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エランフェリア・テンペスターズ  作者: 織重 春夏秋
第二章『快晴の章』
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第三十二話『伝染する狂気』


「立ち話もなんだから,花畑で魚を沈めよう」


「今日の仕事は魔法部隊の腎臓集めだ!」


「早く! 人間の卵焼きは月夜に兵器を踊る準備を行え!」


「夜ごはんは無機物の家族がいいな!」


「あらあら,なら海がピンク色に溶けるのを待たないとね」


「なんだこれ───」


 基地内部を歩く軍人たち。

 その会話,言葉,話している内容の全てが───支離滅裂だった。


 窓の外に視界をやれば,そこには未だに輝く太陽がある。


「どういう事だ……太陽の影響? 『狂気の伝染』とはこういう事なのか……!?」


 ハーツの思考がおかしくなった時,疲労やラン自身と接している事が理由であると考えていた。だがこうしてランと直接かかわりのない人々が意味不明な会話を繰り返している。

 

「外出は制限されていたはずだが,一部の人間は出ていたはずだ……」


 ただでさえ太陽は灼熱だ。クリアの命令によりどうしても作業をしなければならない人間以外は外出を禁じられていたが,裏を返せば一部の人間は外出を許されていた。


 もしも太陽の熱を浴びる事によって『狂気』が発症してしまい,それが伝染するというのであれば,単純に外出した人間からそうでない人間への感染,そして窓の外からの太陽の熱による感染と二つの経路が存在する事になる。


「……避ける事は不可能。流石にどうしようもない」


 周囲を見渡す。彼らは一見仕事を行っているように見えても,上手に動けてはいない。会話を繰り返しながら壁に激突しているような人間もいる始末だ。

 即ち,既に堕ちている・・・・・・・


「───おや,ハーツ」


「……! エウレカ指令」


 茫然とするハーツへ声をかけてきたエウレカは,その手に杖を持ちながらこちらへ近寄ってきた。


「大変です,ハイフロントの皆が───」


「小指の舞踏会は順調かの?」


「───っ」


 目を見て,言葉を聞いて悟った。彼女もまた『狂気』の影響を受けてしまっている。総司令であり優れた魔法使いである彼女ならと,当然のように思ってしまったが,例外ではなかったらしい。


「何てことだ……一体どこまで影響が広がって……?」


「む,ハーツよ。どうしたのじゃ?」


「……どうしたとはどういう事ですか?」


「一体なぜ,意味不明な事を言っているのじゃ?」


「……はい?」


 不思議そうな顔を浮かべるエウレカの言葉に,ハーツは意味が理解できず聞き返してしまう。意味不明な事を言っているのは彼女の方だ。


「ええと,それは───」


「グランティア総司令,それにハーツ・ローレリアスよ」


「おや,デフィニではないか」


 言葉を遮る様に廊下を歩いてきたのは,探知部門長デフィニだ。彼は誰かを探すように周囲を見渡している。


「探し人かの?」


「ああ。ハーツ・ローレリアスよ」


「……なんでしょう?」


チエを見かけなかった・・・・・・・・・・


「───ッ」


 ハーツは思わず顔を顰めてしまった。

 周囲の軍人やエウレカとはまた違う狂気。即ち,死人を生きていると認識してしまっている。デフィニはチエの葬式に出ていたらしいが,ハーツはそれを見かけていない。故に彼がチエの死に対しどのような感情を抱いていたかは定かではないが,恐らくきちんとした悲しみを抱いていたばかりに,そのような妄想をしてしまっているのだろうか。


「チエは奇跡的・・・に『大波』から帰還した。その件に関して研究部が騒いでいるのでな。至急呼び出しが必要なのだ」


「うむ。洪水を砕く事は大事じゃ。喜び,悲しみを表現するには人間の構造的に血が不足しておる」


「三時間は探しているのだが,チエが見当たらん。居場所を知らないか」


 滅茶苦茶だった。

 頭がおかしくなりそうだ。


 会話が成立しているように思えて,片方は意味の成立しない文章を話し,片方は現実をきちんと認識できていない。

 聞いているハーツだけがその意味をきちんと理解できていて,こちらまでどうにかなってしまいそうだ。


「二人とも,気を確かに! そんな訳の分からない事を言ってる場合ではありません!」


「寝床? 何を言っているのだ」


「そうなんじゃよデフィニ。さっきからハーツが訳の分からぬことを言っているのじゃ」


「……ああ」


 二人の返答を聞いて,ハーツは小さな希望が打ち砕かれたのを悟った。

 会話が通じない。現状では解決する手段もない。もしかするとハーツのように状態を平常に戻す魔法があれば可能かもしれないが,通常の治癒魔法とは肉体の損傷を治すだけの代物。ハーツのように便利ではないのだ。


「……なんでもありません。デフィニ指令,僕はチエを見かけていません」


「そうか。それでチエはどこにいるのだ」


「っ……お二人とも,失礼します」


 二人の返事を待たずに頭を下げ,ハーツはその場を早足で去っていった。


「───」


 狂っている。

 すれ違う人々,窓の外を歩く民衆。どこまで規模が拡大しているかは定かではないが,太陽が起点として発生する『狂気』なのだとしたら,恐らくハイフロント全域が範囲だ。


 もしかすると密閉された空間ならば太陽の影響を一切受けていないかもしれないが,最悪の想定としてハイフロントの人間全員が影響を受けている可能性がありえる。

 そうなればハーツだけが正気を保っている唯一の人間という事になるだろう。


 ───どうにかしなければ。


 ならば早急にランの事を解決しなければならない。もしくは正気な人間を見つけ,どうにかして正気に戻す方法を見つけなければ。


 『一体なぜ,意味不明な事を言っているのじゃ?』。 

 『寝床? 何を言っているのだ』。


「───待てよ・・・?」


 足を止め,先ほどの会話を振り返る。

 二人はハーツの言葉に対し,そんな風な事を言った。


 おかしいのは二人なのに。意味不明な言葉を吐いているのは,ハーツ以外の人間のはずなのに。それではまるで───


「もしかして,おかしいのは僕・・・・・・・の方なのか・・・・・?」


 そう考えれば,辻褄があってしまうのではないだろうか。ハイフロントの全てが狂ってしまったと仮定するよりも,ハーツのみが狂っていると考えた方が,規模感的に納得できる。


 そもそも太陽が全てを狂わせてしまうという思考だって過程に過ぎない。ハーツはランと親しくハイフロントの誰よりも彼女の力について理解しているだろうが,それでも本質を捉えているとは言い難く,もし仮にリアが消えたい事による魔法の還元が想定よりも強かった場合,こうしてハイフロント全域を覆うほどの灼熱の空を顕現させることも可能だろうが,やはり一人の少女でここまで強い力を扱えるというのはかなり難しい話だ。否,エランならばそれも可能だろうし,そもそもそれが出来るからこその『K.E.O.S.』であり,実際彼女はそれを成してきただけの実績を持つ。それによく考えてみれば最高位の魔法使いであるエウレカと探知部門の総司令であるデフィニを欺き通してしまうというのはかなり凄まじい話だしあの強い師匠すらその影響下に置かれているとは考えられない。しかしクリアの力は集団戦では生かせない類であるためランの力ならばあり得ない可能性ではあるのだが,経験則からすれば想像できない。だというのにクリアの力は相当に凄まじくハーツならば一秒で死に至るだろうし,直接対決ならばエランたちであろうとも負ける可能性すらある。そんな彼も負けてしまうとは少し考えにくいが,裏を返せばそれ以外がえいきょうをけているのだからひとりていどもんだいないだろうしいくらちからをもっていたとしてもちからをかんつするようながいねんにかんしょうするちからならばかんけいないただでさえさいせいまほうをもつはーつでさええいきょうをうけているかのうせいをひていできないのだからほかのだれがむこうかできるだろうかさいきょうたるえらんさえかこではせいしんをやんでしまっているのだからきっとしかたがないにんげんとはおろかでよわいそんざいなのだからはーついがいのぜんいんかそれともはーつだけがえいきょうをうけているかのうせいだってあるんだかなしんでそれでもけんめいにいきているのだからそういうこともあるだろうきょうきというにげみちがああああああがあががががああああばあばああばばばばあばばばあああばあがああああああががががががあああああああががあがああああああああ。


「───ッ!!」


 限界の理性を振り絞りハーツは,懐に仕舞っていたエラン用の注射器を自分の掌に突き刺した。本来針は細く,人体を傷つける用途ではないのだが,力強く突き刺したせいか掌を貫通していた。

 中身を注入する事はしない。目的は自らを傷つけ,再生魔法を発動させることにある。


「ッは……! 見失うな・・・・……!」


 急速に治る傷と冷静になる頭。自然と止まっていた呼吸を繰り返し,ハーツは落ち着きを取り戻す。

 一瞬,確実に堕ちていた。


「これが『狂気』......」


 なんて恐ろしく,抗いがたい感覚だ。

 水の中に飛び込む時のような,違う世界へ踏み込む感覚ではない。まるでベッドに入りながら思考をしていて,気が付いたら朝になっていた───そんな風に,曖昧な認識。


 抗うだとかそういう次元ではない。気が付けば、ただそこにいる。


「これが,ランの生きている視界」


 『天瞑の王』の本領。暴力的な人格の真骨頂。


「こんな世界で生きてきたのか……」


 この世界で生きる彼女は,一体何を思って,何を考えているのか。

 改めて,ハーツには理解のできない世界だ。彼は世間的に見て強者であり,精神も強い。こんな風に他者からの干渉を受けない限り,『狂気』に堕ちる事はない存在だ。


「……」


 ──ひとまず今日は休もう。頭を使いすぎた。


 何をするにも,頭が動かなければどうしようもない。時間がないとしても,だ。

 ハーツは自室へと戻っていった。


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