私たちのものね!
「きたー!きたきたきたー!ぜーったい催眠にかかりやすいタイプだと思ってた!」
嬉しそうなウイルスが耳元でうるさい。イカれ女は涎を垂らしそうな赤ら顔で、まだタヌキ像の股をさすっている。さらにウイルスは俺に復唱させる。
「……みかなよ……お前は普通の女だと自らを評していたが……普通の人などおらんのだ……皆それぞれ個性ある生き物なのだよ。みかな、これからは私、タヌ神の元、もっと励むと誓うか?」
イカれ女は細い両目を見開いて、頬を真っ赤に染めながら
「はあい……みかな……は、タヌ神様の奴隷ですう……」
そう言った後に陶器のタヌキ像の……いや、もう表現したくねえ。つまり口に含んだわけだ。陶器の一部をな。完全にイカれてやがる。
恍惚と、ただの陶器を口に含んでモグモグしているイカれ女を、俺は放置しつつ
「タヌポーズなのー!エクストラなのー!」
と踊り狂っている老若男女の信者たちを押しのけて、ウイルスに教えられた通りの方向にに和室から出ていく。どうやら神社の大きな社務所のような構造の建物のようだ。別室で俺の服を取り戻しスリッパを迷惑料で拝借して、外へと出るとよく整備された境内の上に月が出ていた。小高い山の上らしい。
境内を歩いて、長い石段を下りていく。
「あー楽しかった!これで宗教法人タヌポーズエクストラも私たちのものね!節税対策もバッチリよ!」
「あんな宗教いらんし、節税って、何をするつもりなんだよ……」
無能社員で社畜の俺は、当然節税と無縁だ。株も副業も積み立てなんちゃらもやっていない。
「知らないの?宗教法人は税金優遇されているのよ?だから中々新規で認可が降りなくて、元々ある宗教法人を後継団体が買ったりすることもあるの」
「いや、朧げには知ってるけど、そういうことじゃなくてな……新興宗教法人使って何をするつもりなのか、具体的に教えてくれ」
「ふっふっふ、それは言えませーん」
「……」
悪のウイルスに尋ねた俺が間違いだった。どうやらタヌポーズエクストラを手に入れるために、こういう展開になるところまで全て読んだ上で俺を誘拐させたらしい。
麓に降りると、タクシーが待っていてウイルスに言われるがままに乗ると、老齢の運転手が
「行き先はアプリで聞いとるよ」
とこちらを向きもせず、発進させた。三十分も走ると自宅マンション前に着いて
「引き落としはアプリからしとくからのう。またのご利用お待ちしています」
降り際にこちらを見もせずにそう言うと、タクシーは去っていた。ウイルスが自慢げに
「私って有能でしょ?」
と言ってくるが無視した。
オートロックはちえみが開けてくれた。自室に戻ると、ちえみととしこが駆けてきて
「大丈夫でしたかー?」
と声をかけてくれ、やっとまともな人間の反応に触れた気がして、安心感と共に玄関で崩れ落ちる。