第八話『言葉という凶器』
「リア……どうして、君が」
気分が上昇し、一定値を超えると出てくるのがラン。だとすれば、目の前の彼女は──気分が下がり、一定値を下回った際に出てくる人格であるはず。
即ち、普段の安定している精神状態が恐ろしく乱れるはずの何かが起きたという事に違いない。
「一体何があったんだ?」
「さぁ、どうしてでしょうねぇ……」
「分からないのか? もしかして昨日───」
「それより僕良い事を思いついたんです。人格を手っ取り早く消す方法です」
にへらと笑う。
「僕が死ねばいいんです。肉体が消えれば人格も消えるので、実質治療成功です! うん良い提案だ! 早速死にましょう! あ、ついでにハーツさんもどうですか!?」
「待て待て落ち着け」
「うわああああああああ迷惑かけちゃうような激重雑魚女でごめんなさいいいいいい!!!! 見捨てないでぇえええええええ!!!」
頭を抱え、泣きながら喚くリア。これはまたエランやランなどとは別ベクトルで厄介な少女だ。一応話が通じているように見えるのに、理解が出来ない。
ハーツはどういう顔をしていいか分からず、思わず乾いた笑みが零れた。
彼はリアの肩に手を置くと、目線を合わせて言う。
「リア、リア。よく聞いてくれ」
「な、なんですか……?」
「死ぬ必要なんてない。確かに僕たちの目的は人格の統合にあるが、そんな方法は傷つくだけだ。君だけが苦しむ必要なんてない。だから、ゆっくり落ち着いてほしい」
「ハーツさん……!」
再び、リアの目元に涙が溜まる。
「──それはつまり、一緒に死んでくれるって事ですね!?」
「どうしてそうなる……!?」
予想外の言葉に思わず突っ込んでしまった。
「……ごめん」
敵意は感じないし、吹雪の人格のようにいきなり殺しにかかってくる様子もない。だが、このままでは対処のしようがない。
ハーツは謝りながら、リアに近づき抱きしめた。
「ふぇっ!?」
「また後で」
後ろに回された手に持っているのは、注射器──魔力に作用して意識を沈める麻酔だ。通常の麻酔とは違い肉体のどこに針を刺しても作用するのが特徴であるため、首元に突き刺し、素早く迅速に処置を完了させる。
「ぁ……」
言葉にならぬ声だけを残して、彼女の肉体から力が失われていく。
「まさか暴走した時以外で麻酔を使う事になるとは……いや、ある意味暴走か……」
独り言を呟きながら、ハーツはリアを医務室へと運んだ。
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一先ずクリアに報告し、定期的に様子を見に行くことを義務付けられ、その日ハーツは彼の秘書のような役割で『波』の後処理に従事した。
仕事が終わり医務室に様子を見に行ったのだが、どうやらかなり効き目の強い麻薬だったらしく、明日の朝にならないと目覚めないという。
髪の色を含めた外見はリアのままだったので、ランのように一過性の変化ではないのだろう。
───『戻れなくなっちゃいましたぁ……』
つまりそれは、気分が低下して戻らないほどの何かが起きたという事だ。一体それが何なのかと考え,部屋に戻ったハーツを歓迎したのは一匹の龍だった。
「激重じゃねえか」
いつの間にか部屋にいたアルゴラグニアは,堂々とハーツのベッドを占領しながら吐き捨てた。
「なぜここに?」
「いいじゃねえか,減るもんじゃねえし。幕間には休憩が必要だろ」
「理由を聞いているんだ。休むだけなら自分の部屋でいいはずじゃないか」
「不服か?」
「……まぁいいか」
確かに追い出す理由もないし,そもそも追い出す事も出来ないし,ただベッドを使うだけなら害もないと判断し,ハーツは椅子に座る。
ベッドに寝ころび終末龍と化したアルゴラグニアは言った。
「あのニンゲンの雌──エランフェリア・テンペスターズが病んじまった理由だが,原因に見当はつかないのか。番だろお前ら」
「最後の言葉には明確な拒否を突き付けるが……そもそもお前はエランの事情について知っているのか?」
「『K.E.O.S』として最低限は理解している」
「そうか」
説明をする必要はないらしい。
「実を言えば,推察が出来ない訳じゃない」
「ほぉ」
「──昨日,祝勝会でエランに好奇や関心以外の目線を向ける者がいた。彼らが向けていたのは『恐怖』だ」
「それがどうしてアイツが落ち込む理由に繋がる」
「『恐怖』とは負の感情だ。誰かが抱える負の感情は伝染し,複数ともなれば言葉になって外に出る。つまりは陰口だ」
例えば,目立つ人間がいたとして。その人間を嫌いな別の人が,何人もいたとして。彼らが集まれば,自然と陰口は増えるだろう。
負の感情は正の感情に比べ抱くのは簡単なのに,言葉にするのも簡単なのだ。
「知っての通りエランは繊細な心を持っている。明確な詳細は分からずとも,そういった陰口───他者の負の感情に当てられ,落ち込んでしまった可能性はなくはない。問題は,一体どんな言葉を聞けばあそこまで落ち込めるかというところだ……」
ただ自分に対する悪口を聞いただけで,人格が変わるほどの衝撃を受けられるだろうか。いくら繊細なエランだとしても,謂れのない悪口を突きつけられれば怒りが勝つはず。
「そういや,この前からニンゲンたちが妙な事を言っていたな」
「妙な事?」
「『K.E.O.S』に対しての悪口みたいなものだ。『怪物』だとか,『人の心が分からない』なんとかだとか」
「……どういう事だ?」
瞑目。
「軍人たちがそう言っていたのか?」
「小声で,それも内々でな。生憎と耳がいいもんで聞こえちまったが,今思い返せばあのニンゲンの事を言っていた気もする」
「───」
祝勝会で感じた『恐怖』の視線。そしてアルゴの言う陰口。妙に,ハーツの推察と合致する。
「……一般兵の間で,エランフェリアに対する恐怖の意識が広まっている?」
「さぁな。だが,聞いたの確かだ」
アルゴは顔を顰めながらため息をついた。
「めんどくせえな。怪しい奴を全員殺せばいい。そうすれば解決だろ」
「……そもそも殺しては駄目だし,それじゃ根本的な解決にはならないだろう。『悪口をいう奴はもういない。だから安心してくれ』と言ったところで,心は既に傷ついてしまっている」
例えば原因となった人物に謝らせたとしよう。それでエランも許したとしよう。それでも,きっと人格は戻ってくれない。
多重人格とは逃げ場のない精神的な傷に対し,防衛本能が歪な形で出す防衛策なのだ。千切った紙をくっつけても元通りにならないように,エランの精神は悪化したままである。
結局は,エランフェリアの精神的問題に帰着する。
「ニンゲンっていうのは難儀だねぇ」
「こればっかりは同意するよ。それがらしさだけどな」
そう言うと,ハーツは立ち上がった。
「気分転換に散歩へ行ってくる。アルゴ,部屋にいてもいいが扉は壊すなよ」
「断る。一々捻らないといけないドアノブが不快だ」
「……そうか」
龍の感性は良く分からない。
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真っ暗な世界を灯が照らす,ハイフロント第三地区の外れ。ハーツは現役時代に使っていた槍を手に持って,軽く運動をしていた。
「はッ……!」
勉学は得意だったが,好きかどうか聞かれればそうではない。むしろ体を動かす方が好きで,だからこうしていると思考が研ぎ澄まされていく。
ハイフロントへやってきてからは体を動かす機会がなかったがため,こうして軽く運動をするだけでも心地がいい。
「──あら,ハーツさん」
「その声はチエか」
「ごきげんよう」
暗闇から姿を現したのは,背景に溶け込みそうな黒い服を着たチエだった。
「どうした?」
「少し眠れないので,お散歩でもと思いまして。そういうハーツさんは?」
「似たようなものだ」
「その槍は……」
「君は知らないだろうが,僕は元々戦士でね」
空気を突き,振り下ろし,背後に振るう。一連の動きを繰り返せば,お眼鏡に叶ったのかチエは小さく拍手をした。
「お上手ですね」
「ありがとう」
「ですが,なぜ暗い顔をしていらっしゃるのでしょう」
「……分かるのか」
「こう見えても感情の機微には敏感なもので」
微笑み,すぐに眉を歪め,心配そうな顔をした。
「エランさんの新しい人格の事ですか?」
「気づいていた……いや,会いに行ったのか」
「ええ,眠っていましたが」
「実は──」
ハーツはチエに事情を説明した。エランが落ち込んでしまった事,リアが現れた事。祝勝会での視線,アルゴの話。
「……そんな訳で,明確な理由は不明だが,エランは傷ついてしまっている。どうにかするのが僕の仕事だが、解決法が何も思いつかなくてな」
「なるほど」
チエは頷き、微笑み、少しだけ厄介そうに顔を顰めて、瞑目した。
「それは、叔父様のせいかもしれません」
「……叔父様?」
予想外の言葉に、思わずハーツの腕が止まる。
「第三者を利用し、証拠を残さない方法での番外戦術。『K.E.O.S』に手を出す事のリスクと動機も、ただの快楽であるのなら説明は不要となる」
「チエ、置いてきぼりにするな。一体叔父様というのは誰なんだ」
「『探知部門長』」
瞑目。
「デフィニ・エーキュレイン──私の叔父様です」
「───」
告げられた事実に、ハーツは口を閉ざしたまま目を見開いてしまう。今まで一切判明していなかったチエの素性。その一端に触れる事が出来たが、あまりにも予想外だった。
言われてみれば、外見が似ている。耳も尻尾も、ハーツが見た中ではハイフロントにおいて彼らだけが持つ特徴だ。
「……まさか血縁だったとはな」
「いえ、血縁という訳ではないんです。だからこそ『エーキュレイン』の名を私は頂いてませんし。戸籍にいるだけです。私も認識に邪魔が入るのは好きではないので、言わないようにしていますよ」
「ではなぜ言ってくれる気になったんだ?」
「あら」
チエはお茶目に笑った。
「友人が秘密を話したんですよ? この意味が分かりませんか?」
「……その言い方は卑怯だな。分かったよ」
「ないしょにしてくださいね?」
つまりチエは、信用の証であると言っているのだ。秘密を話すほどに、貴方の事を信用していますからね、と。
「それで、叔父様のせいというのは?」
「『悪癖』はご存じですか?」
「いや、そういう困ったところがあるとは聞いたが、詳細は知らないな」
「叔父様の『悪癖』は、人を壊す事です」
「人を……」
壊す。
壊すとは、つまりどういう事だろうか。一つの言葉にしてみても、物理的に壊すといえば人を殺す事であるし、精神的に壊すという方向性もある。
「人を壊す。つまりは、人の精神、生活、人間関係──内容は何でも構いませんが、攻撃をする事でぐちゃぐちゃにしてしまうという事です」
「……」
「そして、第三者の悪意を利用する方法は叔父様の好むもの」
「つまり今回、エランが傷ついているのは、デフィニ司令の部下が放った悪口によるものだと?」
「ええ。この方法ならば証拠は残りませんし、何より悪口というのは───」
チエの目線が、異様に鋭くなる。
「親しい誰かでも、見知った誰かでもない。誰だか分からない、不特定多数の誰かに言われることでより効果を発揮します」
特定が出来ないという事は、それだけ多くの可能性を孕むことにつながる。誰からの声に怯えればいいのか、誰からの言葉を信じればいいのか。
だからこそ、不特定多数というのは強い。現にいまハーツも、どれだけの部下がデフィニの元で悪口を発信しているのか、見当もつかないのだから。
それがデフィニの好む手法。即ち、彼はエランを狙い撃ちにしている。
「でも、一体なぜ司令はエランを狙う。そんな事をして何の意味があるんだ」
「意味は『悪癖』、つまりは快楽でしょう。壊れるさまを見たいだけです」
「信じられん、あの方は司令だぞ」
「抑えられないから性というのですよ」
私自身も迷惑していますが、と前置きをして、チエは話を続けた。
「この前ハーツさんについて聞かれました。何も教えてはくださらなかったですが、恐らくハーツさんを狙っているのでしょう」
「僕を……?」
「ええ。ですが、貴方は陰口を言われたところで影響はないでしょう。だからその周辺で最も脆い箇所を狙った」
「それが、エランだと?」
彼女は頷く。
「実際、ハーツさんは今頭を抱え、エランさんは見事に曇天の人格が出てしまっている。直接ハーツさんを狙うより何倍も効果が出ているじゃないですか」
「それは……そうだが……治らなかったらどうする」
「さて」
零れるため息と共に、吐き捨てるように。
「私を引き取るようなお方です──人格の一つや二つ破綻していますよ」
「……チエは、自分がおかしいと思っているのか?」
「あら失礼。忘れてください」
「……」
お茶目に笑い、チエは目配せをした。
チエは愛嬌があり、少し謎めいているところがあるが、常識はあるし接しやすい。だというのに本人の口から自分を卑下するような言葉が出た事は気になるが、こう言われてしまえばそれ以上追及は出来ない。ハーツは流す事にした。
「じゃあ、陰口を話している者たちはエラン嬢の事を怖がっている訳じゃないんだな」
原因となる者の発言が明確に『嘘』だと断定できれば、多少事態は好転するのではないかと思ったのだが、チエは首を横に振った。
「そういう訳ではございませんでしょう。エランさんの事を恐れている人は──残念ながら沢山います」
「……」
「エランフェリア様の性格からの側面はさておき、持つ魔法の力はまごう事なき『怪物』のそれですから」
『全天候支配領域』。それが彼女の持つ魔法であり、あらゆる天候を支配する事が出来る。
一度空に手を向ければ災害を巻き起こし、大勢の人間を殺す事すら可能だろう。
「みんな、程度の違いはあれど恐れを抱いてると思います。思わない貴方が───むしろ例外なのですよ」
「……僕が例外」
もしも、再生魔法がなかったのなら。
不死身として生きていた過去がなかったのなら。
感情を抱く事は難しいが、想像する事は出来る。ハーツが強者に対し恐れを感じないのは、誰もハーツに害成す事が出来ないからだ。
どうせ零に戻るのだから、過程の傷など無意味に等しい。
でもこれは、たらればの話である。ハーツは今エランの事を怖いと思っていない。それは再生魔法があるからではなく、エランの心に触れて、理解しようと頑張っているからだ──少なくともハーツ自身はそう考えている。
彼女の事を理解しようと思えば、誰かを傷つける事を良しとしない少女である事はわかるはずだ。
「……これは参考として聞きたいんだが、チエならどうするんだ? チエなら、自分が陰で虐げられているような状況にどう対処する?」
「私ですか?」
「ああ」
「私の意見は……あまり参考になりませんよ」
困ったように、彼女は笑う。
「──私なら元凶を捻り潰しますから」
「……なるほど」
そもそもエランやハーツとは精神性が違うのだ。加えていうなら彼女はハーツと一緒で陰口を叩かれても精神が不調にはならないのだろう。
申し訳ないが、確かにチエ自身の言うとおり、あまり参考にはならない。
「……」
デフィニの『悪癖』、陰口、エランの根本的な精神の事。考える問題は山積みで、しかしすべてに対処できるかと言われればそうではない。
「……分かった。チエ、色々とありがとう。また司令の事でいくつか聞く事があるかもしれない」
「構いませんよ。叔父が迷惑をかけているのは事実ですし、私に出来る事があるならなんでも言ってください」
最後にハーツはチエに礼を言って、その場を去った。
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今にも降り出しそうな、分厚い灰色の空。
窓の内側から観察するエランを、ハーツは訪ねていた。
「……」
「リア」
「……! ハーツさんっ」
喜ぶような、怯えたような、曖昧な反応を見せるリア。彼女が目覚めてから時間が経っているはずだが、まだ医務室にいるのは、何か思うところがあっての事だろうか。
───やはり、人格は戻らないか。
エランフェリアの人格の変化のきっかけは、『感情の変化』だと聞いている。未だに変化の瞬間を目撃してはいないが、彼女の人格は変わる瞬間は、それぞれ対応する感情の閾値を超えた時だ。
故に些細なきっかけで変化した人格は、気持ちが落ち着く時間帯──多くの場合は睡眠時や、就寝前には主人格であるエランへ戻る。
こうしてリアがまだ顕現しているという事は、即ち気持ちが沈んだまま戻れていないことを指している。
「おはよう。さっきは申し訳ない。緊急時とはいえ麻酔を使ってしまった」
「いえいえ大丈夫ですよっ!? やっ、やっぱりハーツさんは真面目ですね。こんな面倒な女相手にしてくれるだけでっ、へ、え、へへ」
「あぁ……そうか……?」
ランの時もそうだが、同じ人間で同じ外見をしているのに、こうも性格が変わるというのには驚きが隠せない。思わず少し動揺してしまった。
「具合はどうだ」
「ぴんっぴんです! はい! 元気で、だから元気です!」
「そうか……」
ちらちと外を見る。この灰色の空は、エランフェリアの魔法による力だ。現在は『曇天』の人格であるリアが表層に色濃く出ている。故に、空もまた曇天へと変わっているのだ。
視線に気づいたリアが再び肩を震わせ、勢いよく頭を下げ始めた。
「ご、ごめんなさいごめんなさい! 曇らせちゃって……あの、わざとじゃないんです。直そうとしても治らなっ、くて!」
「怒ってなんていない。わざとじゃない事ぐらい分かってる」
「あ……で、ですよね。へへ……」
───ハッキリ言って、やりにくい。
こうも卑屈になる人間をハーツは今までの人生で遭遇した事がない。して堪るかという気持ちもある。何かを言う度に謝罪が飛んでくるというのは、だいぶ気分が沈むものだ。
───まずは人格が表に出てきた理由をはっきりさせる。
「……一つ聞いていいか、リア」
「は、はい! なんでも、なんでも!!」
「昨日、何があったんだ?」
「────」
目を見開いて、固まって。そこで初めてリアは、謝罪以外の行動を見せた。
やがて顔を下げて、落ち込んだように薄ら笑いを浮かべると、掠れるほどに小さな声で言う。
「……ごめんなさい、それだけは言いたくないです」
「でも」
「仕方ないんです。虐げられるのも、恐怖を抱かれて距離を置かれるのも」
リアはシーツを強く握る。
「例えそれで僕が、そしてエランが気を病んだとしても、どうしようもないんです。だって僕たちは力を持って生まれてきたから。人とは違う道を歩んでいるのだから」
一転。
諦念を含めたような、遠くを見る目をしながら。
「───『神』というのは、信仰と畏怖によって成り立つんです」
「……どういう意味だ?」
心の底から、疑問が出た。
信じられないからもう一度聞かせてほしい、そういった類ではなく、単純に言葉の意味が理解できない。『神』? 『怪物』ではなく? 一体リアは今、何の話をしている?
「あっ……」
「どういう意味だ? もう少し詳しく聞かせてくれ」
「い、いえ……もう今日はそっとしておいてください」
「リア」
「すいません口走りました。ごめんなさい。帰ってください。軽薄でした」
明確な拒絶。
エランの時もランの時もなかった、強い負の感情。
「でも───」
それでもと食い下がろうとした瞬間、ハーツは窓の外へ視線を移しざる負えなかった。
曇りが。
雲が、密度を増した。
窓の外が丸ごと黒く染まるように、分厚く全てを阻むような雲が表れている。エランフェリアの人格が変化すれば、それぞれ対応するように天候が変わる。
即ち、こうして曇天が濃くなっているという事は、感情が深く沈んでいる証拠に過ぎない。
「……分かった。すまない、リア」
「……」
「何か困った事があったら呼んでくれ。僕はいつだって駆け付ける」
不甲斐ない自分を情けなく感じながら、ハーツは拳を握った。