2. 眠る少女
街中の『FreeDom』と書かれた小さく寂れた看板が道側のドアにかかって揺れる。
階段を登って行くと、ドアを閉めて通路途中の寝室のベッドへとテイラーはサンディを投げ込む。
「よいしょッ」
強くベッドへと投げ込んでも、サンディは起きる事無く寝息を立てたまま。
廊下を通じて、今から大きく疲れたように安堵したリリーの声が聞こえてくる。
テイラーは歩いて行くと、壁越しにある対面のソファ。ブラインダーの窓の前には、一つのデスクが置かれており、廊下横の小さな今とつながる部屋には冷蔵庫付きの台所だった。
リリーは、ソファに腰を下ろすと横になり両手両足を伸ばして猫の様に寛ぐ。
「ほぉ~らぁ~。朝早く起きての駆除だったんだしさぁ~。テイラーも休みなさいなぁ~……………んん~~っと♡」
しかし、テイラーはソファに座ることなくデスクにあるメモ用紙を一枚ちぎって万年筆で、弾薬の使った回数に不足数を書き加えていく。
「先にしなきゃいけないことがあるでしょ」
「でも、休息ってのは大事なんですよ~っ」
「まったく」
寝そべり欠伸をするリリーを見て呆れるテイラー。
台所へと行くと、棚の中のお菓子や冷蔵庫内の食材を確認してメモ帳に書き加える。
廊下に出て、サンディの様子を見るも起きる気配がない。
「ま、緊張と車酔いに戦闘での疲れのフルコンボね」
呟くと、廊下を戻って居間に顔を出す。
「リリー行くわよ」
「えぇ~」
やる気のない声。
「早く済ませないと後々面倒だから、済ませましょ。それに、食材も足りてないんだから」
「わっかりましたぁ~……………………んもぅ」
不貞腐れたように頬をハムスターみたく膨らませるリリーは、しぶしぶ起き上がる。
台所に置かれた網の小さい籠を手に取ると、テイラー共に家を出る。
「あれ?サンディは?」
「寝てた。だから置いてきたわ」
「ん~……………………そっか。ま、今の状態だとギャングとかに狙われても面倒だしね~」
緩い下り坂を歩いて行くと、風が吹く。
建物同士につるされたロープに掛けられ洗濯物が揺れると、地面に移る影が揺れてリリーは、日向だけを踏むちょっとした自分だけのゲームをしながら歩く。
道中、子供たちに声を掛けられたり猫を撫でたり二階から声を掛けられたりと、変わり映えの無い景色。
すると、下へと降りる階段のある広い道には椅子に座った老婆が居た。後ろには自営の食材店。
「ミラおばさん。こんにちは」
「おばちゃん、こんにちは~!」
二人で声を掛けると、ミラは目を開けて顔を上げる。
すると、微笑み返す。
「あら、二人もべっぴんさんが来ちゃったわ~」
「お世辞が上手いんだからぁ~」
照れるリリーを後ろに、テイラーは手に持った紙を見せる。
それを受け取ると、丸眼鏡を手に覗き込む。
「ふむふむ…………いつものだねぇ。ちょっと待ってておくれな」
少し曲がった腰で、ミラは店の中へと入って行く。
外で待つテイラーは周囲を見渡し、リリーは下へ降りる階段の塀に寝る猫の元へ駆け寄り猫の鳴き真似をしていた。
「ホレ、これ持って行きなさい。あと、コレも」
そう言ってミラが渡した籠と一緒に、小型の銃とナイフが手渡される。
「歩くんだから、常に持ってなさいな。今日は疲れてたのかい?」
「ありがとうございます。ちょっと、忘れちゃいました」
テイラーはナイフを手に持ち、籠を肘に掛けるとリリーを呼び止める。
そして、銃をリリーに渡す。
「ありがとうね、おばちゃぁ~ん!」
「はいよ~」
元気なリリーの挨拶に笑顔で振り返すミラ。
テイラーは、左腕の時計を見つめる。
「最初に食材調達と武器貯蔵は済んだから、後は報告。急ぎましょ」
「はいはいっと~」
テイラーの歩行速度が上がり、後ろからはリリーは腕を振ってついて行く。
通りを真っすぐに歩くと、途中で建物の間の路地へと入り込む。
壁に着いた鉄階段の足音にリリーは目を向ける。
歩いて、真っすぐから右へ入り左へと入り込んで徐々に中へと歩く。
路地から出る先には、パトカーが置かれていた。
「おーい!」
大声で呼ばれる。
テイラーとリリーは歩いて行くと、パトカーから降りて古びたコートを羽織る中年男性がパンを食べながら手を振っていた。
「マルクドさん、こんにちは」
「え、何?なにかあったの?」
マルクドは、パンを座席に置くとコーヒーを飲む。
「いやぁな。最近巷のギャング絡みだよ」
「また暴力?」
「いやぁ、今回はちょっとなぁ。それより、テイラーちゃんたちは警察かい?報告?」
「はい」
肯定すると、マルクドはボードに入った紙を取り出してペンを持つ。
「えっと、、確か今回のは、、、、、、そうか、『亜種』の殲滅だったな」
「そうです。計24体で、滑落の多い場所にての駆除完了しました。加えて、建物の腐食も進んできているので注意喚起が必要かと」
「なるほど。危険指定区域だったわけだが、解放も難しそうだな」
「えぇ。まだ、先は長いです―――――」
残念そうに零すテイラーの言葉に、マルクドは紙に書き終えると、元のボードに戻す。
「ま、この街も君たち居てこそだ。俺達も安心して仕事に入れるわけだ。それに、住んでいる人々も君たちの頑張りを知っている。――――何か助けが必要だったら、呼んでくれ。こちらも尽力を尽くす」
「―――――――――はいッ」
「じゃ、気を付けるんだよ~」
「ばいば~い、マルクドおじちゃぁ~ん!」
テイラーとリリーは、その通りを歩いて警察本部へと向かう。彼女達の姿をマルクドは見送ると、懐から煙草を取り出す。
ライターの火を付けて口に咥え、指で持つと息を吐き白い煙を漂わせる。
「ふぅーー……………………」
すると、マルクドの寄りかかるパトカーの中から運転席側で窓をノックする音。
覗くと、一緒に乗車し運転してくれている若手の警部だった。
「あの~。あの子達って誰なんです?」
「そっか。お前さんは知らねぇのか」
「知らないですね。まだ、ここに来て一か月ならないんですよ?」
そう言っていると、マルクドは引き出しから書類を取り出して見せる。
その中身を読みながら捲ると、目を大きくした。
「コレって、、、マジですか!?」
「そりゃぁ、そういう反応になるわな」
「なるって、、、、そもそも犯罪じゃないですか!」
驚きながらも書類を叩く。
その姿を見てマルクドは微笑した。
「分からんでも無いよ。お前の居た場所は何処だっけ?」
「僕は『リバー・ノース』の岩手ですけど」
「じゃ、此処は?」
「ここ?ここは『センター・アース』ですよね。唯一大きな街で、人口も多い。と、同時に犯罪件数も多いって、、、、それが、なんなんです?」
と説明されるも、マルクドは微笑していた。
「足りねぇなぁ」
「足りない?あぁ、ここは法律があって無い場所。いわば、自由な国だよ」
「そんなの警察要らないでしょ」
「要らないんじゃぁねぇよ。足りねぇんだ」
マルクドは、コーヒーを飲みパンを食べる。
「足りねぇってのは、説明不足じゃねぇぞー。武力が足りねぇって話さ」
「もしかして、だから彼女たちも?」
「ま、そう言う事だな」
「問題に――――」
「ならねぇのが、この国さ。彼女達もそれを知った上で、今を生きて戦っている。コレは政府の一存みたいなもんだよな」
「そんな……………………」
言葉を失う若手警官。
そんな彼を見て、マルクドは鼻で深く息を吹く。
「確かに、他では元自衛隊とか志願した輩が行う部署。それに加えて、切り捨ててもいいだろうって話で囚人共を使っているのが普通だよな」
「えぇ、僕の居た街でもそれは当たり前でしたよ。あまり良い話じゃないけれど、それでも、元の日本に戻したい為に立ち上げられたのが『望観者』。平和を取り戻すために立ち上がったなんて言われてますけどね」
「けど、そこで問題になっていたのが人身売買だった――――」
「つまり、彼女達は――」
「あぁ、そこで見つかった子供達だよ。けど、上は帰る場所も無い彼女達を『望観者』に入れるなんて話が上がったよ。特別に訓練を行い、武器の扱いに長けさせる。そうして、出来上がったのが」
マルクドは、真正面に指をむける。
それを見ていて若手警官は、納得のいく顔を見せず背もたれに寄りかかる。
「言いたいことは分かるさ。俺だって納得いったなんて言えないさ。けどな、正直な話、彼女達の戦線によって、今の生活が安定しているのは事実だ。それを良しとしてしまった警察側も、、な」
「……………………」
「だから、俺は決めたんだよ」
「決めた?」
マルクドは、静かに頷く。
「あぁ。俺は、彼女達の為になら、命を張ったって良い。償いとは思わねぇ、けど、そうさせたなら。大人として背負う必要があんだろ。要するに、責任の取り方ってやつだよ。お前も、ここで生きていくんなら、嫌な事にも目で慣れて行かなきゃいけねぇ。だからよぉ、肝に銘じておくんだな」
「……………………はぃ」
小さく自信なさげな返事が返って来ると、マルクドは苦笑した。
風が吹き、窓がガタガタと揺れた。
その音でか、睡眠が浅かったせいかサンディの目が開いた。
まだ残る眠気に、しばらく天井を見つめると両手を伸ばして背伸びをする。
「あ……………………っれぇ?依頼は?、、、、ここって、寝室、、、、、?」
首を傾げながらも、体を起き上がらせると周りに目を向ける。
さっきまで『亜種』の殲滅依頼に行ってリリーの運転した車に飛び込んだ記憶までは残っている。
が、その先の記憶は無い。
零れそうになる胸を手で押さえて、ワイシャツに袖を通す。
気だるい体を動かして、台所でホットコーヒーを淹れる。ソレを手に持って階段を降り、外の空気を吸いに扉を開けて階段の段で腰を下ろす。
「本当に、、記憶、ないですぅー……………………」
両手に持ったホットコーヒーを口に、一口飲むとホッと息を吐いて空を見上げる。
「ぅわぁ、良い天気ぃ~…………」
視界の外で、引きずる音が遠くから聞こえた気がした。
最初は雑音だとばかりに思うも、同じ音が繰り返される。
気になり、目線を正面へと向けると、通りの向かいにある家同士の間の通路から、ふらついた少女の姿がある。
「あり、誰の子でしょぅ?」
呟いた途端、少女はその場に倒れる。
通りに伸びた手が日に当たる。
駆け寄ってみると、来ている服は白いドレスなのだろうが、汚れで黒くなっている。
それに、手足だけじゃなく全身が擦り傷だらけで、裸足のまま。
「大丈夫ですか?おーい、大丈夫です~?」
反応が無い。
何度も呼びかけても同じだった。
周囲を見渡すも、一通りが少ない分今の時間帯は誰も通っておらず、今居るのは見知らぬ少女とサンディだけ。
「……………………連れて帰った方が良いのですかね?」




