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「あの大王国が?」
「さようでございます。ロンド大王からの使者は、アートルカルム皇国と同盟を結びたいので、仲介を頼みたいと申しており、我が国と皇国への親書を携えております。急ぎたいとのことです。」
レッグ湖水国の宰相は、己の仕える主に恭しく親書を差し出す。
「あの国はガタガタしているから、どうせそんな身動きもすぐには取れまいと思っておったがな。」
国王は、ふんと鼻を鳴らして親書に目を通す。
「内乱が著しく、もはや独力では抑えきれないので、皇国の力を借りたい。仲介してもらえれば、我が国にも十分な謝礼を用意する、と。」
「あの大王国がでございますか!?」
宰相が驚くのも無理はない。ロンド大王国、特に当代の大王は、大国としての誇りとやらを何よりも強く持つ国であり王である。他国の手など借りぬ、同盟も結ばぬ、孤高の大国だ、などという体面をずっと繕ってきた国である。それが、突如こうも下手に出るというのは、いよいよ体面や付け入られる隙などを気にする前に、国自体が危なくなってきたことの証左ともいえる。
「まずいですな、大王国が崩壊すれば我が国もただでは済まぬでしょう。急ぎ、国境を固めるべきかもしれません。…しかし、国境が大きすぎて…。」
「何、そのために皇国があるんじゃないか。皇国に連絡を取ろう。せっかくだ、彼らにもらったコレを活用していこうじゃないか。」
国王が取り出したのは、皇国製の携帯端末だ。発電&充電&通信の簡易設備とともに、皇国から手土産として渡されたものである。慣れぬ動きで端末を操作し、皇国外務省に電話をかける。
『アートルカルム皇国外務省レッグ湖水国担務部でございます。国王陛下におかれましては、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。本日はいかがなさいましたか。』
機械を通した声ではあるが、すぐに電話に出た。
「うむ。ロンド大王国から親書が届いた。我が国と、貴国にだ。使者が言うには、ロンド大王国は貴国と同盟を結びたいらしい。我が国への親書には、ロンド大王国は先日お伝えした通りかなり内部がガタついているわけだが、それがいい加減抑えきれないので、助力を頼むために皇国と同盟を結びたいと書いてあった。余がこれを伝えたことは内密に頼む。それと、ロンド大王国の崩壊に備えて、我が国の国境地域防衛を強化したいのだが、いかんせん陸軍が足りない。ご助力を頼めるだろうか?」
『かしこまりました。少々お待ちください。…親書につきましては、大使を本日中に伺わせてお受け取りするというかたちでよろしいでしょうか。対応については、親書を見たうえで決めたいと考えております。防衛につきましては、速やかに協議してご返答いたします。』
「わかった。それでよい。ありがとう。」
―――――
数刻後、レッグ湖水国付近に停泊している第九艦隊旗艦は、蜂の巣を突いたような大騒ぎになっていた。
「『浮島』を大至急呼び寄せろ!」
「第三から第五の空挺連隊、本土離陸!」
「第十の空挺、出撃可能!」
「艦隊全誘導弾、整備よし!」
「第十軍団、全軍出撃可能!」
緊急に開かれた皇国政府上層部による会議の結果、先日までミル王国に派遣されていた第九艦隊と第十軍団、第四航空団は、今度はロンド大王国の国境と、一部特殊部隊による浸透作戦に急遽回されることになった。今後、第四艦隊と第五艦隊、第二十一軍団から第三十軍団も派遣されることが決まり、特殊航空母艦『浮島』もレッグ湖水国近海に停泊し、航空基地として機能させることが決定した。
浮島は、現在のところ原子力炉が4基搭載されている。うち2基は設置以来、完全に未稼働であったが、急を要する事態である可能性に鑑み、全炉を最大出力で稼働して航行している。
「司令官、本国より衛星稼働開始の報が。」
司令官は、舌打ちをしてタイミングよく悪さを罵りながら指示を出す。
「システム切り替えは手間がかかるというのに…。本国から新衛星通信に対応した小型通信機が大量に届くはずだ。陸にはそれを回して対応させろ。空軍はシステム切り替えをなんとしても間に合わせろ、整備兵は全て空軍機に回せ。海軍は空軍が終わり次第システム切り替え、それまでは各艦司令室に通信機を配備だ。」
「承知しました。」
「浮島、旋回を終えて進路を確定し、こちらに向けて全速前進を開始しました。」
「哨戒機を飛ばせ。あれの制動距離は50kmだから、念のため本艦から60kmの位置でブレーキを開始するよう通知しろ。停泊は艦隊から5kmは離れてやってもらう。それと、各艦に耐衝撃姿勢をいつでも取れるように指示しろ。レッグ湖水国にも出航停止命令を出すよう要請してくれ。」
「承知しました。」
「司令官、大使から通信です。」
矢継ぎ早に来る連絡に辟易としながらも、軍の上官ではないが行政府の職制上は上位に位置する文官と通信を開始する。
「ロンド地域統合軍司令官であります。」
『私です。お疲れ様です。行政府は、ロンド大王国との同盟締結を決定しました。関係諸国の合意により、ロンド大王国は中央大陸東洋同盟にも加盟します。軍の動きは基本的にはそのままで構いませんが、ロンド大王国内の情勢は『最悪』です。』
司令官は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「承知しました。空挺連隊の出撃を急ぎます。どの程度もちそうですか。」
『いつ大王が暗殺されるか、退位させられるか、わかりません。…ただ、大王から国内での反抗勢力に対する武力行使、殺害、破壊等のあらゆる行為を許容されました。また、現大王が死んだ場合、大王の地位を王太子以外が継ぐことはないので、それ以外のものが大王に就いたと宣言しても無視して良いと。全て文書で受け取りました。』
「ほう、そりゃ気前の良いことですな。わかりました。気前の良い大王とやらを速やかに救出するよう努力します。」
『ぜひお願いします。王太子の現在地については、写真で地図を送りますが、既に大王宮殿からは離れたそうです。』
「承知しました。手を尽くします。」
通信を切ると、司令官は立ち上がった。
「作戦を変更する。」
数分後、第十軍団第3006空挺連隊が出撃した。
戦車師団はレッグ湖水国に上陸し、ロンド大王国とレッグ湖水国の国境へ。第四航空団の通信管制機と航空輸送機が出撃準備を整え、通信艦載機は即時離陸、航空輸送機は歩兵師団と砲兵旅団を乗せて離陸した。海軍も全艦がレッグ湖水国の大河川及び湖地帯に進入し、国境を目指す。
─────
「野郎ども、やることはわかっているな?」
「「「はい、小隊長殿!」」」
空挺連隊は、各中隊ごとにわかれて航空機に分乗している。
「王様の言うことの一つも守れない野蛮人どもから、新たな友人を助け出す。誘導弾を王都近辺に落として混乱させ、それに乗じて大王宮殿に降下。突入して大王と側近を助け出す。そのあとは、王都を抜け出して回収だ。単純だな!」
「「「はい、小隊長殿!」」」
彼らの胸に、慎ましく、しかし確かに存在する徽章は、彼らが最も優れた兵であることを示すものだ。
数十分後。
「小隊長、そろそろです。」
コックピットから声がかかる。航空機が減速し、上部から折りたたまれていた回転翼が出てくる。この航空機は、ジェットエンジンを搭載する航空機であると同時に、上部に格納されている回転翼で滞空もできるのである。空挺連隊のために開発されたとものと言っても過言ではない。
「よし、総員点検!」
各々が自分の装備を指差し点検し、出撃準備が整う。
気圧調整が行われ、降下口が開いた。
「出撃!」
ゆっくり進む航空機から、空挺隊員たちが飛び出していく。
王都の周辺では、黒煙がもうもうとあがっている。誘導弾による撹乱は成功しているらしい。
隊員が全員飛び出したことを確認すると、小隊長もコックピットに合図して飛び出す。
数分後、大王宮殿の庭らしきところに着地した各々が、パラシュートの処理を終わらせて集合する。幸いにも欠けた者はなく、敵に発見された様子もない。
軍用通信端末が既に通信可能な状態になっていることを確認し、連隊長に報告、行動を開始する。すぐに近くに扉を見つけ、物陰から門番を射殺し、錠前を破壊して侵入した。
周囲を警戒しながら進んでいると、曲がり角から女中らしきものが確認されたので、隊員が拉致する。
口を押さえてナイフを突きつけ、翻訳機越しに問う、
「小声で答えろ。答えなければ殺す。騒いでも殺す。嘘を言ったことがわかったらこの城にいる人間を全て殺す。わかったら頷け。」
女中は震えながら頷いた。
「ここは城内の何という場所だ。」
口を押さえる手を離すと、震える声で女中が答えた。
「お城の一番外側の一階にある大王回廊です。南側です。」
隊長が支給された地図を取り出し、確認する。
「大王の居場所を教えろ。」
「な、何をs」
「黙れ、騒ぐな。我々は大王の救出を命じられてきた。貴族に狙われているそうだな。我々は大王の結んだ密約で新たに同盟国となった国の兵だ。わかったか?答えろ。」
「は、はい…。」
女中の答えを聞きながら地図を辿り、相違ないことを確認すると、スタンガンで気絶させる。適当な物陰に隠し、部隊は直ちに大王の居室へと向かう。近づくと、何やら甲冑で武装した兵が数名不審な動きをしていたので、迷わず銃弾を叩き込み、扉を蹴破って突入する。
「な、なんだ貴様らは!?」
叫び声をあげたのは、血塗れの剣を握って振り返った甲冑姿の兵であった。
「ロンド大王はどこにおられるか!」
嫌な予感がした小隊長は、銃の引き金に指をかけながら叫ぶ。すると、兵の向こう側から小さな声で返事があった。小隊長は、即座に引き金を引いて甲冑を穴だらけにすると、奥に駆ける。
そこには、既に虫の息になっている豪奢な服を着た壮年の男がいた。
「ロンド大王でお間違いありませんか、小官はアートルカルム皇国第十軍団第3007空挺連隊第9小隊長のジョン・グレッグ少尉であります。同盟に基づきお助けにあがりました。」
「もう…無理じゃろう…余は…。王子を…た…のむ……。」
そういって、大王は事切れた。小隊長は、顰め面をして通信機を取り出した。
「連隊長!グレッグ少尉です。大王を発見しましたが、賊により致命傷を負わされており、小官の目の前で絶命しました。賊は生け捕りにするのは困難と判断し、射殺しました。大王の居室周辺は、グレッグ小隊で制圧済みです。」
『連隊長より各員!出入口は全て押さえてある。目標を大王から宮殿内の制圧に変更!第三軍団から第五軍団の空挺連隊がこちらに直行している。宮殿内を制圧し、友軍の到着まで数時間籠城する!』
―――――
「それで、我が国は二正面の対ゲリラ作戦の展開を強いられているわけだ。」
苦虫を噛み潰したような顔をする首相は、そう口にした。会議室では、外交軍事関係の重役が一堂に会している。
「ロンド大王国については、周辺諸国に参戦を求めることも可能かと思いますが…。」
「今さら切り分けるパイにはできんだろう、同盟に入れてしまったんだから。」
軍務相が、言い出しにくそうに口をはさむ。
「単なる二正面作戦どころの騒ぎではないかもしれません…。魔物の脅威が…。」
一同は天を仰ぐ。幕僚本部長が損害を報告する。
「魔物の脅威は全く無視できません。北方に位置する巨竜大陸にいる巨竜の戦闘力は完全に未知数、いや、計測不能です。既に十数機が反撃の1つもできずに撃墜されています。中央大陸にいる竜もちょくちょく攻撃を仕掛けてきており、反撃はしていますが汎用戦闘機では倒せません。全損数機、大破十数機、小破と損傷は延べ数十機くらいになります。海中でも、極めて大型の海棲生物によって全損が小型潜水艦2隻、損傷が小型数機大型3隻です。ただ、海棲生物は魚雷などを数発あてれば沈められます。陸上は本当にピンからキリまでですが、銃で仕留められるものから戦車を粉砕するもの、対戦車砲を数発命中させないと倒れないもの、それでも倒れず逃げるしかないものなどもいます。損害は非常に多いです。」
「魔物はまとめて叩けないのか?」
「空中はうまく追跡できていないため、そして海棲は群れていないため、まとめて叩くことには成功していません。陸上は群れ系だとある程度拠点が判明しているものもいるので、上から潰していますが、本当にキリがありませんし、群れ系以外はまとめて叩くことができません。…旧バートル王国地域の北西にある山地は非常に多くの魔物が生息しているようですが、外に漏れていませんし、叩き方を間違えて大量に溢れてきたら困るので放置しています。」
唸り声を上げるもの、頭を抱えるもの。
「偉大なる前首相閣下が何とかしてくれるとありがたいんですがね…。」
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