ブロイル
とはいえ宗教の成り立ちは古い。その頃には家畜と云う概念は存在していた。つまり神の言い分を読み解くと、「おまいら都合よく野性動物を食資源にする為に命の尊厳から目を逸らしてるけど、まあしゃーないわな」ってところであろうか?
ブロイラーの話。
鶏はもともと毎日卵を産むものではなかった。それを交配・選別・淘汰を繰り返し卵をたくさん産む「品種」が作り出された。愛玩動物にも当てはまるけど、自然交雑及び淘汰以外に種を限定して行く行為は所謂悪魔の所業である。雌は卵を産まなくなると潰されて食われたし、雄は種鶏として選ばれた者以外は肉を食うため殺された。最近では採卵種は雄と判るとひよこのうちに機械で潰されるらしい。生かしておくコストが惜しいのだろう。
ブロイラーは胸肉の歩留まりに着目されて改良されたわりかし新しい品種である。発育が速い。しかしその速度は生物としての限界を超えており、体重の増加に骨や特に軟骨の形成が追いつかず、高い割合で歩行出来ない、もしくは歩行困難な個体が産まれる。成長が速いのは餌を沢山食うからであって、果たして彼らの摂食行為に快楽は介在するのか?甚だ疑問である。そしてその為に急増する体重を支えきれない脚。沢山食わせるから餌の質はコスト重視となる。飼育スペースも十羽以上が狭いバタリーケージと呼ばれる檻に詰め込まれる。地面を踏む事はない。余談になるが、僕は名古屋コーチンの会社に勤めていたんだけど、そこも血統と飼育期間が違うだけでこの方式だった。だから夏にはホースで水をかけて冷やした。ブロイラーに話を戻すと彼らが出荷されるまでの期間は3ヶ月に満たない。
若鶏
良く言えたもんだ。けれども処理場に運ばれて来ていたブロイラーを見たら、早く殺してやれ、と願わずに居られない。押し合いへし合い、ほとんど羽毛の無いもの、脚があらぬ方向に曲がったもの、地獄絵図だ。
それが自分とは違うなんて、どうしたら思えるんだい?
鶏だけじゃない。豚だって、牛だって。尊敬していたシェフは「牛見に行きましたけど、みんな脚折れてるんですよ。だったら狩猟肉使った方が良い」と言っていた。
そんなブロイラーと云う品種を存続させる為に遺伝的に歩留まり良さげな雄が種鶏として選抜され、長生きさせられる。どっちなんだろう?
生きるも地獄、死ぬも地獄
そんな命が無数に「生まれさせられて、生かされ或いは殺されて」いる。
それを食いたいか?
あのブロイラーの独特の臭みは、粗悪な餌と過度なストレスを緩和する鎮痛剤、感染症リスクの極めて高い環境に惜しみなく投じられたワクチンや抗生物質のにおいだよ。
知らなくて良い事実なのか?
ただ精肉されたものだけ知れば良いのか?
ブロイラーの名前の由来は「ブロイル」、丸焼きに適していると云う意味だ。
繁殖の為の個体以外、それ以上の大きさまでの成長を許されず、許されても苦痛が長引くだけ。
僕らは何か違うのだろうか?