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「へっくし!」
西方統治院総裁は大きなくしゃみを1つすると、上がってきた起案書に承認の署名を入れた。
―――――
「目標確認ー!照準!」
第四航空団は現在のところ、ロンド大王国の反政府勢力に対する誘導弾攻撃、あるいは彼らが組織した反政府軍に対する爆撃を主任務としている。
「発射!」
班長機の誘導弾員による号令にあわせて、数機から一斉に誘導弾が発射される。彼らはルート通りに方向を転換し、次の目標へと向かう。その後方で、真っ赤な火柱が上がった。
「弾着観測よし!目標破壊!威力異常なし!」
観測員からの報告を確認すると、意識はすぐにルートの再確認に向けられた。しかし、すぐに意識を引き戻される。計器が警告音を鳴らしている。
「僚機ではない探知に引っ掛かる飛行体…。即時離脱!離脱!全速力!魔物だ!基地へ戻る!」
観測員と操縦士が同時に魔物の襲来を叫び、機体は一気に方向転換する。
「誘導弾全部外さないと速度が落ちます!」
「全機、全誘導弾を発射ァ!できるだけ魔物を狙え!ただ同士討ちだけは回避しろ!弾着観測は目標破壊の有無だけでいい!」
観測員の叫びに、班長機の操縦士、つまりこの飛行班の班長が通信機と誘導弾員に怒鳴る。班長機の観測員は、破壊の確認はせずに司令部へと連絡する。
『目標、攻撃を回避ないし迎撃!なれど大幅に減速!』
「全機、全速力ッ!」
班長は再び絶叫する。対地誘導弾機に空戦用の装備は搭載されていない。誘導弾を撃ち尽くしたら、ただの非武装機だ。たまたまではあるが、この班には護衛となる戦闘機もいない。
「探知範囲から目標の反応消失しました!」
「全機、巡航速度に戻せ。編隊再編。やることないから帰るぞ。探知だけ怠るな。」
一息つくと、班長は愚痴を言う。
「ったく、制空権も確保できてないのに非武装機だけで飛ばさせるなよ。」
「いやぁ、戦闘機が向かって行っても落とされて終わりみたいですよ。」
完全に暇になった誘導弾員が肩を竦めてそう言った。観測員がなおさらだよと突っ込む。
「ところで、」
観測員は続けた。
「このあたりの空域、魔物による襲撃が多いみたいですね。幸いにも被害は出ていませんが、このあたりを通った部隊は軒並み襲撃されています。」
「なんでそんなところに俺らを…。」
「巣を探っているのかもしれませんねぇ…。襲撃箇所を見るに、どうも、ある地点を中心とした半径数kmの円周付近で攻撃を受けているようです。我々の航路もちょうどその円周を通るようにされています。」
誘導弾員が観測員の見ているディスプレイを覗き込んで唸り、やけくそな声を出した。
「へぇ!それじゃあ俺たちは敵に制空権があるとわかっているところに送り込まれたわけですか!」
「んにゃ、たぶん俺らでは倒せないが逃げられする強さだってことがわかってるんじゃねぇか?」
操縦士がそう口にする。
「近いうちに編隊を組んで潰しにかかるかもしれませんねぇ。」
観測員も同調すると、誘導弾員が感嘆の声を上げる。操縦士は大尉、観測員も現場叩き上げのベテラン曹長だが、誘導弾員は若手の兵だ。その知見や経験の差が出ているのだろう。
ちなみに、操縦士は必ず少尉以上の士官で、観測員は曹長や軍曹などの下士官以上と決まっている。それ以外は、軍団長が中将、飛行隊長が大佐か中佐、班長が中尉から少佐、といった具合だ。
―――――
数日後、第四航空団は攻撃飛行隊3隊に、爆撃飛行隊と対地誘導弾飛行隊1隊ずつの450機による大編隊を2隊編成し、ロンド大王国内で観測された竜の巣らしき場所を徹底的に潰すことを決定した。
「少将殿をお乗せできるとはたいへん光栄であります!」
今回の作戦は、敵に未だ未知のところが多く、通常の作戦司令機では危険が及ぶ可能性がある。そのため、司令官である少将は、窮屈にはなるが、高高度高速測量機という文字通り高高度を高速で飛行できる最新鋭機に搭乗している。
「安全運転で頼むよ!」
白髭を蓄えた温和そうな少将は、そう軽い口調で言うと、同じくらい軽い身のこなしでひらりと乗り込んだ。本来は測量員が3人座るところに、少将と、その副官である2人の大佐が座る。高高度高速測量機の操縦士は、最新鋭機であることから少佐が務めている。
そして、基地の全滑走路をフル稼働して、大量の軍用機が離陸した。
数十分後、部隊は最初の目標空域に到着した。最初は、少数部隊を投入して様子を見る。少将の温和そうな顔はきりりと結ばれ、その目は測量用の航空機ならではの測量機械の画面を凝視している。
「…これだな。目標浮上、攻撃開始ッ!」
無線機械に声を飛ばした少将は、画面を拡大して敵の様子を観察する。
「ふむ。見た目は資料通りだな。」
戦闘機が放つ銃弾や空対空誘導弾を向けられる竜の映像を凝視する。
「銃弾では大したダメージは入っていないようだが、誘導弾は避けて横っ腹を殴って落としているな。全くもって無茶苦茶だ。全戦闘機、誘導弾照準用意!各機2発!接近機、急降下用意!…開始ッ!全爆撃機及び誘導弾機、爆撃用意!」
少し離れたあたりに散開していた全部隊から、一気に百発以上の誘導弾が放たれる。近接していた部隊は急降下して低空飛行で空域を離脱し、対応が数秒遅れた竜に誘導弾が集中する。空中で大爆発が起き、竜の姿は消えた。
「全戦闘機離脱!爆撃開始!」
あっという間に地上でも大爆発が起こり、周辺一帯の地形が変わるほどであった。しかし、ここで副官が小さく声をあげた。
「将軍!敵接近です!竜がもう一体…いや二体!」
「番いか!?子か親か!?全戦闘機、西方より竜が2体接近!迎撃!爆撃機及び誘導弾機、東方に向けて空域全速離脱!次の敵へのお土産は捨てるなよ!」
「…翼を狙えば落ちるかもしれませんな。胴体では装甲を抜きにくいようですが、翼ならそうでもないように見えます。」
「ふむ…動いておるから難しそうだが、やる価値はありそうだな。銃器は翼を狙え!」
機関銃から描かれる銃弾の軌跡が、2体の持つ合計4枚の巨大な翼に集中する。少々遠巻きに旋回したり後ろに回り込んだりしていた戦闘機の中から、熟練パイロットが操縦する機が飛び出して竜に猛接近する。衝突寸前で急速離脱しながら放った空対空誘導弾は、竜の翼の付け根を直撃した。
「あぁ…」
そして、その機は友軍の銃弾と爆発の余波を浴びて速力を失い、徐々に降下していった。幸いにもパイロットは機体から離脱できたらしく、竜も一体が錐揉み状態で墜落していく。
「あのやり方はダメだ。…操縦士は必ず回収しろ。」
もう一体の竜は、翼に穴が空いて浮力を失いつつあるのか、ゆっくりと降下していく。そして、その途中で妙な動きをした。空中で仰向けになり、首を逸らしたのである。
「全速離脱!!!」
嫌な予感がした少将は、操縦士に怒鳴った。尋常ではない加速度が生じ、臨時指揮機が一気に空域を離れる。その僅か後方に、巨大な光の柱が立った。巻き添えを食らった戦闘機が消し飛ぶ。
「空対空誘導弾照準!」
副官が通信機に向かって叫ぶ。
「撃つな。数機で散開して追跡させろ、それ以外は離脱だ。次の目標に向かう。」
冷や汗を拭った少将は、そう指示した。
「如何に相手が大きかろうと、少数の目標に対して大編隊を組んでも効率は上がらんな。まあわかりきっていたことではあるが。竜1体に戦闘機5機もいれば十分だろう。」
そう言うと少将は、爆撃飛行隊と誘導弾飛行隊をそれぞれ3つずつに分割して3隊いる攻撃飛行隊に随行させ、同時並行で3地帯の粉砕を行わせることにした。
「あぁ、それと、本部に連絡して回転翼機を10機回してもらってくれ。竜のサンプルを回収する。」
─────
ドォーーーーン
腹の底から突き上げてくるような重く低い轟音とともに、前方の左右で爆発が起きる。
「うーむ、まさか本艦が河川に展開することになるとは思いもよりませんでした…。」
小型汎用戦闘艦『葦切』は、レッグ湖水国の湖を経由し、ランド大王国の領土を流れるヨーク河に入って南下している艦隊の先鋒である。ときおり視認される、陸上や水上の敵対勢力を艦砲射撃で粉砕しながら、座礁しないようソナーで精密に探知しながらゆっくりと進んでいる。
「全くですね。お上のやりたいことには賛成ですが、手の本数が足りるのか。かたや一国を滅ぼして支配を試み、かたや大国の内紛を独力で平定することを試み、かたや新たな海域に進出して制海権の掌握を試み…。」
「今や皇国の工業力は全てが順次軍事方面に切り替えられつつあるみたいですね。砲弾なんかの消費量が爆増したり、我々のようなもともと秘匿されていた軍が露になったことで生産を大々的に行えるようになったり、といったことらしいですが。」
「外需が完全になくなったので、その分の衝撃を軍部からの発注で可能な限り吸収するという目的もあるそうです。」
「あぁ、なるほど。経済対策もすごいですよね。」
「まさに『世界一大きな政府』と揶揄された皇国の本領発揮みたいなところはありますよね。地方まで徹底的に中央政府の手足が伸びて国を支えているから、舵取りに対する反応が最高に良い。」
特にやることもない副艦長たちと航海長は、そんな会話を繰り広げている。艦橋で実務にあたっているのは、操舵の指揮を取る操舵士と、操舵や艦橋設備の操作を行う操縦士補、艦各部の銃砲を指揮する銃砲長、そして少し後方にある探知室では探知長たちが働いている。艦長は艦橋内で働く兵たちの手元にある機械の画面などを覗き込んで回っている。
「警戒体制!前方に不審な影、巨大な水棲生物と推定!距離500!速度3で接近中!」
探知長が叫ぶと同時に、艦内に警報音が鳴り響く。
「減速!魚雷発射用意、目標は巨大水棲生物!艦隊司令部に打電!」
「減速!魚雷発射用意!目標は巨大水棲生物!」
艦長の指令を、艦橋伝令官が機関長と雷撃長に伝達する。副艦長が即座に艦隊司令部への打電を開始した。
「魚雷発射準備完了!」
探知室にいた探知長が艦橋の探知長席につき、敵の動きに変わりなしと報告する。
「魚雷発射、最大効率で連射せよ。」
艦橋伝令官が復唱し、魚雷が発射される。
次の瞬間、艦は爆発四散した。魚雷を避けられなかった敵もまた、爆発四散した。
「葦切爆沈!敵の様子は巻き上げられた泥が多すぎて不明!」
艦隊旗艦で探知士からなされた報告に、司令官だけが間髪入れずに声を発した。
「全艦後退!対潜哨戒機を数機出せ!」
すぐに艦内が慌ただしくなり、後方の艦から順に後退を始める。元から低速で移動していたので、後退を開始するのには時間がかからない。
「チッ…まさか艦を失うとはな…。しくじった。敵の消失を確認できたらすぐに進むが、対潜哨戒機を常に前に出す。」
破片を受けた周辺艦から被害報告が上がってくるが、せいぜい小破で済んでいるらしく、航行には問題ない。既に通過すべき領域の半分程度は進んでいるため、艦隊司令官は、速やかに内海に出ることにした。
ヨーク川下流域の平均深度はおよそ50m、川幅も1kmにもなる。艦隊が通行するのに何ら問題はない。ただ、あくまでも川であり川底の深度が急激に浅くなることもあるため、慎重に進まざるを得ない。ちなみに、深度が浅くなっている場所が確認された場合、魚雷を何発も使って川底を吹き飛ばすという荒技を繰り出している。
ちなみに、第九艦隊に与えられた目下の使命は、ヨーク川を通行可能な状態にし、中央大陸の内海である三帝海における皇国軍の起点とするため、河口部に基地を建設することである。基地では、まず最優先で滑走路を建設し、本国から民間機も含めた大量の航空機で物資や兵員を輸送する手筈となっている。
「司令官、ロンド大王国の王太子…新大王を保護した陸軍部隊が、浮島に帰投したとのことです。」
「そりゃ結構だ。…しかし、俺の今回の失敗は…最初から哨戒機を出しておけば起きなかった損失だ。…畜生、あいつらを無駄死にさせちまった。」
司令官は、大きく息を吐いた。そしてしばらくしたあと、副司令官に職の代行を命じると、私室に引っ込んでしまった。
数日後、副司令官は司令官に昇進し、前司令官は自らの希望で本国に帰投し、幕僚本部付となることになった。幕僚本部が下した処分は警告処分であったが、前司令官は自責の念に耐えられなかったらしい。
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