38.やむを得ないミニマリスト
「じいちゃーん、薰が到着したから連れて来たで」
「こんにちは、薰です」
インターホンを鳴らして声をかけると、三十秒ほどして、浴衣姿のおじいさんが出てきた。おじいさん、部屋では浴衣なんだな。
「薰ちゃん、梢、よく来たね」
「改めまして、今日からお世話になります」
「こちらこそ宜しくね。さあ二人とも、上がって、上がって」
「ほんなら、邪魔するで」
「お邪魔します」
おじいさんのお部屋は、1LDKだけど、広さは私と梢さんの住む部屋よりも広そう。寝室の扉も開けたままになっていて、私たちの部屋にそれぞれ用意されていたのと同じ種類のベッドとテーブルが置かれている。居間には、二人掛けの小さなダイニングテーブルのみが置いてある。
「ずいぶんすっきりとしたお部屋ですね」
「そうだね。これまでほぼ空き家状態だったからね。スーツケース一つでこの十年くらい、世界中を転々としてたからね」
「というか、じいちゃんも、うちほどじゃないけど、物を持ってもすぐになくしてまうから、持たないだけやろ」
「それもある」
なるほど、ミニマリストになるしかない運命の二人だ。
おじいさんは、クローゼットからスツールを出してダイニングテーブルの前に置く。自分はスツールに腰掛けて、私たちには椅子に座るよう促す。
「改めて、二人ともよく来たね!にぎやかになって嬉しいよ!それに、薰ちゃんは定期テスト、梢はレポートお疲れ様」
「改めまして、宜しくお願いします。これ、つまらない物ですが良かったらどうぞ」
持って来た菓子折をおじいさんに手渡す。
「おいしいと評判のケーキ屋のレモンケーキじゃないか!うれしいな~ありがとう」
おじいさんは、ほくほく顔で喜んでいる。買ってきて良かった。
「こういうところ、薰は几帳面なんやで。うちら家族とは正反対やろ」
「私たちも見習わないとね。おいしい紅茶をさっき買ってきたから、レモンケーキ一緒に食べようか」
おじいさんがそう言った瞬間、テーブルの隣にあるキッチンカウンターから、紅茶の入ったティーポットとカップ三つが、中をゆらゆらと浮かんで私たちの前に並べられた。
「え、え!!?」
私は、突然のことに、思考が追いつかない。
「あ、薰ちゃんは魔法見たこと無いんだっけ」
「当の本人は、パリのホテルで寝てる間に無意識に空中浮遊かましとったけどな」
「そうなんだ!さすが薰ちゃん。ちょっと説明が遅くなったけど、これも魔法なんだよ」
「すごい!秋葉原という電気街で、魔法という非科学的なものが目の前にあるという胸アツ展開」
「なに言うとるん。じいちゃん、薰の言うことは時々訳わからんことあるき、気にせんでええから」
「私はなんとなく分かるよ」
落ち着くため、目の前に用意された紅茶を飲んでみると、普通においしい。
「それでね、引っ越し早々で申し訳ないんだけれど、二人の初仕事にぴったりの依頼があって、今からお願いできるかな」
「今日さっそくですか?」
「じいちゃんのことやし、うちらがやるって返事出してしもうてるんやろ?ええで、やるわ。ええよな、薰?」
「ちょっと、梢さん。一応、内容は聞こうよ」
「依頼内容は、迷い猫探しだよ」
「・・・ベタすぎない?」




