第五話『にぶにぶにぶ』
「んでね~!? ハっちが『プレゼントだ……』ってくれたの~!★ マジやばくな~い!?」
「あらまぁ。恰好いいところもあるじゃありませんの」
「それな~!」
図書館へ帰ってくると、チエと知らない少女が会話をしていた。
否、見覚え自体はあるのだ。既視感と初見感が入り混じる強烈な違和感。まるで何かが変わったような。
「……」
少しの逡巡と思考を経て、ハーツは二人の元へ近づいた。
「待たせて悪かったな、チエ嬢。それと───エラン嬢」
「────」
エランフェリアの目が大きく見開かれる。チエの瞳もまた、微かに反応を見せた。
目の前の少女は、ハーツの記憶と直感が間違っていなければ、間違いなくエランフェリアだ。ただし、人格が変化した後の。
やがてエランフェリアはニマっとした笑みを浮かべると、目配せをした。
「惜しい!」
「惜しい……?」
「確かに私たちは『エランフェリア』だしあの子はエランだけど、アタシはアタシの名前があんの!」
目配せ継続、目を隠すように顔の横でピース。満面の笑顔。
「さっきぶり! それとはじめまして! エランフェリア・テンペスターズ、『快晴』担当ラン! 今後よろ~!★」
「ラン嬢。よろしく頼む。僕の紹介は必要か?」
「だいじょび! アタシたちはずっと見てるからねん!」
玲瓏の白髪の先端は、太陽のように明るい橙色に変化しており、更に髪型も、真下に降ろされていたはずなのに今は一本に結ばれている。
外見の変化は顕著であると聞いてはいたが、面影を残した別人と言われた方がしっくりくるほどだ。
「なぜラン嬢は出てきたんだ。人格が変わるほどの出来事があったのか?」
「え~? にぶにぶにぶにぶだなぁハっちは!」
「ハっち」
そんなあだ名で呼ばれたのは初めてである。
「アタシは主人格のテンションが一定以上になった時に出てくる人格! チエちーと仲良くなれた事が閾値を超えた最後の理由だけど──ハっちからプレゼント貰ったのがいっちばんだったね~!♡」
快晴の人格、ラン。
なるほど、文字通り明るい人格である訳だ。
「ふふ。先ほど話している最中に意識を失ったと思ったら、突然ラン様が出てきたんです」
「チエちーまーーーじいい人なんだよ! 突然人格変わっても怒らないし怯えないし、理解力パネー!って感じ!」
「私としても面白い体験をさせていただいてます。それに人格は変われど、人の本質は変わらない、ですよね?」
ハーツの言葉を引用し、次に視線を寄越してくるチエに対し揶揄うのはやめてくれという風に肩を竦めた。
「それはそれとして、迷惑をかけてすまないな、チエ嬢。エランフェリアの事に関しては……」
「大丈夫です、知っていますから」
「……君は本当に……いや、世話になったことだし一先ず置いておくよ」
「ええ、そうしてください」
軽く頭を下げながら、ハーツはエランへ向き直る。
「そろそろ図書館も締まる時間だし、帰るぞ、ラン嬢」
「え~?★ じゃあはいっ」
「手か」
差し出された手は、要するに手を繋いでくれという意思表示だ。一瞬戸惑ってチエへ視線を送るが、彼女から返ってきたのは意味深な微笑みだけだった。
溜息をつきながら諦め、ハーツはランの手を取り、立ち上がらせる。
「いぇ~い!★ ハっち大好き~!」
「今更だが、図書館では静かにな」
「ん~……善処するね~ん!」
「やれやれ」
はしゃぐランを連れて、ハーツとチエは図書館を出て行く。
「ねえねえチエちー! また今度お話しよね!★ 言ってた故郷の話聞かせてよ!」
「ええ、もちろんです。機会がありましたらぜひ。その時はハーツさんも」
「僕がいてもいいのか?」
「もち! だからさぁ~~今度また出かけられるように頼んでよ~~~~!!」
「揺らさないでくれ」
腕を揺さぶられながら頼まれ、ハーツはそれに身を任せて左右に体を揺らす。
ふと気が付けば、反対側からも引っ張られていることに気づいた。
「……チエ?」
「私からもお願いしますという意思表示です。お茶目でしょう?」
「ユーモアがあるのは大変良い事だが、このままでは僕の頭が壊れてしまう」
「おりゃ~~~~!」
「くっ……!」
子供とそれに便乗したチエの猛攻を受けて、ハーツは屈した。
「はぁ……分かった。また司令に頼んでおくよ」
「ほんと!?」
「あら、やりましたね!」
「うん!! よっしゃ~~!★」」
「うおっ……!?」
ぴょんとランが跳ねて、ハーツの首辺りに手を回すと、抱き着いてきた。成長途中の柔らかい感触だとかそういう以前に、突然の重量に接触してハーツの脳内が混乱する。
「ふふふ、仲が良さそうで何よりです」
「チエ、助けてくれ」
「残念ですが私はランさんの味方ですので」
「裏切ったなチエ……!」
「とか言いつつうれしいんっしょ~~!」
更に強く、ランはハーツの事を抱きしめて。
「なんだかんだ優しくて真面目なハっちが大好き~~!♡」
明るく元気な少女の猛攻に、ハーツは屈服した。
~~~~~~~~~~~~~~
「───♪」
一日を終え、大満足で少女は廊下を歩いていた。鼻歌を歌い、スキップをしながら、大切なプレゼントを握って。
「───ぁ」
だが、自分が帰るべき場所である、冷く白いだけの研究所が見えた時、少女の熱は冷め一気に気分が低下していくのを感じた。
まだ余韻に浸っていたけれど、現実と向き合う時間がなければ理想にも会えない。だから少女は壁にゆっくりと近づくと、腰を下ろし、意識を──委ねた。
「うん……よ……あ……そうだ……そうだ」
ぶつぶつと少女の口が動き、首が傾く。
焦点のない瞳が虚空を見つめて、けれど体は微細な動きを続け、数分が経った。
太陽のように明るい橙色が、玉水のような藍色に戻っていく。一本に結ばれていた髪の長さが若干短くなり、それによって髪留めが外れて広がった。
身に纏う雰囲気が陽気なものから、少しだけ陰のある年相応の少女のものへと変わる。
「ん……」
数秒前までそこにいたランはいなくなり、エランがそこにはいた。
彼女は体の調子を確かめるように肩を回し、掌に大切なアクセサリが握られていることを確認すると、優しく微笑んで胸に抱いた。
「おはよう。それとただいま───私」
~~~~~~~~~~~~~~
「───起きろ」
「ぅ……」
腹を蹴られて、同時に背中に衝撃を感じて、ハーツは目を覚ました。
「起きろ、ニンゲン」
「な、にが……一体どういう……」
腹が痛い。怪我を負うという意味で怪我の専門家であるハーツからすれば、内臓が壊れる寸前ぐらいの威力。
既に再生は働き、内出血も収まっている。だが目の前の事態が異常である事に変わりはない。
「誰だお前は……」
「お前の事は聞いてるぞ、『真面目ちゃん』」
「……司令い。扉はこじ開けられているが荒らされた様子はない。そしてハイフロントへの侵入者ならば外が騒がしい筈だ。つまり目の前の彼は元々ハイフロントの中にいた。
「お前、悍ましいな」
「藪から棒になんだ」
「ニンゲンってのはツマンネエから、外れ者はすぐに分かる」
灯りのない部屋に目が慣れてきて、ようやく目の前にいる侵入者が少年と呼べるほどに小さいと理解する。
獅子の鬣のように金色と、まだらに混じる鮮血の赤。軍服に酷似しているが、僅かに異なり機能美に優れた白い服。小柄な見た目と相反し、身に纏う雰囲気は人間のそれではない。
冷酷に嗤いながら、少年は言う。
「他人のためなら命を投げ出す破綻さ。生物としても、ニンゲンとしてもぶっ壊れてるな」
「……醜悪でも人が救えるのならいい、そう思っている」
「アッハハ、そういうところだ」
八重歯が長い。肉体が不自然に鍛えられている。
耳や尻尾などない、威圧感と行動の異常さ。そして直感が彼を『人外』であると警笛を鳴らしている。
「生物は生きながらえようとする。このオレ様でもだ。でもお前にその規則は存在しない。だから悍ましいのさ。まぁでも嫌いじゃない。お前はその破綻を利用する狡猾さも兼ね備える。ニンゲンらしく良い事だ」
「……君は何者だ。何の理由があって僕を尋ねた」
「よくぞ聞いた」
両手を広げた。
唐突に吹き込んだ風がカーテンを揺らし、外の朝焼けが少年を照らす。
「───『K.E.O,S』の一人、終末龍の死体を喰らいその力を継承した超越者、アルゴラグニア様だ」
「アルゴラグニア……」
「感激してくれていいぜ、直々に挨拶しに来てやったんだからな」
「そうか」
ゆっくりと姿勢を起こし、アルゴラグニアに笑いかける。
「ありがとう、会えて嬉しい」
「カカッ、『真面目ちゃん』め。その醜悪さに敬意を表して、オレの事をアルゴと呼ぶ事を許可してやる」
「そうか、ありがとうアルゴ。……腹を蹴るのはやめてくれ。僕以外なら死んでいた」
「お前にしかやらねえよ。クリアのクソ野郎から聞いてたからな」
つまりクリアは知っていたけれど止めなかったらしい。あの人らしいとハーツが思ってしまうのは毒されている証拠だ。
「それで何の用だ。本当に挨拶だけか?」
「ン? あー忘れてたな。アイツから伝言だ───」
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「───」
唐突に、警報が鳴り響いた。ハーツが戦場を駆けていた頃に聞いた警報と全く同じ音色。つまり、表す意味は一つ。
「先刻『探知部門』が不特定多数の生物を海の向こう側から探知した」
「───」
「三秒で支度しろ」
嗤う。
「──『幻獣跋扈』だ」
平穏な日々は終わり、物語は加速する。