第三話『遊行日和』
終わりを知らぬ闇と、天から降り注ぐ光だけが存在する二色の空間。
中央の一際大きな光が降り注ぐ『現実』を囲むように、孤独な四人がいた。
一人、暖色系を詰め込んだ陽気なやつ。
一人、気持ちが陰りそうな陰気なやつ。
一人、何よりも強く鋭い真白なやつ。
一人、青と白を持ち不安そうなやつ。
彼女らはエランフェリア・テンペスターズ。
一つの体に共存する、精神共同体である。
「ど……どうしよう……!」
主人格、青と白の不安そうなやつ──エランが頭を抱えた。
議題の発生である。
故に、これから彼女らは討論を始めないといけない。
助け合うというのは、この小さな世界に存在する規則の一つだから。
「───責任取ってとか言っちゃったぁっ! メンヘラかなぁ私!?」
「いーじゃんかぁ!★」
それに対し答えたのは、陽気なやつである。
「女の子ってのはー、ちょーっと重いぐらいがちょうどいいっしょ!★ アタシ軽薄な奴ま~~~~じ嫌い♥」
「そ、そうかな! そうだよね! 私の発言変じゃないよね!」
「───それは、どうでしょう……」
上手く収まりそう──というより本人は納得しそう──な雰囲気に口を挟んだのは、正反対の陰気なやつである。
「僕たち終わりです……初対面で『責任』だとか言って、『なんだこのドチャクソメンヘラバカ女』とか思われたに違いありません……腹を割いて詫びなければ明日の朝には晒しものですよ……!」
「実際腹を割ったのはハっちだったんだけどね! あ、心臓だったずどーん!♥」
「あああああああそうだよね……! どんなに考えても初対面で殺しかけた女ってことに変わりないよね!? 人は第一印象が肝心だって言うし……ああああああああああ」
主人格が色々と想像すると、陽気な奴と陰気なやつもそれを共有する。
多重人格者のそれぞれの記憶というのは、個人によって症状が異なるが、彼女の場合記憶は全ての人格に共有されるのだ。
「──静粛に」
あらぶる主人格を諫めたのは、腕を組んだ状態で静観を貫いていた白いやつである。
彼女は三人の心に響くような、低く落ち着いた声で、語る。
「オレたちがいくら言葉を弄そうとも、心配を抱こうとも、事実は動かん」
不服だがな、と前置きをして、彼女は目を開いた。
「あの時、普段は絶対に一致しないオレたちの想いは重なった。即ち、『ハーツ・ローレリアスを信じる』という事を決めたんだ」
「「「……」」」
「アイツもまた約束をした。ならばこれ以上悩む必要などない。信じるんだ。───この涙を認めてくれたヤツを」
気が付けば、四人の頬を涙が伝っていた。
記憶の共有がされた訳ではない。嬉し涙とも、悲し涙とも取れぬ曖昧な感情の結露。
だがそれは、彼女らのもつ唯一の人間証明である。
「異論はないみたいだな。それでは───光の元で、死体になるまで、騒々しく過ごそう」
彼女らはエランフェリア・テンペスターズ。
やがて消えゆく運命にある、不思議な四人の少女である。
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中央司令塔のある第一地区を中心とし、ハイフロントは合計十二個の地区によって構成されている。中でも上官が住むのが第二地区であり、そのほかの軍人が住むのが第三地区───ハイフロントで最も巨大な地区である。
本来ならハーツのような少佐は高級将校、即ち上官に認定されるのだが、まだハイフロントの工事が完了しておらず、それにより第三地区に寮がある。
更に言えば部屋の質は良いのだが、部屋数の関係上オプションとして同居人がついてくる。
「俺の名前はラング・ミセラブル。お前と同じ少佐だ! よろしくな!」
「あぁ、よろしく頼む。俺はハーツ・ローレリアスだ」
とても陽気な同居人との挨拶。握手を済ませ、ハーツは彼のぺかーっとした笑顔を見た。
気慣れた漆黒の軍服に、綺麗に通った鼻と整った顔立ち。高い背丈と肉体は、女性によく好まれることだろう。短く切り揃えた金髪は帽子によって遮られているが、一目で外見に気を使っていることが分かる。軍人にしては珍しいほどに美形だ。
「ハーツ! 名前は聞いてるぜ、不死身の英雄なんだってな」
「今はもう不死身じゃない。こっちこそ、頭脳明晰だって聞いてるよ。先の戦争では後方支援で世話になったかもな」
「おー! お前良い奴だな! 仲良く出来そうだ」
お互いに、戦争で活躍した戦績を元にハイフロントへやってきた者同士だ。年も近く、ハーツの一つ上の二十二歳だという。
年も近く、階級も同じで赴任してきた時期も同じ。つまり二人は同期という事となる。
「一緒にがんばろうぜー!」
ぺかーっとした笑顔を浮かべ、敬礼をしながら言うラングにハーツは頷く。
「お前は『探知隊』だったか」
「そうだぜ。エーキュレイン司令の部隊所属だ!」
『幻獣魔法探知部隊』、通称『探知隊』。
『幻獣跋扈』の到来を様々な体質、魔法などで察知するのが彼ら探知隊だ。
ハイフロントには欠かせない選ばれし精鋭集団であり、彼らが騒ぎ出す時は幻獣の襲来時である。要するに人の形をした警報機だ。
この基地の安全は魔法技術と魔法による二重の網によって守られている。
「俺の魔法は『流転病』。能動的に使わなきゃいけない分類の魔法で、簡単に言えば対象の状態を俺に移す事が出来るんだ。その副産物で生物のある程度の感情とかの、うーん……方向性? とかが分かるんだよ。探知隊としての力は主にこっちかな」
「……人間不信になりそうな魔法だな」
「っはははは!! その通り! 前は相当悩まされたけど、今は結構うまい具合に使ってんぜー! それに強い感情じゃないと中々掴みにくい」
「試しに俺が今何を思っているか当ててみてくれよ」
「おいおい、無茶ぶりか!」
「あぁその通り」
小さく笑い合い、ラングは表情を引き締めると目配せをしながらぺかーっと笑った。
「───お前は俺に、町の串焼きを奢りたいと思ってるな!」
「残念だが違う。いつ幻獣が到来してくるか不安なんだ」
「こいつ真面目ちゃんだな!?」
それも良しという風に豪快に笑うラングに対し、ハーツは今更になって彼の言葉の意図を察し、少し恥ずかしくなった。
「まぁそれは冗談としても、落ち着いたら街に出かけよう。まだお互いハイフロントについて理解は浅いだろう?」
「そうだな! ───っと、もうこんな時間か。話してたら時間忘れるところだったぜ」
部屋にある備え付けの時計の時間を確認し、ラングは急いで乱れていた身なりを直した。
「俺はこの後司令に呼ばれてるけど、ハーツはどうするんだ? 用事があるなら戸締りしちゃおうぜ」
「そうだな」
ラングの疑問に対し、ハーツは首を振って肯定する。
「俺もちょっと、大切なデートがあるんだ」
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寮のある第三地区から近いところにある第四地区。そこは、ハイフロントの中でも歓楽街に分類される場所だ。
人が集まり、店が沢山あり、喧騒と活気が支配する地区である。
「すまないエラン嬢。待たせてしまったか?」
駆け足だった事で乱れた息を整えつつ、露店の端に立っている少女に声をかける。
この日、ハーツはエランと出かける約束をしていた。彼女は普段ハイフロントの軍基地から出る事は許されない。なぜなら暴走の危険性があるからだ。
だが近日はエランの精神的な乱れもさほどなく、安定していた。更に担当であるハーツが同行することにより、外出の許可が下りたのである。
当然、何があってもいいように鎮静剤は懐に忍ばせている。これは打ち込んだ瞬間、体内の魔力に干渉し気絶に追いやる効果を持つ。直接近づいて針を刺さないといけないのが難点だが、『廻壊者』による再生魔法を持つハーツだからこそ使える手段だ。
「わっ」
すると彼女は驚いたように表情を変えると、一瞬後ろを向き、髪を整える仕草をしたのち、こちらに振り返った。
「ま、待ってない! 大丈夫! うん」
「そうか。だが遅れてしまって申し訳ない」
安易に『デート』とか言ったせいでラングに追及されたのだが、上手くあしらうのに少し時間を要してしまった。
だがそれを言っても詮無き事なので、素直に謝ればエランフェリアは首を振って否定する。
「本当に大丈夫だから。ハーツさんは真面目だね」
「別に普通だと思うが……時にエラン嬢」
「どうしたの?」
「その服装、まさか今日のために着飾ってくれたのか?」
ハーツの言葉を受けて、微かにエランは恥ずかしそうになりながら腕を摩った。
新品のような白を基調としたトップス。対照的に黒いスカート。生足を出すのは恥ずかしかったのか、隠すためのタイツ。胸元のリボン、髪飾り。靴もどちらかといえば戦闘用──即ち軍服のように機能美に優れたものではなく、魅せるための高靴。
絢爛で派手さのある衣装ではないが、少女らしい淑やかさと可愛さが備わっている。
「……はい」
「そうか。とてもよく似合っているな」
「……! 本当!?」
「ああ。髪飾りのセンスがいい」
「♪」
褒められたエランの表情が明るくなり、笑顔が日に映える。少し褒めただけでこうも喜んでくれるとは、純粋にハーツとしても嬉しい限りだ。
「デートを楽しみにしてくれてたんだな」
「デっ!? えぇ!?」
「……? 男女の遊行はデートではないのか?」
「あっ、なるほど……びっくりした……」
胸を抑えて深呼吸するエラン。
それに対し、ハーツはゆっくりと手を差し出した。
「それよりも、せっかく可愛い服装なのに転んでは大変だからな。お手をどうぞ、エラン嬢」
「ん……わ、わざと?」
「わざとなんかじゃない」
とは言いつつも、エランはハーツの手に手を乗せた。ゆっくりと下に降ろし、隣に移動するとしっかりと手を握る。
そして狼狽する彼女に対し、笑いながら、こう言った。
「ただ、どうも僕を真面目だけの男だと思ってるみたいだから、揶揄っただけだ」
「……不真面目。これで満足?」
微かに赤い顔とジト目と共に、デートは始まった。
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「すごい......! こんなに賑わってるんだ!」
青白の髪がたなびき、少女が感動を全身で表現する。
「外へはそんなに出ないのか?」
「うん。万が一ほかの人格が暴走しちゃったら大変だから、数える程しかないかな」
自分が悪いという自覚を持ちつつも、仕方ないという感情を併せ持つような笑いだった。
それ自体はどうしようもない事だと思いつつ、ハーツは話を逸らすために傍にあった屋台へと視線を逸らし、握っている手とは反対の手で指す。
「という事はこれを知らないな」
「これ、焼き魚......? 」
「元々ハイフロントが建つ前、ここはいくつかの漁村が存在する場所だったと聞く。あの焼き魚はこの辺で取れた魚に、名産の香辛料を振りかけた物だ」
「へぇ、美味しいの?」
「残念ながら僕も食べたことないんだ」
「ハーツさんも知らないじゃん!」
「まあまあ、少し待っててくれ」
とは言いつつも、ハーツは屋台へ近づく。
「串焼きを2つ」
「あいよ! 二種類あるんだが、どっちにするんだい?」
「......それじゃあ、1本ずつ」
先にハイフロントで使われている硬貨を支払い、少し待った後で出来たての串焼きを2本受け取った。
「エラン嬢、どうやら二種類あったらしい。香辛料の強い方と、淡白な方......両方買ってきたからどっちか選んでくれ」
「いいの? それじゃあ……こっち」
エランが選んだのは脂身の少ない淡泊な方だ。すぐにかぶり付き、おいしそうに頬を緩める彼女を眺めつつ、ハーツもまた残った方を食べ始めた。
少し辛く鼻を抜ける香ばしい匂いが特徴的で、馴染みのない味付けだが好みだった。
「美味しい! 食べたことない味!」
「ならこっちも食べるか?」
「えっ、いいの?」
「間接キスを気にしないのなら」
「……やっぱりいらなーい」
拗ねたように端を向き、リスのようにもそもそ食べているエラン。やがて食べ終わると、今度は少し進んだところにある別の屋台を発見した。
「あっちも美味しそう!」
「夕食が入らなくなるぞ。許可できない」
「あっ……そっか。残したりすると研究所の人に怒られちゃうから駄目だ……」
「……」
瞠目。
少女の表情が一瞬にして曇った。どうやら気分に水を差してしまったらしい。ハーツは自分らしく真面目な事を言ったが、その言葉で彼女を曇らせてしまったと自覚した。
「……だが、今日は特別だ。二つの条件を呑むのなら許可しよう」
「二つ? 条件?」
「あぁ。一つは夕食をきちんと完食する事。そしてもう一つは」
立てた指を道の先に向けると、エランの視線もそちらへ向く。見えるのはまた更に違う屋台。今度はデザート系の甘い菓子の屋台だ。
「あそこの屋台も僕と一緒に食べる事だ」
「……! ほんと! 約束する!」
「あっ、こら。ちゃんと夕食の事も考えるんだぞ!」
元気よく早足で歩きだしたエランをハーツは追いかける。どうやら気分は回復したようだ。
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夕方。
散々食べ歩いた後、二人は最後にアクセサリ屋に来ていた。
ハイフロントに住む一般市民の母親たちが数人で経営している、ハンドメイトの小さなアクセサリ屋だ。以前通りがかった時に気になっていたらしく、エランにつれられ来たのである。
「わっ……綺麗」
綺麗に並べられたアクセサリ達の中から一つを手に取り、エランは外の光に透かして感嘆の声を上げた。
透明で、少しだけ青空色で、透き通る宝石───ダイヤを模した耳飾り。
「本物ではないんですね」
「『魔石』さ。ちょっと値段は張るが、魔力を内側に込めてお守りみたいにできるんだよ」
店番をしている初老の女性が答える。『魔石』はそんなに珍しくなく、日常生活でも──例えば部屋のランプの代わりにも使われている。魔石に魔法を発動すれば、その魔法を保存し持続させる、もしくは道具のように収納できる力を持つ。便利な分強力な魔法は収納できないため、未だに軍事利用されていない事だけがネックだ。
魔石は強い魔法が使われた跡地に生成される。恐らく、この魔石は幻獣跋扈の跡地に出来た魔石を採取し、加工したのだろう。
「本物の宝石みたい……透かした向こう側が虹色に見える……」
「気に入ったのか?」
「うん。でも、また今度」
「今は安売り中らしいが、買わなくていいのか」
「実はさっきお小遣い使い果たしちゃって……」
要するに、買い食いをし過ぎたという事だ。止めなかったハーツも悪いが、お小遣いがなくなるまで食欲を発揮するエランも悪い。
「…………う~ん」
名残惜しそうに、眉を歪めながらエランは耳飾りを店頭に戻そうとする。
一歩前に出るとハーツはそれを盗り、店番の女性へと持って行った。
「これ、幾らですか?」
「えっ、えっ?」
困惑するエランを他所に会計を済ませ、店の外まで引っ張る。そして掌を出させると、上に耳飾りを乗せた。
「……いいの?」
「ああ。僕は特に趣味がないし元々お金を使わない生活をしている。だったら人に使って喜んでもらった方が有意義だ。それに───」
「それに?」
「君に似合う。だからあげたいと思った」
「……ありがとう」
彼女は両手で耳飾りを握り、胸の前で大事そうに抱えると、満面の笑みで言う。
「大切にするね!」
茜は、少女を地平線へ隠した。