第三十九話『恋愛模様と本質模様』
『快晴』の一件の後。
ふと,エウレカはハーツと廊下ですれ違った。
「おや,ハーツではないか」
「総司令官殿,お久しぶりです。……お気分は大丈夫ですか?」
「ふむ。何の問題もないぞ?」
ここ数十年病に犯される事はなく,また大きな怪我もない。あったとしても回復魔法で大抵はどうにかなる。心配される程の事はないはずである。
「いえ,例の太陽は精神を狂わせる物でしたので。エウレカ総司令が影響を受けていたら心配でしたが……息災でしたら何よりですが」
「お主はいい子じゃのう」
「いえ,エウレカ総司令にはお世話になってますから。……その,頭を撫でるのはおやめください」
「おっと。ついうっかりじゃ」
指摘され,彼の頭から手を離す。
「そうだ,一つお尋ねしたいのですが」
「なんじゃ?」
「ハイフロント……というよりもこの辺の地方で,墓参りに関する風習や注意事項などはありますか? 今度墓参りをしたいと考えているのですが,私はまだこの辺の風習には疎いので……」
「なんと……!」
エウレカは思わず杖を握る手に力が籠った。
そして今度は能動的に,彼の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「お主は本当にいい子じゃのう! お主の上司とは大違いじゃ! まさか自ら弔いたいと思ってくれるとは!」
「そ,総司令官殿……頭が……!」
「どうじゃ,ワシの子にならんか!? お主ならいつでも歓迎じゃ!」
「あ,生憎と……両親はもういませんが尊敬していましたので,遠慮します」
「うむうむ! 親思いの良い子じゃ!」
最早何を言っても好感度が上がる始末である。だが,自分の言葉を素直に受け止め,真面目に生きている青年を快く思わない方が難しい。
長く生きれば生きるほど,そう思ってしまうのだ。普段関わっている二人の人間が人でなしとろくでなしである事も関係しているだろう。
「ならば,困ったことがあれば何でも相談せい。ワシはお主の味方じゃ!」
「ありがとうございます」
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「───という事があっての。以前よりハーツとは仲良くさせてもらっとるのじゃ!」
「そんな事が……」
「して,何があったのじゃ? お主らの仲の良さと関係性はワシもよく知るところじゃ。やはり喧嘩か?」
「う~んと、その」
エランは言い淀んだ。ただ頬が若干緩んでいたり、赤くなっているところをみると、どうやら後ろ向きな悩み事ではないらしい。
その時点でエウレカはおや、と思った。
「この前、ハーツさんとキスしたんです」
「ほう……ほうほうほう! なんとまあ!」
「でも色々事情が……私の人格の事とかあって関係性について話せてなくて」
「懸念点があるが故に踏み込めないという事じゃな」
腕を組み、深くふかーーーくエウレカは頷きを繰り返す。
「分かる、分かるぞお主の気持ちは! つまり付き合いたいが気持ちを確かめるのが怖いという事じゃな! ハーツは良い奴じゃが時々へたれな時がある。こんな時こそいつもの強さを発揮しろ───そう言いたいんじゃろ!」
「そ、そうなんです!!」
指を突き付けたエウレカに対し、エランは拳を握って肯定した。
「ハーツさんしかも、私……に『好き』って返してくれたんです! なのにそこから先は踏み込んでくれないし……!」
「なんとまあ情けないやつじゃのう~……口ぶりから察するに先に好意を伝えたのはお主じゃな? まったく、最後の一歩ぐらい男の方から踏み出すのが甲斐性じゃろうに」
主導権を握りたい、という考えの女も少なからずいるが、この場において二人はそうではなかった。
「じゃが、ここでただ待つというのも女が廃る。そこでワシに一つ策があるのじゃ!」
「おおっ!」
「ほれ、耳を貸せい……ごにょごにょ」
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「ハーツさん!」
「エランか。こんばんは」
一日の作業を終え、クリアへの報告なども終えて寮へ帰る途中。その日は特に誰とも約束がなかったはずだが、帰路をエランが塞いだ。
「待っていたのか? なら送っていくよ」
「う、うん。でもそれが目的じゃなくて……」
口元に手を当て、視線を逸らしながら迷うエラン。意図が分からずハーツは首を傾げてしまう。彼女はどんどんとはっきり物を言う性格になっていた。故に、こうして口をまごつかせるなど久しぶりだ。
やがて決心したように頷くと、エランはハーツに対し腕を組み、顔を逸らした。
「───か、勘違いしないでよね! 別にハーツさんの事なんて好きじゃないんだから!」
「……???」
「キスとかしたけどそういうつもりじゃっ、いや、そんな事ないけど……だから!」
ハーツの頭を疑問符が埋め尽くした。
まるで宇宙が目の前に現れたような感覚。わざわざ声色を工夫している点は可愛らしいと思うが、明らかにおかしい態度は理解できない。
「エ、エラン? 一体どうしたんだ?」
「どうもしてないし! ハーツさんが素直じゃないから拗ねてるとかそんなんじゃないし……!」
「あるんだな……ん?」
視界の奥に、銀色の何かが見えた。ふとそちらに視線を向けると、こちらを見つめていた瞳が建物の陰に引っ込む。
だが、ツインテールに結ばれた髪だけは隠せず飛び出ていた。そしてその銀色は、ハーツにとって馴染み深いお世話になっている人物のものである。
「……」
───入れ知恵か……
どうやら、何かしらの作戦の元行われた行動であるらしい。という事はエランがエウレカに相談し、その上で決行された作戦であるという事。
その時点で段々、ハーツはエランの思惑の根幹に気づいてしまった。もちろん細かな部分は分からないが、これでも長い付き合いになりつつあるのだ。
「だ、だから……そのっ!」
「……」
「ハ、ハーツさん……?」
気づけばハーツはエランの頭を撫でていた。難しい事は考えず、なんだかそうしたくなったのだ。優しく髪を後ろに流しながら、自分の事を見上げる少女に対し微笑みかける。
「……エラン」
「うん」
「君の言いたい事は大体分かったよ。僕も鈍い方じゃないから」
「……うん」
「君の事は大切に思ってるんだ。でも……だからこそ、大切だからこそ少し待ってほしい」
エランの瞳が不安そうに揺れる。表情が歪んで、震えて。
でも、ハーツの事を信じてくれているからこそだろう。彼女はもう一度ハーツを見つめた。
「僕にも、僕なりの過去がある。誰にも話した事はないし、誰にも誇れることのない醜い過去だけど……でも、君には聞いてほしいんだ」
「過去の事を聞いてもいいの?」
「もちろん。でも、辛い思いをするかもしれない。沢山の人が傷ついたし、僕が『不死身』を名乗るきっかけにもなった事だから」
「……」
「これを話さないと僕は、きっと君とどうなる事も出来ない」
関係性を進めないのも、感情に気づきながら置いたのもそれが理由だ。ただ怯えているだけなら乗り越えればいい。それが出来ないだけの理由がハーツにはある。
「だから少し待ってほしい。あと少し、もう少しすれば……ちゃんと決心できそうなんだ」
「……ハーツさんは真面目だね」
ゆっくりと、エランは撫でるハーツの腕を絡め取り、抱きしめてくる。
「関係性をはっきりしないで『俺の傍にいろ』って言う事も出来たかもしれないのに、ちゃんと考えてくれてたんだ」
「当然だよ」
「うん、だから『真面目』って言ったの」
「……そうか」
本音を言う事は勇気のいる事だ。でもこうして受け入れてくれるからこそ、ハーツは隠さないでいられる。今はただその事実に感謝した。
「……」
エランの頭を撫で続けながらも、ハーツは不意に視線を前へ向けた。
そして顔を出し、こちらの様子を見て勝手にほっこりしているエウレカをばっちりと捉える
「───!」
彼女は親指を立てながら引っ込み、どこかへ消えてしまった。どうやら結末を見届けて満足したらしい。
そして今更だが、エランが抱き着いてきたのを見ると彼女はエウレカの存在を知らなかったのだろう。知っていたのなら行動に移す訳がないだろうから。
「ハーツさん」
「ん」
「待ってるね」
「ああ」
今はただ、この平穏を噛みしめよう。
ハーツは自然とそう思った。
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───ずっと疑問だった。
無機質な研究室の壁を眺めながら、思う。
───ずっとずっと、考えていた。
最近は暇な時間が出来ると、この事ばかりを考えている。
───きっと、あの人は表に出している以上に悲しんでいる。
ハーツ・ローレリアス。
エランフェリアを、自分たちを何度も救ってくれた人。エランフェリアにとって大切な人。
彼はきっと、リアやラン───人格を殺すという事について、きっと表に出している以上に悲しんでいる。
声を張り、顔を歪め、彼女たちが消える際に告げる言葉は本音だ。そして消えていった彼女たちも自分の選択について微塵も後悔していない。
けれど、きっと彼はこう考えている。
『自分のしている事は自殺教唆ではないか』、と。
あくまでも想像に過ぎない。考えすぎかもしれない。でも、エランは彼の事をずっと見てきたのだ。
優しい彼がそれを露にしないのは、きっと性格という事もあるけれど、それ以上にエランを悲しませないためだろう。
当事者であるエランが一番悲しい筈だと、彼はそう思ってくれているのだ。
───でもそれは違う。
他の人が消えたと考えているかもしれないが、エランにとってはそういう感覚ではない。
なぜならばエランは彼女たちであり、彼女たちもまたエランであるから。やはり多重人格という病の定義と同じく、『統合』という言葉が近しい。ただしこれは当事者と第三者の越えられない壁でもある。
「───」
そうやってハーツの、滲み出る悲しみを感じる度に。彼と自分の違いを感じる度に、エランは考えるのだ。
───どうしてこんなに優しい人が、こんなにも傷つかなければならないのだろう。
人のためを思い、人のために命を使い、人のために死ねる優しくも悲しい人。
この悲しみを拭う方法はないのだろうか。なぜこんなにもハーツは苦しまなければならないのだろうか。
方法はないのか。
もっと、優しく、心を擦り減らさないような解決法は。
───もしあるとすれば。その方法を探るのが……私に出来る最大の恩返し。
守られるだけの、救われるだけの少女ではなく、大切な人の心を救えるように。
エランは密かに決意を固めた。
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「───今でも時々、不思議に思う」
既に灯りは消えている。
けれど、そう簡単に眠りにつくわけもなく、この日もハーツとラングは静かに会話していた。最近ラングが忙しく日中に会話できていないという事も理由の一つだ。
二段ベッドの上から、ラングは言葉を投げる。
「お前はもっとクールな奴だと思ってたぜ」
「どういう事だ」
「いや、リアちゃんやランちゃんを救った時にさ。こんな風に誰かのために心を動かせるやつなんだって思わなかったぜ~」
「僕の事をあんなに色々言ってくれたのにか?」
「第一印象の話だよ」
即ち、以前に部屋で自己紹介をした時の印象。
平時のハーツはやや感情に乏しい部分がある。そのせいだろう。
「……いや、お前の言う通りだよ」
だが、ハーツはあえて否定しなかった。
「僕は依然、今よりもう少し冷たい奴だった。変わったのさ」
「変わった? なんでだ?」
「エランたちの手助けを僕がしているように───僕だってエランたちに変えられたのさ。もちろん、お前やチエにもな」
「……」
木材を挟んだ隣人から、少しの間返事がなかった。
「……お前、やっぱり変わってねえよ」
「なんだって?」
「さてね。はいじゃあ、おやすみ~」
「……まったく」
会話を自分から切り出して両断するとは無責任にもほどがある。ハーツはため息をつきながらも、目を閉じた。
「……」
暗闇の中で思いつくのは、今までの軌跡だ。
自分らしくない行動、自分らしくない感情───かつてはそう思っていたが、今は正しく、自分自身だと肯定できる。
───僕は今、変化を迎えている。
『恐怖』を乗り越え。
『狂気』を否定せず。
そしてハーツのまだ知らない『 』さえも、きっとどうにかするのだろう。
───段々と、『真面目』じゃない手段を知ろうとしている。
自分の命を犠牲にするだけでは出来ない事が増えてしまった。自分が傷つく事を悲しんでくれる人が増えてしまった。
以前とは違う。明確に、違いすぎる。
───『真面目』じゃない僕は、一体何が出来るだろう。
襲ってきた睡魔に逆らわず、ハーツは身を委ねた。




