第三十七話『陽だまりの下で』
───軍服に袖を通し、襟を正して服のしわを確かめる。
新品の軍服は、真新しい生地の感触と慣れない感覚をハーツに与えていた。諸々あり新しく軍服が支給された訳だが、ハイフロントへ配属されて以降、四着目である。
整った身なりを鏡で確認し、ハーツはため息をつきながら、背後へ振り返った。
「おい、遅いぞ。昨日も飲み過ぎているからこうなるんだ。同期と仲がいいのは良い事だが、お前は軍人だろうに」
「悪かったって~! 数日間軟禁状態だったからつい羽目外しちまったんだよ!」
ぺかーっとした笑みを浮かべつつ、髪型を整える同居人。
焦っているが完全に自業自得であり、このような事は何度目か数えるのも馬鹿らしくなる。
「よ~っしッ!」
そうして呆れながら待つこと数分後、準備を完了させたラングの声を聞いて、ハーツは自分のベッドから腰を上げた。
「急ぐぞ。エランとの約束の時間まであと数分しかない」
「走るのか!? 俺前線経験ないから運動得意じゃないんだけど……!?」
「知らん。恨むのなら自分を恨むんだな」
「薄情者め~!」
天を仰ぐ同居人を置いて、ハーツは小走りで部屋を飛び出した。
───『快晴』の太陽が消えてから、既に数日が経っていた。
あの日、太陽の熱は出歩いた人々を『狂気』に堕とし、伝染する性質によりハイフロントのほとんどの人々へ影響を及ぼしていた。
聞けば、魔法耐性が高かろうと関係なく侵食され、回避できたのは特別な事情───ハーツやラングのような諸々を抱えている者のみだったという。
司令官たちも影響下にあったのだから、その話も納得だ。どうやら本当に壊滅一歩手前まで進行していたらしい。
だが幸いな事に、死傷者は存在しなかった。熱を受け軽い熱中症や火傷の症状を訴えた者はいたものの、命を奪うまで太陽は人を蝕まなかったのだ。
更に不思議だったのは、影響下にいた者のほとんどが断片的にしか記憶を持たなかったこと。それはつまり『狂気』に堕ちた記憶を持たない事を意味し、後遺症はほぼ皆無だ。
結果として『快晴』による自然災害であるとの認識は広められたものの、大多数が何も覚えていない不思議な状況が完成した。
だが、ハーツとしてはそれでよいと思っている。『狂気』は安易に受け取るには、危険な思想であるから。
「二人とも遅い!」
集合場所である第二地区の端で二人を叱ったのは、腕を組んだエランだった。
「別に怒ったりしてないけど、約束は守らないと。二人で遊んでたんじゃないの?」
ランが消えて。彼女はまた、少しだけ前向きになった。新たなる経験と、過去を乗り越え成長したのだ。
髪も以前より伸び、なんと背丈や体も以前より少し大きくなった。気分なのか髪型はランと同じ、一つ結びにしている。
「申し訳ない。だけどラングのせいだ」
「ごめんごめん! ちょっと色々あって」
「謝ってくれたからもう大丈夫。早く行こ! ───チエさん、待ってるよ!」
この日、三人が集まった理由は、墓参りのためだ。
あの日の葬式にて、三人はチエの事をしっかり弔えたとは言い難くなってしまった。
第二地区を過ぎ、第三地区へ入り、そこから第一地区へ戻るように道を進む途中。かつてハーツがエウレカと遭遇した戦没者墓地はそこにある。
途中の店で買い物をし、路地を通って墓場へ。墓石が並ぶ中、三人は少し奥へ進み───二人と、一人が眠る場所で立ち止まった。
ゆっくりと、持ってきた布を水で濡らし、三人の墓石を丁寧に磨いて。
「久しぶりだな、リア」
「元気してた? って、私が言うのもおかしいけどね」
一番左。
リアの眠る墓の前で、ハーツは持ってきた供え物を取り出し、墓の前へ置く。
それはタルトだ。赤い果実を使った、彼女が食べたかったと言っていたタルト。エランの記憶から実物を特定し、その果物を入手して作るのに少し時間がかかってしまった。
でもこうして、リアの食べたかったタルトは、ハーツとエランの手で作られ、こうして届けられたのである。
供え物は東洋の文化であり、ルドベリア帝国には存在しない。だからリアが望んでいなければ持ってこなかったのだが、一人に持ってきた以上、残り二人には何もないのは許されないだろう。
きっと二人がその話を聞けば───嫉妬してしまうだろうから。
だから、二人にもそれぞれ好物を添えて。
両手を三人の墓の前で組んで───それぞれの願いと共に祈りを捧げた。
「───」
三者三様、思う事がある。
リアに対しては、やはり未練が。ランに対しては、喪失感にも似た寂しさが。チエに対しては反対に、どこでも上手くやれるだろうという安心感が。
それらを祈りにのせて。
そうして一連の流れを終える時、ふと、ラングが声をかけてきた。
「……ごめん。二人とも、少し俺を一人にさせてくれないか。チエに言いたい事があるんだ」
ハーツが何かを言うよりも先に、反対側にいたエランが袖を引っ張った。自分よりも早く気遣いが出来た彼女の判断が、なんとなく嬉しくなって、ハーツは頷く。
「分かった。出口のところで待ってるから、ゆっくり来い」
「ありがとう」
荷物を持って、二人は出口へ向かった。
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───風の音と小鳥のさえずりだけが聞こえる。
二人が去ってからもしばらく祈りを続け、ようやく何も聞こえなくなって、ラングはゆっくりと手を離し目を開いた。
「───」
片膝立ちになって、寄り添うように視線を墓石に合わせる。
一瞬、どう言い出そうか迷って唾を飲み込んだ。
「チエ。あの時は……何も言えなくてごめんな」
ぽつり、ぽつりと続ける。
「俺の『流転病』、強くなったぜ! きっとこの力は、君がくれたんだろう? ……違うとしてもそう思う事にするよ。その方が、勇気が湧いてくるからさ!」
「この力の振るい方は変わらない。チエがそうしたように、俺もこの力でもっと多くの人たちを救うよ……! きっと前よりも早く探知出来るはずだから、そうしたら準備にもっと時間を割けるようになって、一人でも、二人でも、悲しい目に遭う人が少なくなるはずだ」
「君のおかげさ。君のくれた力と勇気が、俺を助けて。その俺が沢山の人を助けるんだ! こんなに嬉しい事ないよな~!」
「……」
「……でも、思えば。俺が君に救われていたなんて、最初から───一目惚れした時からだったな。君はいるだけで俺を救ってくれてたんだ」
「君の考えが大多数に受け入れられなくても。俺にとって君はずっと、可愛い良い子だったよ。例えそれが俺に良い印象を抱かせるためだったとしても、俺は、俺にだけ特別扱いをしてくれた事実が嬉しい。……なんていうのは、ちょっと都合良すぎるか? まっ、惚れた弱みだ!」
「だから俺、生きるよ。悲しいし、正直心折れそうだけど……君が言ってくれたから」
「大好きだよ、チエ」
目を閉じずとも、全てを鮮明に思い出せる。
チエと過ごした日々を。くれた言葉の数々を。最後に言われた懺悔の数々を。
───『こんな女でごめんなさい……!』
「とんでもねえ。最高の女だ」
───『側にいてなくてごめんなさい……!』
「俺が君に追い付くまで、もっと良い男になるための修行の時間だな!」
───『「怪物」でごめんなさい……!』
「……」
『怪物』。
それは、人の心を持たず、涙を流さない者。
例えチエが自らをそう自称しても。
世界の全てがチエをそう呼んだとしても。
「関係ない。君はずっと───世界で一番かわいい、俺のチエだった。謝罪なんていらなかった。言葉を送りたいのは、ず~~~っと俺の方だったよ」
───「だから」
───『それでも』
あの時言えなかった分。
遠く遠く、チエの元にまで届くように。
「俺の方こそ───出逢ってくれて、ありがとう!」
大切な人はもういない。
この悲しみはずっと続くし、思い出して泣き出してしまいそうになる日だってあるだろう。
でも、チエのくれた『熱』は───いつまでもラングの心を照らし続けるのだ。
「またな!」
いつものようにぺかーっとした笑顔を浮かべて。
ラングは二人の元へ歩いていく。
───乗り越えた彼らの頭上には、どこまでも続く『快晴』の空が広がっていた。
ひとまず、第二章までご覧いただきありがとうございました。
個人的に第二章はお気に入りです。
引き続き第三章も投稿していきますので、もしよろしければブックマークや評価の方お願いします。




