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交錯する文明の新秩序  作者: the chair
第一章 諸国の混乱
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「たった今ですね、敵国の首都を撃滅し、空軍による制空権の完全掌握と陸軍による全土掌握の作戦が開始されました。『あらゆる措置』でございますね。現在のところ、我が国はこの世界における人道等に関する条約等の一切を批准しておらず、法的な問題はございません。」


議場は沈黙に包まれる。

ある与党議員が、あっけらかんとした口調で沈黙を破る。


「おや、議論は終局しましたかな?静かですな。採決いたしましょう、採決。」


他に発言する者はない。議長は、顔を色々な形にゆがめること数瞬、採決を宣告した。議長の良心と、あらかじめ与党の上層部からあった指示との拮抗は、長く続かなかった。


「賛成多数。よって商務委員会提案の通り決まりました。これにて散会。」


政府側で唯一会議に出席していた軍務大臣筆頭補佐官は、さっさと退席して、首席大臣府庁舎に向けて車を走らせる。まもなく到着すると、待ち受けていた職員に軽く頷いて、荷物を預け、3階に向かってある部屋の扉を開ける。複雑に入り組んだ階段や廊下を迷うことなく進み、地下にあるであろう一室に辿り着く。


「皆様方、お待たせいたしました。ご指示通りに事は進んでおります。」


部屋の正面には画面に映る首相がおり、その他、首相補佐官数名、財務相、外務相、軍務相、法務相、与党副党首を兼ねる警察相、与党総務"副"委員長、与党政策委員長、与党選挙委員長、幕僚本部長、陸海空軍総司令官、軍政総局長、陸海空軍軍政局長など、錚々たる面子が集っている。


「承知のことと思うが、我が国は既に国家非常事態宣言を発令し、戦時に突入しています。内閣は、挙国一致内閣となります。まあ、あまり野党にあれこれと言わせるつもりはないけれど、ここにいない大臣は、1人を除き、野党に交代するつもりです。それと、警察大臣交代は取り急ぎのことだったので、副党首専門に戻っていただき、軍務大臣を警察大臣に、軍務大臣は私が兼任します。与党内は、我が親愛なる副党首と総務副委員長…いや、()()()()()()で睨みを効かせ、選挙委員長は党内の融和をお願いします。どうせ次の選挙は非常事態宣言の解除までないですから、不満分子の地盤固めを手伝ってあげてください。政策委員長は、首相補佐官を兼ねて国内諸政策の司令塔になってもらいます。有事方面は私が前面に立ち、全権限と全責任を負って対応します。」


首相は、口を開くとここまで一気に言い切った。


よく考えてみれば、目立つようなリーダーシップはないけれど、今、与党は首相の党としてまとまっている。首相になってから堅実に党内基盤を固め、今や与党内の勢力争いは鳴りをひそめている。首相に仇なすものは、案外いつの間にか消えており、いまや首相の座を揺るがすものはない。この首相は、実は曲者なのではないか、と思う者もあった。


「方針としては、我が国はこの新たな世界において、強大な、世界を方向づけるような、そういった力や立場を得ることを目指します。この世界には、我々が知らない魔法のような力があるようだが、それでも我々の科学は圧倒的な力を発揮するはずです。我々を縛る国際法はありませんから、あとは私の舵取り次第です。当たり障りのなさ、というか、バランス感覚については、信用いただいて結構ですよ。皆さんご存知の通り。」


副党首は、何やら満足げに笑みを浮かべて居並ぶ与党の政治家連中と目を合わせる。財務相と法務相は大きく頷き、外務相は肩をすくめて小さく笑う。あとは少し表情を緩めた程度だが、誰も彼もが納得しているらしい。

画面越しにではあるが室内を見渡した首相は、今までに見たこともないような自信と決意に満ち溢れた表情で、会議冒頭の挨拶を締め括ろうとしていた。


「それでは皆さん、生まれ変わった我が国の、輝かしい未来に向けて、共に頑張りましょう!」




─────




「それで、あの国の言語は解析できたの?」


外務大臣は、世界の転移に伴い、無価値な紙切れと無価値に分けられた部屋で埋め尽くされた外務省本庁舎を闊歩している。


「あまり人道的な手段ではないため、言語学者が辟易としていますが、それを除けば問題なく進んでおります。通常の会話程度であれば自然に翻訳できるようです。」


言語学者には手厚い賃金と精神面の治療を提供するように指示をすると、解体されていない数少ない部署の長、諜報局長は下がっていった。今や、本庁舎には暇を持て余した有能な人物がごまんといる。これから、命を賭けて新世界でのゼロベース外交に身を投じていく彼らにとってみれば、嵐の前の静けさといったところかもしれない。


会議室に入ると、旧世界では常に変化する国際情勢に追われて多忙を極めていた旧局長陣、ないし今後多忙を極めることになる新局長陣が、雑談に興じていた。局長が集まる時間など、普通であればなかなかないことである。


座り慣れた大臣席にどっかと身を沈ませると、にやにやしながら軽い口調で喋りだす。


「よう、お前らがくっちゃべってる間にも、諜報局は()()()()()を絶え間なくやってるぞ。」


「いやはや、恐れ入ったことですな!」


全くわざとらしい口調で誰やらが答える。一同どっと笑うが、会議室の扉を開けてヌッと顔を突き出した諜報局長が、これまたわざとらしい顰め面で文句を言う。彼が着席したところで、あまり緊迫感のない会議が始まる。


「我らが首席大臣閣下は、皇国は世界に冠たる覇権国家になると仰せだ。庶民院議長閣下もお喜びになるに違いない。」


ホウ、と興味ありげな相槌が返ってくる。


「まあ、何も植民地政策を徹底的に推し進める前近代的なことをやるというのはそこまで考えておられんだろうし、世界征服やらあらゆる国家に臣下の礼を強いようだとかでもないだろうが、この世界に新たな現代的…いや、()()()()()()()()()()現代的秩序を構築し、その中心的役割を果たす超国家になるということだな。

しかし、まずはこの世界での味方を作らにゃならん。外需を十分に確保し、敵対国家を潰してみせることで、我が国を中心とする勢力を確保していく。我々の能力を遺憾なく発揮するところだ、そうだろう?」


意識を完全に仕事に切り替えた優秀な外務官僚たちは、大いにやり甲斐のある新たな仕事に唆られているようだ。


「ということで、だ。現在のところ、秘密裏に第9艦隊が新国家との接触を試みている。既に、友好的に村落と接触して、言語の解析もかなり進んでいるとのことだ。機械翻訳にも問題がないと聞いている。」


大臣は、言葉を切ってそこにいる面々を見渡す。


「さあ、誰が行く?」


軍によるバックアップが存在するとはいえ、命懸けではある。もっとも、新世界外交では大抵が命懸けだろうが。


「友好的な国交樹立と外需確保ですね?」


「そういうことだ。もちろん技術はある程度秘匿するが。」


「一番槍、ぜひともお受けしたい。」


局長陣では最も若手、史上最年少で局長の座を射止めた男が真っ先に手を挙げた。攻めの姿勢、攻めの外交に定評があり、相手国の分析と、落とし所を見極める鋭い勘で叩き上げてきた秀才である。大臣は、笑みを浮かべて頷いた。


「どうだね、異存あるかい?」


出世レースは既に終わっている。官僚の出世はほとんど局長で打ち止め、あとは外交政策総局長を順番に務めて、一等国の駐箚大使になるか、事実上名誉職である外交使節総局長に横滑りするか、政府ないし与党の政策顧問団に加わるか、天下りするか、政治家に転身するか、といったところである。あまり手柄の取り合いもない。

異存もなく、皇国新外交の一番槍が決まった。




─────




軍による急造品にしては極めて華美な館の大部屋、その椅子の一つに腰掛けているのは、外務省の一番槍、新大陸南西局長(仮)兼新大陸南西担当政府特別代表である。連れてきた部下たちとともに資料を改めて確認していると、外が俄かに騒がしくなる。


「ん、来たな。」


外から、ここに来てから聞き慣れた声が知らない言語を話すのが聞こえて、扉がノックされる。


「入りたまえ。」


入ってきたのは、皇国第九統合軍司令官である。軍令により、皇国第九統合軍は、現在のところ新大陸南西担当政府特別代表の指揮下におかれている。政府特別代表は、臨時に軍の階級を与えられ、上級大将相当とされている。

ちなみに、首相が階級外の最高司令官、軍務相も階級外で副最高司令官、幕僚本部長と軍務省軍政総局長は上級大将、陸海空軍総司令官や陸海空軍軍政局長と統合軍司令官は大将、軍団・艦隊・航空団の指揮官は中将、といった具合である。


「領主の使者ご一行がお越しになりました。」


「お通ししてくれ。」


外務官僚たちが、一斉にイヤホンを耳に差し込み、ヘッドセットを装着し、起立する。誰も異世界の言葉を話せないので、言語学者が解析した文法規則と語彙を入力した翻訳機と、言語学者による通訳を並行して行うらしい。

扉が大きく開かれて、中世的な格好をした人々が入室してくる。一同は一例すると、しばらく立ったまま待機だ。というのも、言語学者が、マイクとヘッドセットの使い方を説明し、彼らが装着してから双方席に着く手筈なのである。

しばらくゴタゴタしたあと、準備ができたころを見計らって、政府特別代表が、機械を通さず声をかける。この台詞と自己紹介だけは覚えてきている。


「どうぞ、お座りください。使者殿と村長殿は私の前にお座りいただいて、あとの席順はお任せいたします。」


まだ機械のスイッチが入っていないので、何かよく意味のわからない言葉を口にして一行が座るのを見て、同時に外務官僚たちも着席する。政府特別代表が、まずヘッドセットを通さずに自己紹介をしたあと、ヘッドセットを通して色々と皇国の事情を説明し始める。

目の前の男が話す意味のわからない言葉と、ヘッドセットから聞こえてくる無機質な声に違和感を禁じ得ないようだが、何とかこちらの言いたいことは伝わっているらしい。


「…ということで、我々としては、貴国との国交樹立と情報交換、そして貿易を行いたいと考えておる次第でございます。子爵殿には、ぜひとも、貴国の中央政府へのお取次をお願いいたしたいと思っております。」


子爵の使者は、微妙な顔をして、ヘッドセットのマイクに向けて喋り出す。


「えー、あー、聞こえていますか?私たちは、こんなことになるとは予想していなかったので、今は答えられませんが、帰ったら領主様に報告します。」


政府特別代表は、にこりと笑みを浮かべて、そうでしょうともとでも言うように了承の意を伝えた。


「私どもとしては、皆様には、ぜひとも子爵殿に我々のことをお伝えいただければと思っております。これから、このあたり一帯をご案内しながらもう少し我が国のことをご説明しますので、できるだけ我が国のことを知っていただき、我々がどういうものであったかをお伝えいただきたいのです。わからないこと、疑問なことがあったらなんでもお聞きください。」




─────




使者一行は、それから2時間程度、一帯に皇国軍が設置した施設の説明や、軍艦の案内を受けた。


「それでは、皆様を領都のほうまでお送りしますので、こちらのヘリコプターにご搭乗ください。1時間程度でお送りできるかと思います。」


完全に気圧されていた一行は、半ば放心状態で、指示されるがままに上部()回転()翼式()垂直()離着()陸機()に乗り込んだ。ヘリコプターは、周辺空域をぐるりと一周したあと、子爵領の領都へと進路を取った。途中で、ふと自分の馬を村に置き忘れてきたことに気がついて慌てた使者であったが、同乗していた政府特別代表がすぐさま艦隊に連絡を入れ、別の輸送用ヘリコプターで馬を運ぶこととなった。

面白ければ、ブックマーク、高評価等いただけますと幸甚です。

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