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エランフェリア・テンペスターズ  作者: 織重 春夏秋
序章『ハーツ・ローレリアス』
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第一話『始まりの提案』


 『怪物』に人間の都合は関係ない。

 

 二日ばかり町で立ち往生したのも、一日ばかり野宿する事になったのも怪物のせいなのだけれど、天災とも呼ぶべきそれらに文句をたれる気にはなれない。


 魔法馬車───魔法技術の応用で作られた、従来の馬車よりも数倍の速度で移動可能な馬車に揺られること数日。

 ハーツは、自分の新たなる職場となるべき場所へとやってきていた。


「───ここまでで大丈夫です」


「えぇ? 何をおっしゃるんですか! まだ敷地に入ったばかりですぜ?」


「これから自分が生活する場所でもあるので、一度自分の足で歩いてみたいんです。ゆっくり見回さないと分からない事もありますから」


 ははぁ、と納得はしたが共感出来ない様子で相槌をうつ業者。


「じゃ、もし道に迷ったら誰かに助けを求めてください。この敷地内ならどこでも行きやすから」


「ありがとうございます」


 挨拶を交わし、業者は馬を走らせ、またも素早い速度で敷地内を進んでいく。

 彼のような馬車業者はこの敷地内に何人かいる。権限を持つ人間ならどこでも呼び出し、文字通り足として使う事が出来る契約なのだ。


 ───早く挨拶しなければならないけど,あの人・・・はこの程度で怒らないだろう。


 そんな事を思いながらも、ハーツは右手に鞄を持ちつつ、敷地内を歩いていく。


 単純に『基地』と呼ばれる事の多いそこは、そこそこの規模を誇る軍基地だ。訓練施設があり、寮があり、そして兵器と戦力がいる。ここ数年で新設されたが故に比較的新しく、綺麗な作りであり、この辺一帯の一種のシンボルでもある。

 今まで本部にいたハーツにとってその施設は目新しく、材質ひとつとっても興味を惹かれて仕方がなかった。


 壁門を抜けた先、即ちハーツが歩き出したところは広場のようになっており、馬車が行き来できるためのスペースが確保されている。今も何組かの馬車が行き来しており、ハーツの乗ってきた馬車もその中の一つとなり、道の奥へ消えていった。


 道沿いに見えてくるのは居住区だ。そこには軍人ではない人たちも生活しており、建物に沿って露店が左右に並ぶ一本道となっている。

 喧騒の中を進みながら生活レベルを観察。どうやら首都の方には劣るにせよ、ある程度の誇れるレベルにはなっているようだ。


 数十分そうした区画を抜ければ、やがて人通りは少なくなり、すれ違う人々の服装も仰々しい───それこそ、ハーツの着ている軍服となる。

 これから同僚となる人々に会釈をしながらすれ違い、やがて巨大な建物が大きくなってきた。

 

 それは、この基地の本部にあたる建物だ。入り口の上、中央上部には絢爛な色彩のされている杖が二本、交わるようなシンボルマークが存在している。

 権威と力を象徴するような外観だ。遺産に登録されるような外観ではないが、機能美と統一された黒の色彩はいっそ清々しい。


 ふと、外観を見ながら歩いていると、西の一角の上部にいる少女と、ガラス越しに目が合った。

 美しい黒髪の少女だが、なによりも特徴的なのは、尖った耳と肩らへんで動く長い尻尾であった。中にいるというのに軍服ではなく、どちらかといえば貴族の令嬢のような服装に身を包み、窓の外をゆったりと観察している。


 そんな少女と目が、合った。


「……手振られた」


 まるで親しい誰かに挨拶をするように、少女は笑みを浮かべながら手を振ってきた。周囲に人がいれば自分ではないと───もし仮に本当に自分だとしても───納得できるのだが、生憎といないし、その上ばっちり目が合っている。


 故に、ハーツは同じく笑みを浮かべながら手を振り返した。

 少女の方は,そんなハーツの反応が少し意外だったのだろう。眼を大きくし,一瞬動きを止めたが,やがて手の動きを再開した。


 少女の視線に潜む色が,少し変わった。先ほどまでは無関心だったそれが,まるで物珍しい何かを見るような興味関心を秘めたそれへと。

 ハーツもまた彼女に少し興味があるが,ゆっくりと視線を逸らすと,歩いていく。


「流石、前線基地。色々と個性的だな」


 などと感想を呟きつつ、検閲を受け、ハーツは基地の中へと入っていった。


~~~~~~~~~~~~~~


「ルドベリア帝国帝国軍所属、ハーツ・ローレリアス、現着しました」


「ご苦労」


 右手をこめかみのあたりにかざし,自身の所属を明かした上での自己紹介。

 机越しに座る上司は足を組み,軍人然とした態度で返事した。そしてこちらに掌を見せてくる。ハーツはそれを受けて,敬礼をやめた。


「この度は到着が遅れてしまい,誠に申し訳ございませんでした。この失態はこれからの仕事ぶりで挽回させた頂く所存です」


「はは,固いな」


「着任して初めての上司への挨拶なのですから,礼儀をわきまえるのは当然です。司令官殿も昔,私に教えてくださいました。『親しき中にも礼儀あり』,と」


「それが固いと言っているのだ。まぁ,その真面目ちゃんなところが良い所か」


 微かに上司は姿勢を緩めつつ,笑う。


「久しぶりだな,ハーツ。こうしてちゃんと会話をするのは一年ぶりか」


「お久しぶりです,クリア・フィアファネス司令官。ええ,仰る通りです。戦地では会話する余裕もありませんでしたから」


 クリア・フィアファネス。

 ルドベリア帝国帝国軍北方領土総統括兼本部中将兼司令官。即ち上役であり,ハーツの上の上のまた上の人間だ。正直自分でも役職が多すぎて全てを把握できてはないらしいが,そうなるほどに有能で,力と頭脳を持つ超人である。


「そうだな。早々に戦地を離れた私と違い、お前は最後の方まで残っていた。全く誇らしい事だ。本当ならば私ももっと戦地を駆け巡りたかった」


「司令官殿は確かにお強いですが、それ以上に頭のキレる方です。気持ちは十二分に分かっていますが、真価は後方だからこそ発揮されるでしょう」


「全く、得意と好みは違うのだぞ。みんな私の事を知将か何かと勘違いしてるのではないか?」


「おっしゃる通りかと」


「許せん」


 中性的な美顔が、端正に歪む。

 紫色で三つ編みされた髪に、線が細いが背丈はある肉体。地位を表す絢爛な軍服に、上官だけが被ることを許されている帽子。

 全体的に『美青年』───最も、彼自身は三十を超える良い年齢なのだが──と呼べる外見をしている。


 なぜそんな上官であるクリアと、ただの一兵卒であるハーツが親し気に話しているのかといえば、端的に言えばハーツがクリアのお気に入りだからだ。

 かつてある出来事をきっかけとして、ハーツとクリアは出会った。その時に拾われて以降の関係である。

 

「それにしても少し申し訳ないな。現役を退いてから数カ月も経っていないというのに、次の任務にあたらせるというのは」


 少し目を伏せて、彼は続ける。


「お前の『魔法』も今回の事で劣化したと聞いている。軍人である以上仕方のない事だが、お前の事となると少し私も悲しいよ」


「過去は未来を支えるためにあります。確かに僕の力は劣化し、そして引退もしましたが……だからといって何かのせいにする事も、過去を悔むこともありませんよ。僕は僕のままです」


「真面目ちゃんめ」


 再開した戦友が変わらなかったことが嬉しいのだろう。微かに笑いつつ、クリアは背もたれに体を預け、リラックスした状態で頬杖をついた。

 

「まだまだ話したりない事はあるし,お前の事を労いたいところだが,それは新生活が落ち着いた後にするとしよう。まずはようこそ──ルドベリア帝国幻獣跋扈スタンピード防衛基地『ハイフロント』へ。歓迎しよう、元『英雄』ハーツ・ローレリアス」


~~~~~~~~~~~~


 五年前、帝歴五百二十三年。星霊歴三千二十四年。

 世界の北方に存在する大帝国ルドベリアは幻獣跋扈スタンピードを感知。領土の北、即ち海の向こう側からの襲来との予報だった。


 正体不明の怪物、通称『幻獣』と呼ばれる神話上の生物による人類生息領域の強襲。数百年に一度確認され、瞬く間に文明を滅ぼす災害と呼ぶべきそれを、人類は今回初めて事前に予測できた。 


 帝国上層部は早急に防衛基地の構成に着工。しかし、当時はまだ隣国との戦争中であり、幻獣跋扈の情報が伝わるという事は戦力を割く事が伝わる事に直結する。

 故に緘口令を布き情報を規制。秘密裏に作戦を進めたことにより何度かの襲撃への防衛を成功させた。


 そこから五年後、帝歴五百二十八年。星霊歴三千二十九年。

 最新魔法技術の予報──予言に近しいそれにより、幻獣跋扈の終結、即ち最も強い『個体』の襲撃が半年後だと判明。


 隣国とは物理的な戦争が終結したものの冷戦が続いている。

 上層部は隣国との戦争で獅子奮迅の活躍を見せた元『英雄』、ハーツ・ローレリアスを始めとし、ハイフロントの人員増強を決定。

 

 パーツ司令官プレイヤーも揃った。

 決戦の日は着々と近づいている。


~~~~~~~~~~~~~~~~


「お前の役職は『司令官見習い』。即ち、ゆくゆくは私のポストを継ぐ事になるだろう」


「恐ろしいほどの好待遇ですね」


「もちろんだとも。なにせ私が推薦したからな」


「あぁそういう……貴方って人は」


 『経歴と魔力に裏付けられた権力』と書いて『ある程度好き勝手出来る』と読む。

 要するにクリアのごり押しによって、ハーツは今こうしてハイフロントにいるのだ。


 好待遇自体はもちろん望ましいところなのだが、それによって生じる周囲からのひがみや関係の悪化などは考慮してくれないのだ。なるべく周囲とは良い関係でいたいのだが、そんな平穏を許してはくれないらしい。


「これからしばらくは私に付き、秘書のような形で働いてもらうぞ。実際に『幻獣』の侵略が始まった時は経験として小隊の魔法通信に入り、指揮の補助をしてもらう事もあるだろう」


「心得ています」


「うむ。正式な事はこの書類に書いてある。お前の事だから心配はいらないだろうが、しっかりと目を通して規則を把握しておくように」


 クリアの机に近づき、取り出された書類を受け取る。従来の羊皮紙よりかは少し質の良い、恐らく魔法技術を利用し量産が確立された紙だ。

 ハーツは軽くそれに目を通し、小難しい言葉が並んでいるのを確認すると、意識を逸らした。


「説明は以上だ。今日はもう休んで構わない。お前の生活する寮は第三地区だ」


「かしこまりました。それでは司令官殿、私はこれで」


「あぁ、ご苦労──と、言いたいところなのだがな」


「まだ何かお話が?」


 肯定するように頷き、クリアは立ち上がると、来客用に設置されたソファにどかっと腰を下ろす。そして足を組み、ハーツに視線を移すと、顎で座るように指示してきたので対面に座る。


「時にハーツ。『幻獣』とはどのような存在だと思う」


「……一応勉強はしてきました」


 尋ねられ、ハーツは記憶を呼び戻しながら続ける。


「基礎情報は置いておきますが、とんでもない化け物であると。凄まじい威力の魔法を生まれながらに扱い、種類が多いために斃す手順パターンが固定できない。それに、今回は海を経由しているから空中を飛ぶ個体だらけだと」


「そうだ。冷戦中の現在、『幻獣跋扈』に割けるルドベリアの兵力はそこまで多くない。わが軍は優秀だが、それでもただの『人間』には限度がある」


「まるで『人間以外』がいるような口ぶりですね。」


 獣人やエルフなど、人間の近種をルドベリア帝国は人間族扱いしている。この場合の人間以外とは、文字通り『以外』の話だ。


「言いえて妙だ。お前も聞いた事があるだろう。『特殊部隊』の存在を」


「……例のアレ、実在したんですね」


「あぁ。といっても、実践投入されているのはこのハイフロントのみでの話だ。それにまだまだ制御できているとは言いにくい。裏を返せば───良い実験場でもある、という事だよ」 


 元々噂ではあったのだ。『ルドベリア帝国は人体実験をしている』だの、『選ばれし者しか入れない特殊部隊が存在する』だの。要するにどんな組織や国であるような、噂話の類だったのだが、どうやら実在していて、目の前の親しい上司も一枚嚙んでいるらしい。


「特異魔法部隊『非常識(KillEr)(of)殺害者(OutSider)』───通称『K.E.O.Sケイオス』。『怪物には怪物を』というコンセプトの元に構成された、人知を超えた力を持つ者だけの特殊部隊だ」


「『K.E.O.Sケイオス』……」


「彼らは人間、あるいはその形を取った存在ではあるが、人の形をしているだけの怪物だったりする」


「人ではあるが、人ではないと」


 にわかには信じがたい話だが、実際この世界にはそのような力を持つ者が存在する。かつてのハーツやクリアも相当な実力を持つが、それでも、明確に『壁』を感じるような隔絶した存在が。


「この話をお前にしたのは、一つ頼みたい事があるからだ」


「命令ではなく、ですか?」


「半分命令、半分頼み事というか……裁量が難しいのだよ、これ。引き受けてほしいが、出来るか分からん」


「はぁ……」


 煮え切らない上司の態度に首を傾げつつ、とりあえずは最後まで話を聞く事とした。


「K.E.O.Sに一人の少女がいる」

 

 クリアは一本指を立てた。


「───エランフェリア・テンペスターズという名の少女だ。あらゆる天候を自在に操作し、己の力として操れる固有魔法を持つ怪物だ。『天瞑の王』の異名を持つK.E.O.S随一の戦力さ」


「天候操作……凄まじいですね。まるで神様みたいだ」


「今回は襲撃による弊害だが、彼女の力……主に豪雨や雪によって交通が止まる事も多々ある。一般住民には『敵対生物による影響』であると説明してはいるがな」


 ここは前線基地だが、軍人の家族や、このハイフロントを維持するだけの商人や平民も──危険を承知させた上、格安で──住んでいるのだ。


「制御が出来ていないんですか?」


「その通りだとも。しかし、この場合制御できていないのは彼女の力ではなく、彼女自身だ」


「反抗的な態度でも?」


「いや、少々精神に問題を抱えていてね」


 そう言って、ハーツは指を四本立てた。


「───彼女は『四重人格』なんだ」


 多重人格。

 それは、幼い頃に受けた苦痛や体験などの心的外傷トラウマによって発症する、一人の肉体に複数の人格が存在するようになる病だ。


「四つの人格がそれぞれ、曇り、晴れ、雪、雨の天候を操る事が出来る。一つの人格の時は他の天候を操る事は出来ない。本来ならば全ての天候を操れるはずなのに、出来ないのだ」


 人格を切り替えなければ天候を変えられない。そして制御できていないという言葉から察するに、戦場へ投下したとしても、天候を操作する事は出来ないしただ暴れるだけなのだろう。

 即ち、まさに『怪物』である。


「最強の素質を持つというのに、精神的な影響でこれを完全に操る事が出来ない。普段は安定してはいるが、些細なきっかけで感情が暴走し人格が切り替わることもしばしばだ」


「ハイフロントでの生活に影響は出ないのですか?」


「戦闘時以外は結界の中にいてもらっているからな。影響はその中だけさ」


 結界。即ち魔力を固めて押し出す事で、外と中を隔離する魔法技術の一種だ。

 それにより、天候を操作する力を結界の内側だけで抑えているのだろう。


 結界の効果の一つには、内部の魔法発動を抑制するものもあるはずだが──それを使用していない訳がない。

 つまり、発動は止められないから、発動した後を抑える手法を取ったのだ。


「これから幻獣の襲撃も激しくなる。上は彼女をもっと有効活用したいらしくてな。人格の統合、即ち治療を望んでいるんだよ」


「司令官殿は、それを僕にやれとおっしゃるのですか?」


「そうだ。むしろ私が推薦した」


「治療の経験などありませんが……」


 ハーツは元軍人だが、決して衛生兵などではない。戦地を駆け巡り血と肉の中で躍る者だ。そんな彼に治療を担当しろと言われても無理がある。


「まぁ聞け。だからこそこれは断っても構わない案件なのだ」


「聞きましょう」


「今現在、エランに対しまともな接触は取れていない。それは偏に危険だからだ。平常時は危険性が低くとも、異常時と平常時の境が曖昧で、結果的に触れられる者が誰もいない。私が出向いてもよいのだが、下手に傷をつけては私が怒られる」


 力と力がぶつかれば、弱い方が負けるのは自然の摂理。それでエランフェリアが怪我すれば元も子もない、彼女に対抗できるほどの戦力が少ないのも一つの原因だろう。


「だが、お前の魔法・・・・・ならばその辺の事情がクリアできる。劣化したとはいえ、殺さず対処する事を考えるのならお前以上の適任はいないだろう」


「……確かにその条件なら、僕以上に適任はいないでしょう。僕が担当すれば損害は零に等しい・・・・・・・・


 クリアは頷き、発言を肯定する。


「それでどうだ。引き受けてくれるか」


「……」


「これは本当に断ってもよい案件だ。元々候補は他にいるところを、私が強引にねじ込もうとしているだけだからな」


 ここで断っても、左遷されるような事はないだろう。今この瞬間、決定権は全てハーツに委ねられている。


「一つ条件があります」


「言ってみろ」


「まずは会って話を」


 まばたきを一回。


「───その子が人格の統合を望んでいるか、それを自分の手で確かめさせてください」


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