高校さぼって大学に行くのは一周回って真面目かも
私は今、兄貴と榛名さんが通う南西橋大学を歩いている。今日は月曜日、午前11時通ぎ。ただいま2限の授業中。目的地は大学図書館。兄貴に言わせると、国立大学の中で最下位を競うほどの規模の小ささを誇るらしい。高校生の私にしてみれば、地上3階建ての独立した図書館があるっていうだけで、大きいじゃないかと思ってしまうけど。
私の服装はというと、膝上丈の半袖ワンピースに、ジャンパーを羽織ったラフな格好。大学に行くにあたって、制服ではまずいだろうと思い、今日は朝、家から私服で出かけてきた。高校については、今日は自主休校。今はテスト1週間前。本来なら休むべきじゃあ無いのだろうけど、出席してもどうせ昨日のことで頭がいっぱいで、授業なんて聞いていられないだろう。うん、今日はやむを得ずの自主休校だ。明日からはきっとちゃんと登校します。
うちは現在、兄貴と二人暮らしなので、兄貴の目さえかいくぐれればいいので、さぼりは比較的簡単だ。今日は、兄貴は大学の授業が無く、朝からバイトに出かけていたので、誰の目もはばからず、自宅から私服で出かけられた。私が中学生で兄貴が高校生だったころは、毎朝一緒に登校していたので、さぼることなど不可能だったが。私の通っていた公公立隣にある、男子校の県立高校に兄貴が進学したのは、このためかもしれない。過保護な兄貴なのだ。
兄貴と大学で出くわさないとも限らないので、念のため少し変装してきた。いつもはツインテールに結っている髪を下ろして、キャップを目深にかぶっている。これだけで兄貴の目がごまかせるとは全く思っていないけど、気休め程度にはなるだろう。
南西橋大学のキャンパスは、全体の規模としても他の国立大学と比べて小規模だ。しかも造りがシンプルで分かりやすい。メインストリートが正門から奥のグラウンドまでまっすぐに伸びていて、その両側にそれぞれの学部棟が配置されている。学園祭や模試、オープンキャンパスの際にしか来たことのない私でも、キャンパスの丁度中央に位置する図書前に行くだけなら簡単だ。
大学の門をくぐってから、5分ほどで図書館に到着した。一階の飲食スペースのの自動改札のようなゲートが鎮座していた。これより奥に入るには、学生証が必要らしい。私の前を歩いて行く女子生徒がカードを改札にかざしてゲートを通っていく。
私もリュックサックからパスケースに入れておいた学生証を取り出して、さっきの女子生徒がやったように、改札にかざす。
お、空いた。
私はここの大学の生徒ではないので、この学生証はもちろん兄貴のものである。昨日、兄貴が風呂に入っている間に、部屋に忍び込んで財布から抜き取っておいた。
さてと、ある筋から仕入れた情報によると、榛名さんは2限目の空きコマを図書館で潰しているということなのだが、、どこから探すか。
腐っても大学図書館。三階まであるうえに、数人で利用できるような丸テーブルから、窓に向かったカウンター席、ずらりと並んだ重厚なかんじの木製の長机、一人ひとり仕切りがついた自習机など、しらみつぶしに人捜しするには、探さなきゃならない場所が多すぎる。大学のテスト期間ではないからか、人が多いわけでは無いのが救いだが。
これでもキャンパス全域を探すよりは、何十倍もましか。この情報をくれた梢さんに感謝だ。梢さんは兄貴の同級生で、元カノで、私の友達。学部も違い、面識も無い榛名さんの行動をなぜ把握しているのかは謎だ。色々と規格外の人で、そこが面白いのだけど。そもそも兄貴の彼女が普通の人なわけがない。
んー、まずは三階の窓際から見ていって、順番に下の階へ降りていくことにするか。
結構長丁場になりそうだと覚悟したけれど、不必要な覚悟だった。私が一番はじめに見て回ろうと決めた、3階窓際のカウンター席に、ノートパソコンで作業している様名さんの後ろ姿が見えた。今日は、青ベースのチェックシャツを着ている。榛名さん、いかにも大学生って感じの服装が多い。そんな大学のキャンパス内においてありふれた格好の後ろ姿だけで、すぐに榛名さんだと確信できた自分に少し驚く。知っている人とすれ違っても、全然気づかないことも多いこの私が。小学生の頃、私の教室に忘れ物を届けてくれた兄貴を知らない人だと勘違いして、敬語で話しかけたこともある私が。
ちなみに、兄貴はそれから私に気づかれたい一心で、それから一年、常に目立つように、蛍光ピンクの迷彩柄のパーカーを常に羽織っていた。
私はそろりそろりと、榛名さんの背後に近づいていく。お、変な寝癖発見。背負っていたリュックサックを、どさっと榛名さんのノートパソコンの隣におく。
「どーも、お隣いいですか?」
「はあ、どうぞ、、、、って、薫ちゃん!?なんでここに?」
なんか一昔前の漫画のキャラクターみたいな、定番で理想的なリアクションだった。現実世界で、実際にこんなにいい反応されると、面白すぎる。クールに決めるつもりが、顔の緩みを抑えられない。、絶対、今変な顔してる。
「ふっ、あはははは、はははははははははっ。て、定番すぎて面白すぎる、、あははは、はははははっ」
「ちょちよ、薫ちゃん、ここ図書館,声落として、おとして」
榛名さんはすごい慌てようだったけど、教室ひとつ分くらいの今いるエリアには2、3人しか居らず、その人たちも、あまりこっちを気にしている風でもない。結構、大声で盛大に笑っちゃったけど。大学には変人が多いっていうし、寛大なのかも。うちの変わり者の兄貴が、小中高までと違って、大学では浮いている風に見えないのは、大学のこういう風土が理由だろうか。榛名さんは、そんな色に染まらず、至って常識人らしい。
「す、すいません。つい。ふふっ、榛名さんの反応が期待通りすぎて。ふっ、可笑しくて。」
「ええ?なんか面白かった?」
「榛名さん、結構漫画とか小説よく読む人でしょ。なんか、台詞音声化しちゃったみたいなのが面白くて、、」
確かによく読むよ。人と会話してるより、活字の会話を読んでる時間の方が長いかも?」
「あは、絶対それが原因だ。でも私、良いと思います。」
「あ、ありがとう?じゃなくて、薫ちゃん、どうしてここに?」
「そうでした。えっと、その、、」
榛名さんが学校のサポりに厳しい人かどうか、まだ全然分からないから、とりあえず、馬鹿正直に本当のことは言わない方がいいよね。なんて言ってごまかそうか。
「私、榛名さんに言っておかないと、いけないことがあって」
「ん?なんかあったの?」
「ええと、あのですね、、」
「おい、なんでおまえが今、ここにいるんだ」
怒鳴るような声が私の言葉を遮ったと思ったら、後ろから誰かに腕をつかまれた。次の瞬間、体ごと後ろに引っ張られたと思ったら、頭をはたかれた。パシッという、軽い感じの音が鳴る。
「薫ちゃん!大丈夫?ちょっと、あなた、いきなり何するんですか」
榛名さんが、私をかばうように、私と相手の間に割って入った。
「榛名さん、私は大丈夫です。この人は」
「おまえこそ、俺の妹こんなとこまで連れ回して何やってる?」
「え、妹?薫ちゃん、この人ってもしかして」
「はい、すいません。うちの兄貴です」
すがに、さっきの私の爆笑と合わせて二度目の大騒ぎで、周囲の人たちから迷惑そうな視線が注がれていたので、私たち3人は大学の第一食堂へと移動した。この大学には食堂が二カ所にある。兄貴の所属する理学部の学生は、理学部棟から近い第二食堂を利用することが多いらしく、兄貴の顔見知りにあわないよう第一食堂の方に連れて行かれた。