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閑話 登山

 朝早く、追っかけ君との待ち合わせのため、ホテルのロビーに来た。欠伸をしつつ、追っかけ君を待つ。 

 柱にもたれて、ぼーっとホテルの赤いカーペットや内装を見ていると、遠くから追っかけ君が来るのが目に入った。


 手を挙げて軽く合図をする。

 すると追っかけ君も手を挙げ返してくれた。


「おはよう」

 眠くて挨拶もおざなりになった。


「おはようございます」

 追っかけ君が普通に言った。


 追っかけ君は元気だ。

 空はまだ暗いというのに。


 昨日の話だと今からハイキングに行くらしい。

 朝の登山は気持ちいいだろうか。


「では行きましょうか」


 追っかけ君に並んで、街を歩く。街もまだ静かで涼しく、嵐の前の静けさ、といった感じだ。


「服装だけど、こんな感じで良かった?」

 歩きながら、追っかけ君に訊いた。


 おれは長袖長ズボンで、リュックを背負い、

 リュックには弁当と水筒、その他必要そうなものが入っている。


「ええ。大丈夫。バッチリです。天国ですからね。何でもいいですよ」


 おれと似たような格好をした追っかけ君が言った。


 ◇ ◇ ◇


 リュックを背負って、こうして歩いていると、小学校の校外学習や自然学校などを思い出す。


「わぁ」


 街を少し出るとそこには平原が広がっていた。辺り一面、草で覆われており、草原といった感じである。

 平原と草原の違いってなんだろう。


「こういうのを見ると、林間旅行とかを思い出しますね」

 追っかけ君が言った。

 彼も同じことを思っていたらしい。


「そうだな」

 感慨深く呟く。


「まさにこういう感じのところを登山したんですよ。その時はほとんど階段でしたけどね」


「おれも。おれの時は頂上に着いたとき、急に雨が降り始めてさ、大変だった」


 しおりがぐしゃぐしゃになった思い出。


「うわぁ」


「リュックの中べちょべちょになって」


「災難でしたね」


 今日はいい天気そうでよかった。

 太陽が出てきて、俺たちを照らしている。


「でも登山自体はできたから良かったと思う」


「あー。もう少し早ければ中止ですもんね」


「そうそう。当時はしんどくて辛いだけだったけど、今思えば良い思い出だよ」


 草原が徐々に坂となり、頭上が木に覆われ、地面に木漏れ日が見える。木の根が出てきて、歩きにくくなってきた。


「そういうのって、ありますよね。結局思い出に残りやすいのは辛かったり大変だったりした出来事で、でも当時としては辛くないほうがいい」


 道もどんどん限られてきて、狭くなっていく。


「な。進んで苦労しに行くことは少ないから、思い出を作るのは大変だって思うよ」


「まさにそれですよね。大人になったら歳をとるのが早く感じるっていうじゃないですか」


「それって、もしかしたら子供の時より賢くなったせいで、苦労とか自分に合わない体験とかを避けるようになったからなのかもしれないですよね」


「確かに。そうかもしれないな」


 山道が谷の方に逸れて、川が見える。


「子供の頃は親や先生がそういう機会を作ってくれるけど、今思えばそれは幸福なことだったんだなと思いますよ」


「そうなると、強制参加の社員旅行もいい思い出になったりして……」


 道は川から逸れ、階段になっていた。


「あれは主役が違いますからね。僕らは先生側ですよ」


「いや、みんな先生側じゃないか?もてなす側ももてなされる側も」


「確かに」


「子供が何も考えずに楽しめる環境を作る先生はすごいよ」


「まあ、学ぶ場と働く場では心づもりも違いますしね」


「多分あの頃はみんなそこまで差がなかったんですよ。まだ始まったばかりだから。知識も経験も、差ができたとしてもたかが知れてる」


「だから皆等しく楽しめた」


 階段を登り切り、少し坂を登ると少し拓けて、休めそうだった。


「ちょっと休んでいきますか」


「そうだな」


 リュックからゴザを出して地面に敷く。


 その上にリュックを下ろして、おれは伸びをした。


「ふー。疲れた〜」


 追っかけ君がゴロンと寝転んで言った。

 彼はそのまま空を眺めている。


 おれはリュックからおにぎりを取り出した。

 ホテルのサービスで作ってもらったおにぎりだ。


「少しだけ食べていこう」


「そうですね。僕もお腹空きました」


 ひとつだけ。

 そう思って、食べたら、もうひとつ食べたくなった。


 この塩っけがたまらない。

 海苔の旨みがたまらない。


 結局ふたつ食べた。


 ◇ ◇ ◇


 まだまだ山道は続く。


 徐々に道は道らしくなくなり、足場が安定しなくなってきた。右側が超急な坂になっている。


 落ちたら、あの木に掴まろう。

 そんなバカなことを考えながら歩く。


「そういえばこれって、遭難したらどうするんだ」

 おれはふと気になって追っかけ君に聞いた。


「別に怪我もしなければ飢えもしませんからね。

 とにかく下に突っ走ればokです」


「なるほど」

 天国って便利だな。


 ◇ ◇ ◇


 ある程度登っていくと、街が見えるポイントがあった。俺たちの泊まってるホテルが見える。街も少しずつ動き出したようで、道路には何台か車が通っていた。


 疲れて口数も少なくなってきた頃、頂上が見えてきた。

 最後の坂を登り終える。


「頂上ですよ!加藤さん」


「やっと着いた〜」


 頂上は日が差し込んで、とても明るく開放感があった。風が吹き込んできて、草木が揺れる。


「どこで食べようか」


「奥の方まで行ってみましょう」

 登ってきた方からそのまま奥へ進んでいく。


 そのまま反対側の景色が見えるところまで来ると、俺たちは立ち止まった。


「街だ」

 反対側には俺たちの住む町とは他の街があった。大きなドームを中心に、建物が乱立している。


「あれは楽別町ですね。一度行ったことがあります。そうか、こんな風に見えるのか」


 追っかけ君は行ったことがあるのか。


「どんな街なんだ?」


「見ての通り、中心のドームがメインの街です。ドームは言わば超でかいショッピングモールとでも思っていただければ良いのですが、普通のショッピングモールと違い、あの中には人々の家やホテルがあり、道路も通って、言わばひとつの街になっています」


「住めるショッピングモールって感じ?」


「そんな感じです。僕も前に行った時はモール内のホテルに泊まったんですが、なんか変な感じでした。室内の中に室内があるみたいな」


「へぇ」


「中心にぽっかり穴が空いているのが分かりますか?」

 追っかけ君が指差して言う。


「ああ」


「あそこから陽の光を取り入れて、下の広場が照らされるようになってるんです。憩いの場になっていて、街の人たちは大体そこに集まって、交流を楽しむそうです」


「へぇ」

 中々面白そうな街だ。

 いつか行ってみたい。


「とりあえずご飯にしましょう」


「あ、そうだな」


 2人で協力して、ゴザを敷いて、整える。


「いただきます」


 弁当のおかずは唐揚げとウィンナーと卵焼きとほうれん草の胡麻和えだ。


 こうやってゴザを敷いて食べると、やはり小学生の頃を思い出す。

 校外学習や運動会では、こうやってゴザを敷いて食べた。


 弁当のおかずもその時と同じおかずにしてもらったので尚更だ。


「唐揚げですか。良いですね。ひとつ僕のエビフライと交換しませんか?」


「いいよ」


 エビフライも嫌いじゃない。


 少し静かな時間が流れる。


 風の音、草木の音だけが聞こえてくる。


「のどかだなぁ」


 校外学習の弁当を食べた後の、束の間の自由時間を思い出す。鬼ごっこをしたりした。


 今日は思い出してばっかだ。


 ◇ ◇ ◇


 帰りの山道は下りということもあって、登りよりは楽だった。しかし登りの時より足場には気を使うことが多く、大変だ。


 それに体力も消耗していてしんどい。


 ピョンピョンと木の根を避け、安定した足場を踏んでいきながら降りていく。


 自然とペースは速くなる。

 次第に道が広くなってきて、舗装されてきた。


 ちなみに、登ってきたところとは別のところから降りている。


 ここはゴルフ場になっているようだ。フェンスがあり、その向こうにグリーンが見える。


「これ、食べますか?」

 追っかけ君が甘いキャラメルの菓子を取り出しておれに差し出した。


「ありがとう」

 おれはそれを受け取って口に入れる。甘くて、疲れた身体に染み渡るようだ。

 気も紛れて、あと少し頑張ろうと思った。


 やがて街に出た。


 帰ってきた。


 朝ぶりに歩く街はまるで違う街のように活気があった。


 一直線にホテルに帰る。

 日が沈み出した頃にホテルに着いた。


「おかえりなさいませ」

 ホテリエさんが出迎えてくれる。


 自分の家に帰ってきたなぁというような安心感があった。


「とりあえず荷物置いたら、脱衣所前で集合しましょう」

 追っかけ君が言った。


「オッケー」


 ◇ ◇ ◇


 自販機でジュースを買って、近くのソファに腰掛けて、追っかけ君を待つ。


 ここは静かで良い雰囲気だ。


 少しだけだが漫画も置いてある。


 そこへ追っかけ君がやってきた。


「お待たせしました」


 脱衣所前で合流した俺たちは温泉に入っていた。


「ふぅー」

 今日の疲れが抜けていく。


 透き通ったオリーブの湯が手で掬い上げられ、指の隙間から抜けていく。


「今日は疲れましたね」


「ああ。でも楽しかった。また、山の向こうの街にも行きたいな」


「いいですね!今度行きましょう」


「ああ」


「そういえば、加藤さんって……」


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