表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/20

読む本の傾向は他の人に知られたくない

 へえ、近所すぎるし、小規模だしでノーマークだったけど、この図書館かなり品揃えが良い。しばらく通おうかな。書棚の前にしゃがみこんで、気になった題名の本に手を伸ばそうとした、そのとき。

「そこの君。どうですか、外のベンチでお茶でも」

 ここ何年かで一番驚いたかもしれない。もう、焦ったのなんのって。やぱい、いつも見られないように気をつけてたのに。こんな、オカルトでスピリチュアルなコーナーにいるところ見られたくなかった。まさか声をかけられるなんて思わなくて油断してた。

 声の主のほうに体を向けようとして、目にとまったのは「魔術学」の文字。何、その本、気になる。条件反射で二つ返事をかえしてしまった。

「はいっ。ぜひ」

「あ、すいません。怪しい者じゃないです。僕、この近所の大学で民族学を研究しているんです」

「じゃあ、南西橋大学ですか。うちの兄とおんなじですね。兄は理学部の3年生なんです」

「ぼくも3年生です。文学部の」

「そっか、でも残念。うちの兄の方は全然、人付き合いないから。学部違うなら、きっとあなたのことも知らないだろうなあ」

「飲み物、なにがいい?」

「わ、いいですよう。そんなっ」

「あはは、気にしないでよ。ジュースが良い?お茶は?」

「じゃあ、お言葉に甘えます。ええと、ブラックコーヒーがいいです」

「ふふ、かっこいいなあ。僕、ブラック全然だめなんです。ミルクティーにしちゃお」

兄貴と同じ大学の人ってきいて、なんだかガード下げちゃったかなあ。なんか、人懐こい人だな。話しかけずらいって、私、よく言われる方なんだけどな。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

秋の気持ち良い風が吹いているが、上着を着ているとじんわりとあつくなる指先に、缶コーヒーの冷たさが気持ち良い。彼がベットボトルを開けるのを見て、私もブルタブを開けた。コーヒーの良い香りがする。


「改めまして、僕、様名真実といいます。真実でいいよ」

「私、雨宮薫といいます」

「よろしくね、薫ちゃん。ところで薫ちゃん、さっき僕の本きになってたよね」

「、、、はい、そうなんです。実は、昔っから大好きなんです。こういうの。魔術とか」

 あーあ、言っちゃった。口に出すのはひさしぶり。なぜか、つい喋っちゃったけど、引かれるかなあ。初対面だし、この先話すこともないだろうし、まあそのときはそのときだ。

「僕も好きだよ、魔法、とかどうしようもなく惹かれてしまうんだよね。でも、なかなか話の合う人がいなくて。大学ではあくまで研究って形だし」

「そう、そうなんですっ。小さい頃から憧れてたけど、兄は理学部とか行っちゃう現実主義者で片っ端から否定してくるし、親も最近はいい顔しないし、うっかり友達に話したら引かれるし」

「分かる分かる。僕が小学校の低学年くらいまでは、微笑ましいねっていってた両親も、今じゃ、痛々しいものを見る目で、突っ込んですら来ないよ。小学校高学年になってからは、散々ばかにされたなあ」

「分かりますっ。こんなところで同志に出会えるなんて。あの、ぷっちゃけついでなんですけど、私、空が飛んでみたいんです」

「空を飛ぶ、かあ。瞬間移動とかじゃなく?」

「はい。あのですね、どこかに行くときに便利とか、そういう理由じゃないんです、ただ、こう、風を浴びて、色んな建物の上を飛んだら気持ち良いんだろうなって」

「そうか。うん、分かるなあ。僕は子どもの頃、変身したかったんだよねえ」

「変身、ですか」

「そう。仮面ライダーに変身して、ヒーローになりたいとかじゃなくて。自分じゃない、ほかの誰かに姿をかえて、ただ街を歩いたら気持ち良いんだろうなと。特別なにがしたいとかではなくて、誰に見られてるとか関係なく、変身してみたいなって思ってた」

「わあ、なんか素敵ですね。そういう、他の人から見たら何でもない理由が、自分にとっては、一番大事なんですよね」

「そうなんだよなあ。分かってるね、薫ちゃん」

「えへへ。私、中学生のときに竹箒を買ったことがあるんです。やっぱり、空を飛ぶには、ほうきが必要かなって思って、近所のホームセンターで。マンション住まいだし、竹箒使う機会が無くて、憧れてたんです」

「うわあ、思い切ったね。しまう場所とか困らなかった?」

「困りましたよー、当時は兄と同部屋で、私の使えるクローゼットがなかったので。邪魔だと反対されるのは分かってたので、親にも兄にも内緒にしたかったですし。それで、ペースを持ち運ぶ専用のケースを買って、そこにほうきを入れてたんです。でも、変な膨らみ方してるし、柄の部分がはみ出してたから、洋服を上から掛けて、ごまかしました。家族は、私がバンドに目覚めたとでも思ったかもしれないです」

「はははっ。すごい執念だ。今もそのほうき持ってるの?」

、もちろんです。一人部屋になってからは、大事にクローゼットにしそうか。いいねえ。僕も中学生の頃、本で読んだ変身薬を作ろうとしたことがあるよ」

「わあー、じゃあ、誰かの髪の毛とか集めたり?」

「そうそう、担任の先生の髪の毛をもらいたかったんだ。それで、怪しまれないように、先生が椅子の背もたれにかけたままにしてたスーツの上着を、畳んであげると見せかけて、採集には成功したんだけど、、、、」

「な、なにがあったんですか?」

「担任は当時20代の若手で、イケメンだって生徒達にも人気があって。で、僕の行動を見ていた女の子たちが、僕が担任に、恋をしているのではという噂を、、、。幸い友人たちは、良い奴らだったんだけど、そのせいで問い詰められたりもせず、事実みたいになってしまいまして」

「うわあ、寛容さが仇でしたね」

「そうなんだよー。はは、懐かしいな」


 コーヒーの缶を傾けて、最後の一口を飲み干す。楽しい時間は過ぎるのが早いなあ。真実さん、すごく面白い人だなあ。もっともっと話していたいけど、もうそろそろ帰らないと、兄貴が帰ってきちゃう。テスト期間中なのに、何やってるんだよって言われそう。

「真実さん、今日は本当にありがとうございました。長年の夢を久々に誰かに話せて、すごくすごく楽しかったです。あの、、、 もしよかったらなんですけど、またお話ししたいので、連絡先を教えてくれませんか?」

「もちろん、僕もまた薫ちゃんと話したいな」

「それで、その前になんだけど、薫ちゃん、僕の弟子にならない?」

「え、弟子ですか。何の弟子ですか?」

「魔法使いのだよ。薫ちゃん、僕は君を魔法使いの弟子にスカウトします」

「え、えええ、、、?」

「ははっ。いきなりごめん。でも、冗談じゃなくて、、、」

「なります。弟子にしてください、師匠」

「そこで即答するのか。薫ちゃん、ほんと筋がいいよ。僕なんて師匠に誘われたとき、からかわれてるのかなとか、何の魂胆だろうとか、さんざん迷ったな」

「真実さんは、魔法使いなんですか」

「うん、僕は高1のときに、師匠の弟子になったんだ。あれから五年間、魔法使いです」

「えええええ、ホントに魔法使い?にわかには信じがたい、でも信じます」

「本当に、薫ちゃん、素直だなあ。まだ魔法使ってみせたわけでもないのに」

「ふふ。いやあ、いつも疑り深いって言われますよ。でも、信じたいから、信じます。だって魔法使いの弟子になれるチャンスなんて、きっと人生のなかで、この一度きりですよ。みすみす逃すなんて選択肢ありません」

「確かにね。僕の師匠が、疑っても僕を引き留めてくれる、諦めの悪い人じゃなかったら、僕は魔法使いじゃかもしれない」

「榛名さんはどんな魔法が使えるんですか」

「んんー。薫ちゃん、連絡先交換して、続きはまた今度にしよう。もうすぐ図書館が閉まっちゃうよ」

「わ、ほんとだ。蛍の光が流れてる。え、私たち、2時間も話してましたか。私、もう帰らないと」

 真実さんが小ぶりなパックから、メモ帳とボールベンを取り出し、連絡先を素早く書いて、ちぎったメモを私に差し出す。メールアドレスを紙に書いてもらうなんて、中学生ぶりくらいで、なんだかくすぐったいなと思いながら、メモを開いて、驚いた。

「え、真実さん、これ、メールアドレスだけじゃなくて、なんで住所まで書いてるんですか」

「ああ。だって師匠と弟子の間だから、緊急時に備えて、弟子には住所は教えておかないと」

「ええー、初対面の相手に住所教えちゃうなんて危ないですよ。私が家におしかけていったら、どうするんですか」

「いや、僕は実家暮らしだし、困ることなんて何もないよ。僕も師匠の家には何回も行くことになったし.」

 いやいや、実家暮らしだからこそ、困ることもあると思うんだけど。

「それこそ家族に、私のことなんて言うつもりですか」

「普通に弟子ですって紹介するよ」

「あははっ。真実さんこそ、素直すぎじゃないですか。わかりました。住所ありがたくもらっておきます。私の住所も教えたほうがいいですか」

「いやいや、女の子の住所教えてもらうわけにいかないよ。僕には、メールアドレスだけ教えてくれれば良いよ」

「ええー、自分の住所教えるのには、全然抵抗ないのに、おもしろいなあ。メール、今送りました」

「うん。登録しておくね。じゃあ薫ちゃん、今度は次の土曜日にここの図書館で待ち合わせしない?」

「え、一週間後ですか?平日の放課後とかは会えないですか」

「う一ん、僕のとってる授業が月から金まで、6時ごろまであるんだよ。そのあとに待ち合わせしたら、 遅くなっちゃうし。午前中なら時間はあるんだけど、薫ちゃんは学校があるよね」

「そっか。じゃあ、しょうがないですね。土曜日に、またここのベンチで待ち合わせしましょう。時間は開館時刻の9時って事で」

「やる気に溢れてるなあ。じゃあ、また土曜日に。僕は歩いて来てるけど、途中まで送っていくよ。薫ちゃんは帰り道どっち方面かな」

「家は駅の西口方面なので、線路こえて帰ります。でも、真実さんは、この住所って東口ですよね。反対方向になっちゃうし、まだ六時だし、送らなくても大丈夫ですよ」

「じゃあ、線路越えて、大通りにでるところまで送っていくよ。そしたらもう少し話もできるよ」

それはいいかも。もっと聞きたいこといっぱいあるし。

「じゃ、お言葉に甘えて、大通りまでお願いします」

「よし、じゃあ行こうか」

 10月の夕方は少し寒くて、でも透き通った空気がとても気持ち良い。冬が近づいてきて、早くなってきた夕暮れが、とてもきれいな時間帯。そういえば、こんな時間帯のことを逢魔時というときいたことがある。

「真実さん、さっきの話の続きだけど、真実さんはどんな魔法が使えるんですか」

「僕が今、主に使えるのは風の魔法と変身の魔法だよ。あとは、基本的な魔法が少しだけ使える程度かな。」

「その、なんていうか、得意な魔法って、人によって違うんですか?さっき聞いた、ずっと変身に憧れてたっていうのとも関係があるんですか?」

「うん。誰から教えてもらうかと、本人の素質によって決まるんだ。基本的には、師匠の得意な魔法を弟子は一つ引き継いで、あとは自分の使いたい魔法を一つ使えるようになるって感じだよ。それで、本人の資質っていうのは、おもに想像力なんだ。だから、こんな魔法が使いたいっていう、強い憧れは魔法の資質に直結するんだよ。だからスカウトって、憧れを見込むっていう感じなんだ」

「うわっ。すっごい楽しみです。じゃあ、真実さんの師匠さんの魔法が風ってことですか」

「そうそう、これもなかなか素敵な魔法なんだよ。それで、薫ちゃんは、僕の変身と、薫ちゃん自身の飛行が使えるようになると思うよ」

「どうやって修行とかするんですか?山ごもりとかするんでしょうか」

「ははっ。いやいや、そんなことは必要ないよ。これからのことは、後々教えるね」

「そうなんですか。あ、じゃあ、ここまでで大丈夫です」

「うん。わかった。じゃあ、また土曜日にね」

「はい、楽しみにしてます。じゃあまた」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ