「二人で?」
「そうじゃない」
花嵐は首を振った。
「二人で投げようとすると、かえって動きが合わない」
「ですよね」
橋本も実際に何度か試していた。
二人で同時に相手を持ち上げようとすると、相手の重心がずれる。
どちらかが先に力を入れれば、もう一人の動きと噛み合わない。
そもそも、レスラー一人を二人で無理やり持ち上げる技は、相手の協力なしでは安定しない。
「だったら、持ち上げない」
花嵐が言った。
「え?」
「倒す」
橋本が黙った。
「俺たち、二人とも柔道やってただろ」
「ああ」
「なら、投げるより刈ったほうがいい」
「……大外?」
花嵐が頷いた。
「大外刈り」
*
最初に試したのは、単純な左右同時の大外刈りだった。
相手役を中央に立たせる。
橋本が左側。
花嵐が右側。
「せーの」
二人が同時に踏み込む。
橋本が相手の右脚へ大外刈り。
花嵐が相手の左脚へ大外刈り。
しかし――。
「うわっ!」
相手役の身体が二人の間へ倒れ込んできた。
三人ともマットへ転がる。
「……駄目だ」
橋本が起き上がった。
「相手の重心が真ん中に残ってる」
「そうだな」
花嵐も頷く。
「両側から脚を刈っても、相手の身体がどちらへ倒れるか決まってない」
「二人とも同時に引っ張ってるから、真ん中に残るんだ」
「だったら、その前に重心を動かす」
花嵐が立ち上がった。
「俺たちが同時に倒すんじゃない」
「先に相手の身体を作る?」
「ああ」
橋本が考える。
「俺の蹴りで相手を崩して……」
「俺が突く」
「蹴りで前に崩す」
「突きで上体を起こす」
「そうすると……」
二人は相手役を見る。
「両足が揃う」
花嵐が頷いた。
「そこを二人で刈る」
*
二度目の試行。
橋本が相手の腹へ軽く蹴りを入れる。
相手の身体が折れる。
その瞬間、花嵐が胸へ突きを入れる。
相手の上体が起きる。
確かに両足が揃った。
「今!」
二人が同時に入る。
橋本が右脚。
花嵐が左脚。
それぞれ相手の外側から脚を刈る。
だが――。
橋本の足が遅れた。
「くそっ!」
相手が一歩下がる。
花嵐の刈りも空を切った。
「タイミングが早い」
橋本が言う。
「いや」
花嵐が首を振った。
「俺の突きが強すぎる」
「え?」
「相手を押しすぎてる」
花嵐は自分の拳を見る。
「俺の突きは相手を後ろへ動かす」
「だから、足が逃げる」
「そう」
「じゃあ、胸を突くけど、押さない」
「そういうことだ」
橋本が笑った。
「細かいなあ」
「実戦で使うなら、そこまで合わせないと無理だ」
*
三度目。
橋本の蹴り。
相手の身体が前へ折れる。
花嵐が踏み込む。
だが今度は、突きの力を相手の胸へ押し込むのではなく、身体を起こさせる方向へ使う。
相手の上体が起きた。
足が揃う。
「今!」
二人が入る。
橋本が右脚で相手の左脚を刈る。
花嵐が左脚で相手の右脚を刈る。
同時。
今度は、相手の身体が浮いた。
「おおっ!」
橋本が声を上げる。
だが、その瞬間に問題が起きた。
二人とも、刈った後に立っていられない。
相手だけ倒れるのではない。
三人一緒に倒れる。
ドォンッ!
マットが鳴る。
花嵐は起き上がらなかった。
相手の身体へそのまま覆い被さる。
橋本も反対側から倒れ込んでいた。
「……これだ」
花嵐が呟いた。
「え?」
「起きなくていい」
橋本を見る。
「刈ったら、そのまま倒れる」
「体重を乗せる?」
「ああ」
「フォールまで一気に?」
「そう」
橋本の顔が笑った。
「なるほど」
花嵐も頷く。
「大外刈りそのものをフィニッシュにするんじゃない」
「大外刈りで倒して」
「そのまま二人で押さえる」
「タッグ技として完成する」
*
そして数日後。
ジャパン・カップ争奪タッグ・リーグ戦。
花嵐&橋本組の対戦相手は――
ディック・マードック。
そして、マスクド・スーパースター。
ビル・イーディ。
いずれも経験豊富な大型選手だった。
花嵐はリングへ上がる前に橋本へ言った。
「今日は、無理に出すな」
「はい」
「相手が崩れた時だけだ」
「分かってます」
「マードックもスーパースターも、簡単には付き合ってくれない」
「だからこそ、決まったら大きい」
「そういうことだ」
ゴングが鳴った。
*
序盤はマードックと橋本。
マードックが力で押す。
橋本は蹴りで距離を取る。
しかしマードックは簡単には下がらない。
「おらっ!」
橋本が蹴る。
マードックが受ける。
「そんなもんか!」
逆に押し返される。
橋本がロープへ飛ぶ。
戻ってきたところへ、マードックのラリアット。
橋本が転がる。
「橋本!」
花嵐が叫ぶ。
橋本はすぐに起き上がった。
「大丈夫!」
花嵐が手を伸ばす。
タッチ。
今度は花嵐が入った。
マードックと向かい合う。
押し合う。
花嵐が一歩押す。
マードックも押し返す。
「……やっぱり重いな」
花嵐が笑う。
マードックが突っ込む。
花嵐は胸を突いた。
ズドンッ!
マードックが一歩下がる。
しかし倒れない。
「効いたか?」
マードックが笑う。
「まだだ」
花嵐も笑った。
そこへマスクド・スーパースターが入ってくる。
二対一。
花嵐がロープへ押し込まれる。
「橋本!」
「はい!」
橋本が入る。
スーパースターへ蹴り。
マードックへ花嵐の突き。
一瞬だけ、二人の動きが重なった。
橋本の蹴り。
花嵐の突き。
マードックの身体がよろめく。
「今――」
花嵐が言いかけた。
だがマードックは踏み止まった。
スーパースターもすぐに橋本へ飛びかかる。
技は出せない。
「まだ早い!」
花嵐が叫ぶ。
「分かってる!」
橋本が応じた。
二人は一度、離れた。
*
試合終盤。
マードックと橋本。
橋本が何度も蹴る。
一発。
二発。
三発。
マードックが少しずつ姿勢を崩す。
「まだ!」
橋本は叫ばない。
ただ、花嵐を見る。
タッチ。
花嵐が入る。
マードックが立ち上がる。
橋本の蹴りが、もう一度入った。
腹。
マードックの身体が折れる。
花嵐が踏み込む。
しかし――。
突かない。
胸へ手を当てるだけ。
そして、身体を起こさせる。
マードックの上体が伸びた。
両足が揃う。
花嵐が叫ぶ。
「今だ!」
橋本が飛び込む。
左右から同時に組み付く。
橋本の右脚がマードックの左脚へ。
花嵐の左脚がマードックの右脚へ。
「せーの!」
二人が同時に刈った。
――大外刈り。
マードックの巨体が浮いた。
ドォンッ!
マットへ叩き落ちる。
そして。
花嵐も倒れる。
橋本も倒れる。
二人の身体が、そのままマードックへ重なる。
「押さえろ!」
橋本が叫ぶ。
花嵐が肩を押さえる。
橋本も反対側から押さえる。
そこへマスクド・スーパースターが飛び込む。
「させるか!」
だが橋本が足を出す。
蹴り。
スーパースターがよろめく。
「ワン!」
レフェリーが叩く。
「ツー!」
スーパースターがロープへ下がる。
「スリー!」
ゴング。
歓声。
花嵐はゆっくり起き上がった。
橋本も起きる。
二人は顔を見合わせた。
「……決まった」
「ああ」
「やりましたね」
「ああ」
マードックがリング上で起き上がろうとしている。
花嵐はそれを見ていた。
ベテランの大型レスラーを、二人がかりとはいえ、正面から持ち上げることなく倒した。
蹴り。
突き。
そして左右同時の大外刈り。
最後は二人分の体重。
橋本が笑った。
「花嵐さん」
「ん?」
「これ、名前どうします?」
花嵐は少し考えた。
「……まだいらない」
「え?」
「もっと使ってからでいい」
橋本が笑う。
「じゃあ、とりあえず」
右足を叩く。
「俺の蹴り」
次に花嵐を見る。
「花嵐さんの突き」
そして両手を左右に広げる。
「二人で大外刈り」
花嵐も笑った。
「ああ」
二人はリング中央に並んだ。
この技は、まだ名前を持たない。
だが。
すでに二人だけの技だった。
橋本の蹴りで相手の姿勢を崩す。
花嵐の突きで上体を起こす。
相手の足が揃った瞬間。
左右から大外刈り。
そして二人とも倒れ込み、自分たちの体重を相手へ預ける。
無理やり持ち上げる必要はない。
相手を投げ飛ばす必要もない。
相手の重心を動かし、二人の足で逃げ道を塞ぐ。
最後は――
二人で刈る。
それが、橋本真也と花嵐一美がタッグを組んだことで生まれた、新しい形だった。




