昭和のロックな若い中堅商社の会社員が会社でミスして、彼女にも飽きられ、南知多ビーチランドへ行って癒される話
「春のチャレンジ2026」のテーマは「仕事」へ参加するために、既存の連載小説「昭和のテーマパーク(観光地)を体験してみよう!」から抜き出して短編小説にしました。
昭和57年(1982年)初夏。
世間は空前の「シティポップ」ブームですが、健一の心は土砂降りの雨模様でした。
23歳、中堅商社に勤めて3年目。仕事は大忙しで、先日、発注数を一桁間違えるという致命的なミスを犯したばかり。追い打ちをかけるように、3年付き合った彼女からは「仕事ばかりでつまらない」と別れを告げられました。
そんな彼が、愛車スカイラインGT-EX(通称:ジャパン)のイグニッションを回し、向かったのは南知多でした。
南知多ビーチランドについて
南知多ビーチランドは2026年現在も元気に営業中です!行って応援!
社内創立記念日の休日の土曜日 09:30 | 国道247号線、潮風のドライブ
気合を入れたリーゼントをバックミラーで確認し、健一はサイドウィンドウからハイライトの煙を吐き出しました。
カセットデッキからは、彼女が好きだった松任谷由実の『守ってあげたい』が流れています。
「……守れてねーじゃん、俺」
自嘲気味に笑い、ターボチャージャーの加速を感じながら知多半島を南下します。
11:00 | 南知多ビーチランド到着
当時の南知多ビーチランドは、開園からまだ2年。真新しいコンクリートの匂いと、磯の香りが混じり合っています。
駐車場にスカイラインを停めると、隣にはデート中のソアラやシルビア。独り身の健一は、少しだけ肩身が狭い思いをしながら入場券を買いました。
11:30 | ビーチ側入口と「海洋館」の静寂
メインのイルカショーは大混雑。人混みを避けるように、健一は薄暗い「海洋館(大水槽)」へと足を進めました。
当時は最新鋭だった巨大なアクリルパネルの向こう側。悠々と泳ぐエイやサメの群れを見つめます。
「……お前らはいいな。ノルマもなきゃ、発注ミスで怒鳴られることもねえ」
青白い光に照らされた健一のリーゼントが、水面に反射してゆらゆらと揺れています。彼女と最後に行った水族館の記憶がフラッシュバックしそうになり、彼はあわてて視線を外しました。
12:15 | 「ふれあいカーニバル」での戸惑い
南知多ビーチランドの名物といえば、当時から画期的だった「ふれあい」です。
アシカやアザラシがすぐ目の前を歩き、触ることができるエリア。
小さな子供たちが歓声を上げる中、革ジャン姿で浮いている健一の前に、一頭のアザラシがペタペタと寄ってきました。
つぶらな瞳で見つめられ、思わず指先でその背中に触れます。
健一の心境
「……冷たい。けど、生きてるんだな、こいつも」
会社のデスクで数字と格闘し、冷たい電話対応に追われていた数日間。生き物の体温(というか質感)に触れた瞬間、ガチガチに固まっていた肩の力が、ふっと抜けるのを感じました。
13:00 | イルカショーと孤独な昼食
ダイナミックなイルカのジャンプに、家族連れやカップルが歓声を上げています。
健一はスタジアムの隅に座り、売店で買った焼きそばを黙々と口に運びました。
健一の心境
「あのイルカだって、毎日決まった時間にジャンプして、ミスしたら魚をもらえないんだよな……。俺と同じだよ」
仕事のミスを思い出し、胃がキリリと痛みます。しかし、目の前の水しぶきと、イルカの屈託のない鳴き声を聞いているうちに、少しずつ「まあ、死ぬわけじゃないしな」という投げやりな、それでいて前向きな気持ちが芽生えてきました。
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14:30 | 予定外の「鼻先」タッチ
なんとなく、気になってまた、「ふれあいカーニバル」に来てしまった健一。
最初は、遠巻きに眺めるだけのつもりでした。ハイライトの箱をポケットにねじ込み、「ま、動物なんてガキの見るもんだろ」と、少し斜に構えて柵に近づいたその時です。
一頭のゴマフアザラシが、濡れた体でペタペタと地面を這い、健一の磨き上げられた靴のすぐそばまでやってきました。
「おいおい、ジャパンの排気ガスみてぇな顔しやがって……」
苦笑いしながらしゃがみ込んだ瞬間、アザラシが「クゥ」と鼻を鳴らし、健一の手にひんやりとした鼻先を押し当ててきました。
「……! なんだ、お前。可愛いじゃねえか」
14:45 | リーゼントを忘れた男
気づけば、健一はもう夢中でした。
アシカが目の前で大きなヒレを振れば、「おおっ、挨拶か! 律儀だな!」と身を乗り出し、ペンギンがヨチヨチと歩けば、「おいおい、転ぶなよ。お前、仕事の時の俺みたいに危なっかしいな」と目を細めています。
特に彼を虜にしたのは、大きなセイウチでした。
その巨体に似合わない穏やかな瞳と、立派なヒゲ。健一は周りの子供たちに混じって、セイウチの分厚い皮膚にそっと触れました。
「お前、いいツラ構えしてるな……。部長の小言なんて、お前のひと吠えで吹き飛びそうだぜ」
この時、健一のリーゼントは、動物たちを覗き込むたびにあちこちの柵に当たり、すでに少し右側に傾いていましたが、今の彼にはそんなことはどうでもよくなっていました。
15:00 | ポマードと磯の香り
ふれあい広場の片隅で、健一は売店で買ったエサを手に、カリカリー(ペンギンなどのエサ)を配っていました。
集まってくる動物たちに囲まれ、「順番だぞ、焦んなって!」と、普段の厳しい商談では絶対に出さないような優しい声を出し、目尻を下げています。
ふと我に返り、周囲を見渡すと、若い母親たちから「あら、あのお兄さん、あんな格好して意外と優しいのね」という視線を感じ、急いでキリッとした表情を作りました。しかし、手元に残った最後のエサをアザラシに差し出す時の顔は、どうしてもデレデレと緩んでしまいます。
「……あいつ(別れた彼女)、こういうの好きだったよな。……いや、今はいいか」
15:15 | ゲートを去る時の「未練」
ふれあいタイムが終わり、動物たちが戻っていく姿を、健一は名残惜しそうに見送りました。
手にはかすかに磯の匂いと、動物たちの命の温もりが残っています。
彼は崩れたリーゼントを櫛でさっと撫でつけましたが、その表情からは、朝あったトゲトゲしさが消え、柔らかい「23歳の青年」の顔に戻っていました。
「また来るぜ。次は……もっといいエサ持ってきてやるからな」
15:30 海辺の遊園地にて
当時のビーチランドには、潮風に吹かれる小さな観覧車やゴーカートがありました。
健一は、一人で観覧車に乗る勇気はありませんでしたが、ゴーカートの列に並びました。
「ジャパン(スカイライン)に比べりゃ、おもちゃみたいなもんだがな」
そううそぶきながら、アクセルをベタ踏みします。コース脇に咲く花や、遠くに見える伊勢湾の水平線。エンジンの振動がダイレクトに伝わる感覚が、彼の「運転好き」な本能を呼び覚ましました。
16:30 | 海辺の喫煙所にて
ビーチランドの端、三河湾を一望できるベンチで、健一は今日最後から二番目のハイライトに火をつけました。
潮風でリーゼントが少し崩れていますが、もう気になりません。
「……明日、部長にちゃんと謝ろう」
海は広くて、青い。自分のミスも、失恋も、この大きな海に比べれば、スカイラインの排気ガスくらいちっぽけなものに思えてきました。
17:00 | 帰路、夕暮れのオレンジ
駐車場へ歩き出した。鼻腔に残る潮の香りが、いつもより少しだけ甘く感じられました。
ビーチランドの明るい活気と、生き物たちの無邪気な姿に、少しだけ「明日への活力」を分けてもらった健一。彼は再び、愛車の重厚なドアを開けました。
閉園の時間。健一は再びスカイラインの運転席に収まりました。
ダッシュボードに置かれたハイライトの箱を叩き、一本取り出します。
エンジンをかけると、L20E型エンジンが重厚な産声を上げました。
「行くか、ジャパン」
南知多の夕日がバックミラーをオレンジ色に染める中、健一はアクセルを踏み込みました。
彼のリーゼントは、朝よりも少しだけ高く決まっているように見えました。
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18:15 | 師崎漁港、潮騒のパーキング
市場の店じまいが始まる時間帯。健一は愛車を岸壁ギリギリに停めました。
並ぶ漁船のディーゼル音と、スカイラインのアイドリング音が重なります。
ダッシュボードのハイライトを手に取り、車外へ。
潮風にあおられながら火をつけ、目を細めて海を見つめます。
「仕事のミス……あんなの、この荒波に比べりゃ、ただのさざ波だろ」
自分に言い聞かせるように煙を吐き出しました。
18:30 | 地元の定食屋「大衆割烹」にて
のれんをくぐると、そこは昭和の時間が凝縮された空間でした。
壁には手書きのお品書き、テレビからはプロ野球中継(中日ドラゴンズ戦)のラジオ的な絶叫が流れています。
「ねえちゃん、一番ボリュームあるやつ、頼むわ」
健一が注文したのは、獲れたての大アサリの焼き物と、これでもかと盛られた刺身定食。
当時の師崎では、大アサリの醤油が焼ける香ばしい匂いこそが、最高のご馳走でした。
19:00 | 怒涛の「やけ食い」
運ばれてきた定食を見て、健一は息を呑みました。
プリプリの鯛、脂の乗ったハマチ、そして手のひらほどもある大アサリ。
大アサリ:熱々の殻から身を剥がし、一気に口へ。醤油の焦げた香りと濃厚な旨味が、仕事のストレスを中和していくようです。
白飯:どんぶり飯をかき込みます。「食わなきゃやってられねえ」という意地が、箸を加速させます。
刺身:一切れが分厚い。「ミスした分、明日からこの倍働いてやるよ」と、心の中で部長への宣戦布告。
最後は、サービスのあら汁をずずっと飲み干しました。
お腹が満たされると、不思議と失恋の痛みも「あいつも見る目がなかったな」と思えるほどに回復していました。
19:45 | 師崎の夜風と再出発
店を出ると、辺りはすっかり暗くなっていました。
健一はスカイラインのボンネットに腰掛け、最後の一本のハイライトに火をつけました。
遠くに見える神島の灯台が、規則正しく海を照らしています。
「……明日も日曜日で休みだ、今日はこのあたりで泊まっていこう」
リーゼントを指先でクイッと整え、彼は運転席に滑り込みました。
昭和57年の夜、スカイラインGT-EXのヘッドライトが、師崎の暗い夜道を照らします。
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健一は土曜日に南知多ビーチランドを堪能したあと、知多半島の師崎で一泊して、もう一つの遊園地にいく。1982年(昭和57年)、当時は名古屋鉄道が運営する、知多半島最高峰の展望を誇る一大レジャーランドでした。
11:30 | 名鉄内海駅から車で10分の場所 内海海岸付近(山麓駅)からロープウェイへ
スカイラインGT-EXを麓の駐車場に停め、健一はハイライトを一本吸い殻入れに押し込みました。
ここから山頂のパークへは、真っ赤なロープウェイで向かいます。
揺れるゴンドラの中で、眼下に広がる伊勢湾を見つめる健一。
「……あいつ、高いとこ好きだったな」
別れた彼女と来るはずだった場所。一人で乗るロープウェイは、機械音だけが虚しく響きます。
12:00 | 展望レストランと「ミス」の記憶
山頂の展望台にあるレストランに入ります。
窓の外には、セントレアができるずっと前の、穏やかで広い海。
健一は「オリエンタルカレー」を注文しました。
スプーンを動かしながら、先週の仕事のミスを思い出します。
「部長の怒鳴り声、この高さまで聞こえてきそうだな……」
仕事の重圧と失恋の喪失感。23歳の彼には、この絶景すらも少し残酷に感じられました。
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13:30 | 「地獄の丸太登り」と焦燥感
最初の難関は、山の斜面を垂直に近い角度で登っていく丸太の階段です。
「仕事のミスくらいで、へばってられるかよ……」
ハイライトで少し荒れた肺を鳴らしながら、健一は一段飛ばしで駆け上がります。23歳の若さに任せた強引な動き。しかし、中腹まで来たところで、革靴(当時はスニーカーではなく、少しヒールのある靴で来る若者も多かったのです)が滑り、膝を強打しました。
「クソッ……!」
痛みと同時に、会議室で部長に書類を投げつけられた時の屈辱が蘇ります。彼は泥のついたズボンを払うこともせず、がむしゃらに頂上を目指しました。
14:00 | 「空中ケーブル滑走」の絶叫
最も標高の高い地点にあるのが、谷を越えるロープ滑走(ジップラインの前身)です。
健一の順番が来ました。後ろには小学生の集団が並んでいますが、彼はあえてクールに、リーゼントを崩さないようT字のハンドルを握りしめます。
「……行くぜ」
蹴り出した瞬間、視界から地面が消え、視線の先には真っ青な伊勢湾が飛び込んできました。
時速40キロ近い風が、彼の頬を叩き、固めていたポマードの香りを飛ばしていきます。
「う、うおおおおおおお!!」
思わず叫んでいました。失恋のモヤモヤも、発注数のミスも、高速で流れる風景の中に置き去りにされていく感覚。この瞬間、彼は組織の一員ではなく、ただの「23歳の男」に戻っていました。
14:30 | 「水上丸太渡り」での冷や汗
コースの終盤、池の上に浮かぶ丸太を渡るセクション。
少しでもバランスを崩せば、自慢のリーゼントごとドボンです。
慎重に一歩を踏み出す健一。丸太がゆらりと揺れ、水面に自分の情けない顔が映ります。
「……落ち着け。仕事だってこれと同じだ。一歩ずつ、確実にいけばいいんだろ」
誰に聞かせるでもなく独りごち、彼は慎重に、かつ大胆にステップを踏んでいきました。最後の着地を決めると、見守っていた家族連れから「お兄ちゃん、かっこいい!」と声が上がります。健一は少し照れくさそうに、崩れた髪をかき上げました。
15:00 | ゴール、そして報酬
全40種目近いアスレチックを終えた時、健一のシャツは汗でびっしょり、自慢のズボンの裾は泥だらけでした。
しかし、展望台のベンチに座り、震える手でハイライトに火をつけた彼の顔は、朝よりもずっと晴れやかでした。
「ふぅ……。明日謝って、一からやり直しだな」
真っ白な煙の向こうに、夕日に輝く知多の海が広がっています。
ボロボロになったリーゼントを鏡で見ることなく、彼はアスレチックを攻略した達成感に浸りながら、一吹かしを楽しみました。
体を動かすうちに、額に汗が滲みます。リーゼントもしっかり崩れましたが、不思議と心の中の澱が、汗と一緒に流れていくような感覚がありました。
15:30 | 夕方
パークのシンボルでもあった展望塔の影が長く伸びる頃。
健一は、木々に囲まれたベンチで再びハイライトに火をつけました。
昭和57年の情景
周りからは、ラジカセから流れる「赤いスイートピー」が微かに聞こえてきます。
遠くには、四日市のコンビナートが夕陽に照らされて輝き始めていました。
「……ま、いっか。ミスはミス。次は取り返しゃいいんだ」
煙をふーっと吐き出し、彼は立ち上がりました。
彼女がいなくても、仕事が大変でも、明日はやってくる。
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アスレチックの全行程を終えた健一の体は、汗と泥、そして、その匂いにまみれていました。
自慢のスカイラインGT-EXのシートを汚すわけにはいきません。彼はふらつく足取りで、に山頂駅に併設された売店へと向かいました。
16:00 | 売店での小さな「戦利品」
売店の入り口には、当時お決まりのペナントやキーホルダーが並んでいます。健一は棚の端に見つけた、青い文字で「内海フォレストパーク」とプリントされた白いタオルを掴みました。
「おばちゃん、これ一枚」
「あらお兄さん、えらい泥だらけだね。頑張ったんだねぇ」
愛想のいい店員に声をかけられ、健一は少し照れくさそうに小銭を払いました。洗面所で蛇口を全開にし、冷たい水で一気に顔を洗います。泥と一緒に、今日まで引きずっていた「仕事の惨めさ」が洗い流されていくようでした。
16:30 | 黄金色のカタルシス
ロゴ入りタオルで顔を拭い、もう一度山頂に上り、展望台の縁に両手をかけ、健一は動けずにいた。
目の前に広がっていたのは、昼間の突き抜けるような青さとは全く違う、圧倒的な黄金色の世界だった。
伊勢湾の水平線に向かって、燃え盛るような夕日がゆっくりと沈んでいく。波立っていた海面は、まるで溶けた金が流し込まれたかのように輝き、その眩しさに健一は思わず目を細めた。遠く、海の向こうに見える四日市の工場地帯のシルエットが、夕映えの中にくっきりと、まるであるべき場所を守る境界線のように浮かび上がっている。
「……すげえな」
ポツリと漏らした言葉は、海風にかき消された。
つい数時間前まで、自分はなんて狭い場所で、ちっぽけな数字に一喜一憂していたのだろうか。
発注ミスをした自分。上司に罵倒された自分。彼女に愛想を尽かされた自分。そのどれもが、この巨大な光の渦の中では、一粒の砂にすらなれないほど無力に感じられた。
だが、不思議な感覚が健一を包み込む。
自分はこの広大な世界から切り離された存在ではない。今、この瞬間、黄金の海から吹き上げる風を肌に感じ、網膜を焼くような光を真っ向から受け止めているこの「自分」という個体こそが、この景色の一部として確かにここに刻まれている。
(俺がいて、この世界があるのか。それとも、世界があるから、俺が存在できるのか……)
自分の中心、深い場所から、熱い何かが静かに湧き上がってくるのを感じた。それは怒りでもなく、悲しみでもない。もっと純粋で、もっと原始的な、生きようとする「エナジー」そのものだった。
23歳の、未熟で、失敗だらけで、泥にまみれた自分。しかし、その内側には、この夕日の輝きにも負けないほどの熱量があるはずだ。そうでなければ、これほどまでに心が震えるはずがない。
健一は、ポケットからハイライトを取り出した。
震える指でライターを弾くと、小さな火が夕日の光と混じり合う。深く吸い込み、紫煙を黄金の空へと解き放った。
「つながってるんだ……。この海も、あの工場も、名古屋のあのオフィスも、全部……。俺が選んで走っているこの道に、全部つながってるんだ」
自分という存在は、ただの迷子ではない。この壮大な景色というキャンバスに、一筆の線を引くために生まれてきたのだ。
健一は、ロゴ入りタオルで再び力強く顔を拭った。ポマードの香りが、潮風とともに鼻をくすぐる。
沈みゆく太陽が、最後の輝きを放って水平線へと消えていく。
その一瞬、健一の心には、明日という名の「戦場」へ戻るための、静かで、しかし決して消えることのない情熱が灯っていた。
「……行くか。ジャパン」
誰に誓うでもなくそう呟くと、健一は一度だけ強く海を見据えた、黄金色の残光をその瞳に焼き付けながら。
16:45 |再起
かつて彼女と「いつか綺麗な夕日を見に行こう」と約束したことがありました。でも、今この瞬間、一人で見るこの絶景に、健一は不思議と寂しさを感じませんでした。
健一の独白
「ミスした仕事も、逃げてった女も……この夕日の中じゃ、ちっぽけなもんだな。俺はまだ23歳だ。死ぬ気でやりゃあ、何だってできる」
ハイライトの吸い殻を丁寧に携帯灰皿へ。
彼は崩れたリーゼントを、今度は「格好」のためではなく、「決意」のためにロゴ入りタオルでグイッと拭き上げ、山を下りるロープウェイの駅へと歩き出しました。
17:15 | 下山、そしてジャパンの咆哮
麓の駐車場で待っていたスカイラインGT-EXは、夕闇の中で低く構えていました。
健一は「内海フォレストパーク」のタオルを助手席に放り投げ、イグニッションを回します。
L20Eエンジンが重厚なリズムを刻み始めます。
バックミラーに映る自分の目は、朝よりもずっと鋭く、前を見据えていました。
17:30 | スカイライン、国道247号の咆哮
ロープウェイで下山し、愛車ジャパンのシートに深く腰掛けます。
パワーウィンドウを下げ、潮風を車内に引き込みました。
「内海フォレストパーク……またいつか、今度はいい女連れてくるぜ」
そう独りごちて、健一はシフトレバーを1速に入れました。
大出力のL20Eエンジンが唸りを上げ、スカイラインは夕闇に包まれ始めた海岸線を、名古屋へと向かって走り去っていきました。




