真面目か!
ウイルスの
「ファイトよ!ベーコンの焼き加減を覚えなさい!」
叱咤激励のわめき声と、ちえみの作っている朝食の匂いで起きる。まだ六時半とかだ。昨晩はだいぶ飲んで、事件もあったが出社できそうで安心する。
洗面台に向かって顔を整え、リビングに戻ると朝食ができていてテレビのニュースを流しながらちえみと食べる。昨晩のことも特に話さずに着替えて
「じゃあ、行ってくるわ」
と言って出勤する。
タイムカードを押して自分の椅子に座ろうとすると、微笑みながら女性上司が近づいてきて
「今日から新設される、ソリューション企画課に課長待遇で異動になったから。おめでとう」
と言われて、頭が「?」だらけになる。
言われた場所に行くと、たぶん倉庫だったであろう狭い一室にポツンとデスクが置かれていた。すぐに気付く。ああ、これが有名な追い出し部屋というやつか。リストラしたい社員を隔離して自分から辞めるように仕向けるやつね。
俺は座って、会社側がそういう考えなら、こっちにも考えがあると、スマホを取り出し、最近やっていなかった三国志の買い切りシミュレーションゲームを始めた。だらけて遊びまくって給料泥棒を極めたあげくに、訴訟を起こして損害賠償請求してやる!などとヤケクソになりながら、三国志の人気キャラである曹豹を主人公にして中華制覇をするべくゲームに熱中し始める。
「ふむ、荀彧を斬首して孔融を宰相にするのか面白い趣向だね。ちなみに私は黄権が好きだがね。彼を失ったのが蜀の分岐点だと思わないか」
「いや、法正早死が大きいっしょ。事業部長、なかなか三国志好きですねえ……ってどうしたんですかこんなところに!」
背後から話しかけられて慌てて振り向くと
「はは。追い出し部屋と勘違いしたようだが、ここは私の直属の課だ。安心してくれ」
頭の中が読まれているようで恥ずかしくなる。
事業部長はゲームをやめようとする俺を手で制して
「まさにわが社は、曹豹のようなものだ。曹操や孔明の犇めく世界で今にも埋没しそうになっている。有能な仲間が必要だ」
三国志を例えに熱く語りだした。
「関羽や張飛でなくてもいい、王平、姜維どころか張翼ですら望めないだろう。しかし、どこかに兀突骨は居るかもしれない。まだ見ぬ孟獲を探そう。ということで……」
事業部長は爽やかに笑うと
「君の部下を在野から採用する権限を与える。AIや宇宙開発に使えそうな人材を集めてくれ。領収は事務に回してくれていい」
ポンッと肩を叩いて出ていった。
ゲームを終了して小声でスマホに
「……聞いてただろ」
「……この課の目的がどこか不明瞭ね。怪しいわ」
小声の音声が返って来る。
「確かになあ。とりあえず上司に命じられた業務だし、さっそく社員探すか」
「真面目か!社畜か!」
俺はうるさいスマホをカバンに突っ込むと、デスクの上に用意されてあった用紙に「本日外勤 事業部長命令による人材発掘のため」と書き込んで、タイムカードを押して退社する。
街に出てファストフードを買ってベンチに座って食っていると、公園の鳩に餌をやっているホームレスのおじさんを見かけた。映画だとこういうとき……。
「あの人は元大工とかね。筋肉の形で分かるわ」
ポケットの中からウイルスの声がする。
「そう上手くはいかんよな。ってか何処から見てんだよ」
「斜め後ろの電柱上部の監視カメラ。そんなことは良いんだけど」
「よくねえけど聞いてやるよ」
ポケットからスマホを出すと動画の女がスーツを着ていた。一緒に仕事している気のようだ。
「街中の全監視カメラとスマホとパソコンのカメラを検索したところね」
「うん」
「あんたの知能じゃ解けないような数独を待ち時間にスラスラ解いている風俗嬢の子を発見したわ」
「チェンジ」
「そのジョークはポリティカルコレクト的にアウトですー。どうすんの?」
「業務にかこつけて、俺とその子を結合させようとするお前の罠に乗る気はない。女以外はいねえのかよ」
「郊外に住む、性格難ありの四十くらいの引きこもりの天才と、あとは犬ね」
「犬!?」
思わず声を上げてしまい、通行人に怪訝な表情で見られる。動画の女は自慢げに
「突然変異のスーパードッグが、北部の橋の下でお腹をすかせているわ」
俺は慌てて立ち上がる。