第六話『幻獣跋扈』
「フィアファネス指令」
「来たか」
ハイフロント第一地区の北西、つまりは海に面した最北端。『幻獣跋扈』以前は港であった場所。基地からほど近いところに砦が建てられており、更にその上にその塔があり、ハーツが駆け付けたのは最上階だ。
既に待機していたクリアや数人の軍人の中へと合流した。
「遅れてしまって申し訳ありません」
「他の者に比べたら十分早い。が、更に早く出来るのならそうしろ」
「畏まりました」
前方を見れば、既に戦闘を行う軍人たちは準備を始めており、また別の塔───小隊の隊長などがいる塔なども同様に進めている。
「あと数分で準備は完了する。今回、お前は観察に徹しろ。ハイフロントでの対『幻獣』戦闘での流れを覚えてもらうためだ」
「はい」
基本的に対『幻獣』戦、ことハイフロントでは、戦場は海の上となる。故に兵士たちは基本的に空を飛べる、または遠距離攻撃が可能な者が大半を占めるのだ。
空を駆ける空中部隊が約百名、砦の上から遠距離攻撃を行う狙撃魔法部隊が約百五十名、そして上陸された場合に迎撃する陸上精鋭部隊が約三十名。そして───特異魔法部隊『K.E.O.S』が数人。この四つの部隊が、今回投下されるハイフロントの戦力である。その数、およそ全戦力の三割。
後方で指揮を執るのは主に三人の指令だ。
クリア、デフィニ、そして最高司令官エウレカ。三人が作戦を決め、判断を行い、それを拡声器の機能を持つ魔法によって全体へ伝達する。
ルドベリア帝国軍本部では遠距離情報伝達手段も開発されているとのことだが、ハイフロントにおいてはまだ実装されていない。
そうして軍人たちの声が支配していた喧騒が終わり、配置についた者たちが整列する。
訪れる静寂。
後は待つだけだ。
『幻獣跋扈』の到来を。
「───『幻獣跋扈』、目視」
望遠鏡にて観察していた、クリアの部下が彼に告げる。
ハーツもその言葉を聞いたのと同時に、空の向こう側からやってくるソレを確認した。
大気を切り裂く白い翼。
現存する生物にはあり得ぬ六本の足。
頭部に生えた鋭利な角。
間違いない。神話に登場するとされる伝説上の生物───『ペガサス』である。
それだけではない。ペガサスの隣を飛翔するのは獅子の頭部と脚、雄山羊の体と後ろ脚を持ち、蛇の尻尾を兼ね備えたキマイラだ。
更にその横にいるのは女性の顔を崩したような顔面を持ち、鋭い爪を持つハーピーだろうか。
どう浮いているのかわからぬ蛸の形をした生物、いくつかの首が絡みつき肉体を形成している龍、胴体を持たぬ巨口の怪物───全てを羅列する事は不可能だ。
目的は不明。
異なる生物が群れとして存在で来ている理由も不明。
共通点はたった一つ。『人類へ害を与える』事。
『幻獣跋扈』。
それが今、目の前に迫っていた。
「そろそろだな」
呟き、クリアが背後の塔に立つエウレカへ手を上げ合図する。同様に、離れた塔にいるデフィニもまた合図を送れば、彼女は頷き杖で地面を叩いた。
拡声魔法による言葉が、今伝達される。
『───総員、迎撃開始!』
号令が伝播し、軍が動き出す。
無数の杖が空中へと向けられ、地上から降り注ぐ雨のように破壊の力が放出された。
火炎が、氷瀑が、岩石が、幻獣たちの先頭を穿つ。だが約半分は効き目が薄いらしく、幻獣たちの翼や体の一部を抉るのみだった。
後続して出陣する空中部隊。
自らを鼓舞するように叫びながら空中へと躍り出た彼らは、手に持つ獲物によって打ち漏らした幻獣たちを落としていく。
巨大な幻獣の矛先が、空中部隊へと向けられる。空を駆ける天馬がかまいたちを巻き起こした。当然一匹だけではない。数十匹単位で放たれた無数の刃が彼らを襲い───隊長格が暴風を巻き起こし、自分たちを守る風域を作り出して防御。
左右から飛び出した兵士たちが、瞬く間に攻撃を放った天馬の首を両断し、鮮血が汚す視界の中を駆けていく。
当然、この程度で幻獣たちは怯まない。先頭の群に後続する、莫大な量の幻獣たちが侵略する範囲を横に広げつつ肉薄。
加えて数匹の特異な怪物が魔力を集中させ、光線を乱射した。空中部隊はもちろん、地上を離れていない魔法部隊たちにも及ぶほどの範囲の攻撃だが、魔法部隊より後ろへは展開する結界が防いでくれる。
空中部隊が回避と肉薄を同時に行い、群の後ろ側で範囲攻撃を放つ幻獣を強襲。遠距離持ちを優先的に撃墜させ、幻獣たちの隊列を乱していく。
「順調ですね」
「ああ。だが、ここまでは序の口だ」
変化は顕著だった。
隊列が乱れたことを察した天馬の一体が咆哮を上げる。呼応するように海の向こう側より、新たな複数の群が出現。
今よりも数倍の数へと増加した大きな一つの群が、その物量を以て空中部隊へ襲い掛かる。
そうなれば戦いは激化の一途だ。
空中部隊は常に数匹の幻獣の対処に追われ、魔法部隊も間髪入れずに魔法を放ち続けなければならない。それでも減らない幻獣と海に落ちる死体。
空中部隊も無傷ではいられない。何人かの兵士が海へ落ちながらも、隊列を維持して戦っている。
「……」
クリオの目つきが厳しくなる。
ここを好機と見たのだろうか、幻獣は更に叫びをあげると、信号を受け取った新たな群が急行。今や塔から見える空の大半に幻獣が存在していた。
目視できるだけでも数百体。戦力的には勝るとも劣っていないが、個々の戦闘力は圧倒的にあちらの方が上だ。これをすべてせん滅するというのは無理があるのではないだろうか。
「……!」
ハーツの目が見開かれる。
群の奥、豆粒のように点在する幻獣の中、一際大きな『個体』が出現していた。よく見れば、他の幻獣たちはその個体を守るように、あるいは取り巻きのように囲みながら進軍している。
八本足。
三つの角に、五つの目玉、二つの口。背中から生えている翼は、翼であると認識は出来るものの、まるで何本もの触手が絡み合って出来ているかのようだった。
「この『波』の主だ」
ハーツの疑問をくみ取るように、クリアが答える。
幻獣跋扈における一回一回の襲撃を『波』と呼び、一際強い襲撃を『大波』と呼ぶ。『「波」の主』、即ち───今回の襲撃において最も強い個体。
突然、指令の一人であるデフィニが拡声魔法を使って叫んだ。
『───空中部隊、回避しろッ!』
瞬きの瞬間。
出現した『主』が頭部を傾け、全ての角を前方の空中部隊へと向けた。刹那、視界を漂泊するような輝きが放出され、直線の全てを味方ごと消滅させていく。
デフィニの警告を受けて、空中部隊は予め攻撃を知っていた。故に、回避行動を取れた。だが、成功するかどうかは別だ。
約三割の兵士が回避に間に合わず直線に晒され、己の肉体を灼熱へ還した。
海へ浮かぶ死体の山へ、人の形が加わっていく。
更に、それを好機と見たのか群の密度が増した。知恵があり、作戦がある。幻獣とはこういうものだとでも言うように、甲高い獣の叫びが戦場へ響いた。
「───ここだな」
それを見届けて、クリアは背後の塔にいるエウレカへと合図を出した。彼女から返答を受け取り、彼は拡声魔法を使用する。
『空中部隊、撤退だ!』
「撤退……?」
思わず呟いてしまうほど、クリアの指示は大胆としか言いようがなかった。空中部隊は前線を守る主力のはず。彼らを撤退させて、一体どう戦うというのか。
ハイフロントでの戦いが他とが違うとはいえ、基本は同じはず。戦力を減らせば、その分だけ別で補うしかないのだから───
疑問が尽きぬ中、クリアが新たな一手を繰り出す。
「アルゴラグニア、エランフェリア───蹴散らせ」
言葉は、驚くほど明瞭に通った。
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「オレは平凡な奴は嫌いだ」
ハイフロント近隣に存在する、海沿いの崖の上にて。
少年と少女が幻獣跋扈を視界に収めつつ会話していた。
「画一的状態にある生物というのは、社会を回す歯車であるという前提ならば正しいのかもしれないが、退屈でつまらない。だから基本的にニンゲンは嫌いだ。制度の中だけじゃなく、個体の特徴や生活まで前ならえするからな」
「……何が言いたいの?」
「お前とハーツ・ローレリアスの事は嫌いじゃない」
すると、エランは目つきを鋭くした。
「あの人に手を出したら許さない」
「カカッ!! 手なんか出さねえよ」
愉快に嗤う少年が上半身を曲げると、ゆっくりと背中の肩甲骨の辺りの皮膚が裂け始めた。
否、違った。
皮膚のように見えていたそれは、彼の身を守る魔力だ。魔力が体の表面から乖離するように膨れ上がり、やがてアルゴの身長を超えるほどに巨大な翼へと変貌する。
「そうさ、手なんか出さねえ。オレのような存在が行うのは殺害ではなく───蹂躙だ」
「……どうでもいい」
エランはそう吐き捨て、右手を天へと掲げる。
───天気は快晴。晴れのち晴れのカンカン照り。
しかし、彼女はエランフェリア・テンペスターズである。
「私は役目を果たすだけ」
掲げられた右手に屈するように、空の様子が変化する。太陽を隠すように雲が集結し始め、地上と海に影を落とした。
本能的に悟ったのだろう。幻獣たちの隊列が乱れだし、空を仰いで警戒を強める。
瞬間、色彩反転。
世界の様子が一変し、視界に映る全てが暗黒に包まれた。
灰色のカーテンから雫が零れ落ち、地面と海で弾ける。間隔が狭まり、やがて周囲の音をかき消すほどの雨となった。
驟雨に続くように、地面の表層を削るほどの暴風が吹き荒れる。
暴風雨。
彼女の代名詞ともいえるそれが、一瞬にして顕現した。
大気が荒れ、視界が狭まり、海が荒れる。
ある地方では神の怒りともいわれるその現象を操る彼女は、怪物と形容するのに相応しい。
とてつもない密度の雨は幻獣たちの肉体へと降り注ぎ、彼らの体温を奪う。加えて風は空中を飛行する彼らを煽り、その動きを不安定なものとした。
手負いの幻獣や弱い個体は暴風を受けただけで海へと落下する始末だ。それでも大半は動けているが、中でも全く影響を受けていないのはたった一匹───波の『主』である。
「お膳立てどうも。お前の言う役目は任せろ」
それを見届け、アルゴラグニアは飛び立った。
翼を使って四方から襲う強風を逆に利用しながら、弾丸のように空中を飛んでいく。
意識外からの強襲。死角を突かれた群の一番外側にいた幻獣たちは、アルゴの接近を許した。
すれ違いざまに幻獣の首を掴んでねじ切り、反対の手で別の個体の心臓を貫く。目にもとまらぬ速さで次の獲物に狙いを定めると、反撃の隙すら与えず数十体を葬った。
暴風雨によって幻獣たちの認識が阻害されていることもあるのだろうが、それでも圧倒的な殲滅速度だ。
空中を走るように群を駆け抜け、通過した周囲にいた幻獣たちは確実に息の根を止める。反撃のために反応を示した個体に対し、アルゴもまた即座に反応して優先的に始末した。
これを可能としているのは、偏に『龍』という種族の根源的生物力である。
「雨は嫌いになれない。蹂躙には癒しが必要だ」
一瞬の間に百体の幻獣を葬り、穢れを払うように雨に身を任せ血を払う。
その時、群の中でも遠方にいた個体たちが魔力を終結させ、空中部隊に放ったのと同じ光線を放った。
乱射ではなく指向性を絞った一撃。威力は数倍にも及ぶはずのそれを、アルゴラグニアは右手一本で受け止め、即座に肉薄───通り抜けた瞬間、幻獣たちは細切れになった。
残存する魔力が体内で暴れ、それが連なり大爆発を起こす。
そこで、ようやく。
『────』
『主』が反応を見せた。
オーケストラのように荘厳で悍ましい叫びをあげて口を開き、周囲の幻獣たちを喰らう。逃げる同胞など気にせず、まるで晩餐を楽しむように。
数十匹───残存する自分の兵隊のほとんどを喰らって、『主』の肉体が輝きだす。八つの翼を広げ円環を形成した。
全身の輝きが上へ昇り、円環の中央へと凝縮されていく。
大気が軋み、空間が歪むほどのエネルギーが集まっている。恐らく、『主』は目の前に存在する龍に対し、この一撃で決着をつける算段なのだろう。明確な脅威に対し敬意を持ち、最大の一撃を以て歓迎するつもりなのだ。
「同族を喰らって魔力を補給したか。同系統の魔力なら抵抗なく吸収、か」
そんな、弱者のような思考が。
「汚ねえ円舞曲だ。俺を舐めてるのか……!?」
『龍の風格』を傷つけた。
アルゴラグニアの前方に顎が形成される。魔力によって象った疑似的な終末龍の顎だ。黒く、煙る姿と揺らめく胎動のまま、顎はゆっくりと睥睨する。
「ニンゲンのように知恵もねえ。龍のように力もねえ! カカッ、最高に生き物してるよお前ら!」
言葉は理解できないはずだ。だが、それを侮辱と受け取ったのか、円環の光は更に強まる。
『────』
キンッ、と一際高く音が鳴った。あまりの光量に、視界が一瞬漂泊される。
極彩色の光線───否、帯とすら呼べるそれに対し、アルゴは歓迎するように顎を突き出した。
音が消える。
「『終龍轟』ッ!!」
アルゴの手から顎が離れ、自立する魔力として直線を進み光線とぶつかり合う。衝突の衝撃が天と海を叩いた。互いの力は均衡して───
『────!』
すぐに、『主』は敗北を悟った。
だから攻撃を防ぐのではなく避けるために行動を開始しようとして、顎が徐々に帯を喰らっていることに気づく。
これでは避ける暇もない。帯を維持し続けなければ、すぐにでも捕食される。
それは本能的な恐怖だ。生物的に、上位の存在には勝てないという、人類でいう文化や生活などの前にある根源的感情。
アルゴと『主』───否、ただのちっぽけな一匹の獣の視線が合った。
「さぁ、ショー・マスト・ゴー・オンだぜッ! カーテンコールまで我慢しろ! 出来ないならすぐに死ね!」
まるで夜のような爆発が、獣の影だけを残して視界を染めた。海をも穿った一撃は、高く柱を発生させ、天まで届いて雲を割る。
残った幻獣たちは破壊の余波を受け、一匹残らず海へと落下。
「やれやれ、派手にやったな……」
それを見届けて、クリアはわかっていたように声を張る。
『───防衛終了。此度の戦い、ハイフロントの勝利だ!』
「「「おおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」」」
天候が変わり、快晴。
赤に染まる海と青い空の元で、『波』は終結した。