第十四章 帰ってきた男たち、新たな場所
第十四章 帰ってきた男たち、新たな場所
十二月。
冬の冷たい空気の中で新日本プロレスの道場へ向かっていた。
「……帰ってきたな」
前田が隣で呟いた。
「そうだな」
第一次UWFが始まった頃、彼らは新日本とは違う場所で、自分たちのプロレスを作ろうとしていた。
だが一年半後、UWFは止まった。
佐山はシューティングへ向かい、残った者たちは再び新日本のリングへ戻る。
「結局、戻ってきたな」
後ろから藤原喜明が言った。
「俺たち、何だったんだろうな」
木戸修が笑う。
花嵐はリングを見た。
「……遠回りじゃないですか」
「遠回り?」
「でも、必要な遠回りだったんじゃないですかね。
俺はUWFからだから、はじめまして、ですけど」
前田が横目で見る。
「お前、ずいぶん達観したな」
「昔は何も知らなかったですから」
花嵐は笑った。
「今も大して知りませんけどね」
前田も笑った。
*
新日本との業務提携が正式に発表された。
UWFという団体が再び活動を始めるわけではない。
しかし、そこで培われたスタイルを持ったレスラーたちが、新日本のリングへ戻ってくる。
前田。
高田。
山崎。
藤原。
木戸。
そして花嵐や中野、安生といったUWFでプロレスラーとなった者たち。
それぞれが、以前とは違う身体と技術を持って帰ってきた。
その中でも、元力士である花嵐は異色だった。
元力士のプロレスラーは多いが、ほとんどが全日本プロレスを主戦場としており、UWFで戦っていた者は花嵐のみであり、新日本にも以前いたラッシャー木村だけだった。
「……でかいな。外人並だ」
花嵐は聞こえていたが、何も言わなかった。
以前の自分にとって、身体の大きさはそのまま武器だった。
立っているだけで相手を威圧し、ぶつかれば強い。組めば強い。
だが、UWFを経験してからは違う。
足の位置。
腰の高さ。
重心。
肩の向き。
相手との距離。
立っていること自体が技術になった。
「花嵐」
声をかけたのは山本小鉄だった。
「はい」
「ちょっと打ってみろ」
「俺がですか?」
「そうだ。突っ張ってみろ」
「……普通に?」
「普通に」
花嵐は一歩下がり、低い姿勢から踏み込んだ。
腕を大きく振り回さない。
足、腰、背中、肩を一本につなげる。
掌が山本の胸を捉えた。
ドンッ!
山本の身体が後ろへ動く。
花嵐は追撃せず、その場で止まった。
「なるほどな」
山本が胸を押さえた。
「相撲の突っ張りとは違う」
「そうですか?」
「ああ。相撲の突っ張りに似てるが、打撃になってる」
「佐山さんに教えてもらったんです」
「佐山か」
山本は頷いた。
「なるほどな」
その目は、以前とは明らかに違っていた。
*
花嵐は、相撲部屋にいた頃を思い出していた。
ただ強くなりたかった。
プロレスへ来てからは、もっと強いレスラーになりたかった。
UWFへ行った頃は、自分の身体をどう使えばいいのか分からなかった。
今は、少しだけ分かる。
強さは、単純な力の大きさではない。
同じ百キロの身体でも、力の伝え方で結果は変わる。
腕だけで押すのと、足腰から力を通すのでは、同じ突っ張りでもまるで違う。
喉輪も同じだった。
首を掴んで引くだけでは、相手は倒れない。
胸を捉え、足から上へ力を通す。
浮いた身体を、そのまま落とす。
――喉輪ボム。
木村から受け取ったパワーボム。
佐山から学んだ打撃。
相撲で培った足腰。
UWFで身につけた身体操作。
そのすべてが一つになった、花嵐自身の技だった。
*
ある日の練習で、前田が花嵐を見ていた。
「また変なことやってるな」
「何がです?」
「その突っ張りだ」
「これですか?」
花嵐が構える。
「普通の突っ張りだろ」
「違いますよ。佐山さんに教わったものを、俺なりに変えたんです」
「どう違う?」
「前より短くしました」
花嵐が一歩踏み込む。
掌が前田の胸へ伸びた。
ドン。
「……なるほど」
「腕を伸ばすんじゃなくて、身体をぶつける感じです」
「だから戻りが速いのか」
「そうです」
前田は考えた。
「じゃあ、これをフックにしたら?」
「もうやってます」
「早いな」
「試すのが好きなんですよ」
花嵐は身体を捻り、外側から内側へ斜めに掌を振り込んだ。
ドンッ!
前田の身体が横へ流れる。
「……お前」
「はい」
「それ、相撲の張り手とボクシングのフックを混ぜただろ」
「たぶん」
「たぶんって何だよ」
二人は笑った。
だが、前田の表情はすぐに真剣になる。
「この先、こういう技術は必要になるぞ」
「俺もそう思います」
「UWFが終わったからって、そこで終わりじゃない」
花嵐はリングを見た。
「むしろ、ここからですよ」
*
その頃、安生洋二と中野龍雄も新しい環境で練習を始めていた。
二人にとっては、初めての大きな転換だった。
UWFで始めたものを、新日本という巨大なリングへ持ち込む。
花嵐は二人を見ながら、自分の最初の頃を思い出していた。
何も分からず、ただ身体が大きく、力が強かった。
だからこそ、若い二人に教えられることがある。
「安生」
「はい!」
「立つ練習、もう一回やるぞ。中野も」
「分かりました」
花嵐が二人をリングへ呼ぶ。
倒される。
転がる。
膝を立てる。
腰を起こす。
足を入れる。
立つ。
そして構える。
「遅い!」
花嵐が言った。
「倒されたら終わりじゃねえぞ」
二人が立ち上がる。
「相手は待ってくれない。だから――」
花嵐もリングへ入る。
「立て」
二人が起き上がる。
「立ってから、次を考えろ」
安生が頷いた。
花嵐は、ふと佐山の言葉を思い出した。
――もっと自分の身体を信じろ。
若い二人を見ながら、花嵐は小さく呟く。
「……俺も、まだまだだけどな」
それでも、教えられるものはある。
受け取ったものを、次へ渡すこともできる。
それが、リングに残るということなのかもしれない。
*
新日本プロレス。
かつて花嵐がいた場所。
そして今、UWFを経験した男たちが戻ってきた場所。
そこには、以前とは違う風が吹き始めていた。
花嵐はリングの中央で、足を踏み込む。
腰を落とす。
肩を入れる。
掌を握る。
開く。
そして、胸を突く。
ドンッ。
リングが震えた。
花嵐は拳を開いた。
「……これだ」
UWFは終わった。
だが、自分の中では終わっていない。
ここから、新しい形が始まる。
大型UWF。
その名を、まだ誰も知らない。
花嵐自身さえ、言葉にはしていなかった。
だが、その身体にはすでに片鱗があった。
相撲の足腰。
佐山の打撃。
藤原の関節技への対応。
木村のパワーボム。
前田とのスパーリング。
そして、自分自身で作った喉輪ボム。
それらをすべて抱えたまま。
花嵐一美は、新しいリングに立っていた。




