第七話『祝いの席』
「今回の防衛戦は、デモンストレーションを兼ねていたんだ」
防衛戦が終わった後の、小さなパーティー。
ハイフロント本部で行われているそれの途中、喧騒に包まれる大広間の端でハーツはクリアと話していた。
「『K.E.O.S』は一般兵にとって未知の存在。『そういう戦力がいる』程度の情報しかない。だからこそ、こうして定期的に活躍させて安心感を持たせる必要がある」
グラスに入った酒を傾けながら、クリアは言う。
「つまり被害を出したのはわざとだと?」
「まさか。ただ戦力は切るタイミングがある。ああして戦況が一気に変わった瞬間だからこそ、最大の手札が有効に働いたのだ」
「最初から二人を投下するのは駄目だったのですか」
「それもアリだ。だが、過去に暴れさせ過ぎた結果波の『主』が出現しなかったことがあってな。そうなれば次の波の際、まとめて出現するかもしれん。今回のような形が今のところ、防衛の理想なのだよ」
「参考になります」
ハーツもまた酒を飲みながら、話半分で頷く。長い付き合いで、クリアがこういう状況でする話は武勇伝のようなもの。つまり、自慢話の類であるとハーツは理解しているからだ。
「それに、あまり大きな声では言えないが、死傷者数十名、負傷者もまた数十名というのは許容範囲内だ。一を捨て全を救う事こそが争いの本質だからな。そう捉えれば、完全勝利といっても過言ではない」
「遺族の前で吐けない言葉ですね」
「当たり前だ。遺族の前でそんな事を言えば怒られてしまうからな」
再び酒を傾け、感情のない瞳で笑う。
軍人らしい思考といえば軍人らしい思考だが、倫理的には些か頂けない。
「時に、アルゴラグニアと会ったな。あれは『K.E.O.S』らしい怪物だ。理外の怪物として人を評価し、その狡猾さを認めた上でなお下に見ている。おまけに人に従わず本質にのみ従うせいか、妙に鋭い事を言う。更に言えば自分より強い者の言う事しか聞かんせいで私以外に制御が出来ない」
「今朝、僕も部屋のドアを破壊されました」
「あっははは、それは災難だったな。後で修理の申請を出しておけ」
実際、アルゴはこの祝勝会に来ていない。すれ違った時に理由を聞いたら『祝う理由がわからん』と一蹴された。
「そろそろ私は他の者のところへ行くとしよう」
「お供します」
「いや、必要ない。防衛戦のアフターケアをするだけだ。それに──」
ハーツより少しだけ低いクリアの頭が肩を小突き、前方を見るように促す。つられて見ると、そこには周囲の目線に怯える少女と、彼女を守るように(あるいは背中を貸すだけのように)にこにこと微笑みながら歩いてくる少女、合わせて二人の姿が。
「お前のお嬢だろう。ちゃんと相手してやれ」
「司令、揶揄わないでください」
軽く笑って、クリアはやってきた二人の隣を歩いていく。その際、エランの肩を叩いて何事か呟いていた。口元から察するに『ご苦労』、だろうか。
エランはこくこくと頷いていた。
「ごきげんよう」
「こ、こんばんは」
「二人ともこんばんは。チエも一緒だったのか」
「『一人じゃ行けない~』、と頼まれましたので」
「チエさ~ん……!」
情けない姿をバラされ、チエの腕を振るエラン。それに対しチエは目配せをしながら舌を出した。
「では、ラング様のところに行きますので失礼しますね」
「ん、そうか」
意外な言葉にハーツが返事をすると、チエは頭を下げて去っていく。向かう先は談話している軍人たちの集団。よく見れば、ハーツは気づいていなかったがそこにラングがいた。
「あの二人……図書館で会っただけだよな?」
「うん。でもなんか仲良くなったんだって」
「ほお……」
「意外?」
「意外と言えば意外だ。特別相性がいいという風には見えなかった」
合わないという事はないだろう。両方ともハーツからしてみれば人間力のある方だし、その気になれば友人になることは簡単だ。だが、そうして積極的に関係を保とうとするほどに『合う』とは思っていなかった。
「ダメな事?」
「当然悪いなんてことはない。ただ不思議なだけだ」
「ふ~ん……ハーツさんってやっぱり真面目だね」
「……なぜここでそれが出てくる?」
「ないしょー」
それよりも、とエランは首を傾け、こちらの顔を覗き込んでくる。
りん、と耳に付けられた飾りが鳴った。自然と視線が吸い寄せられてしまい、ハーツはそれが何かに気づく。
「付けてくれてるんだな」
「あ、やっと気づいた」
「見てもいいか?」
「いいよ?」
許可を取って耳飾りに少し触れ、美しさに感嘆して頷く。そして祈るように少し掌で包んで、離し、再び揺れるさまを観察して、エランへ再び視線を戻す。
「よく似合ってるな」
「にへへ……ありがとう」
口が緩くなるほどに喜ぶエランを見て、こちらも嬉しい感情になるとともに、少しだけ羞恥も浮かんでくる。嫌だとかそういうのではなく、恐らく男ならばある程度理解できる感情、照れである。
「というか、なんでチエと一緒に来たんだ?」
「……ちょっと、周囲の視線がね」
そこでふと、ハーツは周囲を見渡す。大概の軍人たちは宴に興じているが、一部の軍人はこちらへ───エランに視線を向けていた。
理由は当然、先ほどの防衛戦において天候を変えるという御業を披露し、防衛の成功に一役を買ったからだろう。
クリア曰く、軍人たちは『そういう存在がいる』という風に認知している。つまり噂程度で知っている人物が目の前にいるという状況において、好奇の目線を向けざる負えないのだ。
更に言えば。
「……?」
エランの事を完全なる味方であると認識している者は良い。だが、中には当然力を持つ存在───ただの『怪物』であると認識している者もいる。
彼らからうっすらと感じるのは恐怖だ。軍人である以上恐怖を制限する術は持っているが、一部周囲に流されているような感覚もするし、同じ空間にいる以上直接的な悪意は感じないが、それでも慣れているハーツだから感知できる。
「……有名税、か。あまり良くはないが、僕も経験がある。避けられない事だ。それでも祝勝会に来たのは偉いと思うよ」
「それはその、ハーツさんが……ごにょごにょ……」
「……? 何はともあれ、エラン」
「どうしたのハーツさん」
「よく頑張ったな」
「────」
驚いたように、唖然とするように、泣くように、気が抜けたように、安心するように。
エランは目を見開いて、口も少しだけ開いて、震える瞳のまま、ハーツを見つめた。
そんな様子に彼もまた驚き、心配するようにどうしたと尋ねようとし、それよりも少しだけ早く、エランは表情を元に戻し、やがて穏やかな笑みを浮かべ。
言った。
「ハーツさん──どうもありがとう」
心の底からの感謝は、夏の日差しと同じ味がした。
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お酒をちょっぴりだけ飲んで、気になる人とご飯を食べて、お友達とお話して、陽気な新しいお友達も出来て。
少女は、満足げに笑いながら帰路に着いていた。
既に辺りは暗くなっていて、祝勝会も元気な者のみ二次会などを開き、騒いでいる。ハイフロントの内部ならば少しだけ声が聞こえるほどには賑やかだった。
「全くもう。ハーツさん飲みすぎだよね……」
本来なら研究室へ送ってもらう予定だったのだが、件の気になる人が酔いつぶれてしまったため、反対に部屋へ送ってきた。その後はお友達と帰る予定だったのだが、いつの間にか消えてしまったので、結局少女は一人で帰ることになったのだ。
とはいえ、あと少し歩けば研究室に着き、研究者たちの元へ帰る。そうすれば血液検査と軽い試験を行い、睡眠を取るだけだ。
「……考えるのはやめよう」
先ほどまでの楽しい日々とは違い、研究室での生活は冷たく、白色に包まれた無意味なものだ。この冷酷な生活があるからこそ、気になる人とのデートが輝く───なんて、冗談を言えない程度には苦しい。
だからこそ、少女は思考を振り切って歩くのである。
「───ろ」
「──だ! ───か」
「ん……」
そうして歩いていると、研究室までの最後の角に差し掛かった。何も考えず曲がろうとするが、少女は続く廊下の反対側、バルコニーの陰に二人の男がいるのに気付く。
咄嗟に身を隠しどう通り抜けようかと考えるが、自然と男たちの話を聞く事になった。
「──気持ちはわかる。だが、こんな事上官に聞かれたら粛清ものだぞ……!」
「仕方ないじゃないか! もうアイツは死んだんだ!」
───今回の防衛戦で、恋人を亡くしたんだ。
涙を流す軍人が手に握るアクセサリは女性用のものだ。今回の防衛線では、決して少なくない数の軍人が犠牲になった。彼の恋人もその一人だったのだろう。
「あぁそうだ! だからお前は前を向かなきゃだろ……!」
「分かってる。わかってるさ! でも──」
苦しみながらも、何とか前を向こうとしている。
そんな風に見える、一幕。
温度が高い方から低い方に移るように、人が吐露する感情というのはよく伝わる。名前のない激励のような物を受け取っていた。
だからこそ、少女は次に続いた言葉に。
「────あの『怪物』が起こした津波で、アイツは死んだんだッ!!」
黒く、絶望した。
「天候を操るあの『怪物』さえいなければ!」
え。
待って、嘘。
「もっとやりようがあっただろ! なんで死ななければいけないんだよッ!!?」
違う。
そんなつもりじゃない。
人が死んだのは知ってる。
でも、力は制御したつもり、だったんだけど、え。
「敵に殺されるのなら本望だっただろうさ! でもアイツは、津波で死んだ。『怪物』に殺されたんだ!」
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい、本当にごめんなさい。
「彼女は強かった。陸とはいえ精鋭部隊だった! でも泳げなかった! あれさえなければ今も生きていた!」
「例えそうだとしても、俺たちは『人間』だ。逆らえば殺される!」
「あぁそうだよ!」
やめてください。
お願いします。
全部私が悪いですから。
「聞かれれば殺される! 『怪物』が怖くて仕方がないんだ!! だからこんな片隅で叫んでるんだろッ!」
祝勝会の視線は気のせいだと思ってたんです。
恐怖じゃないって。
表に出てきた私が気になってるだけだって。
思いたかったんです。
私は、善い事を出来たと思ってたから。
「───人の心が分からない、人殺しの『怪物』め! 地獄に堕ちろ!!」
何回でも謝りますから。
だからもう、酷い事を言わないでください。
前に出てきてごめんなさい。
恐れないで。
生きててごめんなさい。
笑っちゃだめですか?
じゃあもうしませんから。
もう、もうやめて。
『───』
こ。
われ。
る。
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目が覚めると、部屋の扉はもう直っていた。
防衛戦の翌日は、戦場に出た者の中でも直接戦闘を行った者には一日の休暇が。後方支援を担当した者には半日の休暇が与えられる。ハーツは後者だ。
「ん……」
眠気眼を擦り、存分に半休を満喫した上での起床。
ハーツは軽く身支度をすると、エランフェリアに会いに行くための準備をする。
───昨日は随分と迷惑をかけてしまった。何かお詫びをしなければ。
ハーツは酒を飲んでも記憶が残るタイプである。エランに部屋まで運んで貰ったのは覚えているし、彼女のやれやれといった顔も覚えている。
このまま何もしないのはエランに拗ねられてしまいそうなので、どうにかしないといけない。
研究室へ向かう前に第四地区──即ちこの前デートをした歓楽街に寄り、ワッフルやウエハースなどルドベリア帝国で作られている一般的な焼き菓子を購入した。
もしかすると担当の研究員に弾かれてしまうかもしれないが、誠意を見せるのは大切である。
「お、ハーツ!」
「ラングか」
基地へ再び向かおうとすると、買い物をしていたラングに遭遇した。
「起きたら部屋にいないから何事かと思ったぞ」
「あ~……ちょっと色々あってな」
そう言って頬を掻くラングの表情は、少し赤かった。なぜここで顔を赤くするのか、ハーツには分かるようで分からない。
「そういえば、一つ聞きたい事があるんだ。お前、チエと仲がいいのか?」
あえて大雑把に聞くことにした。逃げ道や言い方を相手に委ねた方が、より言いやすいと思ったからだ。
彼は照れるように、自慢するように言った。
「あ~……まあなー! なんか懐かれてさ」
「……どうしたラング。お前らしくないぞ」
「そうか? ……気のせいだろー!」
ぺかーっとした表情を浮かべるが、頬が緩んでだらしなくなっている。それを微笑ましく思いつつも、ハーツはラングの肩を叩いて律した。
「うおっ」
「しゃきっとしろ。嬉しいのはわかるけどな」
「へへ、わりーわりー!」
再びぺかーっとした笑みを浮かべるが、今度はきちんと笑えていた。
「あの図書館の日以降、何かとすれ違うたびに俺に話しかけてくれてさ。昨日も色々『探知隊』として動いてた俺を労ってくれて……嘘もついてないみたいだし」
『流転病』は感情がわかる魔法だ。彼がそう言うという事は、要するにチエは嘘をついていないという事になる。
即ち、純々たる好意を向けているに過ぎない。
「最初は俺も警戒したんだけどさ。いい子だし、可愛いし。お前もわかるだろ」
「まぁ……客観的に見て美人だとは思うよ。賢い子だっていうのもな」
「だろ!」
「……」
瞑目。
「ま、お前が幸せそうで何よりだよ」
「安心しろって、こう見えて人の見る目はあるんだ」
少しだけ、ラングは真面目な顔をした。
「───こう見えて魔法のせいで人間不信になった事もある。だから、チエの事はわかっているつもりだ」
「ラング……」
「もちろん、お前がちょー真面目な良い奴って事もな!」
親指を立て、歯を見せながらぺかーっと笑い、彼は『またな!』と言い残し去っていった。
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なんだか。
ラングの話を聞いて、ハーツはエランに会いたいという気持ちが強まっていた。元々向かう予定だったし、実際向かっているのだが、足取りが早いのがその証拠だ。
「……?」
エランのいる正方形の空間に辿り着くと、いつもいる担当の研究者たちの顔が険しい事に気づいた。思わず気になってしまい、近づいて尋ねる。
「どうしたんですか? 何かありましたか?」
「ハーツ殿……! 実は、エランフェリアが」
「────」
彼らの声色から何かが起きたことを察し、ハーツは急いで階段を降りると結界の内側に入る。
エランフェリアは、いつも通り俯いて座っていた。だが、明らかに様子がおかしい。ハーツが来ても気づく様子はなく、ただ死体のように固まっている。
「エラン……?」
「ぁ……」
ゆらりと、幽霊のように顔が上がる。まるで何度も徹夜を繰り返した人間のような、隈の酷い荒れた顔をしていた。
「一体どうした───」
そこでハーツは気づく。
彼女の、エランの雰囲気が明らかにいつもの彼女ではない事に。そして何よりも、玲瓏の白髪の先端が、薄暗がりのように灰色に染まっている事に。
綺麗に伸びていたはずの後ろ髪は、襟足がかなり伸びていた。
「君は、誰だ」
何者かは分かっている。でも、誰かが分からない。
そういう意味を込めた言葉に、彼女は絶望した暗い顔のまま言う。
「おはようございます。それとはじめまして。エランフェリア・テンペスターズ、『曇天』担当リアです」
にへら、と下手くそな作り笑いをリアはした。
「ところでもう死んでいいですか? 戻れなくなっちゃいましたぁ……」