表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

プロローグ

プロローグ1:力の言葉


世界には、力があった。


それは火を放ち、風を操り、命を癒す力。

剣や槍と並び、いや、それ以上に人の暮らしに深く根ざした力だった。


その力は、限られた者だけが持つ秘術ではなかった。

この世界の、決して少なくはない人々が、それを扱うことができた。


人々はその力を――詠唱によって操った。


詠唱とは、言葉であり、意志であり、祈りでもあった。

音に、意味に、そして何より「伝えること」に力が宿る。

その言葉を口にすることで、魔力は形を持ち、世界に作用する。


けれど、その言葉のかたちは国によって、文化によって、まったく異なっていた。


同じ“火”を願っても、ある国ではそれを〈フレア〉と呼び、

別の国では〈フェウロン〉と、また別の地方では〈ヒノカ〉と唱える。


それぞれの言葉は、それぞれの詠唱は、

その土地で生きる人々の歴史と信仰と知恵に根ざしていた。


世界はそうして、“ちがう言葉で同じ力”を語り継いできた。


ーーーーー


プロローグ2:転生、発動しました


「……替えのワイシャツ、まだあったっけ?」


最寄り駅の階段をよろよろと下りながら、そんなことをぼんやりと考えていた。

スーツの裾はクシャクシャで、ネクタイはほどけかけて首からずり落ちそうだ。

足も重いし、靴の中では靴下がぐちゃぐちゃになっている気がする。


今夜が何日ぶりの帰宅だったか、もう思い出せない。

納期が目前に迫っていたプロジェクト。仕様が変わっては直され、

誰も手をつけたがらないスパゲティコードを、俺がひとりで整えていた。


ギリギリの終電。背中は重く、目はしぱしぱする。

駅を出た瞬間に降り始めた雨が追い討ちをかけてくる。


「数日ぶりの帰宅で、なんでこんな仕打ち……」


一歩一歩が鉛のように重い。

体調が悪い、というより、なんかこう、根っこから疲れてる感じ。

ちょっとずつ削られてたものが、ようやく底をついた、みたいな。


信号が青に変わる。

道を渡ろうと足を踏み出した、その瞬間。


世界がゆがんだ。


ふらりと重心が崩れる。視界がにじむ。

足元の感覚がなくなって、音が遠くなる。


ブレーキ音。クラクション。誰かの叫び。


そして——闇。


ーーーーー


意識はある。でも、体は動かない。


目は開かない。声も出ない。

ただ、冷たい地面の感触だけが、かすかに背中から伝わってきていた。


「……これ、死んだか?」


思ったより、冷静だった。

ああ、やっぱり。そうか、俺、轢かれたんだな。終わったのか。


でも、不思議と恐怖はなかった。

どちらかといえば、脱力感に近い。


「……まだ仕事、ちょっとだけ残ってたけど……まあ、いっか」


「死んでまで気にしてるとか、どんだけ社畜なんだよ、俺……」


そのあたりで、ようやく現実感がふわりと消えていった。


「小説とかなら、ここで異世界転生するやつだよな……」


「どうせなら、王道のファンタジーがいいな。魔法使えて、炎とかドーン!ってできるやつ」


「魔法でバグ取りとかできたら最高だよな……。あの仕様書全部燃やしたい……」


そんなくだらない妄想が、やけに心地よく流れていく。


そのときだった。


ふいに、言葉が浮かんできた。

いや、浮かんだというより、頭の中に流れ込んできた。


知らない言葉。意味もわからない。

けれど、なぜか自然と口が動いていた。


「……エル・レイヴァ・サナティオン……リブート……コア……」


それが何かもわからないまま、言い切った瞬間。


世界が、ひっくり返った。


光が砕けて、闇がねじれて、感覚がぐしゃぐしゃになる。

風のような、音のような、“何か”が俺の中を通り抜けていった。


落ちるような、浮かぶような。

底なしの渦に呑まれるような、でもどこか優しい感覚。


ーーーーー


ふわり、と、草の匂いがした。


目を開ける。空が青い。信じられないほど青く、雲ひとつない。

風が心地よく頬をなでる。乾いた、でもやわらかい風。


草の匂い。土の匂い。すこし湿った、でも不快じゃない香り。

……なんだろう。昔の田舎を思い出す。行ったこともないくせに、

「昭和の夏休み」って、こんな感じだったのかもしれない。


遠くで鳥の声がする。高くて、澄んでいて、どこか楽器みたいな響き。

日本では聞いたことがない。けど、妙に耳に馴染む。

「効果音」っぽい。ファンタジーゲームで鳴ってそうな感じ。


空気が軽い。いや、酸素が多いとか、そういうことじゃない。

ただ、深く吸い込んでも胸が苦しくならない。それだけで、ちょっと泣きそうになった。


「……ここ、どこだ?」


起き上がる。体は痛くない。むしろ軽い。

関節も筋肉も、ひと晩ぐっすり寝たあとのようにスッキリしてる。


自分の身体を見てみる。


腕、脚、手、指。血の通った、ちゃんとした“生身”の感覚。

でも——


「……服、これ……スーツじゃない」


柔らかい布の感触。

Tシャツっぽい手触りなのに、形はまるで違う。

素材は木綿に近いけど、糸の太さも風合いも、明らかに“見たことのない何か”。


肌着っぽくはない。きちんとデザインされているし、

なにより、着心地が……悪くない。むしろちょっと快適だ。


「着替えさせられた……わけじゃ、ないよな。誰もいないし……」


もう一度、辺りを見渡す。


草原。森。遠くに山の稜線。鳥の鳴き声、虫の羽音。

そして、どこまでも広がる青空。


見たことのない風景。聞いたことのない音。

明らかに“現実”じゃない。いや、“元の世界”じゃない。


「まさか……いや、まさか……」


口元が自然とゆるむ。

体の奥底から、笑いがこみ上げてきた。


「……異世界転生、しちゃった系……?」


「マジか……マジで、しちゃった感じ?」


「っしゃああああああっ!!」


両手を突き上げて、空に叫ぶ。


「異世界生活、はじまりましたーー!!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ