やっと食いついたわね!
タイムカードを押して、社内をキビキビ歩きソリューション企画課に入ると事業部長が俺のデスクに座ってスマホをいじっていた。こちらを見ると嬉しそうに
「おお、来たか!ちょっと三国志について話したいんだが、馬超についてどう思う?無能と切り捨てる三国志好きも多いが」
俺は真剣に考えてから
「うーん。劉備が関羽張飛と並べるくらい評価しているので、武将としての力は本物でしょうね」
「うんうん。それで?」
「しかし、彼は常に時と場所が悪かったと思いますよ。血気盛んな若いころに身の丈以上の大軍率いて、パートナーは妖怪みたいな韓遂でしょ?しかも相手は覇者曹操。そりゃ負けますよね」
事業部長は満足げだが、さらに話が欲しそうな表情をしてきたので
「蜀に行ってからいまいちなのは、劉備が亡くなった後、孔明が使いきれなかったのでしょう?関羽張飛趙雲たちとの距離の取り方や、晩年の魏延の扱いを見てもわかりますよね。孔明は計算外の暴発をする、爆発的な武力がある猛将を使い切れない。常に時と場所が悪い。そこが馬超の不幸なところですね。無能ではないと思いますよ。北伐時に黄権や法正が居れば全く評価が違ったでしょうね」
事業部長は嬉しそうに
「良い話を聞けた。ところで君は馬超かな?」
俺は苦笑いして
「俺は同じ蜀の馬名字の武将でも、馬忠とか馬岱が好きですよ。読み書きできなかったのに上位の将軍になった王平にも憧れますね」
事業部長はニッコリ笑って
「君のコミュ力は分かった。今日も頑張ってくれ給え」
と言うと爽やかに出ていった。何とか乗り切れたらしい。探り探り、会話の深度を深めているがまだ通じるので事業部長も相当にマニアックなようだ。つーかコミュ力皆無なんだけどな……だんだん勘違いされていっているようで怖い。次の瞬間、スマホの電話が鳴ってビビる。
「あー仕事ちゅーにすいませんーお兄ちゃん……あっ、れいかさんがースマホ返してくれたんでーかけてみましたー」
「そっか、番号登録しとくよ」
「えへへーお願いしますねー」
ちえみはそう言うと電話を切った。あの声の調子だと、れいかととしこと上手くいっているようだ。……あっ、そんなことより俺は部下を集めるという業務を進行しなければな。と気を取り直す。
ということで、会社を出て、昨日と同じ公園のベンチに座る。コーヒーを飲みながらハトに餌をやるホームレスのお爺さんを眺めていると左手に持ったスマホから
「……風俗嬢の子いっとかない?」
「昨日の話の子か。それよりも告白してきた子の調べはついたのかよ」
得意げな声が
「SNSでプライベートダダ漏れで余裕だったわ。白中村まさこちゃん、26歳、身長162,推定体重47、◯◯芸術大学卒、仕事はトミートムトムボーイデザインの広告デザイナーね。独身。投稿歴的に病んでもいない。怪しいとこはなしよ」
「……ガチ告白かよ……俺、まあまあおっさんだぞ?」
老け込むほどでは全くないがそこまで若くはない。
「だーかーらーイレギュラーは無視して、私が選んだ美女たちにしなさいって」
「不法侵入者と、執行猶予付きと、リアルメス犬だぞ……はあ……とりあえず、風俗嬢の子いっとくか……」
「やっと食いついたわね!」
「仕事の成果をそろそろ上げんといかんだろ……」
さすがにとしこを会社には連れていけない。
というわけで、普段、縁のない風俗店にやってきた。雑居ビルの2階の店に入り、予めウイルスに言われたがまま、偽名で登録して、先に一万五千ほど金を払い
「クリーレスカイ」
という何とも言えない源氏名?芸名?の嬢を指名する。写真は微妙だった。ぽっちゃりしていて背も低く黒髪ベリーショートで地味な感じだった。
屈強なボーイから連れて行かれたベッドのある狭い一室で待っていると
「失礼しまーす」
とやる気ない感じで本人が入ってきた。格好はスケスケのキャミソール1枚の下は、上は無しでほぼ紐のショーツを履いているだけだった。俺は黙ってスマホを取り出すと、すぐにウイルスが小声で
「単刀直入に言います。わが社にスカウトしにきました。クリーレちゃん、IQ160あるあなたが必要です」
一瞬、彼女はポカンとした後にキャッキャッと笑いだして
「いいよー。どのくらいもらえんの?」
なんとあっさり了承して、金の話をしだした。
「あなた次第でいくらでも」
ウイルスが大きなこといってるが、おそらく給料大してもらえんぞ!と俺が焦っていると、彼女はまたキャッキャッと笑いだして
「まあ、やってあげようかー。3日くらい待ってて、ここやめないといけないでしょ?」
俺が何とか頷くと
「お兄さん、抜いてく?」
と言われたので
「へ、変な話だけど、業務中なので……申し訳ない」
咄嗟に謝ってしまうと、またキャッキャッと笑われた。
彼女の電話番号を教えてもらい、何とか風俗店から脱出して、公園に戻りベンチで一息ついていると、ホームレスのお爺さんが横に座ってきて
「あんた、リストラかね?」
と尋ねられ、いや違うけど、昼間から連日ここにいれば、そう見られても仕方ないよなと黙っていると
「人生大変じゃけど、頑張りや」
ニカッと笑ってお爺さんは去っていった。俺は両肩の力が抜ける。ウイルスが話しかけてきてから数日、俺の人生はもうめちゃくちゃだ。